現在、日本の公共インフラでもある物流業界で激震が生じています。宅配便最大手企業での不払い残業問題、過大請求問題、再配達問題…。物流業界を支えているのはトラックドライバーを中心とした労働者のみなさんです。ストレスも溜まりますし、疲労もします。労働者のみなさんの就労環境を整備することは企業の最重要課題であり、そのためには良好な労使関係やワークルールが必要です。
しかし、物流業界の労働環境が大きな転換期を迎えています。背景は、Amazonに代表される消費スタイルや物流構造の変化です。物流総量は拡大し、スピードも要求されます。一方で、利用者のライフスタイルの変化から再配達という非効率性が高まっています。利用者である私たちが支払う適正価格やモラルについても議論が必要な時期に差し掛かっています。
特集3では、立教大学経済学部の教授であり『物流危機は終わらない-暮らしを支える労働のゆくえ』の著者でもある首藤若菜先生に社会・労働問題としての物流危機と背景にあるワークルールや消費者行動について語って頂きます。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

立教大学 経済学部 教授 首藤 若菜 氏

ゲスト:立教大学 経済学部 教授 首藤 若菜 氏
1973年東京都生まれ。日本女子大学大学院人間生活学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。山形大学人文学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員、日本女子大学家政学部准教授などを経て、立教大学経済学部教授。専攻:労使関係論、女性労働論。著書『統合される男女の職場』(勁草書房、2003年、社会政策学会奨励賞受賞、冲永賞受賞)『グローバル化のなかの労使関係―自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房、2017年、労働関係図書優秀賞受賞、社会政策学会奨励賞受賞)

物流危機は終わらない


岡田英之(編集部会):本日は、立教大学経済学部の教授であり『物流危機は終わらない-暮らしを支える労働のゆくえ』の著者でもある首藤若菜先生にお越しいただきました。それでは首藤先生、簡単にご専門分野や現在ご関心を持たれていることなどについて自己紹介をお願いいたします。

◆労使関係、ワークルールとは?

首藤若菜(立教大学経済学部教授):私はおもに労使関係と女性労働をテーマに研究しています。今はちょうど女性労働に関する論文を書き始めているところですが、ベースとなる研究テーマは労使関係となります。

岡田:労使関係という言葉なのですが、僕は40代なので意味がわかります。でも、今の20代にはそもそも労働組合の意味がわからない方もいます。どのような学問かを簡単にご紹介いただけますか。

首藤:労使関係とは、広く捉えるとワークルールをどのように作るかを考える学問分野です。ワークルールとは働くうえでのルールのことで、アメリカのJ・T・ダンロップという労使関係論の学者は、ワークルールを網の目のように張り巡らせるようなものが労使関係だと定義しています。ワークルールには、労働法などのように国レベルで作るものもあれば、産業レベルで作るワークルール、企業内で作るワークルールもあって多段階で作られていきます。

岡田:就業規則とは違うのですか?

首藤:就業規則も一つのワークルールだと思います。あとは、職場の慣行なども、みんなが従って行動しているという意味では、広い意味では一つのルールです。

岡田:明文化されていないけど朝礼があるとか?

首藤:そうです。9時始業だけど我が社は8時30分までにみんなが来ているというのも、一つのルールだと思います。そういうルールを何となく誰かが作って、あとはそれを変えていくことも当然あります。ワークルールは、おもに、行政、使用者団体(会社)、労働者代表という3者で作るというのが基本の構成になっています。ワークルールの成立過程やどのようなワークルールがあるのかを考えるのが、労使関係という学問だと私は思っています。

岡田:ありがとうございます。それではご著書の『物流危機は終わらない-暮らしを支える労働のゆくえ』について簡単にご紹介いただけますか。

首藤:この本は5章構成で1章にヤマト運輸の話を書いています。それこそ、みなさんがご存知の2016年のサービス残業問題について、問題が起きた背景、総量を抑制するという結論を出すまでにヤマトの労使がどのような議論を積み重ねていったかなどについて、実際にヤマト運輸の労使を調査して書いています。2章以降は一般物流がテーマです。あまり知られていないのですが、私たちの生活はトラック物流によって支えられています。それを運んでいるドライバーたちの労働実態が非常に過酷であるということを、統計データを用いて説明しています。4章ではトラック業界の人手不足問題に対して危機感を持った国交省や政府がどのような取り組みをしているかについて、最後の5章で消費者の話も含めたいくつかの観点からまとめを論じています。


◆ドライバーの過酷な労働実態と人手不足

ドライバーの過酷な労働実態

岡田:物流業界は暮らしを支えていますよね。今は物流業界で純粋な国営企業は存在せず、各社が市場原理の下サービスを提供していますが、一方で公共性が高いというのが悩ましいところですね。

首藤:そうなのです。物流業界には公共インフラ的な側面があるので、昔は政府がいろいろな厳しい規制をかけて競争を抑制し、戦後はその規制のなかで業界全体が成長してきた面があります。ただ、いかんせん規制が強いとやはり新しいビジネスは生まれにくいのですね。ヤマト運輸の元社長がしきりに行政側と戦ったのは有名な話ですが、そういった経緯があり1990年代に規制が大幅に緩和されることになります。

