このコラムでは、日本で長く続く伝統やそれを守る人々を取り上げて紹介をしています。
 今号では2019年2月19日(火)に、生産性本部セミナールームにて行われたInsightsセミナー『「流儀を紡ぐ組織―江戸千家」組織にみる際立つ点、強みと弱み』をレポートしたいと思います。講師は、江戸千家第11代 家元後嗣川上博之(かわかみひろゆき)氏。江戸千家は、江戸時代中期、表千家で修行を重ねた初代川上不白によって、江戸で武家社会とそれに連なる町人社会へ広まったお茶の一つの流儀です。その11代目家元となる川上博之氏を迎え、茶道にみる流儀という組織についてお話をしていただきました。
 茶道は花嫁修行、と言う印象の強い方も多いかと思いますが、本来茶道の持つ特徴を、現代社会に住む我々にわかりやすい視点から話を進めていただきました。「お茶は初心者」と言う方を相手に、実際のお点前を披露していただき、参加者との和やかな時間を演出。そして、流儀組織ならではのメリット、そして、デメリットを客観的に分析し、将来の展望へと話は発展してゆきました。言語化がむずかしい日本の伝統文化、それをあえてスライド、実際のお点前を交えて話をしていただいた川上様に、御礼申し上げます。

(参考)

【セミナー講師】
江戸千家第11代 家元後嗣川上博之(かわかみ ひろゆき)氏

プロフィール
早稲田大学卒業後、武者小路千家官休庵(京都)にて修業。
東京に戻ってからは、東京理科大学公開講座をはじめ、全国各地で茶道を伝え広める活動に従事。

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◆他流儀に身を置いて

 袴姿で会場に現れた講師の川上博之氏は、現在32歳。茶道の流儀の一つ「江戸千家」の後嗣は、大学を卒業してから京都を拠点とするある流儀組織の一番下端という所に身を置いたことがある。長い歴史を持つ茶道の世界でも、他流儀に入って修行をすると言うことは、非常に珍しいことなのだと言う。しかし、それだからこそ見えた世界があったと語る川上氏。まずは、茶道、いわゆる茶の湯の特徴を三つの切り口でご紹介していただいた。

-市中山居
-茶事(動と静の時間)
-総合芸術空間

 言語化するのがむずかしいと言うお茶の世界は、実体験がわかりやすいと、途中、畳二畳分の茣蓙ござを敷き、実物の茶道具を使ってのお点前もしていただいた。そして、後半は、他流儀を経験した川上氏ならではの視点から、流儀のメリットとデメリットをあげ、将来の展望へと話は続いた。



市中山居しちゅうのさんきょ

 お話の前半は、茶の湯の特徴を三つの切り口から語っていただいた。

 まず、その一つ「市中山居しちゅうのさんきょ」。あまり聞きなれない言葉を、川上氏は、写真を使いながら、まるで参加者の方々が歩いているかのように説明をした。江戸千家の家元宅は、上野からほど近い池の端という場所にある。門構えは、一見、「ここは何だろう」と人に思わせるところがあり、門から中を覗き込んでいる人をよく見かけると言う。ここまでの道のりを、上野駅を降りたところから写真でご案内いただく、いわゆる「市中山居ツアー」からお話が始まる。

 上野駅を降りると、上野公園に代表される上野の山があり、それを超えると池の端。10分ほどで家元の家はある。門を入って、先が見通せない道を、右へ左へと木々の中を歩く。その木々で視界が遮られ、行く手は見えない山道を歩く感覚だ。すると、突然、視界が開け山の庵が現れる。「市中山居」とは、「都市の中に、山の庵を持ってくる(都市に、別世界の空間を持ってきて、いつでも逃げ込める別世界を作ること)」であると説明された。都市の中にあって、いろいろな刺激から逃げ出したくなることがあるのをご経験された方も多いと思う。この都市の中の山の庵は、「逃げ出したくなった時に、いつでも逃げ込める別世界」だと言う。

都市

山道

と言うように、写真からでも変化を感じていただけると思う。



◆茶事は、ホームパーティー

 次に、「茶事」について話が移る。川上氏は、「茶事」についても、先ほどと似た表現を使い、「逃げ込める空間」を作ることと話す。そこで、参加者の方に、ある質問が投げかけられた。
「皆さんは、どのようなイメージをお持ちでしょうか」
「床の間のある部屋に入り、お菓子を食べてお茶を飲むことでしょうか」

 さて、読者の方々はどうだろうか?

