平成時代(失われた30年間)、多くの日本大企業は制度疲労を起こし、ビジネスモデルや組織変革を迫られながらも二の足を踏み続けてきました。令和という新しい時代を迎えても状況に大きな変化見られません。そんな環境の中で働く多くの若手社員は、所属する組織内に存在する新しいことをやってはいけない空気、イノベーションを起こせない空気の中でさまざまな困難や、障壁、悩み(ジレンマ)を抱えています。
特集5では、大企業の有志団体が集まり、一人ひとりが刺激を受け、勇気を得て希望を見出し、行動するコミュニティを主催するONE JAPAN共同発起人・代表の濱松 誠さんにお話を伺います。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

ONE JAPAN 共同発起人・共同代表 濱松 誠 氏

ゲスト:ONE JAPAN 共同発起人・共同代表 濱松 誠 氏
1982年京都府生まれ。大学を卒業後、2006年パナソニックに入社。北米向け薄型テレビのマーケティング、本社人事にて採用戦略や人材・組織開発、家電部門の新規事業担当、2018年12月末にパナソニックを退職。2012年パナソニックの組織活性化をねらいとした有志の会「One Panasonic」を発足。社内の若手を中心に3000人の規模まで拡大させる。2016年にはトヨタ、NTTグループなど他の大企業を巻き込み、「ONE JAPAN」を設立。代表に就任。オープンイノベーションや新しい働き方を推進。ONE JAPANの書籍として「仕事はもっと楽しくできる 大企業若手 50社1200人 会社変革ドキュメンタリー」(プレジデント社)を上梓。内閣府主催「第1回 日本オープンイノベーション大賞」受賞。日経ビジネス「2017年 次代を創る100人」に選出。

◆「One Panasonic」から「ONE JAPAN」へ

岡田 英之(編集部会):今回は大企業の若手有志団体コミュニティ「ONE JAPAN」の共同発起人、濱松誠さんにお越しいただきました。まずは濱松さんの自己紹介からお願いします。

濱松 誠(ONE JAPAN):私はもともとパナソニックの出身です。大学卒業後にパナソニックに入社して、入社後7年目の2012年に「One Panasonic」という有志の会を社内で立ち上げました。その後、One Panasonicの運営を通して培った構想をもとに「ONE JAPAN」を設立し、今に至ります。

岡田:社内でOne Panasonicを立ち上げられた背景には、どういう経緯があったのですか?

濱松:One Panasonicを立ち上げる前年、2011年に、パナソニック株式会社、パナソニック電工株式会社、三洋電機株式会社の三社が合併しました。全世界で三十数万人という従業員を抱える巨大企業となったわけですが、私自身は当時の経営陣が掲げた、「One Panasonic」というスローガンと理念に共感しました。そこで始めたのが、社内のタテ・ヨコ・ナナメをつなぐ活動です。それが社内若手有志の会「One Panasonic」へと発展しました。

岡田:濱松さんを動かしたモチベーションは、どのようなものだったのでしょうか?

濱松:ひとことで言うと、「もったいない」という気持ちです。平成という時代について、日本企業にとって「失われた30年」と表現されることがあります。パナソニックも例外ではなく、2007年以降はグローバル競争で押され、社内にある種の閉塞感が漂っていました。このような状況のことを私は「どうせ言ってもムダ症候群」と呼んでいますが、優秀だった人たちの目から輝きが失われていくのは、悔しく、悲しく、なにより「もったいない」ことだと思います。
同じような状況はパナソニックなどの大企業に限らず、公務員や中小企業にもありますし、若手だけでなく、ミドルやシニアにも見られます。とはいえ、日本ではシリコンバレーのような雇用の流動化、人材の流動化は進んでいませんし、国の政策にもあまり期待はできません。そうなると、現状に満足できない以上は自分から環境を移る、つまり会社を辞めるか、自分の置かれた環境を変えるためにアクションを起こすかのどちらかしかないんです。私の場合は閉塞感が使命感へと変わり、結果として社内で行動を起こすきっかけになりました。