岡田:物流業界におけるイノベーター小倉昌男氏が仕掛けた、いわゆる「ラストワンマイル」の宅配便ビジネス。あれが、今やちょっと仇になってしまったのですね。

首藤:多分ヤマトは、そう言わないとは思います。ただ、ヤマト運輸が求めてきたき規制緩和の結果により、一般貨物の業界には大量に事業者が入り込んできます。

岡田:そして競争原理が働いていった。

首藤:はい。過当競争が起きて運賃が低下していきます。消費者にとっては運賃が安くなり手軽にいろいろなところにモノを運んでもらえるようになったのはメリットです。何がデメリットだったかというと、働く者の賃金も運賃低下とともにどんどん下がっていったわけです。さらに顧客のニーズに応えることが第一優先になるなか、ドライバーが長い時間待機させられたりするようになります。

岡田:再配達のことでしょうか?

首藤:再配達もそうですし、一般貨物でも顧客の部品を取りにいくと「製造中だから待ってくれ」と言われてそこで2~3時間、長いところだと10時間ひたすら待機させられるようなことがあります。

岡田:それは手待ち時間ということですね。労働時間ですよね?

首藤:本来は労働時間です。それに対して「いくら待ったから運賃を値上げしてくれ」と言えるといいのですが「それなら、他社にお願いするよ」と言われてしまう過当競争の世界なので、ひたすら待つ。結局、長時間労働となり、その結果人手不足になってヤマト運輸でも人を獲得するのがなかなか難しい状況になっていったのは少し皮肉な結果かもしれません。ただ、ヤマトは結局勝ち組なので、やはり本当に苦しい思いをしているのは、中小零細の小規模な事業者さんですね。

岡田:中小企業というと、どの位の規模の企業のことでしょうか?

首藤:この業界は9割くらいが従業員50人以下で、すごく零細性の高い業界なんです。従業員が10人以下の企業で半分くらいを占めます。そういう自営業的な業態の企業が多いことが、この業界のさまざまな労働環境の改善を妨げてきた要素でもあると思います。


◆消費者天国と労働者地獄のような構造

岡田:過当競争のしわ寄せが、働く労働者の賃金や雇用環境に影響していくというお話は、昨今のコンビニ業界のバイトテロ問題と似ていますね。

首藤:そうなのです。まったく同じ構図です。コンビニや外食チェーン、ファストフードなども本当に似ていて、労働者の低賃金や長時間労働などのうえに成り立つ低価格で競争している。私は構造と呼んでいるのですが、共通の構造があると思います。

岡田:なるほど、低価格を支えているのは労働者の安い賃金だと。

首藤:そう思っています。だから、要は労働者の働く条件をある程度上げていくことが重要です。みんなが最低賃金さえ守ればいいという発想だと、ご存じの通り日本の最低賃金はものすごく低いので、あれで子供を産んで生活できるかと言うとほとんどできないわけです。それこそワークルールの不在によって、悪影響が出ています。

岡田:違法じゃないから良いという発想ですね。

首藤:はい、そして低価格競争が進んできた結果、私たち消費者は安くて楽しくて便利で天国のようで、働く側に目を向けるとこちらは地獄のようになっている。消費者天国と労働者地獄は言い過ぎですが、そんな構造を生み出しており、あまりにもアンバランスということが言いたいわけです。

岡田:それはマルクス的にいうと、資本家が労働者から搾取している構造でしょうか?

首藤:資本家とは誰かと言うことなのですね。物流業界では中小零細企業のオーナーもとても貧しくてもうぎりぎりの生活をしています。そこで「労使交渉はどうなっているんですか」と言っても、多分、労使交渉なんかないですよ。家族自営でとりあえず食べていければという感覚です。

岡田:中小企業の社長も何かに搾取されているとすると、業界全体にヒエラルキーがあって業界のトップがすべて業界の利益や果実を総取りしているということでしょうか?だとするとゼネコンやIT業界にも共通する構造で、問題の根は深いと思います。そこは一つの共存共栄のような体制で、前提として搾取、非搾取の関係ですが、安定的に仕事がもらえるので合意形成ができているのです。

首藤:物流業界もそうで、かなり多層的な下請け構造があります。ただ、下請けを全部辞めさせればいいのかと言えば、それも何か違うだろうという気はします。結局、では誰が得をしているかというときに、例えば、消費者である可能性もあるわけです。

岡田:享受しています。Amazonなんか今は配送料無料ですが、あれも誰かが負担している。

首藤:そうです。消費者が搾取しているのかもしれない。そういう構造になっていること自体がやはり問題で、要は適正な価格になっていないのではないかと思います。もちろん、適正な価格とは何かとは難しいのですけど。

私達消費者にも責任が・・・


◆企業横断的なワークルールの必要性

岡田:首藤先生としては、どのような解決策があると思われますか?

