教育社会学者・株式会社教育と探求社開発マネージャー 東京大学大学院 教育学研究科 博士課程 福島創太

教育社会学者・株式会社教育と探求社開発マネージャー
東京大学大学院 教育学研究科 博士課程 福島創太

教育社会学者・株式会社教育と探求社開発マネージャー
東京大学大学院 教育学研究科 博士課程 福島創太

1988年生まれ。教育社会学者。早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」の商品開発等に携わる。退社後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学。現在は同大学院博士課程に在学しつつ、株式会社教育と探求社で、中高生向けのアクティブラーニング型キャリア教育プログラムの企画開発に従事。同時に、先生の主体的な学びと成長を社会全体で支援するために、一般社団法人ティーチャーズイニシアティブにて先生向け研修プログラムの企画実施や、事業企画、運営にも携わる。

『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのかーーキャリア思考と自己責任の罠』(ちくま新書)

著書に『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか
--キャリア思考と自己責任の罠』(ちくま新書)


2000年以降に就職した世代をゆとり世代と考えます。転職を繰り返す彼らの多くは、社会構造やライフステージの変化を考えず、現在(いま)の幸せや楽しさを優先してキャリアを考えがちです。そのようなキャリア観が持つリスクに多くの若者は気がついていません。一方で社会は、個人の意思が社会構造に影響されていることを全く認識せず、彼らの自由意思で転職しているのだと考えています。ここに世代間の大きなギャップ(認識のズレ)が存在しています。ゆとり世代には終身雇用も年功賃金も用意されていません。失われた20年という経済停滞局面以降、キャリア自己責任論が幅を利かせることとなりました。ゆとり世代も自身でキャリアを積むことが当然と考えていますが、それは社会が人材育成のコストを放棄した結果なのかもしれません。場合によっては、キャリアに対してゆがんだ自己責任を求められることが、ゆとり世代の将来不安を助長しているのかもしれません。
ゆとり世代の本音(ホンネ)とジレンマとは?

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集部長)

岡田英之(編集部会)今日は教育社会学者の福島創太さんにお越しいただきました。まずは自己紹介をお願いいたします。

福島創太 早稲田大学法学部卒業後、リクルートに入社。企業の中途採用に関わるさまざまな部署を経験しました。社会人4年目に退社し、東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コースに進学。若者のキャリア形成について研究しました。その後博士課程に進学すると同時に、株式会社教育と探求社に入社。現在は中高生向けのキャリア教育のプログラムを開発する一方で、教師の学び直しを支援する一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブにも所属しています。3足のわらじをはく生活です。

◆社会構造に規定される個人の意思

ゆとり世代の転職は個人の意思ではなく、社会構造に規定されている…

ゆとり世代の転職は個人の意思ではなく、
社会構造に規定されている…

岡田 若者のキャリアを研究された経緯について教えてください。

福島 以前から個人の意思決定について関心があり、研究のため大学院に進学しました。個人の意思が実は社会構造に規定されていると知ったことは、私の中で大きなパラダイムシフトになりました。リクルート時代の経験から、キャリア形成や転職は個人の意思をもとに描かれるものだと思っていたのです。本当は、キャリア形成にも社会構造が大きく影響しているのかもしれないと考え、若者のキャリアについて研究を始めました。

岡田 研究成果を元に『ゆとり世代はなぜ転職を繰り返すのか』を上梓されました。ゆとり世代に注目されたのはなぜでしょうか。

福島 ここでは87年生まれ以降の世代をゆとり世代としています。転職を繰り返す彼らの多くは、社会構造やライフステージの変化をあまり考えず、今の幸せや楽しさ、やりたいことを優先してキャリアを作りがちです。そのようなキャリアが持つリスクに多くの若者は気がついていません。一方で社会は、個人の意思が社会構造に影響されていることを全く認識せず、彼らの自由意思で転職しているのだと考えています。
 彼らには終身雇用も育成も用意されていません。自分でキャリアを積むことを本人たちは当然と考えていますが、それは社会が育成のコストを放棄した結果にすぎません。自身のキャリアに対してゆがんだ自己責任を彼らが求められることで、将来的に不幸になることを私は危惧しています。

◆多様なキャリアがはらむリスク

岡田 転職を繰り返すゆとり世代には、どのようなタイプがいるのでしょうか。

福島 例えば「意識高い系」は、いろいろなことにアクティブで一見すると転職も成功しているように見えます。しかし、やりたいことを優先するあまり、希望の実現可能性に対する客観的な視点を失いがちです。一方、「ここではない、どこかへ系」は「青い鳥症候群」とも言えます。より良い職場を求めて転職を繰り返し、スキルや経験が蓄積されづらい。どちらのタイプも、将来的には企業の人材に対するニーズとのミスマッチで就職できなくなるリスクがあると考えます。

