HRMの分野では幅広い知識・見識をもとに、さまざまな角度から課題を検討・検証することが求められます。それら知見の「マナビ場」として、JSHRM活動以外で実施されている勉強会やセミナーなどをレポートします。
今回は5月29日に実施された厚生労働省主催「グッドキャリア企業アワード2018プレイベント~企業の成長戦略に不可欠な“人が育つ仕組み”~」をレポートします。

 厚生労働省が実施している「グッドキャリア企業アワード」とは、変化する日本経済社会に自律的に対応できる人材を育成するため、従業員の自律的なキャリア形成・能力開発支援について、他の模範となる取組を行っている企業等を表彰し、その内容を発信・普及することによって、キャリア形成支援の重要性を社会に広めるもので、2012年よりスタートし今年で7年目となります。今回は2018年度の応募開始に先立ち、プレイベントとして、キャリア支援に関する講演、過去の受賞企業の事例発表、パネルディスカッションが行われました。

◆基調講演「従業員が自ら育つ仕組み“キャリア形成支援”とは」

法政大学経営大学院 藤村博之教授の基調講演

 はじめに法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科藤村博之教授より「従業員が自ら育つ仕組み“キャリア形成支援”とは」と題した講演が行われました。日本企業が直面しているヒトの問題は何か、いかにしてヒトの結合体を強化するか、キャリア開発とキャリア形成支援の重要性という観点から進められました。

 日本企業が直面しているヒトの問題として、マニュアル化の弊害による異常対応力の低下、バブル崩壊時の過度の人員削減による後遺症、人材育成の余裕の欠如などが指摘されました。その背景には、競争力の源泉を労使ともコスト削減に求めたこと、経営の短期志向、無責任なメンバーシップ型雇用があるといい、それらの解決には、会社が全てを準備するのではなく、従業員を巻き込んで考えていくことが重要だとのこと。

 日本企業の能力開発の課題としては、評価の時間軸が短期であることや、長期勤続を軽んじる傾向、能力開発が企業の社会的責任であるという意識の希薄さが指摘されました。「就職」ではなく「就社」だと言われる日本のメンバーシップ型雇用が日本の強みだったこと、それに対し経営が無責任になってきていること、ジョブ型とメンバーシップ型の混在が人事関連の問題を発生させているといいます。その混在によって人事制度が迷走していること、メンバーシップ型雇用の長所、変化、会社側の責任などが説明され、その一つとして能力開発・人材育成の必要性が説明されました。

 最後に「キャリア開発とは、売れる能力を維持すること」で能力の賞味期限を延ばす方法が紹介され、人材育成は会社と個人の共同作業であるということで講演を締めくくりました。

 終身雇用の崩壊、新卒3年3割離職という雇用の流動化に関するワードばかりが飛びかう昨今、長期勤続や「就社」の重要性を説く内容はある意味新鮮で、自社には何が重要か、マッチするのか検討・検証すべきだと思いました。


◆受賞企業事例紹介

 次に過去の受賞企業による事例紹介がなされ、最初に2016年度に大賞を受賞した株式会社NTTデータ(江東区)について、人事本部人事統括部人財開発担当杉山志保氏よりプレゼンテーションがありました。NTTのデータ通信事業としてNTT初の子会社となり、現在では53カ国10万人以上の従業員を有する同社。「仲間とともに達成する『自己実現』を大切にする」ことを企業バリューの一つとし、「高度な専門性と変化への対応力を有するプロフェッショナル人財」の育成を目指して、プロフェッショナル人財を10のタイプと4つのレベルに定義しています。プロフェッショナル人財の育成は、所属の上司と本人で自律的なキャリアの軸を検討し、同僚間では組織横断で人財タイプごとのコミュニティ活動を行う。さらに他組織の同人財タイプの上位認定者がキャリア相談や認定面接のアドバイス、メンタリングなどを行い、「仲間とともに」キャリア形成を行っていることが紹介されました。

