官民問わず、多くの組織が制度疲を起こしています。過去の成功体験に囚われ、外部環境変化を知覚していても見なかったことにする組織。イノベーションや変化が求められているのはわかっていても、忖度と慣性を優先し、先送りしてしまう組織。こうした状況は霞が関でも同様です。
今回の特集2では、元財務省で現在は明治大学教授の田中秀明さんに、時の政権への忖度(そんたく)や統計不正などで地盤沈下が続く霞が関の処方箋についてお話を伺います。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

明治大学公共政策大学院 教授 田中 秀明 氏

ゲスト:明治大学公共政策大学院 教授 田中 秀明 氏
東京生まれ。1983年東京工業大学工学部社会工学科卒業。1985年東京工業大学大学院社会工学研究科社会工学専攻修士課程修了、工学修士、大蔵省(現財務省)入省。1991年ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス社会政策修士課程修了、理学修士(MSc.)。政策研究大学院大学博士(政策研究)

岡田 英之(編集部会):本日は、元霞が関の官僚で『官僚たちの冬 霞が関復活の処方箋』の著者でもある明治大学公共政策研究科の田中秀明先生にお越しいただきました。まずは田中先生、簡単なご経歴とご専門分野などの自己紹介をお願いいたします。

◆城山三郎の『官僚たちの夏』は正しかったのか?

田中 秀明(明治大学公共政策研究科教授):私は1985年に当時の大蔵省に入省しまして、外務省、旧厚生省、内閣官房、それからオーストラリア国立大学、一橋大学なども経て2012年4月から明治大学に勤めています。8年目に入ったところです。専門としては財政、社会保障、公共政策、公務員制度、行政改革などそういったところです。

岡田:現在、特に関心を持たれている分野は何でしょうか?

田中:公務員制度に関連するのですが、政府における政策の意思決定過程ですね。これは同じ先進国や議院内閣制の国でもいろいろ違いがあります。総理大臣と閣僚の関係、政府と与党との関係、官僚の役割、あるいは大学やシンクタンクなどの関与など、要するに政策決定過程に関わるプレイヤーの役割や関係が影響します。政府がどのような意思決定、政策決定を行っているのか?また、それがどう変わってきているかに非常に関心があります。

岡田:意思決定システムですね。企業でもオペレーションレベルからマネジメントレベルにわたるまでさまざまな意思決定がされていますので、参考になるお話がうかがえると思います。

田中:日本では過去20数年にわたり政治主導を確立するための改革が行われてきました。これは、他の先進諸国にも大なり小なり共通することです。そうした中で、日本における政治主導や政策決定過程が他の国と比べてどうなっているか、特にチェックアンドバランスの仕組みの相違などを調べているところです。今の日本の政治では、「安倍一強」と言われます。それ自体が問題だと言っているのではなく、強いリーダーが必要なのは企業も同じです。

岡田:オーナー会社、ワンマン経営などもありますからね。

田中:迅速に意思決定ができるという長所があります。ただし、その場合、リーダーが責任をとる仕組みやそれをチェックする仕組みが必要ですが、東芝、日産をはじめいろいろな問題が起きています。政治について言えば、首相や官邸をチェックする仕組みが必要なのですが、現在はそれが弱くなっているのではないかという問題意識があります。

岡田:次に、最近小学館から出されたこちらの『官僚たちの冬』。副題が「霞が関復活の処方箋」ですね。このご著書について出版の経緯をふくめて簡単にご紹介いただけますでしょうか?

田中:今の安倍政権は、驚異的な政治的安定を維持しています。そうした中で、厚生労働省や文部科学省などで官僚の不祥事が頻発しています。私自身、財務省出身ですが、ご承知のように森友問題や次官のセクハラ問題など財務省でも不祥事が続き、一体財務省はどうなっているのか、強い疑問を持ったわけです。今では、官僚は批判の対象ですが、かっては城山三郎が書いた『官僚たちの夏』に代表されるように、戦後の日本の発展は官僚たちが支えてきたと、官僚は絶賛されていました。海外の研究者でもそう指摘する方はいました。ここ十数年のいろいろな不祥事を考えると、彼らは一体どこにいってしまったのか。そもそも「官僚たちの夏」は本当に正しかったのかという思いから、現在の霞が関官僚の姿を俯瞰してみようとこの本を書いたのです。