岡田 クランボルツの「計画された偶発性」では、自分の興味関心に従い、どんどんチャレンジするべきだとされています。実はそうすべきではないということですか。

福島 転職してジョブチェンジすること自体は、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』が示す人生100年時代の中ではありうることです。転職が一般的になった世の中で、転職する彼らを責めるつもりはありません。またイノベーションを起こすには、彼らのようなチャレンジが必要だとも思います。
だからこそ、彼らのキャリアが行き詰まったときに、社会がセーフティーネットを用意し、学び直しやすい環境を作るべきだと思います。「計画された偶発性」で謳われるようなキャリア観も否定しませんが、問題は彼らのキャリア形成を彼らだけに任せるのではなく、社会がどう支援できるのかということだと考えています。それを考えることで日本社会の未来は全然違ってくるはずです。

◆安心安全が不足した日本

岡田 どのようなセーフティーネットが必要でしょうか。

福島 一つの極としてベーシックインカムが挙げられます。世界で初めてベーシックインカムの国民投票を実現したエノ・シュミット氏は「What would you do if your income were taken care of?――もしも収入のために働かなくてよければ、あなたはなにをしますか?」と全国民に呼びかけた。つまり安心安全の中で何をするかということです。
 今のグローバルカンパニーには、人事評価を行わない企業が増えています。人事評価によってパフォーマンスは上がらないことが証明されたからです。安心安全でパフォーマンスが高まるような場を作る方がよほど重要なのです。

岡田 先進国として成熟して見える日本も、安心安全は担保されていないのですか。

福島 担保されていないと思います。高度経済成長期につくられた福祉制度や慣習を引きずるあまり、旧来型のライフコース以外の生き方を選んだ人への保障は日本において著しく脆弱です。また生存を害されるようなリスクを抱える人は少なくても、ネット炎上など批判への不安感はどんどん高まっています。目立つと叩かれる、人と違うことをすると後ろ指を指される、同調圧力や規範にがんじがらめにされ、安心安全とはとても遠い状況にあると思います。

◆評価や報酬がなくても人は働くか

将来に向け、ベーシックインカムの議論も

将来に向け、ベーシックインカムの議論も

岡田 ベーシックインカムが認められたら、働くモチベーションが下がりませんか。

福島 データはありませんが、私たちの世代は公共性や社会貢献欲の高い人が多いと感じます。

岡田 私もそこは不思議に感じていました。

福島 例えば何らかの問題に触れたとき、自分がその問題の被害者だから頑張るというのは合理的な発想です。一方、私たちの世代は、原体験がなくてもその問題を何とかしたいと考えます。非合理的に見えますが、自分が豊かで安定していると、目の前で困っている人を純粋に助けたくなるのではないかと思っています。人を助けることでもっと豊かになると信じています。私たちの世代はお金だけが働くモチベーションではないのです。

岡田 ちょっと上の世代(76(ナナロク)世代)の社会的起業家ブームと同じ考え方でしょうか。

福島 それとは全然違うように感じています。社会的起業家にとってソーシャルビジネスは新しいマーケットの発見でした。経済活動のなかでなんらかの形で企業に利益を提供し、その対価をもらいながら社会課題を解決しています。それは真の公共とは遠いところにあるように思います。しかもある種の立場を意識していると感じます。
 私たちはもっと裾野にいますし、目立ちたいとはさほど思いません。普通のことをやっているだけなので、「いいこと」と言われても違和感があります。上の世代とはパラダイムが違うと思いますが、そこは私も分析するには当事者過ぎるかもしれませんね。

◆何度でもチャレンジできる社会

福島 他の対策としてはデンマークの「フレキシキュリティ政策」が挙げられます。これは「フレキシブル」と「セキュリティ」の造語で、キャリア形成に失敗したら公的セクターによってスキルの再形成を支援してもらえます。再雇用されれば企業に国から助成金が出る支援もあります。失業保険だけでなく、本当にチャレンジし直せる場所があることが重要です。
 しかしこれはジョブとスキルの関係が明確なジョブ型雇用を前提にした制度です。例えばドイツやフランスでは、同一労働同一賃金の考え方がひろがっていますし、労働協約によって所属企業が異なっても「職務ごと」に賃金の基準が決まっている職種もあります。スキルのレベルやできる仕事などによって給与基準が取り決められているんです。
 一方日本の雇用はメンバーシップ型です。また最近の日本ではサービス産業が伸びていますが、ジョブとしてサービスの基準を決めることは簡単ではありません。日本で同じような政策をすぐに行うのは難しいだろうと思います。
 加えて、イノベーションを起こすときや新しい仕事をするとき、何をジョブとするかの判断も非常に難しいでしょう。社会によるスキル育成や、キャリア担保が追い付かないことも考えられます。どうしても個人が自分の力で能力開発しなくてはいけない部分が残るのが現実だとは思っています。

