バブル経済崩壊後、新自由主義的経済政策が台頭し資本主義の負の側面が目立つようになってきました。失われた20年を経ても放置され続けた貧困・格差は、現在大きな社会問題となっています。貧困・格差が固定化し、ひとたび貧困に陥ると、リカバリーが極めて難しい状況が拡大しています。今回の特集1では、社会階層論の観点から階級・階層社会の実相に迫ります。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

早稲田大学 人間科学学術院 文化・社会環境科学研究領域 教授 橋本健二 氏

早稲田大学 人間科学学術院 文化・社会環境科学研究領域 教授 橋本健二
日本の社会学者。社会階層論、階級論専攻。早稲田大学人間科学学術院教授。石川県生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。静岡大学、2002年から、武蔵大学社会学部教授、2013年4月より早稲田大学人間科学学術院教授。

新・日本の階級社会


岡田英之(編集部会):本日は早稲田大学教授で「新・日本の階級社会」の著者である橋本健二先生にお越しいただきました。まず簡単に先生の自己紹介方々、現在どのようなテーマで研究をされているのか教えて下さい。

◆階級・階層とは何か?

社会階層を区分してみると何が見えてくるのか?

橋本健二(早稲田大学教授):私の専門は社会学で、階級・階層論という分野です。平たく言えば社会の格差の構造についての研究です。大学院に入った35年ぐらい前から格差の問題について研究をしてきたわけですが、当時日本は1億総中流と言われ、格差が非常に小さい豊かな国だとされていた時代なので、格差の研究をすると言うと変わり者扱いされました。
 階級とか階層とは、要するに持っている資源、お金、権力などの量が違い、その違いによってお互いに区別される人々のグループのことです。階級や階層という分類の仕方にはいくつかありますが、一般にいままで階級と言われてきた分類の仕方を使って研究をしてきました。
 古くから区別されてきたのは、生産手段を持っている「資本家階級」と、持っていないから雇われて働くしかない「労働者階級」というのが古典的な区別です。ところが現実の社会はもう少し複雑で、生産手段をほんの少しだけ持っていて、人を雇うほどではなく自分は働くことができる人たち、自営業や農家の人たちですが、これらの人々のことを「旧中間階級」と言っています。
 一方で、会社の組織が大きくなると、資本家に代わって社員に指図したり、社員の仕事の中身を決めたりすることを仕事にする労働者が生まれてくる。これらの人々は雇われて働く労働者という顔と、資本家の代わりに管理的な業務を行うという顔があって、これもやっぱり中間階級ですが、これらの人々は新しく生まれてきたタイプの人だから「新中間階級」です。というわけで、古典的な階級である「資本家階級」と「労働者階級」の他に、「新中間階級」と「旧中間階級」が存在する。この階級4分類を使ってこれまでずっと研究をしてきました。

◆非正規労働者の発生と格差拡大の始まり

橋本:私が研究を始めた頃は1億総中流が信じられていて、格差のことに人が関心を持っていなかった時代でしたが、1980年代の半ばぐらいから、格差拡大が始まりました。80年代の後半ぐらいから、我々研究者の一部で、格差拡大の兆しがあるのではないかと言われ始めたのですが、それは専門的な論文に書かれているだけのことで、ほとんど誰も注目してくれませんでした。
 1990年代に入りますと、バブルがありましたから、これから格差が拡大するのではないかという声が大きくなっていく訳ですが、それでも1億総中流という考え方はなかなか変わらない。こういう時代が十年から十数年続く訳です。
 ようやく一般の人に格差拡大という事実が広く知られるようになったのが2005年あたりです。この時に国会でもこの問題が取り上げられ、野党も与党もどうにかしなければと言い出し、ここで出てきたのが「格差社会」という言葉で流行語になりました。