◆霞が関のヒエラルキー構造と官僚のモチベーション

岡田:僕たちはメディアの情報がおもになるので一定のバイアスはかかってしまいますが、日々いろいろな省庁で、やれ忖度しただのハラスメントしただの、ある種人間くさい、うちの会社でもよくあるねというような問題を目にするようになりました。そうすると霞が関の人達の仕事ぶり、上司と部下のやりとり、組織間関係でどんな軋轢があるのかなど、民間とどこが違うのかという素朴な疑問がわいてくるんですね。

田中:そうですね。霞が関も組織なので、ヒエラルキー構造という意味では民間と大きな相違はないかもしれませんが、ヒエラルキーの階層が非常に多いです。民間は株主、役員、社員と簡単に言えば3層くらい。霞が関の場合は、国民が国会議員を選び、国会議員から政府、内閣総理大臣が選ばれ、そこから各省庁となるためヒエラルキーが多いうえに複雑です。しかも選挙で選ばれた総理や大臣が各組織のトップになるのですが、これまではどちらかというとお客様扱いになります。

岡田:お客様扱いとはよく言われますね。

田中:それは、今までは約1年で総理や大臣が変わっていたからです。戦後の総理大臣の平均在職期間は2年にも満たない。大臣にいたっては1年です。よく官僚主導と言われますが、短い期間ではたしかに役人は政治家、大臣をお客様扱いしている面があります。ただし、それと同時にやはり政治家に対してはいつも気を使っており、臆病といってもよいです。

岡田:そこにすごく興味があります。民間企業でもグループ会社の社長に親会社から人材がローテーションで降りてくる。でも子会社にはプロパー社員がいるという構図に近いのかなと感じます。官僚の人たちにとって選挙で選ばれた国会議員が上司ではあるのですが、そこはころころ変わる宿命がある。そうなると、「この人のために一肌脱ごう」という気持ちが、あまり起きないのではないかと素朴に思うのですが。

田中:それはケースバイケースです。多くはおっしゃるとおりだと思いますが、実力のある大臣、役人の言いなりにならなくても政策を実現するために頑張る大臣、責任をとる大臣がくると違います。大昔になりますが田中角栄のように実力ある政治家が総理大臣になったときは、やはり役人も一目置きますし、そうした政治家のためにがんばります。それは大臣次第ですね。

岡田:リーダーシップという話になると、大臣個人の資質に結局は依存することになるのでしょうか?

田中:最終的にはそうだと思いますが、議院内閣制の国では政治家を育てる仕組みも必要です。自民党の派閥は金権政治といった批判もありましたが、派閥の競争のなかで人材が育てられてきました。しかし、小選挙区制になってから、党総裁の力が強くなり、派閥はあっても、往時の面影はありません。派閥に代わる人材育成システムが十分ではありません日本では、5回連続当選できても大臣になれない人がそれなりにいますが、ほかの国では、ほとんどないでしょう。例えば、イギリスでは2~3回当選した段階で能力がないと判断されればもう立候補できなくなります。日本の場合は地盤などが重要で資質は二の次ですね。

岡田:そうなると政治家は選挙で選ばれますから、その現象を作っているのは我々なんですかね。

田中:政治システムは、歴史的な経緯があります。イギリスでは若くても実力を認められると、絶対勝てる選挙区に回されるので地盤は関係ありません。実力が認められれば楽なところで当選できます。今や先進国の大臣は30代です。英国のトニー・ブレアは、40代半ばで首相になりました。年功序列では、優れたリーダーは育たないですね。

◆統計不正問題の背景にあるもの

岡田:先生の専門分野とは違うとは思うのですが、例の統計不正問題、実態は何が起きていたのでしょうか?

田中:一言で言えば、この問題は嘘をついたわけです。全数調査か部分調査かは手段の問題なのでどちらが正しいというものではありませんが、変えるなら変えますと事前に説明する必要があります。しかも部分調査で3分の1抽出にしたら3倍にしなければいけないのにそれもしておらず、あとで気がついてこっそり修正ーしていた。

岡田:民間ならありえますが、優秀な官僚が短絡的な理由であのようなことをするとは思えないです。

田中:いろいろと聞いている限りでは、ことなかれ主義が問題の根源だと思います。根本的には、政策立案過程のなかで統計が軽視されていることだと思います。統計の専門の人員が減らされてきています。なぜかと言うと需要がないからですよ。

岡田:統計の需要がない。

田中:政府が政策をつくるに当たり、データに基づいて問題を分析することが軽視されています。従来も大なり小なりそうだったのですが、特に今の安倍政権では官邸のトップダウンで政策が先に決まるので、役人たちはデータに基づく分析など意味がないと思っています。今や役人は政治家の下請けとも言われているような状況なので、統計の重要性はますます低下していると言えるでしょう。

岡田:そうすると霞が関の動き方としては従来と変わっていないわけですね。ではここ数年なぜ騒がれるのでしょうか?統計不正なんて別に外部からわからないじゃないですか?