首藤:私が言いたいのはシンプルで、まずは働く者の最低限の労働基準を上げようということです。それを物流でやる意義というのは、例えば「自己責任じゃないか」「彼らは市場競争で負けたから、あんな仕事をしているんだろう」という意見が出ても、「でも誰もそれやらなくなると、明日からAmazon届きませんよ」という話ができます。もしラーメン店がなくなっても吉野家やマックがありますが、トラック業界が潰れると日本社会が維持できなくなるからです。

岡田:それって、今の保育士さん、介護士さんの問題と同じですよね。

首藤:同じです。結局、私たちは最低限のラインを非常に低いところに設定して、社会に必要な仕事に必要な人がこない社会になってしまい、それで自分たちが困っているわけです。保育園に子供が預けられない、介護も安心して預けられないということが実際に起きています。
それでいて何かあると「あの保育園ひどい」「あの介護士ひどい」と言うのですが、その前にやはり、労働者が安心して働けないような環境があるんじゃないですかということですね。

岡田:そこを解消するためは追加コストが発生します。誰が負担するのでしょうか?税金ですか?

首藤:物流でいえば運賃も上がらざるをえないと思っています。例えばヨーロッパに行ったときにAmazonで買い物をしても届くのは本当に遅いですし、不在なら取りにいく必要があります。日本のような手厚いサービスはしていません。今まであまりにも便利すぎて、あまりにも安すぎたのかもしれないと私は思っています。それが、みんなに受け入れられるかどうかはわかりませんが。

岡田:最近は日本の生産性が低いか高いかという議論がさかんです。OECDのデータもいろいろな見方があるのですが、製造業ではなくサービス業の生産性が低く、その原因は過剰サービスにあって、その対価を消費者が支払っていないからだという見方があります。

首藤:そうだと思います。だから労働条件を引き上げていけば、払わざるをえなくなるわけです。

岡田:そうすると、またカテゴリーキラーみたいな安い新サービスが登場してくると思います。

首藤:自由競争も大事なのでそこまでは排除できません。でも物流業界で言えばそこがヤマトの代わりができるかと言えば簡単ではないと思います。Amazonの問題だってヤマトが撤退したら遅配が起きました。

岡田:具体的には、最低賃金を上げるということでしょうか?

首藤:最低賃金もそうですし、労働時間の規制も必要です。今は、あまりにも低いレベルのところにワークルールがあり、みんなが末端のあたりに張り付いて搾取されながら働いています。ある程度、企業横断的に、もう少し一般市民がまともな生活ができるワークルールを作って、それを前提に社会を作らないと何か狂うのではないかと思います。


◆読者へのメッセージ

岡田:同一労働同一賃金がいよいよスタートしています。例えば、東京から福岡まで同じトン数の品物を同じ時間運ぶならばどの企業もこの幅の中の賃金、というルールが必要ということでしょうか。

首藤:そこまで細かくは難しいかもしれませんが、一定の基準が欲しいということですね。

岡田:職種横断的な労働組合でワークルールを作成して勝ち取っていくイメージですか?

首藤:日本の場合には、労働組合が産業ごとに統一賃金を作っていくのは非常に難しいと思います。私もそういうことに期待したいのですが、なかなかその力がないのが現実です。やはり、行政の規制力に期待せざるをえないのかと思います。

岡田:何年か前にJALが民営化されました。JALは現在の運賃は爆安でおそらく利益は出ていないですよね。となったときに、これは公共インフラなので、国民のコンセンサスがとれれば昔のように海外線はJAL、国内路線は全日空、もう新規採用は一切認めませんということもありえるでしょうか。

首藤:新規参入を規制するような方法は、現実にそぐわない気がします。私が言っているのは競争の在り方ではなくて労働の在り方の規制です。本当にパイロットがいなくなる、パイロットが長時間労働による過労で飛行機が落ちたりしたら、やはり労働時間や賃金を見直すという話になると思うんですよね。

岡田:今、労働法の世界は割と規制緩和の方向に動いています。どちらかというと働き方をもっと自由にしましょう、労働時間の縛りをなくしましょう、賃金の決め方も個人のバイイングでという方向に向かっていますが、こういう業界においてはそれは危険だということでしょうか。

首藤:基本はそれでもいいのかもしれませんが、底なしで下がってもいいのかということですね。

岡田:これから、私たち一般市民は新しい時代の公共インフラとしての物流に対して、どのような考えを持つべきでしょうか? あまり小口でちまちまと頼んだらだめでしょうか?

首藤:いえ、みんなが小口で頼むからスケールメリットが働く面も当然あると思います。ただ、物流業界で人が不足しており、その背景には劣悪な労働条件があると知ることが重要です。そして、こういう問題が、日本社会全体に蔓延しているということに考えを広げたうえで、どうしたらいいかを一緒に考えて欲しいなと思います。あまりにも規制緩和こそが善という考え方もどうか思うんです。

岡田:最後に首藤先生の今後の活動予定などを教えてください。

首藤:立教大学で6月28日(金)18:30~「物流クライシスを読み解く」という公開講演会を行いました。物流の専門家、トラック協会の理事長、国交省の自動車局室長に来ていただき、物流問題について話し合いました。

岡田:ありがとうございました。それでは、以上で本日のインタビューを終了させていただきます。

首藤:ありがとうございました。楽しかったです。

対談終了後の1枚