令和という新しい時代を迎えました。平成30年間は失われた時代と称され、変化に対応できず、右往左往した企業が多く存在しました。過去の成功体験や慣れ親しんだルールや慣行に必要以上に固執した結果、内向的で消極的な行動が目立つようになりました。特に意思決定システムやインセンティブ制度、人事管理システムに大きな課題を抱えています。平成時代に積み残した課題を令和時代に解消し、新しい価値創造システムを構築するために、私たちは何を考えなければならないのでしょうか。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ 代表取締役
エコノミスト 崔真淑 氏

ゲスト:株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ 代表取締役 エコノミスト 崔真淑 氏
2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。2018年より同大学の博士後期課程に在籍。研究分野はコーポレートファイナンス。
新卒後に、経済のスペシャリストの世界に触れたい」と、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)に入社。アナリストとして資本市場分析に携わる。当時最年少の女性アナリストとして、NHKなどの主要メディアで経済解説者に抜擢される。債券トレーダーを経験したのち、日本の経済リテラシー向上に貢献したいとの思いから2012年に独立。



岡田 英之(編集部会):本日は『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』の著者であるエコノミストの崔真淑先生にお越しいただきました。それでは、崔先生、まずは自己紹介からお願いいたします。

◆『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』について

崔 真淑(エコノミスト(MBA in Finance)一橋大学大学院博士後期課程在籍):では、自己紹介させていただきます。私はエコノミストと名乗っておりますが実は3足の草鞋を履いております。自分で会社を経営していましてその中で3つ仕事をしているのですが、一つ目はメディアの仕事。テレビ、ラジオなどの経済番組のレギュラーとして、生の経済ニュースを経済学の目線で解説するという仕事を日々しています。
2つ目は一橋大学大学院の博士後期課程に現在おりまして、コーポレイトガバナンスという経営者が暴走しないための制度や、経営者の意思決定が従業員のモチベーションや企業価値にどう影響するかということを学術研究しています。3つ目はメディアと学術の分野で吸収したことを実務に落とし込むということで、上場企業の社外取締役やIPO前の企業の顧問などをしています。

岡田:ありがとうございます。新著の『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』の紹介もお願いします。

:この本は30年分の経済ニュースと書いてあるように平成を振り返っている本です。なぜ平成を振り返る価値があるかを説明しますと、平成が始まった頃はよしグローバルだ、IT革命だという風潮でしたが、最近はトランプ大統領がGAFA(グーグル、Facebook、Amazon、アップル)などデジタル企業に独占禁止法で制限をかけようとするなどグローバリゼーションを否定する動きや反デジタルの動きが出てきています。
しかし、この30年間を振り返ってみると、グローバルとデジタル化はあまりにも私たちの生活に浸透しきったがため、そのメリットを捨ててまで逆行することがもうほぼ無理であると学べます。これからの時代に生きていくためにはグローバルとデジタルを味方につける必要があります。また、国家主権が今後も維持できるのか、財政金融政策はどう機能するのかなどいろいろな課題がある時代ですが、グローバルとデジタル化の影響で社会が変化していくなか、何を学んでいけばいいかがこの1冊で学べると思います。
例えば、GAFAの話と非正規や働き方の問題はすごくつながっています。「政府は何もしてくれない」「貧困問題だ」と批判されますが、経済学の視点で検証すると単に法制度が悪い、経営者が悪いということではなく、デジタルの波によって働き方を変えないことによる影響がすごく大きいこともわかります。

グローバル化とデジタル化の影響とは?

岡田:池上彰さんの本とはどのように違うのですか?

:池上彰さんの本に経済学の研究を盛り込んだ感じです。参考文献にはノーベル経済学賞の受賞者や候補者の方の資料をかなり入れています。自分がメディアの中にいたからこそ感じたことですが、データにもとづいてエビデンスをとるとメディアの通説が実は違うということを示しています。

岡田:参考文献を見るとハンチントンの「文明の衝突」、伊藤元重先生の「ミクロ経済学」、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」、マネタリストのミルトン・フリードマンの本や関志雄先生の中国の「ルイスの転換点」の話など読んだほうがよい本をたくさん上げていただいていると思います。

:あとDL特典もつけて読んだほうが面白いと思った資料を入れさせていただきました。



◆なぜ日本は30年間変われなかったのか?

