2016年日露首脳会談において、日本の安倍総理大臣とロシアのプーチン大統領により、2018年が日露交流年と宣言され、2018年5月26日に「ロシアにおける日本年」「日本におけるロシア年」の開会式がモスクワにあるボリショイ劇場で行われました。
 その主要行事の一つとして、2018年8月11日にモスクワ市内にある中央競馬場で、小笠原流弓馬術礼法小笠原教場による「流鏑馬」執行とロシア伝統騎馬行事の「ジギトフカ」が披露されました。
 このコラムでは、日本で長く続く伝統やそれを守る人々を取り上げて紹介をしてきましたが、その日本の伝統文化がロシアとの交流を促進する瞬間に立ち会う事ができました。今号はそのレポートをお届けします。

モスクワ中央競馬場正面に飾られた流鏑馬のポスター

◆ロシアという国

ロシア正教の教会と近代的なビル

 ロシア(ロシア連邦)の国土面積は日本の45倍で米国の2倍近く、2017年1月現在の人口は1億4,680万人。公用語はロシア語で、文字はキリル文字を使う。宗教はロシア正教を中心に、イスラム教、仏教、ユダヤ教等。民族もスラブ民族のようなヨーロッパ系の顔つきをした人々もいれば、アジア系の顔立ちも目立つ。現在の元首はプーチン,ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ大統領。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の一員として、ロシアは、2000年以降経済発展が著しく、経済的にも世界から注目されている。

 訪れたモスクワの街は車であふれ、片側4車線の大通りには横断歩道がなく、地下道を使って渡ることが多い。地下鉄路線は市内を縦横無尽に走り、1分と経たないうちに次の列車が到着する。街のスーパーマーケットは24時間営業も珍しくなく、街全体に物が溢れている。とても明るく豊かな国であると言う印象を持つ。


◆今年は「ロシアにおける日本年2018」

中央競馬場の前で並ぶ人々

 2018年は、ロシア各地で、経済、文化、芸術、絵画、演劇、映像、武道、スポーツなど様々な分野において、日本の伝統文化とロシアの文化交流の催しが開催されている。その中の一つ、日本の小笠原流教場による流鏑馬執行が、ロシア伝統騎馬行事の「ジギトフカ」とともに、2018年8月11日正午から実施された。

 場所はモスクワ市内中心からそう遠くない中央競馬場。会場には続々と人が集まり、開始時刻になっても続く長蛇の列が見られた。後でわかったことだが、収容人数1万人のところ、それを上回る人が集まったという。人々を収容しきれないからか、VIP席の後ろにも一般の人が通され、立ち見もでる始末。あらためて、このイベントへのロシアの人々の関心に驚いた。

 日本の代表は在ロシア大使が務め、ロシアの代表である副大臣とともに、開会の言葉を述べられた。その後、まずは、日本側の流鏑馬披露が行われた。この流鏑馬のために日本から来られた鎌倉の鶴岡八幡宮の神職が、祝詞を奏上し、お祓いなどの流鏑馬執行前の儀式を執り行う。いよいよ流鏑馬が始まった。

開会の挨拶をする在ロシア大使とロシアの副大臣(小笠原教場から借用)

両国の国旗を持つ人が行進する(小笠原教場から借用)

鎌倉鶴岡八幡宮神職によるお祓い(小笠原教場から借用)

 日本の神社で行われるように、装束をつけた3人の射手がロシア現地の馬を操り、3つの的めがけて矢を射る。的に矢が的中すると歓声が起こり、惜しくも外れると落胆のため息が聞こえてくる。あまりの人々の反応の大きさに、日本の神社で行われる流鏑馬神事とは異なる会場の雰囲気を感じた。歓声に驚いたのか、なかなか走り出さない馬もいた。流鏑馬神事の一ノ射手、二ノ射手、三ノ射手が登場した後は、小笠原教場の他の射手さんたちが馬を駆け、3つの的めがけて矢を放つ。そのたびに会場からの一喜一憂の声がもれた。

流鏑馬執行に参加をした方々(小笠原教場から借用)

的をめがけて矢を射る(小笠原教場から借用)

射手が馬を返すために歩く姿、後ろには小笠原宗家や日記役など諸役が見守る(小笠原教場から借用)

装束を着ての礼儀作法も古式に従う(小笠原教場から借用)

 この流鏑馬を支えるそれぞれの諸役を、ロシア武道協会の方々が務められた。装束を着ての礼儀作法も、日本で行われるのと全く同じように執り行われ、装束を身につけたロシアの人々が、少し緊張した面持ちで、的を取り替え、矢を運び、矢を相手に渡す。その所作と姿が美しかった。


 次にロシア伝統騎馬行事の「ジギトフカ」が披露された。ロシアの伝統的な衣装を着た人々が、少し小さめの矢を馬上から的をめがけて射る。その他にも、一つの馬に複数の人が乗り、逆立ちや横乗りをするなど、馬上での数々の伝統芸が披露された。

ロシア伝統騎馬(ジギトフカ)。複数で一つの馬に乗り、馬上で逆立ちをする(小笠原教場から借用)

ロシア伝統騎馬(ジギトフカ)。馬の上で立ち、的めがけて矢を放つ(小笠原教場から借用)

◆ロシアの人々の日本文化への関心

 会場の一角には流鏑馬をロシア語で説明するパネルや、鎧兜、流鏑馬の際に着る装束、練習に使用する木馬などが展示された。これらの道具類はすべて日本から持ってきたものだが、馬だけは、日本から持ち込まず、地元の馬を使い流鏑馬が執行される。小笠原教場の方々は、現地で初めて馬と対面し、限られた時間で馬と会話をして乗りこなさなければならない。日本の馬と違い、気性も違うであろうし、流鏑馬というものも初めてであろう。そんな馬に乗りこなし矢を射る姿に、ロシア武道協会の方々からも驚きの声が上がったそうだ。

中央ホールに飾られた鎧兜

流鏑馬の練習に使用する木馬

流鏑馬に使う装束


報道陣からのインタビューを受ける次期宗家、小笠原清基氏

 この日の映像は直ちにネット配信され、ネットニュースも掲載された。全てのロシアのテレビ局が取材に訪れ、流鏑馬が終わった後、小笠原清基氏(次期宗家)にインタビューするために並ぶ報道陣を目にした。日本古来伝わり、日本人にとっても最近では珍しくなった流鏑馬だが、ロシアの人々の反応を見て、あらためて我々の文化を誇らしく思う気持ちが湧いてきた。


文:中田 尚子(Insights編集部員)