 古い時代には、「茶事」と「茶会」を区別しなかったが、現代ではこの二つを、次のように区別する。

 「茶事」とは、「お茶を使ったホームパーティ」
 「茶会」とは、「お茶とお菓子をいただく時間(30分程度)」
 今回は、「茶事」について、お話をしていただいた。

 では、「お茶を使ったホームパーティ」とは、どう言うことなのだろうか?茶事における大切なことは、
『よく食べて、よく飲んで、よく話す』
ことだと、江戸千家第10代家元はよく言われるそうだ。それを理解するために、話は更に進む。

 「茶事」の典型的な流れは、以下である。
待合(寄付き)→庭を通って→茶室へ→火を起こしたり→食事とお酒でわいわい→中立ち(休憩)→再び茶室へ→濃茶(引き締め)→薄茶(緩める)

 都市の中から、どこまでも続くような山道を歩いているような錯覚に陥り、右へ左へと曲がるうちに、次第に東西南北の感覚を失う。そんな頃に茶室に辿り着き、薄暗い部屋に入る。遠くからようやく庵にたどり着いた気になる。

 茶室に入って、まず、茶室の顔になる床の間の前に行き、亭主の趣向が現れる掛け軸、花などを眺める。そして、バーベキューパーティと同じように、最初は火をつけるところから始める。「茶事」では、このことを「炭手前すみてまえ」と言う。つけられた火でお湯を沸かすわけだが、お湯が沸くまでの時間に、「懐石」をいただく。食べ終わると、一度、「中立」と言って、休憩が入り、一同は茶室から退出する(山に出る)。この間に、亭主は、茶室の室礼しつらいを変える。準備が終わると鳴り物を使って、合図をする。お客が変わった室礼を鑑賞した後、いよいよ「濃茶」の時間が始まる。ここで、川上氏は、「濃茶」について、さらに説明を加えた。

 濃茶とは、「葉巻や水たばこのような嗜好品の薬」。その根拠として、次のような事が考えられる。

  1. 日本には、シェアする文化はないが、一杯の濃茶は回し飲みをする
  2. 薬は、食後に飲む(懐石の後に、濃茶を飲む)
  3. 濃茶の直後に薄茶と言う飲み物が続く

 引き締め効果のある濃茶を飲んだ後に、一人一杯の「薄茶」をいただく。こうして、茶事は終わりへと向かう。全体的な流れを見ると、お酒と懐石をいただきながら、心身ともに緩めておき、刺激の強い濃茶を飲むことで、体を引き締める。そして、再び、薄茶を飲んで緩める。こうして、茶事の中で、「心身のアップダウンを楽しんでいる」と言う。

 更に、茶の湯を構成するものには、さまざまな要素(陶磁器、字、絵、漆、金属、裂地、花、香、飲食、建築)が、含まれていて、茶の湯が、「総合芸術空間」と言われる理由が理解できる。「市中山居」「茶事(弛と締の時間)」「総合芸術空間」と話が進み、再び、茶の湯は「茶を媒介として気持ち良い空間を作る事」であると、強調された。

お茶道具と聴衆を前にお話する川上氏



◆茶の湯の歴史

 さて、ここで茶文化の歴史について、簡単に触れていただく。今回は、お馴染みの「千利休」に至るまでの歴史についてと、明治から現代に焦点を当てた。

 7、8世紀頃、中国から伝来したと言うお茶は、禅僧中心に広まった鎌倉時代をて、室町時代には、もてなす文化や芸術として発展してゆく。室町時代当時、「メイドインチャイナ」が一番と中国工芸品がもてはやされ、中国は憧れの国であった。いわゆる「唐物」を至上とする時代に、唐物は、常に「完璧」を求められ、少しの曲がりも不良品とみなされた。そこに出てきた「侘び寂び」と言う考え。千利休がでた頃から、狙って歪んでいるわけではない茶碗などが、「茶人にとってはたまらないもの」となってゆく。ここで、ある点に注意が向けられた。それは、普通に考えれば、人は完璧なものを求め続けるところから、千利休が登場する頃から、あえて不完全なものを好むようになったと言う点だ。更に、この傾向は現在に至るまで続く。

 その後、江戸時代を経て、明治時代を迎えた茶の流儀を伝える人々は、パトロンを失い、新しい層へ働きかけてゆくこととなる。それが、女性。いわゆる、「花嫁修行」の一つとしてのお茶、と言うイメージが出来上がったのは、この頃からと川上氏は言う。しかしながら、これからの茶の流儀は、本来のお茶の持つ意味に立ち返り、進むのではないかと話す。