岡田:グローバル化とデジタル化はもう不可逆であって、問題はこれらに我々がどのように対応していくかというお話ですが、とは言いつつもこの30年間対応できなかったと思うんですね。だからこんな話になっている。なぜ日本は対応できなかったと思われますか?

:いろいろな理由が重なっていますので、あくまで私の専門の視点ということでお伝えさせていただくと、例えば、日本の経営者の問題があります。経営者は企業のR&Dや人材の報酬体系を決める最高意思決定機関ですが、日本の特徴は経営者の任期が3~5年と短く定期的にかわる企業が多いことです。つまり、「頑張っても3~5年しかいないし大して自分に返ってこない、むしろ早く無事に任期を終えたい」となります。
この30年間、デジタルやグローバル化、デフレなどに対応できなかった理由の一つに、私は経営者のインセンティブ設計があると思っています。企業価値が上がり株価が上がり業績も良くなったときに経営者の任期が長くなる、あるいは報酬に跳ね返ってくるということをインセンティブとして織り込んでこなかったことが大きいのではないでしょうか。
中間管理職の方々が頑張っても、経営者が研究開発投資や無形資産投資を無駄と判断すれば誰も新しいことに挑戦しなくなります。もっと言えば誰もリスクをとらなくなってしまったのではないかと感じています。

岡田:日本の経営者は取締役会、役員規定などに縛られて「可もなく不可もなく」となってしまう傾向があると思います。では、オーナー経営の中小企業や上場していない企業などはどうでしょうか?

:非上場企業のデータは制限されているため私の意見は憶測でしかありませんが、オーナー企業でかつオーナーが経営者にいる場合は業績やROEがいいということは世界的にも日本的にも言われています。いろいろな仮説がありますが、私の仮説は経営者の方針が変わらないため経営者に対するレピュテーション資産ができているからだと思います。
昔、社外取締役をしていた会社では1年ごとに社長が変わっていました。研究開発をするといったら翌年全部予算カット、次の年にはまたするというふうにころころ方針が変わるため、社員は疲弊しきっていました。
一概には言えないのですが、データ上で見る限り、また私が肌感覚で思ったところでは、オーナーがいて経営陣の方針がそうそう変わらないという安心を社員に伝えられる会社は、グローバル化やデジタル化の流れにも対応できるのではないかと思います。だから、重要なのはボトムアップで上がってきた経営者にどのように意思決定させるかということではないかと思います。

岡田:面白いですね。オーナー経営者というのは負の側面もあるけど良い面もあるわけですね。ユニクロなどはどうですか?

:オーナー型で柳井さんの方針が変わらないので、柳井さんの方針にそって自分たちが頑張っていたものが急にひっくり返されることがないのが大きいと思います。
ただし、オーナー経営者は学ぶべきところもあるのですが独裁的になりやすく、うまくいけば跳ねますがマイナスのときは最悪になります。オーナー企業だからこそガバナンスを見なければいけないと思います。

失われた30年 日本はなぜ変われなったのか?



◆日本型雇用は時代遅れ?

岡田:次に192Pの「日本型雇用は時代遅れになりつつある?」の箇所についてお聞きしたいと思います。この話も人事の世界ではそれこそ30年前くらいから言われています。1995年あたりだと思いますが当時の日経連が「新時代の日本的経営」という雇用ポートフォリオ論を打ち出したんですね。

:そうだったんですか。

岡田:従来型の正社員、スペシャリスト、テンポラリーワーカーとポートフォリオにわけて人材を戦略にあわせて管理していきましょうと当時の日経連が明言したわけです。それ以降、善きにつけ悪しきにつけいろいろな雇用形態が増えてきた。一方で働く側からすると非常に不安定な雇用になってきたように見える。この日本型雇用がこれから先どうなるかということについてコメントをいただきたいのですが。