岡田:我々が格差社会という言葉を認識して、確かに身の回りをよく見るとそうだよねという2005年には、格差社会が進行して25年も経っていたわけですね。

橋本:放置されて来たのです。中でも一番重要なのは非正規労働者の人々で、その頃には相当巨大な規模になっていて、しかも貧困に陥っているらしいということも知られてくるわけです。
 非正規労働者自体はその前からいる訳ですが、高度経済成長期からバブルが始まる頃まで、その主流はパート主婦でした。彼女たちの夫は正社員だったりしますから、必ずしも貧しい訳ではない。他には学生アルバイトで、これも別に貧困という訳ではない。定年後の嘱託の人々も今まではちゃんと給料をもらっていたので別に貧しい訳じゃないですね。
 こんな風にそれまでの非正規労働というのは、人生のある時期だけに自ら望んでやるものという認識があり、身分が不安定で時給が安くても、そんなに大きな問題じゃないと思われていた訳です。
 ところがバブルの半ば過ぎあたりから企業は人手が必要になり、正社員だけでそれを賄うことはできなくなって非正規労働者を大幅に増やした訳です。その時は若者や失業者など、パート主婦以外の若い男女を非正規労働者として採用し始める。ここで生まれたのがフリーターという言葉でした。その時からもうすでに30年経っていて、フリーターという言葉が生まれた頃にフリーターになった若者たちが、今はもう50歳になっています。フリーターはおそらく近い将来1000万人突破するでしょう。これらの人々は従来の階級論でいうと、ひとまずは労働者階級に含まれます。

岡田:先ほどの「資本家階級」「労働者階級」「新中間階級」と「旧中間階級」4分類での整理ですね。

橋本:もちろん賃金をもらって働いている訳です。ところが正規雇用の労働者とあまりにも大きな格差があって、非常に異質性が強まっているので、もはやこれらの人々は従来型の労働者階級とは区別された新しい下層階級という風に言ったほうが良いだろうということで、私はこれらの人々を「アンダークラス」としています。

◆アンダークラスとは

岡田:「アンダークラス」がキーワードですね。いわゆる賃金をもらって労働力を提供する労働者ではあるけれども、それが2つにスプレッドして新たな下層階級が生み出され、この30年でものすごいボリュームになってきましたね。

橋本:アンダークラスという言葉自体は別に新しい言葉ではなくて、もともと欧米諸国でこれまでも使われてきた言葉です。ただそれは主に少数民族の貧困層、シングルマザーのような母子世帯の貧困層などという特殊な事情を抱えた下層労働者という意味で使われてきました。今、多くの先進諸国で格差が拡大して貧困層が増えています。

岡田:日本だけではないのですね。

橋本:今まではアンダークラスになるはずではなかった白人男性なども含めて下層階級化していて、アンダークラスというのがより一般的な存在になってきている。日本では、これまでならば学校を卒業すると同時に正社員として就職していた若者たちが、非正規労働者になって非常に貧困な状態にある。こうして日本にもアンダークラスが生まれたという風に私は考えます。

岡田:この本に書かれている階級階層論の4分類の中の労働者階級が実は2つに分かれ、最下層のアンダークラスというのが今ものすごくフォーカスされている。なぜこんなことが起こっているのでしょうか。一つ思いつくのが日経連の「新時代の日本的経営」。小泉内閣の頃の雇用ポートフォリオという考え方で、大企業で総合職・専門職・非正規社員のパートやアルバイトといった形で人材のポートフォリオが提示されました。企業は多様な働き方を用意して生産性を上げ、収益を上げていく。労働者の皆さんにとってもいろいろな選択肢がありますよとバラ色のことを言っていた記憶があるのですけれども、あれは嘘でしょうか。

橋本:嘘というか、ちょっと現実と違うのは、高度専門能力活用型というのが、結局のところまだ定着しているとは言えないです。専門職というのは基本的には大企業が正規社員として抱え込んでいます。雇用柔軟型というのは、賃金は日給や時間給で雇用保障はなく年金も退職金もない。最初の段階から明らかに低賃金の使い捨て労働者という位置付けだったと思います。有期雇用なのに、ちゃんとした生活のできる賃金を与えて生活も保障するという形ではない。当時の日本は最低賃金も今に比べてずっと低く、しかも当時の非正規労働者というとパート主婦が基本でした。パート主婦であれば家計補助的に働いているから賃金は低くていいし、雇用の保障も社会保障も必要ない。それがそのままポートフォリオに組み込まれたのだと思います。パート主婦に対するこの発想を、当時すでに拡大し始めていた新卒非正規労働者にまで適用するというモデルを作ってしまったのだと思います。

