平成という時代を企業社会の側面から総括してみると、「劣化」というキーワードが想起されるのではないかと思います。組織の劣化、人材の劣化、ビジネスモデルの劣化…特に組織マネジメントの劣化は日本の将来を大きく左右する深刻な問題と捉えます。度重なる企業不祥事、コンプライアンス違反、働く職場環境の悪化の背景には、「オッサン」と呼ばれる層の存在が垣間見えます。「オッサン」が構成する社会の実像とは?

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

著述家、コンサルタント
コーンフェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー
山口 周 氏

ゲスト:著述家、コンサルタント
コーンフェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー
山口 周 氏

慶應義塾大学文学部哲学科を卒業。同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程を修了。電通、ブーズ・アレン・ハミルトン、ボストン・コンサルティング・グループ、A.T.カーニーに勤務した。2011年~現在は、コーンフェリー・ヘイグループ株式会社に勤務している。同社シニアクライアントパートナー、一橋大学大学院経営管理研究科非常勤講師でもある。



岡田 英之(編集部会):今回はコーン・フェリー・ヘイグループのシニア・クライアント・パートナーであり、「劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか」の著者でもある山口周さんにお越しいただきました。早速ですが、山口さんの自己紹介とご著書の紹介をお願いします。

◆劣化するオッサンの定義とは

山口 周(コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー):この本を書いたのは、多分みなさんもお感じだと思うのですが、最近、非常に幼児的な振る舞いをする年長者が増えてきているからです。コンプライアンス、不祥事などの問題で目にする方々だけでなく、社会全体にいわゆる見識がないというか人間的な成熟があまり感じられない50~60代や老人が増えていることについて、以前から問題意識があったんですね。

岡田:ご著書での「オッサン」の定義を、教えていただけますか?

山口:わかりやすく言うと、社会的に存在を尊重されていない50~60代になると思います。組織の中で人望もない、貢献している領域も不明確、家庭の中でもリスペクトされていない、地元のコミュニティでも「あの人がいないと困る」というタイプではない。居場所のなくなった50~60代です。そんなオッサンが、憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちをあちらこちらで発散している姿が、下の世代から見て大変みっともなく映っているのが今の構図だと思います。

岡田:オッサンたち本人にしてみれば寂しいのでしょうね?

山口:寂しいと思います。彼らが20~30代のときには年長者に対してそれなりのリスペクトを持って接していたと思うのです。本にも書きましたが、それは同じ物語を共有している人たちの間では成立したのですね。昭和50~60年代の後半にかけては、それほど大きなビジネスモデルや社会構造の変化がなかった。昔とった杵柄でアドバイスをしても「なるほど」ということもあったと思います。でも今は、20年前の業務経験で現場に口を出されたら、たまったものじゃないわけです。

岡田:確かに、たまったものではないですね。

「オッサン」とは何者? 

山口:いるだけ無駄という立場、一方で余計なことを言うと部下は忖度しなくてはならない。ただ、おっしゃるとおり、勘の鋭い方は気がついていて、寂しい思いをされていると思いますね。

岡田:昔の物語、いわゆる古き良き昭和の物語ですね。上の世代をロールモデルにしてキャリアや人生設計が描けた。ところがパラダイムシフトが起こり、それはもう寸断されてしまった。オッサンたちも新たな物語を序章から作り直していかなければならなくなり、戸惑っているということですね。

山口:私自身も電通でキャリアをスタートさせましたが、20代のときに得たエッセンスや知見は、今の広告業界では全く役に立たないですね。昔はテレビ、新聞、駅のポスターぐらいでしたが「ソーシャルメディアどうするのだ」となると抽象度の高いレベルで何か言えても、それが役に立つかはわからないです。もちろん、50~60代が組織の中で生産性が高くないのは何も今に始まったことではないのですが、一言でいうと、世の中に余裕がなくなってきたということでもあると思います。

◆人生100年時代のキャリアデザイン

岡田:世の中に余裕がなくなってきたということは、オッサンたちはある種被害者でもあるのでしょうか?一方で物語が変わったので新しい物語にアジャストしていく必要があるということですね。

山口:はい、ただパラダイムシフトが起こると、昔とった杵柄の資産が不良資産化するのでバランスシートが凄く細いわけです。今から同じように学び直すとしても、メディアやテクノロジーの世界だとわかりやすいのですが、20代と50代が同じスタートラインに立つと当然20代の人たちにかなわない。ではその人たちの部下になるのかという話です。

岡田:そういうことですね。

山口:テクノロジーの会社ではそういうことが実際に起こっています。2018年にAppleやGoogleが入社の基準から大卒を外して中卒でも構わないとしました。これはつまり、ブレインパワーのピークが、どんどん若年化しているということなのです。

岡田:ブレインパワーとは何ですか?