:まず、日本型雇用の定義についてここでは終身雇用と年功序列の話をしているのですが、実はこの2つは日本だけでなく、スペインなどヨーロッパやアメリカでも報告されているということを明言しておきたいと思います。日本の場合はこれが主流だったのでここでは日本型雇用と定義させていただいています。
ではこの日本型雇用がこの先どうなるかということですが、そもそも30年前からそのような課題が意識されていたように、マクロ経済学者の方々と話しても終身雇用、年功序列を前提としているのは日本でも最近は製造業男子くらいだという認識でした。
それが先日のトヨタの発言があって、もう製造業男子ですらこの働き方は成り立たなくなった。日本型雇用はなくなっていくというのが私の結論であり、世の中の見解とも相違ないと思っています。なぜそうなったかというと、やはりデジタル化が絶対に影響していると思います。
労働の種類、能力の種類には社内にフィットする能力と労働市場全体に通用する能力があります。終身雇用、年功序列の世界では、世の中全体に通用する能力よりも社内の政治力や調整力のある人材が求められました。ものづくりありきの時代だからじっくり腰をすえて働く人が必要だったと思うんです。
でも、今は産業の変化の速度がすごく速くなったため社内にフィットするだけの人材よりも労働市場全体にフィットする人材が必要になった。だからこそ日本型雇用は時代遅れになった。この30年間日本が変われなかったのは日本の雇用がすごく硬直的だったことも影響していると私は思っています。それを示すのが35Pの時価総額ランキングの推移です。アメリカは2008年のリーマンショックのときは上位にエクソンモービル、P&Gなどが並びますが2018年にはすべて入れ替わっています。一方、日本は10年前とほとんど変わらず、いまだにデジタル系企業がほぼ入っていません。つまり、産業の変化が起きていないのです。

岡田:学生の就活人気企業ランキングの最近の上位は三菱商事、伊藤忠商事などの商社です。決してここにあるような企業はランクインしていないのですが、これはどう見ていますか?

:一昔前はJALやANA、製造業が人気だったと思いますが、商社が最近人気なのは多分給与水準が高いことやその先の自立を考えているからかもしれません。何とも言えないですね。NTT、NTTドコモなども給与水準は高いのですが、商社に比べると幅の広い仕事ができるかどうか判らないからかもしれません。

◆働き方改革にまつわる通説を経済学の視点で切る

岡田:次に、労働生産性の話に移りたいと思います。最近はこのキーワードをすごくメディアが取り上げています。日本は労働生産性がOECD諸国の中でも低く、生産性を上げていかないとGDPも伸びないし我々の所得も増えないという言説が飛び交っていますが、このあたりの真相というか解説をお願いできますか?

:今、一番メディアや世の中ではびこっていて良くないなと思う説です。まず、働き方改革で早帰りさせることと生産性が上がるという話には何の因果もなく、何の実証研究も示されていません。そこを認識していただきたいと思います。

岡田:何の因果もないのですか?相関はあるかもしれない?

:もしかしたら相関すらもないかもしれません。相関があるという論文とないという論文があります。早帰りや定時で帰ることはそれはそれ。生産性はそれでは上がりませんというか、まだわかっていないのです。

岡田:先日、デービッド・アトキンソンというエコノミストが、生産性の話に関し、労働時間は関係ないと言っておられました。日本の労働生産性が低いのは生産年齢人口が急激に低減しているからであって、結局生産年齢人口を増やさないかぎり労働生産性というのは高まらない。イノベーションだとか効率化とか実はあまり関係ないというのが彼の指摘です。それは正しいでしょうか?

