平成時代の社会・労働問題としてクローズアップされている貧困・格差問題。経済格差や社会階層の格差が固定化し、将来に希望を見いだせない若者は急増しています。
“家賃滞納という貧困”、家賃を滞納するのは、決して仕事に失敗した人や養育費を受け取れていない片親家庭だけに限りません。最近の特徴として見られるのが「若者層」による家賃滞納です。こうした若者たちの中には「3つの共通点」があると『家賃滞納という貧困』著者で司法書士の太田垣さんは言います。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

章 司法書士事務所 代表司法書士 太田垣 章子 氏

ゲスト:章 司法書士事務所 代表司法書士 太田垣 章子 氏
大阪生まれ、台湾育ち。大学卒業後は学生時代のライター経験を活かしオリックス・ブルーウェーブの広報として勤務。
退職後、専業主婦となるが離婚がきっかけで司法書士を目指し5回目の試験で合格。
司法事務所で働いた後独立を決意し、平成18年に独立開業。
平成24年に事務所を東京に移した。2,200件を超える賃貸トラブルをはじめとした問題に取り組んでいる。



岡田 英之(編集部会):本日は『家賃滞納という貧困』の著者である司法書士の太田垣章子さんにお越しいただきました。それでは太田垣さん、簡単なプロフィールや司法書士といっても分野が幅広いと思いますので、注力されているテーマなどをお聞かせいただければと思います。

◆『家賃滞納という貧困』、子供が親を捨てる時代

太田垣 章子(章司法書士事務所 代表司法書士):私はもともと大阪の出身で東京はまだ8年目くらいです。平成13年に司法書士になりまして、事務所に4年半勤めてから独立開業しました。平成14年に法改正があり、法務大臣から認定を受けた司法書士も簡易裁判所における訴訟代理権が認められたので、大半の司法書士が債務整理の分野にいったのですが、私はたまたま家賃を払わない方の明け渡しの手続きに出会ったことがきっかけで、賃貸トラブルに16年間力を入れてきました。

岡田:章(あや)司法書士事務所について簡単にご紹介をお願いします。

太田垣:事務所は、登記が半分、賃貸のトラブルが半分です。登記は、不動産登記と会社の登記が半分ずつといったところです。家主さんの相続対策にも関わりますし、ある意味オールラウンドです。大手企業の不動産登記もさせていただきますが、それも賃貸トラブルのノウハウが核にあるからだと思います。司法書士事務所で賃貸がらみの裁判を年間100件以上こなすのは、多分うちくらいだと思います。

家賃滞納の背景とは?

岡田:ご著書の『家賃滞納という貧困』には、いろいろな事情を抱えた方が出てきます。我々の協会としては家賃滞納という現象もそうですが、背景にある社会的な問題などもお聞きしたいです。出版社が本を出すということは世の中の関心も高いということです。この本の出版の経緯を教えていただけますか?

太田垣:賃貸トラブルの現場の話は、12年ほど「全国賃貸住宅新聞」という業界紙で連載しておりまして平成29年に賃貸トラブルの解決本を出したんですね。それを読んだ朝日新聞社の方が私のことを記事にしてくださり、それがヤフーニュースに掲載されて750万ページビュー閲覧されました。それをご覧になったポプラ新書の編集長から直接ご連絡をいただいて、滞納者からの目線で書いていただけませんか?ということで出版となりました。

岡田:本を拝見すると家賃滞納にもいろいろなドラマがあります。典型的な事例をご紹介いただけますか?

太田垣:全般的に言えることですが、日本は親子関係や家族関係かがかなり荒廃しています。昔とは家族のかたちが変わってきている。以前は相続にしても長男が相続して、ほかの兄弟は文句を言わなかったのですが、今は相続の争いもかなり多いです。

岡田:昔は5人兄弟であっても長男がすべての権限をもっていましたが今は法的にもイーブンですね。

太田垣:もう長男が親を見る時代というよりは、リアルに子供が親を捨てる時代になってきていると感じます。ご高齢者でも一人でひっそりと賃貸に住んでいる方が非常に多いです。何かあったときにお子さんに連絡しても「親のことなので、知りません」と言われてしまいます。
若い10代~20代前半の子は私たちの世代が親だと思うのですが、家賃滞納をしたので緊急連絡先にある親御さんの電話番号に連絡すると、「14歳から家出しているので知りません」と電話を切られます。ぜひ会ってあげてくださいと言っても、「今さら会って何を話すの?」という感じです。昔ならそこで「うちの子がご迷惑をおかけして」という言葉もあったと思いますが、今はごめんなさいという言葉はまず聞けないですね。



