「管理職に就くことになったが経営・マネジメントに関する体系的な知識がない」と嘆くビジネスパーソンが未だ多くいらっしゃいます。日本では多くの大学で昼夜問わずMBA(経営学修士)を習得できるコースがそのニーズを満たす1つと言えますが、習得のためには多くの時間とおカネを割かねばなりません。本シリーズは「そこまで労力は割けない」と考える方々へ向けて、マネジメント全般に関する知識のessential(必要最低限)を分野ごとに取り上げます。
第3回目は「経営組織」について大阪産業大学経営学部准教授の中原翔氏に解説いただきます。

解説:中原 翔 氏(なかはら しょう)
大阪産業大学経営学部准教授(専門領域:経営組織論、経営管理論、組織不祥事)
1987年生まれ。2013年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2015年六甲台後援会社会科学系特別賞(凌霜賞)受賞。2016年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。2018年日本情報経営学会第76回全国大会若手研究発表賞(優秀賞)受賞。同志社大学大学院ビジネス研究科嘱託講師(2017-2018)を兼任し、MBA取得を目指す社会人大学院生を対象に企業の人事制度や報酬制度について学習する人的資源管理論の教鞭をとる。また、専門領域である組織不祥事や組織不正について多数の研究論文執筆や研究報告を行っている。主要著書に『経営学の批判力と構想力』(文眞堂、2016年:共著)、主要訳書にK. E. ワイク&K. M. サトクリフ著『想定外のマネジメント:高信頼性組織とは何か(第3版)』(文眞堂、2017年:共訳)。


経営組織に見舞う問題への人事的対応
―不祥事・不正に対して人事は何をすべきなのか―

 ある日のことでした。大阪市内のある製薬会社へのインタビュー調査を終えた私は、その帰り道に近くの居酒屋に立ち寄りました。客数も少なく、こじんまりとした居酒屋でした。私は店員さんにカウンターへ案内され、一杯目のビールとアテをつまみながら携帯を見ていると、サラリーマン風の男性が二人でお店に入ってきました。

 彼らは、私の席の後ろのテーブルに座り、「今日も疲れたな」と言いながら、ビールを注文していました。ほどなくして酔いが回ってきたのか、彼らははっきりと聞こえるくらいの声で仕事の話を始めました。「だいたい、アイツが俺たちの仕事に口を出すから上手くいかないんだよ」。年配の男性が若手社員に向かって話しています。「お前はどう思う。人事として」。若手社員は、「そうですねぇ」と言いながら、男性の顔色を伺っているようでした。「俺は二十年以上人事を担当してきたが、やっぱり人がダメなら組織もダメになる。だから、アイツはどうにかしないといけない。最後はやっぱり人なんだよ、人。お前も分かるようになるよ、そのうち。」

 私はすでに満腹に近かったため、会計を済ませて店を出ることにしました。一時間程度が経過していましたが、お酒も食べ物もとても美味しかったので時間が経つのが早く、外は暗くなっていました。

◆1.経営組織と諸問題

 この話は後ほどふれるとして、ここからは経営組織について考えていきたいと思います。仕事をされている皆さんなら経営組織というキーワードに「何をいまさら」とお思いになるかもしれません。たしかに、身の回りには、経営組織が溢れており、実際に自らもそこで働いている場合が少なくないと思います。

 しかし、私たちは思ったほど、(経営)組織について理解しているわけではありません。例えば、私が勤務している大阪産業大学という組織を例にしてみましょう。大阪府大東市にキャンパスがありますが、このキャンパスが無くなれば大阪産業大学という組織が無くなるかと言えば、そうではありません。次にそこで働く職員。私を含めた職員がいなくなる(あるいは、入れ替わる)としても、大阪産業大学という組織は無くなりません(現に毎年職員は入れ替わっています)。大阪産業大学に関する情報がネット上からすべて削除されたとしても、それでも無くなるわけではありません。当たり前ですね。

 何が言いたいのかというと、組織とは「目には見えにくいが、たしかにそこに『ある』もの」という性質を持っているということです。これは組織に特有の性質であると言われ、古くはチェスター・I・バーナード(世界で最も有名な組織の定義を行った人物)が論じた組織の性質であると言われています。ちなみに、バーナードの研究を長らくされている庭本佳和先生は、それを「経験的実在としての組織」と呼んでおられます。