岡田:雇用を多様化し、労働市場の出入りももっと頻繁にして柔軟にします、というのは企業側にとってみれば、グローバル化で競争環境が変化し短期化しますので、柔軟に人材を調達できたほうが良い訳です。働く側もそれに合わせて、それまでの昭和型の家族モデルや企業の終身雇用も含めガラッと転換しようとした。それが先生の本によると1995年。ターニングポイントというのはその辺でしょうか。

橋本:実態はもう少し早くから始まっていました。バブルの終わり頃には人材需要が高まって思うような人材が採れない。しかもオイルショックの時に正規雇用をたくさん抱え込んでいましたので、これ以上雇用を増やすのなら非正規にしなければということで、非正規の採用はもう増えていました。だからその人たちの位置づけというのをポートフォリオとして入れることを考えたのだろうと思います。つまりこれまで正規雇用だった補助的な事務職などを非正規化することはすでに始まっていて、その動きを人材管理の三つの柱の一つにまで高めようということだったと思います。あの報告書では営業職も雇用柔軟型の中に入っていますね。

岡田:そんなことで雇用は柔軟化し、労働法制も労働者派遣法などのように規制緩和され、製造業の自由化などをやって、気がつけば確かにいろいろな働き方は増えました。正社員でなくても契約社員、業務委託と広がっていった。ただ、総じて見たときに、我々日本人の暮らしっていうものが安定的に豊かになったかといえばそうではない。富める者はますます富み、そうじゃない者は…ということで、気がついてみると大きな格差になっていたということですね。

橋本:そういうことですね。しかも経済停滞というのが加わったものですから、以前ならそれなりにパイを分けながらやっていけたものがそれもできなかった。むしろ今いる正社員の待遇を悪化させないためにこそ、新規採用は非正規の方にシフトさせるということが起こり、それで生まれたのがこのアンダークラスです。

岡田:週刊AERAで、以前人材マネジメント協会にも来ていただいた社会運動家の藤田孝典さんと橋本先生との対談が掲載されています。非正規社員が下流階級化するという内容ですが、このときはどのような話だったのでしょうか。

橋本:藤田さんが最初に注目されたのが「下流老人」という本でしたが、あの本をよく読むと、実は若い時代に非正規になった人や若い時代に低賃金の仕事についていた人たちが、これから高齢化して下流老人になっていくというストーリーが実は背後にあるのです。つまり老人の下流化というよりも、若者が下流化してそのまま老人になっていくという流れなのです。

岡田:若いうちにいったんアンダークラスに入ってしまうと、ずっと抜け出せなくて、中高年になってもアンダークラスで、払ってないから年金ももらえない。

橋本:ですから、私がこの本で書いたアンダークラスの流れと全く連続しているのです。彼が言っていたのですが、この下流老人の増加という問題に初めて気がついたのは派遣村の時だったそうです。

「アンダークラス」の登場が社会へ及ぼすインパクトとは!