◆夜逃げ、部屋に放置されている骨壺

太田垣:さらに、近年は夜逃げした明け渡しの現場にいくと、骨壺がそのまま置いてあることがあります。この仕事を始めたころは何年かに1件くらいだったのですが、最近は頻繁にあります。

岡田:骨壺がそのまま?本来なら骨壺をお墓に埋葬するのですがそうされていない。

太田垣:それも、大切に置かれていなかったんだよねという状態で残されています。ゴミ箱に捨てられないから家にはあるけど別に祭っていませんという置かれ方です。家賃滞納の裏側には、人間関係の希薄さと、家族の崩壊があると感じています。

岡田:いきなり核心ですね。昭和の時代の家族は多分サザエさんですよね。おじいちゃん、おばあちゃんがいて、子どもがいて孫がいる。今はそれが崩壊して、ご老人も、若い子も、中年もみな独居している。何かあっても誰に相談していいのかわからない。夜逃げした部屋には、人知れず骨壺が置いてある。そんな現場に太田垣さんはいかれているのですね。酷いですね。何なのですか、それは。

太田垣:昔は子供が帰らないと警察にすぐ捜索願を出したと思うのですが、今はLINEでつながっていれば1週間帰ってこなくても気にしないという感じです。中学生、高校生の子がですよ。何でしょう。あまりにも個が強くなりすぎたのか、本当によくわからないです。

岡田:ご自身はどういう感想ですか。いかんということですか?それともしょうがないでしょうか?

太田垣:いかんと思います。もう一度、昭和の時代にもどろうよと思います。

岡田:平成を飛び越えて、昭和に?

太田垣:みんな、今はギスギスしてバッシング体質になっていると思うんです。この前の10歳の女の子が虐待で亡くなった事件でも、児童相談所に10万件のクレームが入ったと聞いて、私はもう日本は終わったと思いました。誰かが誰かを責めたところで何も解決しないのです。児相だってパンクするくらいに人手も足りない。ああいう事件があっても近所の子供を気にかけるようなことは一切しないでバッシングだけをする。

岡田:ヒステリックですよね。

太田垣:みな多分いっぱいいっぱいなのだと思います。忙しいし経済的な不安もある。うちの父の時代なら終身雇用で退職金や企業年金もそれなりにあって定年後も安定していました。金利も8~9%あり貯金さえしていれば大丈夫だった。今は100歳まで生きるのに60~65歳でサラリーマンの定年になって年金もあてにできない。

岡田:昔は真面目に働いていれば報われるというか、変なことにはならなかったです。

太田垣:さらに国公立、私立大学の学費も私の学生時代から2倍近くに上がったのに親世代の年収は下がっています。親が学費も払えないから子供たちは奨学金を借りて、卒業と同時に何百万円も奨学金という名の借金を背負って社会に出てきます。世の中そのものが変わってしまい、みんながささくれだっている気がします。

◆養育費を最後まで払う父親は2%しかいない

岡田:ジグムント・バウマンという学者が居りまして、今のようなお話は先進国共通の問題で、社会の仕組みをゼロから作りなおさなければいけないと言うんです。ヨーロッパはそれを経験しているので、結婚の形態などもフランスなんかは特に進んでいますよね。

太田垣:アメリカでも養育費を払わない親などに厳しくて、ある州では「この人たちは養育費を払っていません」と顔写真を空港にバーンと出すそうです。日本では、養育費を最後まで払うのは2%くらいだと個人的には感じて。

岡田:そんなに少ないのですか。法的に踏み倒せるのですか?