1-1.経営組織と利害対立

 これがどうして重要になってくるかと言えば、組織には、この「ある」をめぐって様々な利害が生まれ、その利害の対立が絶え間なく生じているからです。例えば、経営者が「組織は自分のために『ある』」と考えるとします。そのような経営者は、自分の私腹を肥やしたり、あるいは会社の予算を私物化して好き放題するでしょう(実際に、創業経営者やその一族が会社の資金を使い込むという例は枚挙に暇がありません)。もちろん、そんな経営者は時代遅れだとしても、先進的な企業の内部でも利害があります。例えば、経理部門は予算を、人事部門は人間を通じて、「ある」べき姿へと組織を導きたいと考えています。しかし、予算を制約したい経理部門と優秀かつ高級(高価)な人材を獲得したい人事部門が対立するのは言うまでもありません。

 少し前になりますが、「プロフェッショナル 仕事の流儀」というテレビ番組に(株)DeNAの創業経営者の南場智子氏が特集されていました。番組では南場智子氏の仕事に密着するのですが、ある時南場氏は今後の市場変化に対応するために、A部門の優秀な人材をB部門へと移籍(異動)させたいと思うようになりました。しかし、A部門の部門長としては、寝耳に水です。彼長は、結果的に南場氏に不信感を抱くようになります。それでも南場氏は引き下がりません。「移籍だよね?」と促す南場氏に対して、「いや…そこについて、僕はそういう感覚じゃないんですけど」と双方の意見は食い違います。結果的に当該人材は移籍することになるのですが、この時の南場氏は「優秀な人材をあえて引き抜くことで、次の人材を成長させたい」という狙いがあったと番組の中で吐露します。この考えは、非常に重要でしょう。しかし、優秀な人材が移籍することによって、A部門の業績が傾くとしたら責任を取るのは間違いなくA部門の部門長です。人材育成の機会を作りたい経営者と業績を維持・向上させたい部門長の利害対立は、この場合不可避なものでした。

1-2. 組織的問題としての不祥事・不正

 このような話は組織で絶え間なく起こりうるものですが、それが時として大きな社会問題に至ることがあります。それが組織の不祥事や不正です。南場氏の事例では、部門長が折れる形で人材が移籍することになりましたが、両者が折れなかった場合はどうでしょうか。水面下で、自分たちの有利な状況になるように情報を操作したり、人材を移籍させようとするでしょう。あるいは、他の部門にも呼びかけて、自らの意見を正当化するといったこともあろうかと思います。

 古くから日本では、「根回し」が重要であるとされ、いくらフォーマルな会議の場で決定しているとは言っても、それは事前にインフォーマルな場でほとんど決定されています。インフォーマルな場での情報が水面下でやり取りされ続け、誰かの利害の下に利用されているとしたら、それは不祥事や不正の温床になります。人材の移籍なら、組織で完結することが多いでしょう。しかし、これが予算や財源といった金銭的な話になればどうでしょうか。それが賄賂や横領といった形で顕在化することもあり、取り返しのつかない事態にも繋がります。

 そして、より重要なことは、不祥事・不正の発生には「制度と実践のズレ」も関係しているということです。利害対立が「実践間のズレ」であるとすれば、不祥事・不正は企業内外の制度と実践のズレによっても顕在化するのです。一昨年あたりに大きな社会問題となった燃費不正を例に具体的に考えてみましょう。三菱自動車やスズキといった有名企業が燃費値を国が定めた方法以外で測定していました。それにより、三菱自動車の場合はカタログの燃費値よりも実際の値が悪くなる結果になりました。この燃費不正の問題を、多くの人は三菱自動車やスズキが自ら不正な測定方法を使用したものと考えていますが、そうではありません。国が定めた方法、つまり惰行法は実は自然環境に適合せず、風の影響を強く受けるものでした。そのため、両社ともに「仕方なく」別の測定方法を使用していたわけです。このように、国家や企業が定める制度が実践とズレることによっても、不祥事・不正は生じています。それでは、どのようにこの問題に人事が関与すべきなのか、次に考えてみたいと思います。

◆2.人事的対応

 ここからは不祥事・不正に対する人事の仕事について考えてみましょう。上記で述べたように、不祥事・不正には「実践間のズレ」であるものと「制度と実践のズレ」であるものがあります。前者が人と人の問題であるのに対して、後者は制度と人の問題であると言えます。前者の特徴は、周囲が気づきやすく、それにより対処しやすいということです。人と人との問題であるため、情報も共有されやすく、それをもとに適切な対処がなされやすいです。

 それに対して、後者は制度とのズレを感じている当事者は違和感を感じやすいものの、それが目に見えにくいため、情報も共有されにくいです。ある特定の制度を利用する人々が近くにいるとも限りません。それ故に、適切な対処となりにくく、気づけば大きな問題に発展しているということもあり得ます。