岡田:社会活動家の湯浅誠さんが村長をつとめていましたね。日比谷公園の派遣村は大きな社会問題になりました。

橋本:派遣村のあの時、2008年のリーマンショックの時ですね。あの時フリーター第一世代の人たちが40歳ぐらいになってあそこにどんどん駆け込んできました。

岡田:フリーター第一世代ですでに格差社会は始まっていたけれど、覆い隠され、顕在化してなかったものが、いよいよ2008年になって表面化した。

橋本:それまであまり可視化されていなかった下層階級という存在に気がついたと思います。あれからさらに10年近く経っていますので、フリーター第一世代も50歳です。40歳前後は氷河期世代。これは一番のボリュームゾーンで、これがそのまま抜け出せずに年をとっていってという流れです。


◆新しいタイプの下層階級

岡田:こうした問題は、ある種、前近代的なことが形を変えて現在においても起こっているということでしょうか。

橋本:マルクスが描いた資本主義像は、資本家がいて、労働者はみんな押しなべて搾取されていて貧しくなるという図式ですよね。労働者の内部の格差というのは大きくはありません。それはある意味当然で、当時の労働者はおしなべて貧しい人たちで、しかもいつ首切られるかわからない不安定な人たち。ところが先進国では、資本主義の発展と共に人手不足になりがちで、これを引き止める必要があるということから雇用が安定化してきます。しかもフォーディズムの時代があって、単純労働とはいえ経験の蓄積がないと生産工程を維持できない。そういう時代になって、先進国はおしなべて雇用の安定化という道を歩んでくるわけです。
 ところがサービス産業が中心になると、季節変動が大きくなったり、仕事の中身がコロコロ変わったりすることがあって、雇用流動化が進められるようになる。それで新しく非常に貧しいプロレタリアート(アンダークラス)が増殖するということで、これは非常に古典的な資本主義への逆戻りとも言えるし、新しい資本主義だとも言えます。
 さらにサービス業化が進むと、最初の段階はパート主婦をたくさん雇い、さらに新卒の若者たちにまでその範囲が広がる。それで新しいタイプの下層階級ができる。これを僕は「新しい階級社会」と言っている訳です。

岡田:さきほどのお話で、トマ・ピケティのr(資本収益率)とg(労働者の賃金)の話題が今、日本で将に起こっているということでしょうか。

橋本:私が強調している問題はそれとちょっと違います。一つは資本収益率の方が経済成長率を上回っているので、資本を持っている人はどんどん儲かり、他は取り残されるというその構造です。ところがその取り残された人々の中に、安定した雇用とそれなりの賃金を得ている人と得ていない人という格差が生まれている。だから資本への富の集中と被雇用者の中での格差の拡大の2つということですね。

岡田:労使間対立じゃなくて労労対立ですね。労働者階級の中がアンダークラスとそうでない人とに分かれた。

橋本:構造からいうと、資本の所有者たちがそれ以外の人々を全体的に搾取するという基本の構造プラスこの内部での格差。こういう二重の格差構造が重なっているということです。

岡田:労労対立というのはなぜ起こるのでしょうか。例えば新卒一括採用しているために、たまたまその就活時期が氷河期だったりすると差が出ますよね。

橋本:そうですね、そういう偶発的な要因はありますね。

岡田:今の学生は会社に入ってもすぐ辞めてしまう。(新卒3年以内以内離職30%超)日本の場合は一度レールを外れるとなかなか正社員につけない硬直性がある。色々な理由でアンダークラス化しやすい、誰もがアンダークラスになりうるリスキーな労働環境ということでしょうか。

橋本:そのリスクはかなり広がっているとは思いますが、反面、完全に今までの日本的な安定雇用の構造がなくなったという訳でもない。3年離職率は非常に高いですが、5年~6年過ぎてしまうとその後はかなり安定的だということは今でも言えると思います。
 言ってみれば新中間階級と、正規の労働者階級の安定した部分と、アンダークラスの間の格差構造が非常に激しい。その境目に、例えばいわゆるブラック企業の正社員や3年離職の予備軍みたいなグレーゾーンの人たちがいるということです。

◆アンダークラス組織化の難しさ

岡田:労働組合の組織率はますます低下していくけれども、組織率の低下が問題ではなくて、対象としている人たちがアンダークラスじゃない方の労働者階級だということが問題ですね。

橋本:最近は労働組合も非正規の組織化に力を入れています。だから組織率は低下を続けていますが、組合員数は下げ止まりました。この間もワタミが労働組合を作り、ユニオンショップで1万人以上が一挙にUAゼンセンに入りました。こんなこともあってアンダークラスの組合組織率の値は意外に高くなっています。

