今、人事部に求められる役割は何でしょうか。そもそも人事部は誰のために存在して、どういう機能を果たすべきなのでしょうか。こういった問題提起は昔からあるのですが、人事部の中の内輪だけ、あるいはトップマネジメントとの議論(からの批判)に留まっているように思います。加えて、人事を巡る事象は多くに秘密保持が求められるからか、外部にはうかがい知れないところがあります。それらの実態はどうなっているのでしょうか。本連載ではこれらを座談会やアカデミックによる検証、実務家によるモデル創出等でエスカレーションしていきます。
連載第1号となる今回は、人事未経験者と人事経験者との対談です。人事部の意思決定や行動、コーポレートガバナンスの観点から俯瞰して見た人事部のアカウンタビリティに関心を持ち人事部未経験者の村上氏と、組織変革や人事部そのものの改革を人事部門長として手掛ける井川氏に対談していただきました。

聞き手・文:葛西 達哉(Insights編集部員)

ゲスト:金融機関勤務・FED事務局長 村上茂久(むらかみ しげひさ)
1980年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修了後、金融機関に勤務し、証券化や不良債権投資業務に従事した後、現在はプロジェクトファイナンス業務や投資業務等をマネージャー職として手掛ける。一方、プライベートでは「未来の金融をデザインする」をミッションとする、金融と経済を中心とした勉強会を開催する任意団体FED(Financial Education & Design)を2011年に発足させ、事務局長として主宰している。FEDでの勉強会開催は通算200回を超え、参加者数は延べ約1,000人にのぼる。
FED HP;https://www.fed-japan.com/
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ゲスト:株式会社エスアールエル人事部長 井川憲一(いかわ けんいち)
1974年生まれ。青山学院大学卒業後、大手商社に入社。商社入社後は営業職でスタート。その後人事の仕事に関心を持つも、人事部への異動は困難と判断し退職。人事コンサルタントとして2団体で約6年人事領域のコンサルタントとして活動後、当事者として人事に携わりたいという思いから事業会社へ転職。外資系ヘルスケア企業にてHRBP(HRビジネスパートナー)等で8年間勤務した後、みらかホールディングスの人事企画部マネジャーとして入社。ホールディングスの人事企画部として全グループ企業の人事制度統合をリードする一方、グループ事業会社の一つ株式会社エスアールエルの人事部長を兼務し、組織風土改革や組織開発、人事部そのものの改革に取り組む。

葛西 達哉(編集部会) 今回は人事部未経験ながら、人事部の意思決定や行動に関心を持ちつつマネジャーを務める村上さんと、人事部の現場で働く井川さんに対談していただきます。まずお二人から自己紹介をお願いします。

村上 茂久(金融機関勤務・FED事務局長) 私は研究者になりたくて大学院まで金融の研究をしていましたが、もう少し現実社会を見ようということで銀行に就職しました。人事の業務からは遠く、金融機関のプロダクト部門で働いています。それとは別にプライベートでFED(Financial Education & Design)という金融と経済の勉強会を主宰していて、すでに200回ぐらい開催しています。
 その会で経済や金融、組織論などの勉強をする中で、人事の在り方や終身雇用・年功序列も変わっていくと感じました。マクロ経済学で市場は、「財・サービス市場」「金融市場」「労働市場」の三つに分けられます。これらの市場は「制度的補完性」と呼ばれるように、互いに密接に関連しあっています。人事部門の人はどうしても人事の話ばかりしてしまいますが、その背後にある財・サービス市場や金融システムなどの変化の議論も必要だと感じております。金融の変化が人事の在り方や組織の在り方に影響してくると思うのです。その辺りが最も関心があるところです。

井川 憲一(株式会社エスアールエル人事部長) 私のキャリアのスタートは人事ではなく、はじめは商社の営業職でした。私が当時感じていた人事のイメージを色で表すと、「黒になりきれないグレー」で絶対に白ではない。いいイメージは全然ありませんでした。そう見えた人事だったからこそ自分がやってみたいと思いました。商社の営業職を志望して就活、キャリアをスタートさせた理由は、私の親が会社経営しており、それを継ぐために商売を勉強したいと考えたからでした。ただ、入社した会社では部下に関心を寄せているリーダーポジションの人に出会えず、職場がよい風土とは思えませんでした。昔、父親との何気ない会話で「経営者の仕事で大事なことは人を観察し、気を配り、その気にさせることだ」と言っていたのを思い出し、「人に関心を寄せることが大事なことと、経営者に気づかせる仕事がしたい」という思いが芽生えました。社会人2年目の時、親の会社を継ぐことをやめ、人事の仕事に就こうと決断しました。
 その商社では自己申告制度があったので、制度を活用して人事への異動を希望し、自身でも所属の部課長、人事の部課長に希望を申し入れに行きましたが、人事部への異動が3年続けて叶わなかったため、自ら人事領域の仕事に就こうと退社しました。その後人事コンサルとして経営の課題を人事的側面から解決することは大変充実していましたが、人事の課題は人事がつくり出すわけではなく、会社が何かをしようと意図したとき生まれます。コンサルは、そこの問題の出どころ、すなわち問題の現場や解決するために課題を特定する現場にいられない、いつまでも第3者という立場がものすごく歯痒いと感じていた時、前職の外資系ヘルスケア会社に人事として移る機会に出会い、コンサルから事業会社の人事へチェンジしました。
 前職ではHRビジネスパートナー(HRBP)として大変充実した経験を積ませて頂きましたが、私の職場だった日本法人は、本国から見たら所詮アジア地域にある一支社という立ち位置で仕事をするところで、自分たちで「なぜこの問題を解決する必要があるか」と課題を特定し、その課題を解決するために「何を」「どうやるか」を決められる環境に移りたいという思いが、年齢・立場と共にグッと高まり、そのタイミングで現職の上司と出会う機会があって今の会社に移ることとしました。
 今の会社では、経営会議メンバーの一員として、事業戦略の実現のために人・組織の観点から色々な課題を発掘し、解決施策を提案すること、また決まった施策を規程や手続きに落とすにあたり、部員たちに「なぜこの施策を行う必要があるのか」を伝え、人事が「ビジネスリーダーの考えた施策の下請け」「決まったことを進めるだけの手続き屋」にならないよう、目的意識をもてる組織にしようと心掛けて日々自部署を運営しています。

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