太田垣:踏み倒せますね。養育費を決めている夫婦も少ないですし、決めていたとしても払うのは2割、DVなどの事情で決めていない人をふくめると最後まで払うのは2%くらいだと思います。給与や銀行口座の差し押さえを弁護士や私たちに依頼しようと思っても、月3万円を回収するのにいくらかかるか考えると怖くてできない。差し押さえも銀行の支店名と口座名が大概わからないので、空振りに終わってしまうんです。

岡田:それは、旦那さんというか債務者が口座を知らないうちに変えるわけですね。

太田垣:今は転職をされる方が多いので職場がまずわからないです。銀行口座を照会することもできるようになりましたが、それだって無料ではしてくれません。やっと職場が分かったからと給与を差し押さえても、会社を一旦辞めて同じ会社に違う雇用形態で勤め直すようなことも平気でされてしまい、泣寝入りすることもあります。

岡田:合法的な逃げ道ですか。

太田垣:日本ほど戸籍が充実している国もないので、行政もここは離婚して未成年がいる世帯だと把握しています。それならお母さんと子供の税金を父親に負担させるなど何か打開策はあると思いますが、そんなことは一切されてこなかった。それは、日本の女性が歯を食いしばって髪の毛振り乱してでも、黙って子育てを頑張ってきたからなんです。ようやく今の若いお母さんが「やってらんないわ」と、声をあげるようになったんです。今は離婚も多いのですが、うちの若いスタッフなども「子どもはリスクでしかない。とても無理です」と言います。万が一離婚になったら、全部自分が背負わなければならないのが怖いと。

岡田:ますます少子化が進みますね。男女雇用機会均等法ができて活躍される女性が増えた一方、女性の側は子供を産んで育てるという本能との葛藤もあれば、仕事と家庭の両立が大変で苛立つ。ここ20~30年すべてのしわ寄せが女性にいっている。さらに女女格差というのか女性のなかでも格差が凄く大きい。

太田垣:そう思います。私も子供が生後6カ月のときに離婚となり、30歳から子育てをしながら働きながら勉強して、36歳で資格をとったのですが、本当に極貧生活でした。家賃と受験の費用を払ったら月3万円しか残らなくて、1万円が光熱費、食費が米代と調味料込で1万円、雑費が1万円で電子レンジも炊飯器も買えませんでした。

岡田:米はどうやって炊いたのですか?

太田垣:鍋です。だから、いまだに我が家はそのときからの習慣で炊飯器も電子レンジもありません。

◆シングルマザーのリアルな貧困

岡田:太田垣さんの今のご活動のベースには、ご自身の体験がおありなのですね。

太田垣:はい。私はたまたま5回目で試験に受かったからから貧困から抜け出せたのですが、あのとき受かっていなかったら、確実に貧困側のままでした。夢も持てない、養育費も入らない、頑張ろうと思ったら補助金が切られちゃう。当時は信号待ちをしているときに、私には子供がいるのに車が突っ込んできてほしいと思うくらいに追い詰められていました。
滞納者がシングルマザーだったり、お子さんがいたりすると当時の自分を見ている感じなのです。みんな視野が30センチになっていて、必要な制度の情報をとりにいく余裕もないんですね。今日をどうするかということで精いっぱいです。だから一緒に次の部屋を探してあげるとか、必要な制度とつないであげるとか、私がしているのはそういうことです。純粋な利益を生む仕事というよりは、ボランティアみたいな部分もたくさんあります。

岡田:そうですよね。滞納者にちゃんと払えと言って普通は終わりですよね。

太田垣:昔の自分のまわりのシングルマザーを見ても、みんな貧困のマイナススパイラルから抜けられない。貧困の連鎖というか貧困の子供はみんな貧困になります。みんな平等というけど全然平等じゃなくて、抜け出すのは、宝くじにあたらないかぎり無理というくらいに、なかなか難しいんです。

岡田:大きな社会問題です。一方で、20代で7~8万円の部屋に住んでいた子が、失業してもまた高い家賃のところに引っ越して滞納して、督促されたら「家賃なんか6カ月くらい滞納できると思っていました」と平然と言った話もあります。そのくらい今の若い世代は、家賃滞納にライトな感覚なのでしょうか?

太田垣:あるあるです。理由は大きく2つあって、一つは、今は消費者金融があってATMから簡単にお金が借りられます。そうなると、そのお金が借金なのか稼いだお金なのかわからなくなるんです。お金を借りることに対するハードルが下がっているので滞納も軽く考えます。消費者金融も今は銀行傘下なので若い子は銀行が貸してくれるという感覚もあると思います。だから借金に対するハードルが低いんだと思います。もう一つは、7万円の家賃を払っていた子が3万円の神田川のような物件を探そうと思っても、今は都内にそういう物件がないんです。

岡田:木造風呂無しのアパートとかもうないのですか?