岡田 それだと、また自己責任になるのでしょうか。

福島 だからこそ、早い段階で自己責任に耐えるためのキャリア教育が必要です。しかもそれが育った環境やどこの地域に育つかにかかわらず全ての人に等しく届けられるべきだと思っています。個人のキャリアは個人の責任で歩むものです。そのことを私は否定しません。しかし社会にもできることがあるはずです。セーフティーネットを用意することと、彼らが自分にふさわしいキャリアを築けるだけの教育を事前に行うこと。この2つが揃って初めて、自分の責任でキャリアを歩める環境になるのだと思います。

◆正解がない時代のキャリア教育

岡田 大学ではキャリア教育が盛んに行われています。しかし、それが本当のキャリアに接続されず、分断されているといわれています。なぜなのでしょうか。

福島 大学で行われているキャリア教育は、学生をあおり、モチベーションを高めさせていますが、ただそれだけです。従来のメンバーシップ型雇用で勤めあげた先輩が若者にキャリアについて語っても、若者のキャリア観やライフプランは昔と全く違います。キャリア教育の担当者がそれを理解していないことが分断の大きな理由だと思います。また当の学生たちも、意味のない情報だったと気づくのは社会に出てからです。だから同じことがくり返される。それが世代論の難しさでもありますね。

岡田 社会構造が個人の意思決定を規定しているなら、今のように社会が多様化し分断された状態では、個人は相当迷うと思います。何が正解なのか分からないですね。

福島 私もよく質問されます。まずは社会がゆとり世代の感じている違和感をきちんと認識することが大事です。その上で、社会が彼らのキャリア形成にどういった支援ができるのかを考えていく必要があります。
 もう一つ重要なのは教育です。多様化が進んだ社会では、自分にとっての正解を自力で見つける必要があります。そのためには主体性を育む必要があります。そうした考えのもとアクティブラーニングなどが提唱されていますがうまく実施できている教育現場はごくわずかというのが実情です。

◆迷走するアクティブラーニング

岡田 アクティブラーニングとは、そもそもどういう考え方なのでしょうか。

福島 シンプルに言えば、「子どもの主体的な学びを土台にした教育」です。そこで私が重要だと考えているのが深い情動的な部分です。子どもたちが「やりたいと思う」「やってみたら面白い」「できてしまった」という、この3ステップが重要なのです。その中で自己効力感も伸びていきます。
 アクティブラーニングと聞くと、話し合いのイメージが強いかもしれません。しかし「話し合え」と言われて話し合うのでは、「板書」が「話し合い」に変わっただけで、従来と同じ受け身の学習のままです。
 子どもたちの主体性を芽生えさせるには、彼らの情動を引き出すプログラムを緻密に設計する必要があります。そこが今の世の中に非常に足りていない部分です。

◆子どもたちの情動を掘り起こす

岡田 福島さんが行われているプログラムの成果や進捗はどうですか。

福島 私たちのプログラムは現在、全国で約160校、2万人ぐらいの中高生が受けています。通常の教科教育のように毎週の授業で継続して行われるプログラムなので、コマ数で言うと年間30万コマにものぼり、今年はグッドデザイン賞も受賞しました。例えばプログラムの一つに、子どもたちが社会課題を解決する企画を考えプレゼンするというものがあります。ゲーム性も取り入れ、プレゼンテーションシートも付箋を貼っていけば作れるなど、さまざまな工夫をした設計にしています。
 最初は全く興味を示さなかった子たちも、困っている人を助けるなど身近なテーマから始めていくことで目の色が明らかに変わっていきます。企画を考えプレゼンするうちに気持ちがつながり、子どもたちに「自分は社会を変えられる」という想いが芽生えます。私はこれこそがキャリア教育だと思っています。