 次に発表された有限会社COCO-LO(桐生市)も2016年度の大賞受賞で、代表取締役雅樂川陽子氏が同社の取組を紹介しました。訪問看護や通所介護事業を営み、83名のうち72名が女性の同社。社長が講師となって経営や会計について学ぶ勉強会、職種別勉強会、介護の質向上カリキュラムなど、年間180回以上の研修を行い、行動計画を立てて年間に計3回面談、進捗確認は毎月行い、個々人の強みややりたいことを目標とすることで、互いの個性を認め合う風土を実現しているといいます。また手当の対象となる資格を従業員から募り大幅に拡大したことで、さらにスキルアップを目指す社員も多いとのこと。従業員を巻き込んだキャリア開発支援の典型例を紹介頂きました。

トラスコ山中「キャリア支援の取組効果」

 最後に登壇したのは2017年度のイノベーション賞受賞のトラスコ中山株式会社(港区)で、人事課・ヘルスケア課長平山貴規氏から発表がありました。工場資材の卸売業と自社ブランドツールの企画開発を事業内容とし、従業員数2,000名超を有する同社の人材育成の精神は「自覚に勝る教育なし」「自考自得」。向上したい、成長したい熱意があるヒトには平等にチャンスがあり、「長く安心して働ける」仕組みや制度を整備することをキャリア支援のポリシーとしているといいます。最も特徴的な制度が定期的なジョブローテーションで、仕事の俗人化を回避し、さまざまな仕事を経験することで人間力の向上を図ることを目的に、約5年毎に部門をまたいだ人事異動・ジョブローテーションが行われています。また責任者(ボス)の登用は立候補制で、事業活動のイノベーション創出のため軍資金30万円と1カ月を会社からもらって研究する「白紙の部屋研修」も応募制。「新しい経験」や「チャレンジできるフィールド」はヒトの自覚を促し、大きく成長するきっかけとなり、それが企業の成長につながるという強い信念を伺いました。


◆パネルディスカッション

 最後は藤村先生をコーディネーターに、登壇者3名をパネリストとしてパネルディスカッションが行われました。

 まず「グッドキャリア企業アワード」に応募・受賞して良かった点を聞かれると、NTTデータ杉山さんは「対外的なアピールとなって、取組を紹介することが増え、結果企業価値が上がったと思う」と言い、COCO-LO雅樂川さんは「利用者の口コミで広がって利用者が増えた」、トラスコ中山の平山さんは「10年かけた取組を振り返ることができた」とのことでした。

 その後は年代別のキャリア開発がテーマとなり、シニア層のキャリア開発について、トラスコ中山でのジョブローテーションはシニアでも年齢に関係なく行われることが紹介されました。専門性を極めるにはジョブローテーションはリスクまたはロスなのではという藤村先生の質問に対し、平山さんは「最初は戸惑うが、違う部署の経験が役立ちます」。取り扱う技術の変化が激しいNTTデータでは、自分のスキル・技術を磨くことで仕事が継続できるので、シニアでもスキル向上に励んでいる実態が紹介されました。

 安定指向が強いとされる若年層のキャリア開発について、トラスコ中山では若年層に直接何かするより、上司(ボス)の教育に重点を置いているとのこと。NTTデータでは、新入社員教育や階層別研修にキャリア開発研修を折り込んで初心を忘れないようにさせているということでした。

 最後に参加企業に対するアドバイスとして、NTTデータ杉山さんからは「制度は決めたから終わりではない」、COCO-LO雅樂川さんからは「制度を文化にしていくことが重要」、トラスコ中山の平山さんからは「“まずは取り組んでみる”ということが重要」という話があり、藤村先生の「“グッドキャリア企業アワード”へ是非応募を」という言葉でイベントは終了しました。

パネルディスカッションの様子

 他の模範となるようなキャリア形成支援に取り組んでいる3社に共通しているのは、ヒトを財産として扱い、その財産に関して手間暇かけていること。藤村先生の話の中で人的資源の特徴として「手を加えると価値が上がるが加え方を間違えると価値が下がる」「組み合わせや日によって力を出したり出さなかったりする」「成長する可能性を常に持っている」という話があり、3社はこれらを十分に理解して実行に移している企業だと思います。

 雇用の流動化がフォーカスされる中、長期的な視野でキャリアを考え、キャリア形成支援を行っている企業の取組は、経営者や人事関係者のみならず、働く多くの人々の参考になるのではないかと思いました。

(参考)グッドキャリア企業アワード https://career-award.mhlw.go.jp/

取材・文:土田真樹子(Insights編集部員)