このコラムでは、日本で長く続く伝統やそれを守る人々を取り上げて紹介をしています。
 5年ほど前に、日本で長く続いている仕組みを取り上げた「悠久の時を超えた今 言霊の幸ふ国ことだまのさきわうくにに生まれて」。その後の「連載【伝統を紡ぐ人々】」と続き、伝統文化を伝える人々との出会い、そして、お話を聞く中で、感じたこと、思ったことを、一読者でもある立場から書き綴ります。

◆日本のことを知らない自分

 筆者が、アメリカでの留学生活を始めたのは、2003年夏。新しい海外での生活のへ期待と興奮は、大学院での新学期が始まるとすぐに、後悔と不安に変わりました。宿題の多さと、英語との格闘、そして、異国での慣れない生活。アメリカの文化習慣、留学生とのコミュニケーションを通じて、自分の根底にある価値観が試される日々。否応にもなく自分が日本人であることを意識させられる出来事を経験してゆきます。

 その後、無事大学院を卒業し、働くためにカリフォルニアに移った頃、ある日本好きの高校生に会いました。YMCA運営のスポーツジムでアルバイトするアレックス君。彼の父親が、日本職人を応援していて、アレックス君も日本にとても興味を持っていました。ある日、ジムのランニングマシンで走っている私の傍らで、アレックス君は、目をキラキラさせて日本の大工の話をしてくれたのです。

「Naoko、日本の大工は凄いんだ。カンナを引いて使うから、彼らのお腹の筋肉は凄いんだ。でも、アメリカの大工は、カンナを押すから手の筋肉だけしか使わないんだ。」

 これを聞いた私は、何が凄いのか理解できませんでした。が、その時のアレックス君の興奮した目がとても印象的で、「アメリカの高校生に、日本の大工の凄さを教えてもらっている」と、不思議な思いがしました。

 そのスポーツジムでは、子供達の空手クラスも行われていて、白い胴着を身につけたアメリカ人、中国人、韓国人、インド人の子供たちをよく見かけました。そして、「ブラジリアン柔術」を習う中で知る「受け身」と言う概念。急に自分が日本のことを何も知らないのではないかと言う疑問が湧き上がったのです。

目黒雅叙園百段階段「いけばな展」(2018年)から
宏道流家元望月義瑄



◆日本文化は、底なし沼

 2007年に日本に帰国後は、今までになく日本と言う国に興味を持ちました。日本のしきたり、嗜み、礼儀作法、神々、日本の歴史と本を読み漁ったものです。「合気柔術」と言う武術を習い、胴着の袖を通す経験。日本伝統継承者協会の講座で会う流儀を守る人々。小笠原流礼法を習い、江戸千家の茶道の門をくぐり、会社の華道部(宏道流華道)を立ち上げるなどの経験を通じて、「日本と言う国の魅力にはまってゆく」自分を感じてゆきます。まるで、外国人が日本に興味を持つように。そして、「もしかしたら、日本文化は、底なし沼のように深いかもしれない」と思うようになります。

モスクワで行われた流鏑馬 森山雅智氏撮影


日本文化は、引き算

 「西洋文化は、足し算。日本文化は、引き算」と言う言葉を耳にします。これは、本当に的を得た言葉だと思います。例えば、小笠原流礼法では、その所作には、合理的で無駄な動きを削ぎ落とした考えが所作に表れます。以前、四條司家第41代当代四條隆彦氏のお話を聞いたことがありますが、「日本料理は、素材以上の味付けをしない。西洋料理や中華料理は、素材以上の味付けをする」と言う話も印象的でした。
 そういえば、日本の評価方法を考えてはいかがでしょう。100点から減点主義の傾向があり、西洋の褒めて足してゆく評価とは異なります。話は逸れるかもしれませんが、「押してダメなら、引いてみな」と言うように、「引く」と言う発想が日本にはあります。日本の家屋には、引き戸と言うものがありますが、西洋の家屋では、引き戸と言うものはほとんど見られません。

五感で理解する

 最近、「五感」と言う言葉をよく耳にする一方で、スマホなどの復旧で、目や耳を使うこと、つまり、視覚や聴覚を使うことが多くなりました。
志野流香道第20世家元嫡男蜂谷宗苾はちやそうひつ氏のお話を聞いた時に、五感の一つ嗅覚の重要さを言われていました。鎌倉幕府を開いた源頼朝以来、流鏑馬の伝統を守る小笠原家が指導する小笠原教場の奉仕する流鏑馬神事では、決められた合図をもとに、静けさの中、淡々と神事が行われてきたと聞きます。言葉に頼らずに物事を進めると言うことです。
 また、柳生新陰流22世宗家柳生耕一やぎゅうこういち氏によれば、柳生新陰流のお稽古は、唯一の掛け声が伴う型以外は、静けさの中で行われるそうです。江戸千家第10代家元後嗣川上博之氏は、「言語化が難しい部分をどう伝えてゆくか」と言う課題に取り組んでいると言います。どうやら、言葉以外の手段を十分に生かして、日本の伝統文化を伝えてきたようです。

◆グローバル化の中で

 先日、アメリカ出張に行って参りました。世界中のさまざまな文化習慣を背負った人々と仕事をすることは、決して簡単ではありません。言語の問題は勿論ありますが、それ以上に異なる価値観をベースとした異なる考えかたの中で、こちらの主張を伝え、どうやって合意を引き出すか。これはとても難しいことです。その中で、自分の言いたいことを相手に冷静に伝え、相手も言い分にも耳を傾けることが、とても大切と考えています。何度も相手の強い主張を前に、自分の主張が揺らぎそうになることが何度もあります。この課題を克服するために、実は、日本の文化を正しく理解し、自分の骨となる核を持つことが役に立つと思うようになりました。

 今年の8月に、小笠原教場で柳生新陰流22世宗家柳生耕一やぎゅうこういち氏に、こんな質問を投げかけてみました。
「柳生新陰流兵法の稽古を続けていて、お仕事をする中で役立ったと思われたことはありますか、それは、何でしょうか?」
 柳生耕一氏は、お仕事でアメリカ駐在のご経験がある方で、
「自分は、いつも日本刀を腰につけていると思い、仕事をしていました」とお答えになられたのが印象的でした。私流に解釈しますと、日本刀を腰につけている、つまり、自分の拠り所をしっかり持ち仕事に向かうことで、相手に引けをとらない仕事ができたと言うことのように思いました。
 皆さんが、世界の人々と働く上で、大切にされている拠り所は何でしょうか?

北畠神社(三重県)で行われた柳生新陰流兵法演武

文:中田 尚子(Insights編集部員)



(参考)
【Insightsに登壇いただいた方々(登場順)】

弓馬術礼法小笠原流31世宗家 小笠原清忠氏
宝蔵院流高田派槍術第21世宗家 一箭順三氏
学習院大学史料館EF共同研究員 田中潤氏
刀匠 三上貞直氏 現全日本刀匠会会長
刀匠 月山貞利氏 奈良県無形文化財保持者
小笠原流弓馬術礼法の次期宗家 小笠原清基氏
宝生流第20代宗家 宝生和英氏
江戸千家第10代家元跡嗣 川上博之氏
元HONDA4輪工場建設担当副社長 網野俊賢氏


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