岡田 キャリア教育には、自己分析や繰り返しの内省は必要ないということですか。

福島 そのための準備が必要ということです。大人はよく将来の夢を子どもに聞きますが、それはかえって子どもの選択肢を狭めてしまっています。夢を聞かれて答えられる子は、すでにそういったことを考える機会が充実していたか、親や身近な大人が就いている職業を夢にあげている場合がほとんどです。そこで語った夢を大人は評価し承認します。そしてそれをモチベーションとして進路指導やキャリア教育をし、必要な努力を煽っていきます。「●●になるために頑張れ!」と。夢を聞くということは、ほとんどそのためにしか機能していないと言えます。しかし世の中には本当に多くの仕事があり、若くして知ることのできる仕事はごくわずかです。また自分のやりたいことや素養を知ることも実は本当に難しい。そんな状況のなかで選んだ夢を追い求めることよりも、子ども自身の考える力や主体性を伸ばし、自分が本当にやりたいことを考えられるようになる準備をすることが圧倒的に重要です。
 結局、教育をする側のインセンティブ構造が短期的なのです。高校の先生は生徒が大学に、大学の人は会社から内定をもらったという事実だけが、教育をしている側の目に見える成果となります。しかし、若いときの学びは人生に長く影響するものです。その点を考えるなら、長期的な視点での教育の設計がとても大切だと思います。それが今の社会には決定的に足りていないのではないでしょうか。

◆人材育成のコスパを捉えなおす

岡田 今多くのリソースを持っているのは旧パラダイムの人たちです。アクティブラーニングを用いたキャリア教育も、結局は旧パラダイムのエリートに便利な道具になってしまわないでしょうか。

福島 リンダ・グラットンが提唱した「100年時代」が明確に示してくれましたが、企業のトップ層は、古いパラダイムで人材を再生産するだけでは社会がいずれ行き詰ってしまうことに気付いています。多様性やイノベーションの実現のために、トップ・オブ・トップは新しい人材育成方法に目を向け始めています。
 私たちのプログラムには企業協賛モデルのコースもあります。これは企業にとって費用も手間もかかりますが、協賛してくれる企業は増えています。

岡田 企業がそのプログラムを採用するのは人材のセレクションに使うためですか。

福島 いいえ。これは人材のセレクションとしてはお金や手間が掛かりすぎます。いい学校→いい会社というヒエラルキーの中で上位の人を選抜するという旧来型のほうが簡単です。

岡田 育成はやはりコストパフォーマンスが悪いのでしょうか。

福島 私たちが行っているキャリア教育は、例えば12コマの授業を1年間かけて作ります。こんなやり方よりは、優秀な人間だけを選抜してだめな人を放置するほうがコスパはいいでしょうね。けれども、いわゆる学科の勉強が得意ではなくても、イノベーションやダイバーシティの面では大いに可能性がある子は本当にたくさんいます。勉強が出来るという意味で優秀な層は限られているので、そうではない層に時間をかけて彼らが目覚める場所を作ったほうが、相対的に考えても価値があると思います。時間的な猶予も100年生きる時代には十分にあります。そういうパラダイムで見ると、コスパは悪くないはずです。
また、企業人が学校に行き中高生と触れ合うことに社内の人材育成としての価値を感じてくれる企業も少なくありません。大人が学校に行くと、大人が中高生に何かを教えるように思われますが、彼らから学ぶことは少なくないのです。「これまでで自社の理念を最も実現した仕事について話してください」と純粋に聞かれたりする。そのなかで自己内省がおき、働くことへのモチベーションが改めて生まれる。これからの時代、「自分が働くことの意味」を自ら語れることは非常に重要です。長い視野で社会の変化や構造を捉えている方には、この価値とコスパの良さを理解していただけます。

◆人事のパラダイムシフトこそ必須課題

対談を終えてパチリ!

対談を終えてパチリ!

岡田 私は、企業人事にこそ問題があるのではないかと思います。人事はある種の専門家集団ですが、裏を返せばものすごく狭い世界です。なかなかパラダイムシフトできない人事をどのように見られますか。

福島 一番の問題は人事担当者をどう評価するかです。その人事が採用した人が活躍したかどうかは10年後にしか分かりません。そうなると何人入社したか、どこ大学卒かということでしか人事を評価できません。長期的視点が欠けていると思います。保身のためにその場しのぎになっている部分があるのではないでしょうか。例えば、大学2年生、1年生に対してインターンを実施する流れは、育成せずに早いタイミングから優秀な学生と出会い、採用したいというビジネスセクターの考えをよく表していると思います。
 AIの登場や人口構造を考えると、今の人材の選び方を続けていてはサステイナブルな社会を作ることは難しいでしょう。メンバーシップ型、ジョブ型どちらの雇用であっても、トッププレイヤーはどこでも生きていけます。この先、就労人口が4割になるかもしれない未来を考えるなら、そうではない大多数の人たちこそ採用して、エンパワーメントしていく必要があるのです。
 即戦力の人材など現実にはそう多くは存在しません。パラダイムシフトも時間がかかりますが、やはり人事や経営者が、そこに向かって育成や採用、人をどう評価するかということを、格差の問題も含めて考えていく必要があると思います。



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