お茶タイム

 ここで、目の前に敷かれた二畳ほどの茣蓙ござの上に、参加者の中から二人に入ってもらい、川上氏にお茶を点てていただく。お茶は、ほとんど初心者と言う緊張した二人を、和やかなおしゃべりでお茶の世界に引き込む川上氏。お茶碗の回す方向について、今更恥ずかしくてなかなかできない質問などに、気軽に答えていた。

◆流儀組織について

 そして、いよいよ後半は、「お茶の流儀」について話が移った。

 江戸千家の初代川上不白(1719-1807)は、表千家七代如心斎の元で修業し、当時まだお茶文化が広まっていなかった江戸で、京都とは異なる江戸前のお茶を広めた。現家元は、10代目の川上宗雪氏。そして、講師の川上博之氏は、10代目家元のご嫡男になる。今年は、川上不白生誕300年にあたり、様々な記念の催しが予定されている。その一つとして、この秋には、東京の根津美術館で「特別展 江戸の茶の湯 川上不白 生誕三百年」が開かれる予定だ。

 さて、江戸千家と言う流儀の特徴を一言で言うならば、
 『実践性』
「自宅でもお茶を点てて飲んで、実践して下さい」と、川上氏は話す。「形だけにならず、何のためにするのか?大切なところを忘れずに」、と言うことに重きを置いていると言う。

 流儀の組織とは、一般的に、株式会社とは違い、「ある文化を質の高い状態で伝え広める」ことに目的を持つ。特徴としては、家元中心に周りに弟子が存在し、子が後を継ぐことが多い。子が継ぐことで、ファミリー的な絆を周りと結べ、長い時間を共に過ごすことで、言語以外の伝達手段でもって伝えることが可能となる。また、早くから喫茶の文化は、禅からきているため、禅文化からの影響を濃く残す。などが、特徴とあげられた。

講師の川上氏の話に熱心に耳を傾ける参加者

 それでは、流儀組織のメリットとデメリットとは、どのようなものだろうか?

 「メリット」とは、

  • 長期的視点で活動ができる(一般的に、一代30年と考える)
  • 言語にならない部分の伝達に長ける
  • 「形」家元がやることが正式と言う、情報源が明確
  • 「顔」の明確化(家元と言う顔)
  • アイデンティーの確立
  • ファミリー的な絆の形成ができる
  • 危機的時代を潜り抜ける(時代の支配者が変わっても)

 「デメリット」とは、

  • 権力集中
  • 一人の意見が重要視され(家元の言うことが絶対)、多様性がなくなる
  • 禅的カルチャーの勘違い(悟りを開いた人と同じことをすれば、悟れる?)
  • 家元が変化を望んでも、「形」「作法」が決まっているので、難しい

 このメリットとデメリットを聞いていると、一般組織にも見られる傾向があることに気づく。



◆流儀組織の未来

 最後に、流儀組織における未来に触れていただいた。次のような事がポイントになるようだ。

  • ミッションを忘れない
  • 人と意見の多様性(家元に異なる意見が言える環境)を保つ
  • 言語化と非言語化の最適化(最適化のバランスは常に変わる)を測る
  • 人材の育成方法(茶の家に生まれた人、お茶好きで流儀に入ってきた人)を考える

 それぞれ、決して簡単にできるものではない。その課題を認識し、向かい合ってゆくことになるこの若い茶人が、どのような未来を歩んで行くか、非常に興味が持たれる。

 終始、お話の中には誠実なお人柄が窺え、予定の時間を超えてまで熱心にお話を続けていただいた。そして、セミナー後には、この若きリーダーに会場からは惜しみない拍手が送られた。

これからのご活躍が楽しみです

セミナーを終えて

 茶の湯と言うものを、川上氏の切り口から話をしてもらい、茶の湯に対する認識が変わった参加者もいたのではなかろうか。いわゆる三大流儀とは異なる一つの流儀「江戸千家」。「江戸千家」が考える茶の湯、そして、その流儀の特徴。流儀ゆえのメリットとデメリットをご紹介いただいたが、その内容を聞いていると、一般組織にも当てはまる内容と言える。しかし、一方で江戸中期から続く流儀がここまで続いてきたわけを考えると、今回の話だけでは、分かり得ない奥深いものがあることも感じられた。今後の川上氏のチャレンジを見るのが、非常に楽しみでもある。

文:中田 尚子(Insights編集部員)