『「先送り」型組織にみる日本的?組織風土』

 「先送り」という表現を聞いてみなさんは何を想いますか。小学校時代の夏休みの宿題、会社で毎年受診する健康診断、英会話スクールやフィットネスジムに定期的に通うこと、健康管理のために一念発起したダイエット₀他にもいろいろなことを想うのではないかと思います。面倒なこと、あまり優先度が高くないこと、手間がかかること、ゴールイメージがわかない(結果が見えづらい)ことなどについては、判断や行動を先送りしてしまう傾向があるようです。

 デポール大学(米国)で心理学を専門とするジョセフ・フェラーリ教授は、「成人の約20%が自分を“先延ばしの常習犯”だと認めている」という調査結果を発表しています。別の研究チームによると、「先送り」行動を「将来の否定的な結果を予測できるにもかかわらず、自らの行動を自発的に遅延させること」と定義づけており、この行動によって人々は目の前にある近視眼的な満足や心地よい雰囲気を得る代わりに、長期的な観点でみた人生の「損失」を背負うことになるとしています。「損失」とは、人間関係や仕事、健康面での問題を意味し、深刻な問題に発展するケースもあるようです。「先送り」行動には多くのリスクが潜んでいるようです。

 こうした「先送り」を個人の判断、行動レベルから組織の判断、行動レベルで考えてみると何が見えるでしょうか。組織とは特定の目的を達成するために集まった人間の集合です。国家、地域(行政組織)、企業、学校など、私達は複数組織に所属し、そこで生産活動やコミュニケーションを行います。では組織において「先送り」が発生すると何が問題でしょうか?物事が決まらず前に進まない、組織構成員の役割分担が決まらず行動できない、関係する他の組織や個人の行動を制約してしまうなどの問題を発生させてしまいます。組織レベルでの「先送り」=「先送り」型組織の存在は、私達に多くのリスク(不都合)をもたらします。

 ではなぜこうした「先送り」型組織が生まれてしまうのでしょうか。組織論や社会学研究分野に「制度的同形化」という理論があります。これはある制度や仕組み、ルール(規範)が導入される際に、導入される環境において、本来なら制度の形を変える方が合理的であるはずなのに、そうはならずに判で押したように同じような形の制度が導入され広がっていくという理論です。例えばワーク・ライフバランスという規範が導入(喧伝)されると、導入される組織環境(大きさ、風土、特性)に関係なく外形的に規範を導入してしまうというケースです。ワーク・ライフバランス以外にもダイバーシティ、女性活躍などのケースも同様です。特に集団圧力が強い日本の組織では、産業(業界)や地域ごとに独自の規範が醸成され、その規範が同形化圧力となって組織に作用します。時に閉鎖的で近視眼的内容であったりします。

 「制度的同形化」が組織の意思決定に及ぼす影響として、「先送り」という現象があります。特定の業界に存在する不文律のようなものが外部環境変化等により経年劣化した際に、本来であれば速やかに環境変化に対応する(しようとする)ことが組織の永続的発展に望ましいハズです。しかし特定業界のある企業が問題・課題の「先送り」を選択すると、他の企業も同様な行動を選択します。同形化圧力に屈する場合もあれば、同形化圧力に迎合する場合もあります。別の言い方をすれば、意図的な組織的思考停止状態です。当然問題や課題は「先送り」しただけなので解決に至ることはなく、むしろ時間の経過と共に悪化することもあります。

 昨今メディアを賑わせている組織的不正問題の多くは「先送り」が原因です。こうした問題は道徳や倫理に関わる問題であり、法規制やモラルの観点から有効な処方箋を提案することは重要です。一方で、組織風土や文化といった視点からこの問題を眺めてみると、「制度的同形化」理論をはじめ多くの視点を獲得できます。

 組織と個人との関係性(境界線)はますます多様化し、変化し続けます。組織内外に緩やかで小さなネットワークが数多く存在し、そうしたネットワークが相互作用を繰り返し変化していきます。組織の概念もこれまでとは大きく変わります。

 こんな世界観が目前にイメージされる中で、「先送り」という昭和時代からの負の遺産的組織特性を味わってみるのも悪くないかも知れません。

岡田 英之

JSHRM 執行役員
Insights編集長 岡田 英之