:マクロな視点ですね。半分正しいのではないでしょうか。人口経済学の視点ではそもそもいろいろな人たちの競争があって、若い人たちが多様な意見を出すからこそ競争原理が働き、イノベーションも技術革新も生まれると言われています。みなが高齢者で人が減っていくとそもそもアイデアすら出てこない。だから政府の話は無理があると思っていましたしデービッド・アトキンソンさんの話もしっくりくるなという感じですね。

岡田:そうすると、現実問題として少子高齢化じゃないですか?この流れは一足飛びには回避できないですよね。子供たちに社会の仕組みや将来について教えていくときに、なんだか暗い話になりますね。

:私は日本が暗いと考えるよりも、アジア全体を捉えて視点を少し広げて、こういう仕事をするならこの国でと考えたら明るくなると思います。海外でもいいのですがアジアだともう少し近い視点で見ることができると思うので。今はLCCだってありますし、住んでいる人も行き来する人もたくさんいます。

岡田:なるほど、面白いですね。

:金融施策のトリレンマという言葉と同様に国家主権のトリレンマという言葉があります。経済グローバル、国家主権、民主主義の3つは同時に達することができないという話です。政治的トリレンマという考え方でいくとデジタル化の波とグローバル化を維持しようとすると一つの国が一つの国に住んでいる人たちを完全にコントロールすることはほぼ不可能になります。
フィナンシャルタイムズに紹介されていた論文によると、今は規制もグローバル化によってアビトラージが起こりまくっているそうです。ある国が法人税や所得税を下げたらこちらも下げる、金融規制をどこかが緩和するなら他の国も緩和するというふうに、規制や税金も国々が連動するようになってきている。だから日本の消費税が高いなら、単純に買い物は日本でしないという判断もできるようになると思います。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:我々は人事担当者の協会なのですが、最後に日本企業の人事部に向けてのメッセージをお願いしたいです。人事部も変わっていかなければならないのですが、なかなか自己改革ができないという課題があります。企業にいたときにお感じになられたことでも結構です。

:難しいですね。企業にいたのはもう7~8年前ですが、私は、人事部という組織は忖度の塊だと思っていました。なぜなら人事部がしていることと人事部以外の人たちの情報の非対称性が高すぎるからです。人事評価もどのような基準で評価をしているのかわかりにくい。忖度がないということを社員に信じてもらえるようにならないと社員から「オオカミ少年」だと思われます。
また、人事部が人事評価制度を変えるとき、先ほどの大株主と経営者の方針転換の話と同じですが、この人事システムで何年いきます、絶対変えませんと言わないと、誰も言うことを聞かないしついていきません。

岡田:どうせまた変えるじゃないかと?

:どうせ、また景気が悪くなったからとか、トヨタがああ言っているからと言って変えるだろうと社員は思います。だから、例えば絶対3年間は変えないと保証してほしいです。

岡田:なるほどね、そこ面白いですね。

:あとはインセンティブ設計です。営業のようにわかりやすい職種はいいのですがバックオフィスや研究開発の人達の給与が諸外国に比べてかなり低い水準です。人事の評価システムとインセンティブ設計をもっといろいろな企業と交流しながら組んでみたらどうですかということですね。
人事部の方に絶対知ってほしい考え方を本の67Pで紹介しています。報酬体系を決めるときにベース給と出来高や能力給の比率を決めると思うのですが、それに対してハートというノーベル経済学賞を受賞した方が一つの答えを出しています。
マルチタスク問題というのですが、この考え方が浸透すると日本の企業はもっとよくなると思います。固定給と能力給を体系化させるときに、例えばリスクのある仕事かそうではないか、基礎研究系なのかというふうに分類していきます。検索するといろいろ出てくると思います。

終わりに

岡田:マルチタスク問題。企業の報酬体系を決めるうえでこの考え方を知らないとあまりいいものができないのですね。ありがとうございます。それでは今後のメディア出演やご活動予定なども教えてください。

:月曜日と水曜日にテレビ東京の『昼サテ』という番組に11時25~35分の間出ています。そのほか、BSスカパーで水曜日の夜にモーリー・ロバートソンさんたちとグローバルな政治のテーマについて経済目線で話をする番組にも出ています。あと会社のホームページを見ていただくと本やブログの紹介があります。

岡田:ホームページからブログにもいけるのですね。ありがとうございました。以上で本日の取材を終了いたします。

対談終了後にパチリ!




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