駒澤大学経済学部准教授 井上智洋

駒澤大学経済学部准教授
井上智洋

駒澤大学経済学部准教授 井上智洋
駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員、総務省AIネットワーク化検討会議構成員、AI社会論研究会共同発起人。博士(経済学)。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』などがある。

人工知能と経済の未来

人工知能と経済の未来


「30年後には、全人口の1割ほどしか働いていない社会になる」少子高齢化が加速し、人口減少社会に入ったニッポン。平成29年8月の労働力人口比率は60.9%、就業率は59.2%(厚生労働省『労働力調査』)です。一部の労働集約型産業(建設、介護、飲食、その他サービス業)では人材不足が大きな経営課題になっていますが一過性の話です。定型定量的で付加価値をあまり産み出さない仕事はAI(人工知能)に代替されます。所謂、技術的失業です。今後は加速する労働力人口の減少にどう対応していくかが重要になります。AI(人工知能)やロボット、IoTなどテクノロジーを活用し生産性を向上させていくことが私たち労働者に課されたテーマです。人口減少社会における新しい働き方とは?AI(人工知能)と共存するために私たちが考えなければならないこととは?

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集部長)

岡田英之(編集部会)経済学者であり、AI(人工知能)分野での造詣が深く、未来の雇用や労働にも関心を持たれている井上智洋さんにお話を伺います。まずは自己紹介とこれまでの活動や研究分野についてお聞かせください。

◆人工知能が日本経済を変える未来がやってくる

井上智洋(駒澤大学経済学部 准教授) 現在、駒澤大学の准教授として経済学を教えています。最近はAIについてお話しすることが多いですが、専門はマクロ経済学で特に貨幣経済理論を研究しています。AIは学生時代から興味があり、大学では環境情報学部でコンピューターサイエンスを専攻し、人工知能のゼミに所属していました。

岡田 経済学の勉強は大学院へ入ってから始められたのですか。

井上 大学でも経済学の授業を受けた記憶はありますが、当時は内容にさほど関心は持てませんでした。大学卒業後、システムエンジニアとして働いているときに「自分が経理システムを開発することで経理を担当している人はどうなるのだろう」と、経済学の用語でいう「技術的失業」に興味を持ったのです。
 また当時はデフレ不況だったこともあり「どうしたらデフレ不況から脱却できるのか」と疑問を持つようになり、退職して大学院に入って経済学を学ぶことにしました。

人工知能(AI)と共存する未来とは?

人工知能(AI)と共存する未来とは?

岡田 2016年に『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』を出版されて、多くの方に読まれています。出版のきっかけは何だったのでしょうか。

井上 経済学の講師をしていた2013年に、エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーが書いた『機械との競争』が日本語に翻訳されました。この本が出版されて、AIやロボットが人々の仕事を奪う技術的失業がこれから深刻な問題になるのではないかと話題になりました。
 『週刊エコノミスト』から『機械との競争』に関しての記事を書くよう依頼されたのですが、それは経済学者の立場から人工知能が経済に与える影響について論じた日本で最初の記事ではないかと思います。その後、経済学者でニュースサイト・シノドスのマネージング・ディレクターである飯田泰之先生がその記事を読んだからだと思うのですが、シノドスでAIに関する記事を書かせてもらいました。さらに、その記事が文藝春秋さんの目に留まり、記事の内容に肉付けして出版したものがこの本です。今後もAIとデフレ不況脱却の2点に注目していくつもりです。

◆AIの発展で、働く人は全人口の1割になる!?