岡田:いわゆる企業別組合という日本特有のものではなくて、組織・企業横断的な組合もありますよね。

橋本:個人加盟ユニオンですね。それも集計に入っていて、人数は微々たるものですが、影響力はかなり持つようになってきました。裁判起こして残業代取り返したりとか、名ばかり管理職の問題を取り上げたりとか。そういう意味で、社会的なプレゼンスは結構大きくなっていますが、彼らの悩みは、相手が非正規で、首切られたとかで駆け込んで来て組合に入って、解決したら辞めちゃう人が多いことらしいのです。

岡田:自分の問題が解決すると、仲間のため、日本の社会のため、二度とこういうことが起きないようにというところまでは発展しない。我がことが終わったらもうそれでいいという考えですね。

橋本:それが彼らの一番の悩みだそうです。ですから決してどんどん人数が増えて組織率が高まるという構造にはなっていないようです。本人たちは非正規で給料も安いので仕方がないかもしれないですが。だから私もユニオンを支える会に入って寄付しています。

岡田:新中間階級やアンダークラスではない労働者は、自分はそっち(アンダークラス)に行きたくないので、自己保身をし、萎縮をし、チャレンジをしなくなる。企業もディフェンシブになり、社会もディフェンシブになっている気がします。
 若者と話すと、チャレンジして海外へ出たり、失敗しても何回でもやり直せるということが効かないと認識しています。就活もチャレンジするよりは失敗しない方が良いとなると、ものすごく日本全体の生産性も落ち、イノベーションも起きない。悪いスパイラルだなと思っています。

◆新中間階級の姿勢の変化

橋本:それはそのとおりだと思います。新中間階級のこれまでの変性・変化というのは、30年くらい前からずっと分析していますが、20世紀まで新中間階級は高学歴で世の中の差別問題や貧困問題などの所在というのを知っていて、どちらかというとリベラルな立場をとる人が多かった。また労働者階級の方は労働組合員の組織率も結構高かったですし、当時は総評系であったので、野党支持が多く、日本政治に割と批判的な傾向がありました。
 新中間階級というのは、ある時期まで労働者とあまり変わらなかった。ですから、野党支持もけっこう多かったですし、格差の拡大についても良くないと考える傾向も強かったのですが、近年ちょっと保身的と言うか、自己正当化傾向というのが強まっているように思います。だから自己責任論なのです。自己責任論というのは、失業も貧困も本人の責任だということですが、これをポジティブに変えたら、「俺がちゃんとした地位や高い給料をもらえるのは俺の能力だ。俺が努力したからだ」とポジティブな自己責任論になるのです。そちらの傾向というのがちょっと強まってきているというのが本の最後のところに書いたことです。

岡田:そういう人たちは、もちろん自分は新中間階級なり、アンダークラスじゃない正規労働者階級なりにいるのだという自覚があるから、そういう自己責任論を言うわけですね。一方で、大学を出てある程度学問の素地を身に付けた人間が、労働運動や社会問題などに本当は関心があるのだけれども、そういうことを口にできないような風潮があるじゃないですか。大学教育はある種リベラルなところがありますが、口に出すことを封じ込められている感じがします。

橋本:大学教育もかなり変わってきていると思います。かつて経済学部には必ずマルクス経済学と近代経済学の人がいて、経済史といっても精神的にはマル経であることが多かった。そういう中で育った人たちが企業に入って、場合によっては経営者になるという構造があった。ところが今、経済学部にマル経はほとんどいなくなったし、近経も実用的な部分がどんどん拡大しています。金融工学や経営学、何か資格を取らせるなどです。社会に対する批判的な認識、広い意味の社会科学的な要素というのはどんどん少なくなってきているのが実態だと思います。

