平成という時代が終わり、新しい時代を迎えようとしています。皆さんにとって平成という時代はどのような時代でしたか?バブル崩壊と失われた20年、リーマンショックという未曽有の金融危機、東日本大震災など社会経済システムを崩壊させるような激動の時代であったと思います。特集2では、こんな平成時代を総括してみたいと思います。キーワードは「ポスト工業化」「ネオリベラリズム」「格差社会」「ポスト冷戦」「五五年体制の終焉」「日常の政治」の6つです。6つのキーワードから見えてくる新しい時代の輪郭とは?

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

早稲田大学大学院政治学研究科 講師 藤井 達夫 氏

ゲスト:早稲田大学大学院政治学研究科 講師 藤井 達夫 氏
1973年岐阜県生まれ。2005年に早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、早稲田大学大学院政治学研究科などで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。共著に、『公共性の政治理論』(ナカニシヤ出版)、共訳に『熟議民主主義ハンドブック』(現代人文社)などがある。


岡田 英之(編集部会):今回は早稲田大学大学院の講師であり「<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか」の著者でもある、藤井達夫先生にお越しいただきました。早速ですが、藤井先生の自己紹介からお願いします。

◆リベラルアーツとは何か

藤井 達夫(早稲田大学大学院政治学研究科講師):私は早稲田大学の政治経済学部、同大学の大学院政治学研究科を出まして、マスター、ドクターとも政治思想を専攻しました。特にフランスの政治思想が専門で、修士論文の課題はジャン・ジャック・ルソーでした。大学院修了後は旧国立大学、東京医科歯科大学の教養部で専任講師をつとめた後、現在はいくつかの大学で教鞭をとりながら文筆活動も行っています。最近は自分の関心も西洋の政治思想から、民主主義や現代政治に移っておりまして、学会の報告や論文は現代民主主義理論が多くなっています。

岡田:ルソーについて詳しくは知らない人も多いと思います。簡単にご紹介をお願いできますか。

藤井:ルソーは、いわゆる啓蒙=理性の時代と言われる18世紀フランスの天才的な思想家です。例えば、彼の著書『エミール』は近代教育論の古典中の古典であり、今でも教育学を専攻した人なら必ず読んでいます。不平等の原因が私有財産制にあると説いた『人間不平等起源論』。あるいは近代的なセンチメンタリズムを表現した小説『ヌーベル・エロイーズ』。フランス革命に影響を与えたと言われる『社会契約論』。とにかく現代にも圧倒的影響を及ぼしています。ただ時代的には反逆児であり、同時代の有名な啓蒙思想家と仲違いしたり、思想上の迫害を受けたりするなど、幸福とは決して言えない人生を送ります。

岡田:現代でもルソーを読む人はとても多いですね。ところで、我々人事の世界ではリベラルアーツ教育が注目されています。まさに藤井先生の専門分野ですので、まずリベラルアーツとは何かについてご説明をお願いできますか。

藤井:リベラルアーツが何かという問いは難しいのですが、今の大学の教養課程で学生に求められている能力は、いわゆる与えられた問題を既知の解法を用いて最短で解くという能力ではなくて、問題発見能力です。そして、発見された問題にはお決まりの解法がないことが多いので、適切な解決方法を見つけることから始める問題解決能力。私はさらにそれに加えて、他人と協働(co-operation)ができることだと考えています。

注目されるリベラルアーツ

岡田:問題発見能力、問題解決能力、他人との協働ですね。

藤井:リベラルアーツの根本は何かというと「自由な人」のための学問です。今風に言えば、実学というよりは、教養ということになります。では、教養とはいったい何なのかというと、自分の考えを疑うことができることです。そして別の視点から考えることができる。あるいは物事を広くとらえることを可能にする。その動機付けや方法を与えるのがリベラルアーツ、つまり教養だと私は思います。

岡田:わかりやすいですね。変化の激しい今の時代にこそ必要だと感じます。

藤井:例えば欧米では、製薬会社の社長が、哲学や文学のドクターを持っていることは珍しいことではありません。つまり、経営者が金もうけに直接かかわらない学問を学んでいる。現在、日本の大学改革ではリベラルアーツを減らしていこうという傾向がありますが、私は、リベラルアーツはやはり重要だと考えます。

◆『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』

岡田:ご著書の『<平成>の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか』のご紹介をお願いします。

藤井:この本は平成という時代を6つのキーワードで読み解こうという試みでした。6つのキーワードの根底にあるのは、この社会の機能不全といった場合、そもそもどういう機能があったのかということです。その基本構造が工業化です。

岡田:工業化がキーワードですね。

藤井:いわゆる昭和の時代、高度経済成長期に形成された「工業化」という枠組みが、崩壊したのが平成だと言えます。つまり、ポスト工業化の到来と脱物質主義という考え方ですね。これは実は1960年代後半から続いている流れであり、アップルのスティーブ・ジョブズなども脱物質主義的な考え方に影響を受けていると思います。要するに、単なる金儲けじゃないという考え方です。

岡田:今の若者も「コト消費」とかいいますね。物質ではなくその背景にあるものに価値を見出すという考え方でしょうか。

藤井:はい。1970年代のオイルショック以降、欧米は長い間、経済不況に陥りました。そこで、産業構造の転換――工業化から脱工業化へ――が生じました。欧米では、脱物質主義が脱工業化とシンクロしていくかたちで進みます。ところが日本は1980年代にバブル景気に突入したため、そこが結びついていません。

岡田:精神的な成熟度という意味で、10~20年遅れをとってしまったということでしょうか?