岡田 著書ではAIの技術的な話からAIが経済に及ぼす影響、未来の雇用状況、ベーシックインカムの話と、話題が盛りだくさんです。その中でも第3章以降の話に非常に興味を持ちました。先ほどおっしゃった技術的失業についても書かれていますが、内容を簡単にご紹介いただけますか。

井上 AIは特化型と汎用型の2タイプに分かれます。今あるAIは特定のタスクしかこなせない特化型AIです。第3章では特化型AIについて書いています。将棋のAIは将棋だけ、囲碁のAIは囲碁だけしかできず、チェスや麻雀はできません。最近はいろいろなゲームができるタイプがありますが、それでもまだゲームだけです。一方の汎用型AIは、一つのAIがチェスも将棋もでき、事務作業もできれば人と会話もできるというふうに、人間並みの汎用的な知性を持っているタイプです。

岡田 マルチタスクということでしょうか。

井上 同時に行う必要はありませんが、マルチに活躍する知性というイメージですね。第4章はこの汎用型AIの話です。2030年頃には汎用型AIが完成して、2045年頃には人間の仕事がかなり汎用型AIに奪われているかもしれません。本には書いていませんが、遅くても2060年頃には多くの人が労働していないような社会がやってくると思います。

岡田 今でも、就業率は6割を切って50%台になっています。

井上 汎用型AIの発展が極端に進めば、早くも2045年には働いている人は全人口の1割ほどになっているかもしれません。ただ、AIが仕事を奪うと話題になっていますが、今までもいろいろな職業が消滅してきました。産業革命が起こって織機が導入されることで手織工が失業しましたし、自動車が登場することで馬車を操縦する御者が必要なくなりました。
 実は2020年に完全に日本から消滅してしまう職業が少なくとも一つあるんですよ。

岡田 それは何ですか。

井上 電気の検針員です。各家庭の電気メーターを見て使用量をチェックし、電力会社に報告する人です。今、国策として電気のスマートメーター導入を進めています。電気メーターに通信機能を持たせて自動的に使用量を計測します。2020年代には全世帯にスマートメーターの設置が完了する予定になっているので、電気の検針員が必要なくなります。AIが関わっていないものもありますが、これまでも雇用はダイナミックに変化してきました。

岡田 職がなくなるということは、歴史上何度も経験してきたことなのですね。

◆AIによる技術的失業は既に日本でも起こっている

すでにはじまっている?!技術的失業

すでにはじまっている?!技術的失業

井上 アメリカでは、AIを含むITが普及することで多くの中間所得層が就いている事務労働が急激に減っています。具体的には旅行代理店のスタッフやコールセンターのオペレーター、経理係などです。

岡田 ITやAIの登場で生まれた新しい産業に移ればよいのではないでしょうか。

井上 もちろん新しい職業は生まれていますが、その雇用の量はかなり少ないです。それにコールセンターで働いた人がSEとして働くかというと、そういうケースはまれで、仕事を失った人は清掃員や介護スタッフなどの肉体労働に移ってしまいます。そして中間所得層が肉体労働に就くことで所得が下がります。少し極端な言い方ですがアメリカでは中間所得層の崩壊が起きていると言われています。

岡田 日本の現状はどうでしょうか。

井上 アメリカは日本よりITの導入が進んでいるということと、必要のない人はすぐに解雇されるので、変化が分かりやすく既に目に見えて現れています。日本は終身雇用制の会社が多く、人員が要らなくなってもすぐに首になることはないため、アメリカほど明確な変化は現れていません。
 しかし、日本でも技術的失業は起きています。例えばアマゾンのようなネット書店が普及することで街の書店が廃業し、その書店で働いていた店員は失業します。これもある種の技術的失業ですが、間接的で見えにくいわけです。日本の技術的失業は未来に起きることだと思っているかもしれませんが、実はもう既に起きているのです。