岡田:それは先生を前にして言い難いですけれども、大学の責任になってしまいますよね。

橋本:政府と大学の両方ですね。政府がそういう実学的なものに対して補助金をつけるということを続けてきましたし、大学の側もそれに迎合する訳です。自分達の教育理念を守るというのは難しい。補助金が欲しいから。大学が、実学中心のプログラムを作りました、就職力を高めるためのプログラムを作りましたとすると文部科学省がポンと補助金をくれるのです。見識をもってそういうことには手を出さないという大学もあるけれども、それは恵まれた大学ですよね。

岡田:20代30代の若者と話してみると、お金や企業の中でのヒエラルキーなどに対する空虚さを感じているようです。上の世代、バブル世代や氷河期世代を見ているからでしょうか。頑張りはしますが、適度に頑張るという感じです。それよりもむしろ、ソーシャルビジネスやソーシャルイノベーション、社会起業家ということが経営学の分野ではものすごくブームになっていて、社会、自分たちが生活している地域、学校、企業のコミュニティに自分が入って、アウトプット・インプットし、いかに還元、還流させていくかといった思考をする若者もすごく僕の周りには増えています。
 労働運動や社会的格差については実は敏感だけど、知識が深い人間であればあるほど、気をつけて口に出さないとっていう感じがあります。ちょっと敷居が高いのですが、みな結構興味がある。例えば待機児童の問題で、社会って意外と冷たい、一方でお金があれば何でも解決するっておかしいよねと結構多くの人が思っています。だけどそれをどういう形でどこに言ったらいいのか、一つのムーブメントやボイスにして、健全な形で出していくのかという、その答えを若い世代が欲していると思います。

◆組織の垣根を超えた越境学習

岡田:企業の中では、越境学習という、企業の垣根を越えた学習を採り上げています。個人と組織の関係が流動化していますから、ひとつの会社に終身雇用でいて、内々で村社会でやってもだめですみたいなことが、ここ15年くらい言われていますね。
 越境していろいろな会社の人、いろいろな商売の人と接しましょうということです。そこでソーシャルキャピタルという社会的資本を個人が蓄積することによって、個人のキャリアを豊かにする、その流れなのですよね。その中にこういうソーシャルなもの、地域活動、子育て、介護の問題等々いろんなものが入って来て、夜な夜な若者がそういうところに行っています。

橋本:全体の中でどれぐらいの比率になるかという問題ですよね。

岡田:若者たちはかつてあった企業の中での労働組合だと嫌がります。ただ掲げているイシュー自体は今の若者も労働組合の人も一緒です。それに対するアプローチの仕方や声の挙げ方などが違って、あまり対立軸を打ち出して闘おうみたいなノリではなくて、とにかく世の中を良くしていきましょうよという感じ。
 資本家階級の人もその他の階級の人も、いろんな階級の人がそれぞれの持ち味を出して、ハッピーに暮らしていくような世の中にしたいという若者が多いです。だから資本家階級対労働者階級で闘ってどうのこうのみたいな図式でもないようですね。

橋本:さきほどの新時代の日本的経営に関わりますが、終身雇用型の部分というのが縮小されてきています。かつてであれば終身雇用型の安定雇用が一応前提になって、その中でどっちが先に課長になるかみたいな微細な出世競争で人々が動いていた。それがこの縮小する終身雇用の範囲の中に残ることができるかできないかというところに多くの人の関心事というのが集まります。それによって、かえって企業に対する同調圧力というのが強まり、さらにこの中と外との格差において画然としたものができているわけです。
 こちらに残れるようにしようという形でのますますの差別化みたいなことが起こっている。全体的には多数派の中で起こっていることはそちらの方ではないかと思います。

岡田:同志社大学の太田肇先生がおっしゃっているのですが、日本の組織は同調圧力や良く言えば凝集性が高いので、そのことが逆に日本の競争力にもなっていたのですが、これからはそうじゃないんだぞと。「個と組織が未分化」という言い方をされています。それぞれが自立してないので、べったりだと。