「One Panasonic」から「ONE JAPAN」へ

岡田:そのOne PanasonicがONE JAPANへとつながったわけですね。

濱松:One Panasonicの活動を続けていくうちに、社外とのつながりも次第に増えてきました。そうすると、社外の若手、たとえばトヨタやNTT、富士ゼロックスなどで働く若手も同じことを考えている、あるいは取り組みを始めているということが見えてきたんです。社長やミドル層を巻き込んだ勉強会や交流会、そういったニーズが20~30社という規模で広がってきたため、2016年9月にONE JAPANを発足させました。
ONE JAPANは、大企業における組織の活性化とオープンイノベーションを目指すコミュニティです。具体的な中身は、人材開発や組織開発といったものがありますが、今はあえて明確に定義していません。いずれにしても、想いを持った人たちが社内外で一歩を踏み出した形、それがONE JAPANだと考えています。


◆「どうせ言ってもムダ」と思わせる組織の構造

岡田:さきほどの「どうせ言ってもムダ症候群」について、もう少しお伺いします。大企業の従業員、特に若手が「どうせ言ってもムダ」というマインドセットに陥るのはなぜでしょうか?

濱松:組織の構造に原因があると思います。一つ目が組織の縦割りです。従来の日本の企業は、特に大企業になるほど縦割り構造です。セクショナリズムやタコツボ化とも言われますが、他部署との比較ができず自部署が基準となるため、「もうこれでいいか」となりがちです。二つ目は年代による区切りです。組織により多少の差こそあれ、日本の大企業では40代後半~50代のシニア・ミドルの人数が多く、20代~30代の人数が少ないと言われています。こうした組織の構造だと、もちろん個人の姿勢や行動力にもよりますが、やはり中々自由に物を言うことができません。例えば、主任クラスが役員に直接物を言うことは「よし」とされない風潮・空気がありました。
そうした組織の姿を見ているうちに、人はその環境に慣れてしまいます。いままで大きく高く飛べていたはずの人もマインドセットが変わり、飛べなくなってしまいます。それが人の習性です。とはいえ周囲の環境に同化するのは合理的な行動ですから、それ自体が良いとか悪いとかいう問題ではありません。
問題は組織の構造が頑健すぎて、個人の意思やパッションがあっても、そうじゃない人がたくさんいるとどうしてもその熱量は冷めてしまう。そうして、そこであきらめ、下を向いてしまうことが「どうせ言ってもムダ症候群」です。辞めるのではなく、あきらめて染まってしまうのです。

岡田:濱松さんご自身も組織の構造を目の当たりにしていたと思いますが、当時のパナソニックに留まる決断をされたのはなぜですか?

濱松:パナソニックが持つさまざまな資産(リソース)を高く評価していたからです。企業が持つリソースというのは「人材・技術・ブランド・歴史・信頼・お金・顧客基盤」の7つだと私は定義していますが、このすべてでパナソニックは優れたリソースを持っていました。
たとえば、パナソニックの創始者は「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助です。日本のビジネスパーソンなら誰でも知っていますし、その経営理念は社内外に浸透しています。また、パナソニックが作った電化製品は世界中の人たちの生活に貢献しています。そういうことに対して、私自身の中に誇りやエンゲージメントがありました。それに組織の構造に問題があるといっても、社内の人達は一人ずつ話せば良い人、想いを持った人たちであり、素晴らしい技術やブランドがあります。
このようなさまざまなリソースを使い倒せば、パナソニックはもっといい会社になる。パナソニックがもっといい会社になれば、社会に対してさらに波及効果がある…。そう考えると、「もったいない」「腐っている場合じゃない」という気持ちになりましたし、このまま会社に留まりパナソニックを社内から良くしようという気持ちになれました。

岡田:濱松さんの行動に対し、反対するような動きはなかったのでしょうか?

濱松:叱咤激励はありました(笑)でも、One Panasonicの活動を止めようとしたり、言論統制するような動きはありませんでした。今でもそこはパナソニックの方々に感謝しています。
もちろん、パナソニックにも「組織の壁」はあります。パナソニックという会社は良くも悪くも日本の縮図、日本人の縮図で、そこに組織の壁や慣習があるのは当然です。ただし、壁の高さや強さというものは、人々が勝手に作り出す幻影です。自分のマインドセット次第で組織の中にいくらでも穴が見つかりますし、壁も乗り越えられます。本気で探せば、味方になってくれる人や影から応援してくれる人も必ず見つかります。


◆閉塞感を感じている若手への処方箋

若手の閉塞感を打破するには

岡田:新入社員の中には、次から次に行われる研修に心が折れたり、組織に閉塞感を感じて辞めていく人もいます。そういう若手に対して思うことはありますか?