2-1.実践間のズレを意識する

 私が「実践間のズレ」と呼ぶ現象には、利害対立以外にも、上司と部下の意見の食い違い、同僚同士のいざこざなど、人と人とのコミュニーケーションにおいて生じる問題が含まれています。利害対立を部門レベルの話として説明してきましたが、それは当然個人レベルでの話も含まれます。

 この問題に対しては既に人事に携われている方々の方が知見をお持ちだと思いますが、私は今一度念押ししたいことがあります。それは情報の粘着性とインフォーマルな情報の重要性です。情報の粘着性(stickiness of information)とは、情報がローカルな場所に根付くことによってそれを移動させることにコストが生じるというものです。経理部門には経理部門に固有の情報が、総務部門には総務部門に固有の情報が粘着しています。それを人事が拾い上げることにはコストが伴います。しかし、「実践間のズレ」が大きな問題へと発展していく前に人事部が情報の中枢部となって、どこに、どのような問題が生じているかを把握しておくべきでしょう。

 また、情報にはフォーマルな情報とインフォーマルな情報があるため、特に重要性・秘匿性の高いインフォーマルな情報(例:うわさ、陰口、事情、SNSなど)を収集しておく必要があるでしょう。そうすればフォーマルな情報だけでは見えてこない、実際の真意が見えてくるはずです。インフォーマルな情報を入手することは容易ではないですが、それをうまく活用することによって人事関連の仕事を遂行しやすいのではないでしょうか。このように人事部は、人と人の問題に利用されるような情報により積極的に気を配る必要があると思います。

2-2.制度と実践のズレを意識する

 しかし、私たちは組織が人だけでは成立しないことを知っています。だからこそ、制度と実践のズレも見なければならないわけです。冒頭の居酒屋の話は、人事部である上司と若手がどちらも人の問題にしかフォーカスしていなかったということを例にしたものでした。特に上司は、「人がダメなら組織もダメになる」という考えの下、それをうまく調整するのが人事部の仕事であると考えていました。もちろん、それは正しいことでしょう。

 ですが、ここでより主張したいのは、人と人の関係だけではなく、制度と人の関係についても組織を考える際に気を配るべきだということです。採用制度、評価制度、雇用制度など、人事が扱う制度には多種多様なものがあり、それがどのように仕事の実践と合っているのか、または合っていないのか。こうした視点も必要なのではないでしょうか。

 例えば、私の身近では、最近ある企業の社員による交通費の不正受給が問題となりました。制度上、自宅から会社までの最短経路を合理的に計算する必要があります。しかし、自宅から通っていなかったり、最短経路でなかったり、あるいは別の交通機関などを使用しているなど、その企業では様々な不正受給が行われていました。また、この企業とは別の話ですが、雇用制度や勤怠管理制度なども、制度上で決められていることと実際に社員が行おうとすることにズレが生じやすく、不祥事・不正が横行しやすいものとなっています。むしろ、制度を利用する人々は、そこで禁止されていることに抵触しないようで自らの有利に働くように行動します。人事制度が「ザル法」にならないように留意すべきだと思います。このように、単に人と人の問題としてではなく、制度と実践の問題として考えることで、より望ましい組織運営が可能になるのではないでしょうか。

◆3.経営組織に見舞う問題について人事部に期待されること

 ここまでお話したことを改めて振り返っていくと、人事に携わる皆さまは「人の事」だけではなく、「制度の事」にも精通していただきたいと思っています。もちろん、人事関連の制度については十分お詳しいかと思いますが、働く人と制度の関係を考える等でそれがどのような問題を生み出してしまっているのかを改めて考えていただきたいと思うのです。

 私は大学に勤務していますが、文科省や大学基準協会が定める諸制度は、必ずしも大学の教育・研究の現場に有意義に作用していません。一方で、それに直面しながらも、一大学教員が制度を変更することは容易なことではありません。だからこそ、大学全体で考えるために、学部・学科単位で会議を繰り返し、自分たちの意見を練り上げるという作業を行うわけです。これは大変な労苦になります。

 これに対して、企業では人事制度であれば人事部が策定し、実行するというように、制度の「策定者」と「実行者」が同一であるかと思います。しかるに、私は人事部の皆さまに、制度が実践と噛み合っているか、噛み合っていないのだとしたらそれはなぜか、を考え、未然に問題を防いでいただきたいと思っています。単に、「人の事」だけではなく、「制度の事、制度と人の事」にも注目し、現状を変革し続けてください。皆さまの経営組織がより良くなることを願っています。