田中:研究者はおかしいと指摘します。統計については、各省だけではなく、総務省が全体を統括していますので、そこで問題が発覚したわけです。メディアは厚労省の組織的な隠ぺいと騒ぎましたが、むしろもっと問題かもしれません。大臣官房、次官など組織の中枢の人たちは、おそらく知らなかったと思うのですが、統計の重要性について認識がなかったからです。

岡田:でしょうね。あまりにもちょっとディテールの話ですよね。

田中:繰り返しになりますが、それは政策立案において統計が重要視されていなかったからです。

岡田:1980~1990年代くらいまではほとんど見えなかった霞が関の方々が、最近すごく身近になってきています。いろいろなことを官僚出身の人たちがマスコミやSNSなどのマイクロメディアで発信してくれるからです。我々も関心を持つのでいいことだと思うのですが、一方で組織として大丈夫かなと少し不安に思ったりしますね。

田中:最近は若くて優秀な公務員ほど速く辞めます。別に公務員自体、決して聖人君子でもなんでもなくて普通の人間だということがあると思いますよ。

◆橋本行革における省庁再編の問題点

岡田:橋本政権のときに1府12省庁に集約されてスリム化してから20年近くたちます。先生の本にも出ていますが、橋本行革もここにきていろいろなひずみが出てきている。どのようにすればよいと思いますか?

田中:橋本さんはこの国の形を変えたいという非常に強い信念を持っていた。90年代も官僚の不祥事が続いて何とかしなくてはいけない状況もあり、ものすごい抵抗があるなかで改革したわけです。それは評価すべきですが、今にしてみれば問題もあります。政府は神様ではないし、一度決めたことが絶対に正しいわけではありません。改革の結果について、5年や10年の節目でレビューして、軌道修正すべきなのですが、この20年間、独立行政法人など一部を除いてそれは行われなかった。

岡田:なるほど。

田中:特に省庁の再編については、私は失敗だったと思います。もともとの発想は各省が縦割りだから調整に時間がかかるので、省庁を統合すれば総合的な政策が立案できるという仮説でした。しかし、それは省内での調整を増やし、むしろ巨大すぎる役所で責任の所在やガバナンスがはっきりしないという問題が出ています。

岡田:橋本行革はどのくらいの騒ぎだったのですか。今、霞が関の人達は現状を変えて欲しいでしょうか?

田中:相当大騒ぎでしたね。各省、役人だけではなく族議員も一緒になって抵抗しました。ただ、もう20年たちます。人間は、通常、変化に抵抗しますので、再再編には官僚たちは多分嫌でしよう。組織は目的達成のための手段です。民間であれば、例えば事業部制に変えるといったことが社長の一声で可能です。しかし、役所の組織を変えるためには設置法という法律を改正する必要があります。例えば、新しい役所として、消費者庁を作りましたが、関係省庁における権限の切り分けや国会審議に1年半くらいかかりました。

岡田:そうか、官僚組織の場合は「組織は戦略に従う」という言葉があてはまらないのですね。

田中:日本ではそうですが、イギリスは違います。役所という組織は、一晩で変えることができます。省庁は法律ではなくて閣議決定で決めることができるからです。新政権のアジェンダに家族対策があれば、家族省が一晩でできる。もちろん政治的な宣伝の面もあります。一晩と言いましたが、これは物理的に組織が移動するというより、大臣の担当が変わるだけの話です。

岡田:日本も少子化担当大臣とかできたじゃないですか。

田中:日本の担当大臣は少し違うのです。権限がありません。復興担当大臣もそうです。担当大臣とは、主に関係する政策の調整を行うことが任務であり、個別政策の責任者ではなく、公務員の人事権もありません。各省庁におうかがいをたてて調整するだけです。

岡田:ところで、最近民間企業も環境に配慮しましょうとか、ステークホルダーである労働者の健康に配慮した経営をしましょうなど、公(パブリック)の考え方を企業経営に取り入れ始めています。公共とは何かということを、田中先生からご教授いただけないでしょうか。