濱松:特に大手企業の場合ですが、企業のリソースを使い倒さないまま辞めていくのはもったいないと思います。
とはいえ、使い倒せる手法を最初から持っている人は少ないですし、会社に留まり続けることだけが正解ではありません。場合によっては、早く辞めることが良い結果につながることもあります。一番良くないのは、「染まってしまう」ことではないでしょうか。

岡田:20代くらいの若手が感じる閉塞感は、本人の誤解や勘違いということはないでしょうか?

濱松:そうとは限らないと思います。会社と新入社員とのマッチングが適切だったか、採用や配属は正解だったかなどと言い出すとキリがありません。恋愛と同じで、最初は違和感を感じても、だんだん良く感じてくる場合もあれば、変わらない場合もあります。
大切なことは、お互いが理解しようとする姿勢や努力があるかどうかです。そのうえで会社に残るのも良いですし、辞めることに納得できるなら辞めればいいと思います。

岡田:企業のリソースを使い倒すにはどうすれば良いでしょうか?

濱松:企業のリソースを使い倒すには、使い方を教育してもらわなければなりません。とはいえ、大企業になるほどいろいろなリソースを持っているので、まずは「そもそもどういうリソースがあるのか」を知ることが先決です。
ただ現実問題としては、企業のリソースについて教えてくれる人はなかなかいません。このため多くの新入社員が「うちの会社にリソースはあるの?」という疑問を持っています。

岡田:企業のリソースを知るための、具体的な方法について教えてください。

濱松:3つの方法があると思っています。1つ目は、上司なり周りの人がしっかりていねいに教えてあげることです。ただ先ほど申し上げた通り、会社がどういうリソースを持っているのか教えてくれる人はなかなかいません。2つ目は、本人の努力と会社のお膳立てで、「背伸び経験」をすることです。これにはいろいろなパターンがあって、普通に研修を行う場合もあれば、修羅場経験をさせる、あるいはいきなり課長に昇格ということもあります。3つ目は、社内コミュニティを立ち上げることです。視座の高い人たちが集まることで、一人では見えなかったものが見えることがあります。私がOne Panasonicで選んだのはこの方法です。

岡田:新入社員の中には社内ネットワークのようなものが苦手な人もいると思いますが、そのような人はどうすればよいでしょうか?

濱松:そういう人は別の方法を選択すれば良いと思います。MBAを取得する、中小企業診断士の資格をとる、なにかしらの副業をする、旅に出る、社内コミュニティは苦手でも社外のコミュニティなど、やり方はいくらでもあります。それもしない、お金も使いたくないというのであれば、せめて同期の飲み会に行ってはどうでしょうか?
いずれにしても、合わない活動を無理にやる必要はないと思います。ただし何らかの行動はしてほしいですね。何もしないまま批判に回ることだけはやめてください。何もしないのに成長する、自身の問題が解決する、なんていうことはありえないので。


◆エネルギー補給庫としてのサードプレイスの役割

岡田:最近はONE JAPANのような、サードプレイス、越境学習の場が増えているように感じます。一方でそうした勉強会の中には出口やビジョンが明確でないものも見受けられますが、これについてはどうお考えですか?

濱松:勉強会を企画する側には、目的を一定程度明確にすることが必要です。ただし、そこまで高いレベルは必要ないと考えます。参加者の中に「一歩を踏み出す」人を増やすことを目標にするぐらいが良いのではないでしょうか。あいさつ運動でもいいですし、新商品の開発、新規事業の立ち上げにつながるのもいいですね。何でもいい。ただ、この場合のポイントは、あくまで「本業に生かす」ということです。社内のネットワークに加え、勉強会で作り上げた社外のネットワークが本業に生きれば勉強会は成功といえるでしょう。
それと、これは重要なポイントですが、サードプレイスやコミュニティには「エネルギーの補給庫」としての役割もあります。本業に向かうモチベーションやバイタリティの補給をする場所です。エネルギーの補給には仲間が必要ですから、社外の勉強会はそうした目的にうってつけです。

岡田:補給庫という考え方は興味深いです。一般に、補給庫の数はどれくらいあればよいのでしょうか?