藤井:精神面、環境問題などへの対応方法はかなり遅れたと思います。原発の問題もそうですね。

岡田:第1章にある「液状化する社会」とは、どのような意味でしょうか。

藤井:ジグムント・バウマンというポーランド出身の学者が使った「リキッド・モダニティ」という言葉がありまして、それにヒントを得た表現です。19世紀以降の工業化社会のなかで、欧米にせよ日本にせよ非常にソリッドな、つまり強固な鉄の檻(おり)といってもいい制度を作っていました。労働も社会保障もそうです。ただ、工業化社会が限界に達する1973年を経て、ソリッドなシステムが維持できなくなった。ソリッドな社会が液状化していくというのがバウマンの分析です。私は彼の分析は大まかには正しく、液状化は世界的に起きている現象だと思っています。

岡田:日本だけでなく世界中で起きている?

藤井:そうです。そして新自由主義が登場します。新自由主義の特徴というのは、リキッドではありませんが、フレキシブルです。アントレプレナーシップ、冒険心、リスクヘッジ、自己責任が必要になります。私が第1章で言いたかったことは、工業化社会からポスト工業化社会になったということ。そしてもう一つが、新自由主義についてです。本にも書きましたが、私は根本的な問題は新自由主義、つまりネオリベラリズムだと思っています。

◆新自由主義(ネオリベラリズム)とは何だったのか

岡田:新自由主義について、解説していただいてよろしいでしょうか?小泉政権のころ、いわゆる小泉純一郎や竹中平蔵という人たちが新自由主義者で、どうやら僕らを洗脳したようですね。改革を進めていけば競争は厳しいけれども明るい未来がその先にありますと。だからみなさん頑張りましょうと。ただ、明るい未来は存在しなかったように感じます。

藤井:その通りです。新自由主義を率先してきたのが、まずイギリスのサッチャー。アメリカではレーガン。思想的にはミルトン・フリードマンのようなシカゴ学派の人たちです。

岡田:マネタリストと呼ばれる人たちですね。

藤井:そうです。それまでのイギリスは、いわゆる「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家でした。アメリカも福祉国家を目指していました。例えば、古くはフォードがT型フォードを開発し、自分の工場で働いている労働者たちがそのT型フォードを買えるようにまず賃金を上げていった。そのように労働者が物を買える状況にしていくなかで企業が発展するということを、政府が後ろ盾になって進めます。これがフォーディズムに立脚した福祉国家です。

岡田:エコシステムのようなものですね。

藤井:はい、ただ福祉国家にはいろいろ問題もありました。そしてオイルショック以降の不況で経済が維持できなくなった。社会自体が停滞しイノベイティブさはなくなったんです。みなやる気がなくなるわけです。競争がなく頑張ってもあまり報酬が上がらないので。たんなる経済的批判であるだけでなく、道徳的な批判でもあるのですが、福祉国家は人間を依存的にし、堕落させるという批判がその当時ありました。その批判の急先鋒に立ったのが新自由主義なのです。

岡田:それがケインズ批判というものですね。ところで、ネオリベラリズム、ネオリベの定義は何ですか?いろいろな呼称があり、わかったような気持ちで使っている人も多いと思うのですが。

新自由主義(ネオリベラリズム)の本質とは

藤井:ネオリベラリズム=新自由主義にもいろいろな種類がありますが、その本質は先ほどのサッチャー主義とかレーガニズムに出てくるような規制を撤廃し市場原理を導入していくことにあります。それも、株式や物を売買するような市場だけではなくて、教育や自治体といった経済とは異なる領域にもどんどん競争原理を導入することが、社会を発展させていく活力につながるという主義です。

岡田:自治体やパブリックセクターも市場とみなすのですか。

藤井:そうです。官僚制の弊害でパブリックセクターがあまりにも堕落して不経済だという理由です。だから新自由主義的な改革によって、それまで無料だったイギリスの大学は、有料になりました。アメリカだって1960年代のカリフォルニア大学バークレー校は、カリフォルニア州出身者なら無料でしたが、今では高額な授業料を払わねばならなくなっています。

◆分断社会、雇用の不安定化、ポピュリズム

藤井:問題は新自由主義を導入した多くの国で、今何が起きているかというということです。例えばイギリス。労働党のブレアが首相の時代にも、新自由主義的改革がどんどん進められました。その結果、非常に社会全体が不安定になりました。ブレグジット(Brexit)はその表れだ、と言う人もいます。ドイツでは旧東ドイツを中心に排外主義的運動が強くなっています。フランスでは今後、国民連合(旧国民戦線)という極右政党が政権をとる可能性が指摘されています。イタリアにいたっては、五つ星運動というポピュリスト政党が実際政権をとってしまいました。これらの例から何が起きているかというと、代表制民主主義の機能不全です。ポピュリストたちが各国で自国中心主義的で排外主義的な政策を推し進めています。その最もシンボリックなのがトランプ大統領だと言えるでしょう。

岡田:今の20~30代の若者は、ネオリベラリズムという言葉を凄くネガティブな文脈で使います。「その発想ネオリベじゃん?」と罵倒する感じです。これは先生から見て正しい使い方でしょうか?