橋本:古い言葉では会社人間とか社畜とかですね。

岡田:太田先生は、それはやっぱり剥がすべきだと。組織に属さないということではなくて、属し方がありますよねということです。良い距離感。個人的にその属し方はさまざま違っていいし、それを経営側も認めるべき。当然2つの組織に属す人もいるでしょう。属し方もさまざまです。背景には同一価値同一労働みたいなのがあるのでしょうね。

橋本:それを組織化することを考えると労働組合とは別だとしても、何かサードパーティー的なものが必要だと思います。

岡田:インフォーマルには結構あります。我々JSHRMもある種同類で、私もふつうに会社勤めをしています。

橋本:そういう組織が永続的に十分機能するようにするためには、労働組合と同じように組合費なり会議費なりのお金をとって、しかもあちこちにできたものを束ねる上部団体も作って、ということがないと影響力は強まらないですよね。

岡田:今はもうちょっとネットとかも使った、そういうコミュニティでしょうか。企業でもなく、公務員でもなく、個人商店でもなく、NPOでも良いのですが、ちょっとソーシャルな第三の組織の必要性を感じています。そこでは社会が抱える矛盾や不安や不満などを語り合い、いい方向に解決していくというような動きが起こるイメージです。

橋本:そういう組織をつくるときに、今の労働組合は良くないとしても、労働組合というその組織の形態というのはやっぱり捨てられない。組合費を取ることができるとか、いろんなメリットがあります。それで労働条件の維持向上という目的さえおいていれば、他は何をやったっていいわけですよね。労働組合の要件を満たすわけだから。
 かつて総評なんていうのは、実は労働条件の維持向上もやっていたけれども、それよりも公害問題など社会問題での役割の方が大きかったですよね。そちらの機能を持つ、しかも企業別ではない労働組合とか、そういう方向でしょうか。まったく新しい組織形態を作るというのはやはり難しいですね。

岡田:NPO法人POSSEも、いま駆け込み寺みたいにはなっていて、そこに自分の抱えている問題を持っていくと解決してくれる。だけど解決してくれてありがとうで終わりで、自分と同じような悩みを世の中からなくすために、今度は微力ながらちょっとお手伝いしますよとならないということですね。

橋本:今までのところ、そうだと思います。首都圏青年ユニオンなんかもそういうかたちで、出たり入ったりというようなことがずっと続いていて、専従を置いた体制はなかなか維持しにくい。だから僕みたいな大学教員など1000人以上が会員になって会費を払っています。

◆おわりに 「新・日本の階級社会」の読み方

対談を終えて

岡田:まだこの本を読まれてない方もいると思いますが、ベストセラーになって書店に行くとランキング1位2位に並んでいます。最後にこの本はこんなところをこういう関心で読んだらいいよということをいただけますか。

橋本:まず格差社会という風に言われてきた日本の社会の構造について、個々の格差の実態をバラバラに明らかにするというのではなく、全体像を明らかにするということを目指しました。格差についての本というのはいろいろあって、特定の指標で見ていたり、特定の貧困層だけに注目していたりすることが多いですが、全体像をマクロで描くということです。
 その帰結というか結果でもあるのが、これまで断片的に言われてきたフリーターの貧困層がいるとか、シングルマザーの貧困層がいるとか、あるいはパート主婦のいる共稼ぎ世帯というのはこういう世帯だということを全て数字で把握しました。例えばシングルマザーの貧困層がいることは誰でも知ってる。その人たちがだいたいどれくらいの比率でいて、実際どういう生活をしてるのかということを数字で把握しました。そういうことも含めて、日本の格差社会というものの全体像をつかめるようにしたつもりです。
 必然的に数字やグラフが多いです。ただ文章は全て数字でグラフや表を見なくても読めるようにしてあります。グラフや表は、読んでいてこれはちょっと見てみたいなと思ったときだけ見ていただければそれでいいと思います。そうしたらたぶん面白く読んでいただけるのではないでしょうか。

岡田:まだお読みでない方は、「新・日本の階級社会」を是非読んで下さい。以上で終わりたいと思います。どうも有難うございました。




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