JSHRM会員の誌面交流の場として、会員の方から寄せられた自己紹介や日ごろ考えていること、問題・課題意識などをご紹介します。

あさやけ法律事務所代表弁護士 松岡太一郎 氏

ゲスト:あさやけ法律事務所~明けない夜はないと信じて~代表弁護士 松岡太一郎


◆寄稿 コテコテの「街」の弁護士が経営学修士(MBA)になった「わけ」

 ときどき言われる。「弁護士でMBAって珍しいですよね?」

 そんなとき、私は逆に違和感を覚える。私の中では、首都大学東京・西村孝史先生のもと、MBAにおいて人事労務を専攻したことは、私の弁護士人生にとってとても自然な流れだったからだ。同じく極自然な流れで、日本人材マネジメント協会人事制度研究会にて、その主催者でMBA同期の岡田英之氏と研鑽を積み、同協会第33期人材マネジメント基礎講座を修了し、産業カウンセラーの資格もとり、今は精神保健福祉士国家試験受験資格取得のための専門学校に通い、最近企業の休職者も通う精神科病院のデイケアの実習をもって210時間の実務修習も修了し、故郷である文京区で事務所を構えて東京中小企業家同友会文京支部において副支部長をしている。

 その原点は私の中にある「この国の労使関係において『憎しみの螺旋(らせん)』を終わらせたい」という思いにある。

 私は「街」の弁護士だ。なんでもやってきたし、これからもそのつもりだ。そうしないと「ご飯」を食べていけないという現実もあるが、「なんでも」といってもそこには私がやりがいを感じるある程度の共通項がある。共通する部分で多いのは「人の心」と「人の心」のぶつかり合いへの対応だ。中には大きなわだかまりが存在したり、それぞれの憎しみが螺旋のように複雑に絡み合ってしまっていたりする場合もある。これに立ち向かう手段としてときには労働法を使い、民法を使い、家族法を使い、会社法を使いというだけの話で、法律は手段に過ぎず知識に過ぎないと思っている。誤解をおそれずに言うなら、解決できるなら、依頼人が事件にひと区切りつけて前へ進むきっかけになるなら、法律じゃなくてもいいのだ。現に法律ではなく、心理学・経営学が役に立つことも少なくない。しかし一番役立つのはこういった「知識」ではなく「知恵」だ。

 弁護士の扱う事件で「人の心」と「人の心」のぶつかり合いを伴うものにも、不動産をめぐるあれこれ、家事事件、消費者被害、貸金等いろんなものがあるが、その中で労働事件も多く扱ってきた。弁護士として初めのころは労働者側の事件が多かった。キャリアスタートが弁護士歴40年以上のボス1名、勤務弁護士2名の小規模だがネット広告の事務所だったので自然とそうなった。

 極めつけは労働者側に立って3年かけて従業員地位確認(解雇無効)請求訴訟において勝訴判決を勝ち取ったことだ。とても大変だったし勝訴判決を勝ち取った時には依頼者の方も喜んでくれたし、私にとっても良い経験となった。この案件も含めて労働者側で色々な労働事件を経験してきたが、その過程においてはこの社長さんとこの社員さんとの憎しみ合いをどうにかできないか?訴訟とか大事になる前になんとかならないか?それが実現できればこの国の働く環境はもっと魅力的なものになるのに…そもそも働く場は、経営者側、労働者側の方々関係なく、その「人」がその人らしく生き生きとできる場であってほしい。そのためにどうしたらいい?自問自答の日々だった。

 私が出した結論は、労働者側に立って1人1人の労働者のために戦う道も素晴らしいことだが、それよりも会社側経営者側に立った方が労使の憎しみ合いを組織的に根本的に終わらせられる可能性は高まるのではないかというものだった。司法修習時代の師匠弁護士の影響や弁護士登録以来、会社側労働弁護士が主軸となっている第一東京弁護士会労働法制委員会に所属し研鑽を積ませて頂いていた影響も大きいと思う。

 ではその目標に向けてどう動くか。そんなとき、一緒に労働実務の本を書いたことがある第一東京弁護士会労働法制委員会の素敵な「大人」な仲間が大学院に行くことを検討しているということを言っていたのをきっかけに、私は「大学院」について調べてみることにした。そして、どうやら経営学の組織論が労使関係を扱っているらしいということがわかってきた。法学の大学院よりも経営学の大学院の方が自分のイメージに合った。その結果、夜間土日開講の社会人大学院MBAにたどり着いた。当時はまだ弁護士3年目で上記の事務所で未だに勤務弁護士をしていた。私立へ行くお金はない。公立しかなかった。首都大MBA一本に絞った。

 何とか入学でき、1年目は経営学全般を満遍なく学び、やはり自分の目標に合うのは人事労務を含むヒューマンリソースマネジメントの分野だと確信し、これを専攻とすることにした。修士論文のテーマは「日本の派遣企業と派遣社員との間の心理的契約」。わが師・西村先生の愛情たっぷりの厳しいご指導のもと、現場、派遣企業の社長さんと派遣社員さんとに粘り強くインタビューを重ね、そこから仮説の検証をしていった。この経験を通じて、学問は決して実地を軽視していないことを実感としてもてた。学問の可能性と素晴らしさを体感できた。他方で学友である酸いも甘いも経験してきた素敵な「大人」な仲間たちとの心の交流が刺激的だった。みんな忙しかった。ひとには言えないつらいこともいっぱいあったはずだ。でもみんな生き生きしていた。だから私も志を貫けた。

 MBAを通じて私の目指す「理想的な労使関係」がおぼろげながらみえてきた気がした。確実にわかったのは、絶対解はないが経営者と社員との関係は「人」と「人」との関係であって、そこには(「必ず」といいたいところだが…)個別具体的になってもなにかしらの個別具体的な解決策があるだろうということだ。あとはそれをどこまで抽象化できるかだとも考えている。そこから心理学への興味があらためて湧いた。もともと経営学は心理学と経済学を取り入れた面があった。そこでMBA修了後は日本人材マネジメント協会や東京中小企業家同友会等を通じて経営学の視点で人事労務を研究し、他方で産業カウンセラー等心理学を実践で使用している資格を目指すことで「人」を学問的にも学ぼうと思った。そこでまた、素敵な「大人」な仲間たちとの素敵な出会いがあった。

 そして今、私は未だに「旅」の途中だ。もう数年、月1回労働法学者の先生方と労働判例の研究をしているので「法学」やってみたい!という衝動もあるが、人生の時間は有限だと自分に言い聞かせている。

 こうして人事労務を通して「人」を学んでいると、実は家事事件等他の事件でも応用できてしまうので仕事にも役立っている・・・ということにしておく。

 これからも「人」と「人」という基本的な視点を軸として,理想的な労使関係を追及していきたい。でもその一番の目的は素敵な「大人」な仲間たちとの素敵な出会いなのかもしれない。