岡田 フィンテックもテクノロジーですね。フィンテックの影響で仕事がなくなるのではないかと金融業界の人たちは心配しているようです。

井上 まさに、日本でこれから最も早くかつ大きく技術的失業が問題になるのは金融業界だと思います。フィンテックは金融だけでなく会計にも大きな影響をもたらします。ただ会計士さんの業界はまだIT化されていない部分も多いですし、業界の体質を考えるとそれほど早くは進まないかもしれません。
 しかし金融業界、特に証券業界は国際的な競争にさらされているので、意識の高い人は「自分たちの仕事がなくなる」とか「AIをいち早く導入した会社が証券業界をリードするのではないか」と危惧されているようです。
 東京証券取引所では、ロボットトレーダーによる取引が4割以上だと言われています。取引をロボットトレーダーに任せることで、プロのトレーダーが必要なくなります。現にゴールドマン・サックス証券株式会社では、2000年には600人もいたトレーダー社員が今は2人しかいません。アメリカではフィンテックの影響が既に大きなインパクトになっていますが、日本はこれからではないでしょうか。金融業界の人は自分が生き残るためにどうしたらいいかを真剣に考えないといけないタイミングになってくると思います。

◆AIが活躍する社会で人はどう働くのか

岡田 今後AIの導入が進むことで雇用状況や働き方が変わることは避けられないでしょう。しかし、今話題になっている働き方改革は長時間労働を見直すことが中心となっていて、技術的失業までは見えていないように思います。

井上 働き方改革とAIに親和性はあります。しかし、そもそもAIとは関係なくわれわれの仕事には多くの無駄な雑務や会議があったり、要らない書類を作ったりしています。無駄な時間が多いのです。AIやITに任せられる部分はまだまだありますから、そういうものはAIやITに任せて、その分の仕事を減らそうという考え方は非常に良いと思います。
 私は最近「頭脳資本主義」という言葉を頻繁に使っています。もともと神戸大学の松田卓也先生が作った言葉でそれを流用させていただいているのですが、労働者の数ではなくて労働者の頭脳レベルが、企業の売り上げや利益、それから国でいうとGDPを決定する社会がやってくるという考え方です。
 1990年代に経済評論家の堺屋太一さんが「知価社会」「知価革命」という言葉で、知恵が価値を持つ時代が来るという予告をされていましたが、いよいよそういう時代になってきたと考えています。

岡田 知恵が価値を持つ社会とは、具体的にはどのような社会でしょうか。

井上 新しいアイデアや新しい感性を生み出すなど、クリエイティビティが大事になる社会ということです。AIは世の中にある情報を収集して整理して分析をするまでやってくれます。極端に言えば、クリエイティブでない仕事は全てITやAIがする時代になると考えています。

岡田 成熟している今の経済の中で、いかに国民が楽しく生きがいを持って働いていくのか。AIとうまく共存していく方法をそろそろ考えないといけませんね。

井上 人間が労働時間を長くして生産量を増大させようとしても、それには限界があります。もし人間の代わりにAIロボットが働いてくれて、AIやロボットさえ増やせばどんどん生産物が作れるのであれば任せてしまうべきです。人間は、新しい商品の企画や研究開発などのクリエイティブで楽しい仕事に注力するのがいいと思います。

◆ベーシックインカムが日本の新しい社会保障となる

岡田 新しい働き方に対応できない人たちは、生活するための収入が得られないという問題が出てくるかもしれません。その対策として、著書では「ベーシックインカム」を提唱されていますね。

井上 ベーシックインカムは、国民全員に対して無条件に生活を保障する社会保障制度です。クリエイティブな社会はある意味、残酷です。例えば、芸人さんでも売れているのはほんの一握りで、年収10万円程度の人がたくさんいます。でもなんとか食えています。それは売れている芸人さんが売れていない芸人さんに対して、ご飯をごちそうするなど援助しているからです。こういう援助を日本全体で取り組もうとするのがベーシックインカムです。
 今の生活保護制度よりも効率の良い制度だと思いますので、AIに関係なく導入を検討すべきではないかと思います。特に汎用型AIが普及した後の社会では不可欠な制度になるでしょう。ベーシックインカムは以前も話題になったことはありましたが、最近は一般的な用語になってきたなという実感があります。大手新聞社でも取り上げるトピックになっています。そしてその変化の背景には、AIの登場があると思います。