山口:知能、頭の良さという意味です。わかりやすいのはITの世界です。エンジニアはプログラム言語が進化したらゼロリセットして新しい言語を学ばなければなりません。そうなったときに圧倒的にパフォーマンスが高いのは、やはり若い人たちなのです。姿勢の問題というより生理の問題で、要するに人間はどんどんバカになっていくので、20歳前後の子にかなわないわけです。それなのに人生100年時代と言われて、80歳まで働く過酷な時代になってきている。

岡田:これ、悲劇ですよね。オッサンたちにとって「人生100年です」と言われても、はなはだ迷惑というか……社会的にもどうするのでしょうか?

山口:能天気に言っていますが、極めて重要な社会問題をいろいろなところで生むと思います。今後は人口知能も出てきますから、中高年はもうホワイトカラーとしてやっていくのは厳しいと思います。なぜなら中間管理職の仕事とは、フィジカルなことがなく、ブレインワークで、ある程度処理プロセスが決まっている、かつコストが高い。つまり最も人口知能にリプレイスされやすい条件が揃っているのです。中間管理職のポジションの需要は減るのに、一方で60歳定年が80歳になれば労働年齢は20年長くなり供給量が1.5倍になります。大変に過酷な労働市場になっていくと思います。

岡田:労働力人口が足りないどころか過剰になりますね。そんな議論はあまり起こりませんが。

山口:過剰になると思います。だから私は個人的にはパン屋とか、農家、喫茶店を経営するなど、比較的代替されにくい方向にいくほうがよいと思っています。スウェーデンやドイツには、ある程度の年齢になると「ホワイトカラー辞めてパン屋をやりたい」という人に対して、国の助成金で2年間パンの修行ができる仕組みがあります。そんなフィジカルワークへのキャリアトランジットを促すような仕組みがないと、いろいろ難しくなると思います。

人生100年時代を迎えて考えるべきこととは?

◆目標管理制度やノーレイティングは「アプリ」

岡田:ビジネスモデルが変化したり、テクノロジーの進歩が速くなったりすると、自分の持つスキルが容易に陳腐化する。僕も含めてミドルマネジメントクラスのオッサンがこれからどうしようとなったときに、今のお話のように「自分の持っている知見をどんどん書き換えていけばいいのだよ、オッサン」という話になると思います。しかし、凄くそれってストレスフルだし、常に勉強しなければいけない。もう疲れてもくるし、なかなかうまくいかないとなると…。

山口:なかなか、難しいですよね。

岡田:僕らオッサンが80~100歳まで社会に貢献していくうえで何か、ないのかなということで、僕はもう少し突き詰めて考えていくと、一つこれかなと思うのがあって……世の中、テクノロジーとかいろいろな法体系や社会システムが変化をしていくのですが、実は変化していそうでいない根っこのところがある。難しいのですがそこをちゃんと理解できる人は、割と時代の変化やテクノロジーの変化にも対応しやすいのではないかと考えているのですが。

山口:この本にも書いたのですが「結晶性知能」ということだと思います。シニアの人たちがある程度、結晶性知能を積み重ねると、ロジカルな判断が非常に難しい局面における正しい判断ができるとか、倫理的に踏み外してしまいそうな局面においてブレーキをかけられるとか、そういう一種の知恵を働かせることができる。それはやはり年長者の得意分野になると思うのです。

岡田:なるほど、結晶性知能ですか。

山口:これは、私自身も本当に悩んでいて、今48歳なのでもうすぐサードステージをまたぐのですが、この先どのように組織や社会と関わっていけばよいのか考えます。人事組織の仕事を続けているのである程度の保険はありますが、例えば、ティール組織だ、テクノロジーを組み合わせれば人事評価もなしでという新しい話が出てくると、「目標管理制度の運用トレーニングができます」と言っても「何ですかそれ?」と言われる時代が、多分あと10年ぐらいで来てしまうと思うのですね。

岡田:いつの話ですか?なんか昔ありましたねとか。

山口:「成果主義ってやつですよね?流行ったのですよね?」という話になってくる。だからOSとアプリの関係で言えば、アプリの知識は入れ替えていかないと「まだこんなアプリ使っているの?」という話になるわけです。最近はノーレイティングが注目されていますが、目標管理、成果主義がノーレイティングに替わるのはアプリの世界の話です。一方で、人のモチベーションとはどんなものか?リーダーシップの本質とは何か?ということについてはOSの領域になると思うのです。

岡田:そこの領域は、あまり変わらないですよね、実は?