濱松:二足のわらじ、三足のわらじ程度はあったほうが良いと思います。ちなみに私の場合は、家族とONE JAPANの2つです。
ただ注意点として、補給庫でチャージされたそのエネルギーはどうせなら本業に生かしたほうがいい。そのほうが仕事が楽しくなるから。会社に隠れてコソコソやったり、学んだことを盾に会社を変に批判して頭でっかちになったり、会社の悪口だけを言う批判分子となってはいけません。サードプレイスのコミュニティはあくまでサポートです。社内でなにかをする以上、社内の知見は絶対に必要ですから、社内と社外で、うまくバランスを取るようにしてください。もし会社の外でやりたいことがあるなら、会社を辞めればいいと思います。

岡田:ONE JAPANに参加することで得られる学びやメリットについて教えてください。

濱松:ONE JAPANでは、大手企業に所属していること、所属する企業で社内コミュニティを作り、一定の規模で運営していることなどを加盟の条件にしています。ですから、加盟している人はみな非常に熱量が高く、エネルギー補給庫としての役割を十分に果たしていると思います。あの会社のあいつも頑張っているんだから、おれも頑張ろう、的な感じです。

◆これからのONE JAPANについて

岡田:今後のONE JAPANの展望についてお尋ねします。

濱松:ONE JAPANの創設から2年半が経ちましたが、今後も引き続き「アウトプット」と「土壌づくり・人づくり・カルチャーづくり」の2つにコミットしていきたいと考えています。ただ、あまり結果にこだわりすぎると思うような結果が出なかったときに問題になりますし、逆にゆるすぎると結果につながりません。バランスが大切だと思います。
そんな中で今考えているのは、例えば2025年の大阪・関西万博にONE JAPANのパビリオンを出すことです。ちなみにこの間はCEATECに出展しました。あとはラボ的な研究機関や学習機関を作ることにも興味があります。ONE JAPANから挑戦者やイノベーターがどんどん出てきたらいいなと思いますね。

岡田:活動の場を広げる上で、心がけていることはありますか?

濱松:ラーナー(学ぶ人)であると同時に、実践者でもあることがONE JAPANの強みです。ですから心理的安全性は残しながらも、集中して熱い活動をすることが大事だと考えています。もちろんそのためには、サスティナブルな組織が必要です。お金や人もそうです。現在の参加企業は50社ほどですが、これからも数と質を追い続けていくつもりです。

岡田:現在の参加企業は民間の大企業だけですが、この部分は今後も変わりませんか?

濱松:大企業というのはONE JAPANの軸です。「日本企業」という枠組みだけならベンチャー企業の参加もあり得るわけですが、参加者の中で原体験が違いすぎるのはダメだと思います。
ただこれからは、「ONE JAPAN?○○」といった形で、スタートアップベンチャーやNPO、アカデミアとの絡みもあって良いでしょう。むしろ増やしていきたいと思っています。賛助会員やサポーターのような柔軟な仕組みの導入も考えられます。機が熟したら「日本」という軸で何かをやったり、いずれは「世界」という軸ともつながりたいですね。

岡田:最後になりますが、今後ONE JAPANの活動を引き継ぐ後継者について考えておられますか?

濱松:今年の1月から共同発起人でNTT東日本の山本さんと共同代表で運営しています。ONE JAPANは創設からまだ2年半。One Panasonicは7年やりましたから、その「次」については考えていません。先のことはわからないですね。
ただONE JAPANを運営するにあたっては、山本さんを中心に、これからもミッション・バリューを明確にして、参加する全員が当事者意識を持ち「自分ごと」として活動できるようにしたいと考えています。そうした人たちの中から、今後のONE JAPANを担う人が出てくるのではないでしょうか。

岡田:ONE JAPANの活動を通して、企業と社会に貢献しようとする濱松さんの熱い想いが伝わりました。大企業はもちろん、すべてのビジネスパーソンにとっても有意義なお話だったと思います。本日はありがとうございました。以上で終わります。

対談を終えて!