岡田 若い世代の人たちには共感されるように思いますが、シルバー世代には難しいのではないでしょうか。

井上 シルバーの人たちは、次の二つの理由から受け入れるのが難しいと考えています。年金がベーシックインカムに置き換えられたら支給額が減るから嫌だというのが一つです。もう一つは、シルバー世代は仕事があるのが当たり前の社会に生きてきたので、仕事がなくてなかなか職に就けないという状況が理解できません。そのため、食えないやつイコール怠け者という考えなのです。

岡田 「日本人は勤勉な国民性で、働くことによって成長していくのだ」という意見も出るのではないでしょうか。

井上 私は日本人にもともと勤労重視の国民性があったとは思っていません。幕末に欧米人がやってきたときに「日本人はなぜこんなに働かないんだ」と驚いたそうです。明治維新以降、欧米の価値観を取り入れる段階で、勤労道徳も定着したのだと思います。かつてはヨーロッパでも勤労道徳が支配的だったのですが、今はいかに余暇を楽しむかという価値観に変わっています。
 世代によっても考え方は異なりますし、同世代の中でも人によって考え方はいろいろありますが、若い人たちはかなり余暇重視になってきていると感じます。遊んで暮らすなんて考えられないという価値観も分かるのですが、今後はAIの普及によって変わらざるを得ないのではと思います。
 少しずつワークライフバランスの考え方も浸透していますので、余暇重視の人が増えていく状態を肯定的に捉えてもいいのかなと思います。

◆今後、必要とされる人間の能力とは

岡田 今回の著書を一番読んでもらいたいのは誰ですか。

井上 一番は政治家でしょうか。AIがどのように経済や社会を変えていくかということを考慮して、政策や制度を考えていただければと思います。ただ、政治家が一番関心を持っていないかもしれませんね。実際、政治家の方に呼ばれたことは2回しかありません。他には経営者層です。AIそのものを理解できなくても、AIに詳しい若い人に権限とお金をしっかり与えて、企業のAI化、IT化をきっちり進めてほしいなと思います。経営者の方々とは既に何度も議論させていただいています。

岡田 これから社会へ出る大学生や、子どもを持つ親世代にも関心のある話題だと思います。

井上 おっしゃるとおりで、若い会社員や学生など、変革の時代を作っていく当事者の人たちには切実な問題です。AIの開発が得意な人間を育てる必要はあるのですが、それだけでは駄目です。例えば、「問題発見」と「問題解決」はAIには持ちにくい知的能力です。過去のデータがあれば問題解決はできるようになるかもしれませんが、新たに出てきた問題に新規性があればあるほど、それが問題であると判断するのはAIにとっては困難です。
 人間社会にとって問題であるかどうかは、人間の感覚でないと分かりません。提示されたものをうのみにするのではなく、あらゆるものを疑う感覚が今後も必要になると思います。また、人間がクリエイティブなことをするためには文化資本の蓄積が大事です。クリエイティブなこととは、文化的でアナログなものです。AIに代行されてしまうような分野に関する資格試験の勉強をするよりは、美術館に行く、映画を見る、絵を描く、写真を撮る、教養が身につく本を読むというようなことが、社会で活躍するには有利に働くようになると思います。一見役に立たないもののほうが役に立って、役に立ちそうなものはすぐに役に立たなくなるという時代になるのではないでしょうか。

◆AIを利用して生産性の高い働き方へ

対談終了後の1枚

対談終了後の1枚

岡田 最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。

井上 これからは価値観の転換が必要です。働くのが当たり前ではない時代がやってきます。そういう時代に備えることは、働き方改革にもつながります。あらゆるところで無駄な仕事をやっているために、日本の労働生産性が上がらず、労働時間が長くなっているのです。人間がやらなくてもいい仕事をAIやITに任せることができれば、短い労働時間でも国際的な競争に打ち勝っていくことは十分可能です。そのために、余暇を重視する働き方や頭脳を使うような働き方、そしてそういう働き方を実現するための社員教育が大切だと思います。

岡田 ありがとうございました。



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