山口:そこは時間軸でも空間軸でも普遍性があるので、意識的に積み重ねていくことで経時劣化しにくい知的資産を作れるだろうというのは、おっしゃるとおりだと思います。意識的にOSの比率を増やしていかないと若者に勝てない領域で戦う、競争戦略的に凄くバッドな戦い方になると思います。

◆MBAがコモディティ化した日本

岡田:もう一つのご著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?─経営における「アート」と「サイエンス」』もそうですが、最近はリベラルアーツとか、美意識、哲学、歴史学などのテーマが、凄くビジネス書領域で増えています。多くのオッサンたちがその方向に向かっていますね。

山口:急速に出てきていますね。これは、やはりMBA本などへのある種の飽きがあると思うのですね。2000年代から戦略コンサルブームみたいなものが起きて、マッキンゼー本が怒涛のように出てはベストセラーになる時代が続きましたが、さすがにもう、みんな辟易してきたんだろうと思います。

岡田:マッキンゼー本、ボスコン(ボストン・コンサルティング・グループ)本、売れていましたね。

山口:これ、私自身が戦略コンサルティングファームにいたときに感じたのですが、2000年代前半までは顧客に訪問すると「何かマジシャンみたいな人たちがきた」という感覚がまだあったのです。ただ2011年に私が人事業界に移るころはもう「普通の人たちだけと目茶苦茶働いてくれる」という感覚に変わっていました。「全くたいしたことはない」というのが普遍的な認識になっていた。だから、マッキンゼー本、BCG本もかつての勢いはなくなっていますよね。

岡田:コモディティ化しちゃったのですかね。では、彼らは今何で競争優位性を保っているのですか?

山口:明らかに、高級人材派遣です。大規模な合併のときの事務局をやる業務などです。例えば3社が合併する場合、工場、購買、人事など3社の同じ部署を全部統合するために部門ごとにチームを立てて100人単位でコンサルタントを送り込む。これは物凄く難しい問題を2~3人の極めて頭の良い人たちが解いて1億円いただくプロジェクトよりも圧倒的に効率がいい。少しマーケット寄りの話をしますと、戦略コンサルは、元々は経営者を対象にビジネスをしてきましたが、そこで一定の踊り場まできてしまった。そこからマーケットを拡大するには「コンサルを使わない」と言う社長に買ってもらうか、社長ではなく部長さんクラスを顧客にするかしかないのです。当たり前ですが下に降りるほうが楽です。また、部長クラスでも数千万円位なら充分決裁権限を持っています。

岡田:楽ですけど、ちょっと小ぶりの案件になりますね。

山口:コーポレートストラテジーをどうするかではなくオペレーショナルな案件になります。だから高級人材派遣として、極論すると「あなたを出世させてあげます」というスタンスになります。その部長が組織でどうサバイブしていくかがパートナーの売上に関わるので、そこも含めて一蓮托生で動いているのが今の構図だと思います。

岡田:非常にポリティカルな要素がありますね。

山口:極めてポリティカルです。日本生産性本部さんや日本人材マネジメント協会さんのような、ある種の理想主義が基底にあるような、坂の上の星雲を見ているような組織と、外資コンサルは根底にあるものが違うと思いますね。

◆コミュニティを再設計する

山口:今の50~60代はそういう意味で大きな断絶をまたいでキャリアを歩んでいるので、とても割を食ってしまった世代だと感じます。結局、不良資産化したスキルだと組織に貢献できない。下もリスペクトしないとなると、自分の持っているポジションパワーや社会資本、人脈などを使ってある種の恐怖政治をしくというボクシング協会の会長みたいにならざるをえない。あれは、必然的な姿だと思います。

岡田:自己防衛するわけですね。

山口:だと思います。それがまさに“オッサンが祟り神になる”という、もののけ姫ふうにいうと、成仏できない姿だと思います。今、重要なのは、彼らや周りにどうこうさせるのではなく、なるべくある人に対して居場所を与えてあげることを、社会的にどのようにできるかだと思います。落合洋一さんも言っているのですが、人口知能が出てくると、どの職業がなくなる、なくならないというテーマで議論しがちですが、本質的な問題は、コミュニティの在り方をどう再設計するかなのです。

岡田:なるほど。そこで一つお聞きしたいのですが、ジグムント・バウマンという社会学者の方がリキットモダニティ、社会が液状化しちゃったということを述べているのですが…。

山口:ちょっとそれ、メモさせていただいていいですか?重要なキーワードな気がします。

岡田:先日、インタビューした政治学者の方に教えていただいたのですが、要するに日本なんかまさに液状化していると。昔は会社と家庭ぐらいだったけど、今はサードプレイスもあるし、いろいろなコミュニティがバーチャルを含めて無数にあって液状化しているのだと。