藤井:それは、若い世代がネオリベに対する幻想を持っていないからだと思います。彼らはわかっているんです。自分たちが30~40歳になったとき税金や社会保障費をどれだけ払うのか。氷河期世代の多くが非正規でろくに年金も払えず、老人になったとき生活保護を受けるとそれを自分たちが負担しなければいけないことも理解しています。手放しに新自由主義を好ましいとは言えないのでしょうね。

岡田:だから先生の本が売れているのですね。

藤井:新自由主義自体がすべて悪いとは思いません。ソリッドな社会はやはり男性中心社会でした。そこに風穴を開けたのがネオリベだとも言える。先日、文筆家でテレビでもご活躍の女性と対談しましたが、彼女は新自由主義の何がいけないの?と言います。なぜなら彼女はネオリベ化した社会で自由を享受し、さらに成功体験があるからです。

岡田:なるほど、ネオリベラリズムの恩恵を受けた人たちもいるわけですね。

藤井:はい。ただ日本における新自由主義の問題は、例えばエネルギー業界など結束の固い規制は壊さず一番弱い労働者の雇用条件を壊した。一番の問題は、雇用を不安定化させたことだと思います。
そして、新自由主義経済が進む中、企業が自らを「社会の中に組み込まれている企業、経済」という視点を失っていた。私の知り合いにも外資系の人事がいますが「首が切れないから困る。日本の雇用慣行を変えて欲しい」と言います。そうできないのは理由があるのです。例えば、失業した人たちのセーフティーネットが未だに十分だとはいえません。これまで非正規を増やして首を切りやすくして、人件費を削減することで企業を延命させてきましたが、社会全体から見るなら、結果として好ましくなかった。なぜなら、その労働者は消費者でもあるわけです。

岡田:首を切られた人が物を買わなくなりますものね。

藤井:そうなります。みな不安でお金を使わなくなったから消費も滞りました。つまり、雇用という問題を社会の問題としてとらえる視点が欠けていたと思います。

岡田:企業も労働者も社会にビルトインされている。新しい視点で社会にどう貢献していくかという視点が必要なのですね。

◆リベルアーツと社員研修について

岡田:先日、宇佐美典也さんという元経済産業省の官僚の方からお話を伺いました。彼は「逃げられない世代――日本型「先送り」システムの限界」という本を新潮社から出しています。彼の話を聞くと、国会会期中の官僚の残業時間は凄まじいレベルに達しています。ただそれでも、何も決まらないそうです。彼は議会制民主主義自体には肯定的ですが、日本ではまったく機能していないと言っていました。

藤井:代表制民主主義あるいは議会制民主主義といってもよいのですが、これ自体は近代に発明された素晴らしいシステムです。ただ、宇佐美さんがおっしゃるとおり機能しなくなっています。実は、これは世界的にそうです。なぜなら、代表制民主主義が機能するような社会的条件というのが、ソリッドな社会のなかで作られていたからです。脱工業化社会では政治の争点が多様化します。だから、政党が社会の利益や紛争を十分に解決できない状況になっている。フランスだってイギリスだってそうです。その結果、無党派層が増えているのです。

岡田:人々の欲求や要望も多様化し複雑化していますよね。それでは先生から見て、今の日本はポピュリストが跋扈しやすい環境なのでしょうか?

藤井:そう思います。ポピュリストはどうやって出てくるかというと既成政党批判をして登場してきます。歴史上、すべてそうです。今後は日本でもとんでもないポピュリストが出てくると思いますよ。

岡田:最後に、藤井先生の今後の出版活動やご活動予定を教えてください。

藤井:予定としては、2冊目はもっと専門的にこの内容を発展させるかたちで書こうと思っています。特に代表制の問題ですね。代表制の問題というのは、この社会をどうしていくのかということですから、政治学だけではなく広い視点から代表制と民主主義の問題に焦点をあてたいと思っています。もちろん、出版社の要望があればもう少し柔らかい内容のものを書くかもしれません。

岡田:企業のリベラルアーツ研修などは可能でしょうか?例えば「我が社はリベラルアーツの社員教育をしたい」という要望にもご対応いただけますか?会員さんがメールを送ってもよろしいでしょうか?

藤井:もちろん大丈夫です。私はそういう教育の必要があると思っています。都市部ばかりが注目されがちですが、全国の企業には優秀な経営者や労働者が本当にたくさんいます。そういう人たちの知を集めていく必要があると思います。もちろん上からということではありません。もし機会あれば、自分のできる範囲でとなりますが、ぜひリベラルアーツ教育や研修に協力したいと思います。

岡田:有難うございます。以上で終了いたします。

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