田中:大きなテーマですが、日本では、「パブリック」は基本的には「お上」や「政府」という意味です。何かあると役所の責任になる。役人にも自分たちが主役という意識がある。英語のパブリックは政府だけでなく、民間も含めた「公(おおやけ)」という意味です。おおやけのことは政府に任せるだけではなく、自分ごとして、自分たちで考えて行動する必要があります」。言い換えれば、住民が公共を作るという当事者意識だと思います。そうした中では、政府は、関係者をつなぐ「ファシリテーター」であるべきだと私は思います。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:最後に企業の人事部の方々にメッセージをいただきたいです。霞が関でいうと内閣人事局になるのでしょうか。ここも最近、いろいろと問題視されていますね。

田中:政府全体で幹部公務員を横断的に管理するという内閣人事局の理念自体は間違っていません。こうした幹部公務員制度は、各国に共通するものです。オーストラリアでは1980年代の公務員制度改革で、事務次官を除く、審議官以上の幹部をすべて公募にして、優れた人材を省庁の垣根を取り払って活用しています。ある役所に入ったからといってそこで出世できるわけではなく、競争に勝たないと出世できません。これまでの実績や多様な経験があることを示す必要があり、能力本位で公務員を選抜します。

岡田:その選抜は誰がするのですか?

田中:中立的な第3者委員会が選考します。ジョブディスクリプションを明確にして、そのポストにふさわしい人材を登用するプロセスになっています。日本も遅ればせながら、そうした幹部公務員制度や内閣人事局ができたわけですが、第3者委員会ではなく、総理・官房長官・大臣など政治家が選ぶ仕組みなので、自分の好きな人を抜擢したり、政治家にゴマをする役人を登用することも可能です。忖度する役人が出世すると言ってもよいかもしれません。これは、制度や法律の問題というより、運用の問題です。

岡田:実務を知らない人が人事権を握る。これは民間の人事においては一番やってはいけないことです。上司に説明してもわからないなら、どうしても気に入られるほうが先になってしまうからです。

田中:おっしゃるとおりです。他方、従来の日本のように、役所や役人が自分自身で人事を決めていたのもおかしいのです。イギリスやオーストラリアでは、大臣に幹部を直接選ぶ権限はありませんが、他方で役人が自分で人事を決めているわけではありません。最近は、公募が重視されており、能力主義が選抜の基準です。幹部公務員を任命する方法には大きく2つあり、イギリスやオーストラリアでは、能力と業績で選びます。アメリカ、ドイツは政治家が選びます。いわゆる「政治任用」という仕組みです。アメリカでトランプがTwitterで幹部をクビにしたりしていますが、政治任用とは、政治家が好き嫌いで公務員を任命できる仕組みです。ただし、それでも、ホワイトハウスではなく、省庁の幹部については、上院が任命について審査することになっています。チェックアンドバランスです。日本の任命の仕組みは、建前は、イギリス型ですが、実態は、ドイツなどに近いとも言えます。これは、民間を含めた労働慣行にも関係します。欧米は基本的にJOB型ですが、日本は、企業も役所もメンバーシップ型なのです。

岡田:チェックアンドバランスで第3者的な目で見るといっても、職能が違う人が人事を決めるのは難しいと思います。第3者的な目を持った人の具体的なイメージがわきません。大学教授や元官僚などですか?

田中:オーストラリアでは審査委員会を立ち上げて、人事院から1人、その役所の人事担当者、別な省庁の上級管理職がメンバーになります。当該省庁の都合のいい人事はできません。

岡田:なぜその人材に決まったかのプロセスが開示できる仕組みですか。それはいいですね。

◆終わりに

岡田:先生が教鞭をとられている明治大学の公共政策大学院ガバナンス研究科は社会人も受け入れていますか。行政学、法律以外に、マネジメントなども学べるのでしょうか?

田中:当方の大学院の学生は主に、公務員や議員などの社会人です。パブリックセクターにおけるマネジメントは、当方の大学院の重要なテーマです。民間企業に勤めている方も勉強しています。専門職大学院というカテゴリーにはビジネス、パブリック、会計、ロースクールの4つがあります。ガバナンス研究科に所属しながら、ビジネススクールの授業をとっている学生もいます。専門職大学院というのは、やりの言葉で言えばリカレント教育の場です。

岡田:リベラルアーツに近いのですね。本日は、ありがとうございました。以上で終了します。

明治大学駿河台キャンパスにて