太田垣:最近は金利が下がったので年金代わりに不動産投資をする人が増えたんですね。それに加え東日本大震災の影響でオーナーさんが古い木造アパートを立て替えたり、相続税が上がった関係で相続税対策で収益物件を立てたりするケースが増えました。だから、安い木造アパートはもうほとんどないのです。

岡田:すると、月給20万円で手取りが16~17万円なのに月7~8万円の部屋に住まなければならない。

太田垣:そして、私たちの時代にはなかったスマホもあるし今は水も買います。すべてにお金がかかる時代に家賃も高いので、もうやっていけないことは目に見えています。
日本は、お金の教育がないのです。今、日本の裁判所でお金払え、お金返せという裁判は多くて、東京簡易裁判所だけでも1日100件以上あると思います。そうなると全国の地方裁判所、簡易裁判所合わせると、凄い数の裁判がされているはずです。だから国は弁護士が足りないから3000人に増やそうとしていますが、それよりも裁判の数を減らすために、お金の教育をしたほうがいいと私は思います。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:ご専門ではないので、あくまでご意見でかまわないのですが、家賃滞納の背景に雇用や労働環境などの問題は影響しているでしょうか? 非正規雇用が増えていることとか?

太田垣:就職氷河期の方が、就職できないために家賃滞納になるケースも多いです。私がお会いした方々も本当にいい大学を卒業しているのに就職できなくて派遣で働いて、いざ就職しようとすると「え、今まで正社員になったことないの?そりゃダメだ」と言われて、完全に心が折れてしまっていました。ですので、時短でもいいので、正社員になったことがないという理由だけで決めつけないで面接していただき、よいと思ったら会社で働けるように引き上げて欲しいなとは思います。

岡田:まさにおっしゃるとおりです。そうしないと氷河期世代は一生報われない。最近、TBSで「私、定時に帰ります」というドラマが始まりましたが、働き方改革についてはどう思われますか?

太田垣:正直、私がこの業界に入ったときはボス=神様みたいな感じで暦通りがっちり働く世界でした。でも今の時代それではみな辞めてしまうので、うちも今回のGWは全部休みで、できるだけ残業をしないかたちでやっています。一方で、弱小の事務所がそうしながら最高益を上げて給料を上げていくことができればいいのですが、なかなか難しい。それでも、つぶさないために副業もある程度認めたり、法務局への申請もオンラインになってきていますので、遠隔で仕事ができるようにしたりしなければいけないなと思っています。

岡田:日本の大半は中堅中小企業です。定時で帰りますといわれると、どうですか?

太田垣:自分がシングルマザーで辛い思いをしたので、私はシングルマザーを積極的に雇ってあげたいという気持ちがすごくあります。でも子どものインフルエンザで急に1週間休まれたり、今日はこれでと言われたりすると、正直きついときもあります。本当にシングルマザーの雇用を促進するのなら何かの補助があればいいなと思いますね。子供の行事に私はいけなかったので「いってらっしゃい」と言ってあげたい。同時に経営としては苦しい。そこは本当に両天秤になってしまいます。

岡田:そういう人材を雇ったがために、企業なり団体が傾かないための資金援助ですね。僕は、日本に女性の社長が増えるのが一番の解決策だと思います。女性社長は自分が子育てと仕事の両立を経験しているのでお互いさまという意識を持っています。社会性というか、従業員を家族と思う意識も強いです。

太田垣:そう思います。本当にお互いさまなんです。私も小さいおせっかいが日本を救うと思っています。助けてもらった人が恩返しで誰かをサポートするようになるのでみんなよくなると思います。

岡田:太田垣さんもそういう意味では司法書士のお仕事はある種恩返しなのですね。最後に今後の出版予定などを教えていただけますか?

太田垣:出版予定は決まっており次はもっと高齢者にフォーカスします。よく賃貸か分譲かが払う金額の差で議論されますが、そもそも70歳を超えると部屋を借りるのが難しい。背景が何かもふくめて書く予定です。

岡田:若い人も読んだほうがよさそうですね。本日はありがとうございました。以上で終了します。

対談を終えて