山口:わかります。私も本にも書きましたが昭和30年代は、村落共同体みたいなところがあってソリッドでした。クローズで固定化して液状化していません。会社もソリッドで閉じていましたよね。

岡田:それが今は凄く液状化、しかもグローバルに液状化していますと。SNSも入ってくるという話です。そんななかでオッサンたちが、どのようにコミュニティで承認をきちんとしてもらって、自分の居場所を得るか、今日の話の大事なところは、多分そこだと思うのですよね。

山口:私もアノミー化する社会というか、ブラインド、さまよえるような、無連帯で紐帯が切れていくイメージで、今の社会を捉えています。社会が液状化すると、その人のユニークなコントリビューションは何かが問われる世の中になってくると思います。これからは、キャリアステージも長くなり環境の変化も激しくなるので、20代の学びでキャリアを駆け抜けて逃げ切ることもできなくなる。常に学び続けアップデートし続けることが必要です。ただ岡田さんがおっしゃるとおりアップデートは結構しんどい。しかし、辛いかどうかは自分が関わっている領域との親和性というか、単純に言うと好きなことをできているかどうかも、大きいと思うのですね。

岡田:長いライフステージ、ライフキャリアのなかで好きなことを仕事にできて、経済的にも維持できる人が増えればいいと思いますが、経済的な部分をどうサポートするかが大事ですよね。

◆イノベーションの鍵は人事

山口:ベーシックインカムみたいな話だと思いますけど、私は働き方改革にしても、やはり月~金まで1日8時間働くことを前提にすると、それなりのコストが発生するので雇用は硬直的になると思うのです。頭脳労働の場合は、2日間集中的に働くことで、例えば6~7割の成果を出すことができると仮定すると、2日分働いて給料は6割しか払いませんという契約にして、そのかわり、その方は別の職場でも2日働けるようにする。すると6割+6割の給料で120%の報酬になる。企業にしてみると約半分の給料しか払っていないので、凄く生産性は高くなると思うのですね。

岡田:要するに兼業・副業の話になると思うのですが、例えば山口さんのようなコンサルタントの方が、複数の企業に契約あるいは属することによって、企業側はコストをミニマイズでき、働く側は可得賃金が上がる。1社にフルコミットするより、時間当たりの生産性が上がるということですね。

山口:リスク体制 も上がりますよね。一社つぶれても大丈夫です。越境学習みたいな面もうまく促進をされてイノベーションも起こりやすくなると思います。液状化というのが、何というか、細胞の浸透膜のように、ゆるやかにいろいろなコミュニティにつながって行き来することができるのなら、いいのかなという気がします。あるいは、全ての職場で仕事がなくなる、もしくは学び直しが必要な状況になるとすると、ベーシックインカムのようにある程度の年齢になったときに、2年間くらいトレーニングを受けて大きなキャリアチェンジをすることについて、国の支援があったほうがいいと思います。個人の努力ですむ話と、社会的対応が必要な領域があると思います。

◆終わりに

岡田:最後に読者の人事担当者の方々に、何かメッセージをいただけるでしょうか。

山口:はい。やはり私は人事が大事だと思うのですね。「イノベーションのジレンマ」という本で著者のクリステンセンが書いていて、なぜか多くの人が見逃しているポイントがあるのですが、クリステンセンは「鍵は人事だ」と言っているのです。私も同感です。一方で人事は最も経路依存性が働く領域でもあり、ある意味で昭和が終わらせられていない。それでいて、アメリカでノーレイティングが流行ると何か右往左往してGEの取り組みをベンチマークするような動きになりがちです。私は、こういう時代だからこそ、ゼロベースで組織や人事の在り方について考える“知的な粘り”が必要だと思います。どうも、深い組織課題や人間に対する洞察があるというよりは、表面的な取り組み事例を、労政時報を読んで「うちもやってみよう」となるケースが多すぎるように感じます。最近、NETFLIXの人事戦略の本がベストセラーになりましたが、あれも外にではなく会社の中で起こっていることに対して内省的に考えた過程でユニークな制度が生まれています。学びのレイヤーが二階層あるなかで下のレイヤーを見る、OSとアプリで言えばアプリだけを取り込むことは、戒めるべきかなと思います。

岡田:今みたいなお話を、企業研修や講演でお願いしますという依頼は可能でしょうか?

山口:もちろんです。私はコーン・フェリーに席はありますが講演や研修は個人でも可能です。

岡田:有難うございます。それでは、本日はこれで終了いたします。