日本型組織の不都合すぎる真実

 この原稿を書いているタイミングは師走(12月)です。忘年会のシーズンと重なります。昨今の忘年会ですが、組織と個人の関係が変化(?)しつつあり、また、健康志向の高まり、アルコール嫌いの若者の増加、コスパ意識の高まりなどから様子も大きく変わっています。かつて、忘年会での話題の中心は、職場内での極めてローカルな話題、特に他人の噂話や悪口、ゴシップ記事まがいの人事ネタが中心でした。令和になった現在でも昭和型組織を中心にこうした話題に変化はないのかも知れません。よくある忘年会の光景において組織論の観点から象徴的なことは、そこ(居酒屋)に職場内での序列関係が持ち込まれるという点です。例えば、上司に忖度ラベルの付いたビールでお酌をし、部下にハラスメントラベルの付いた日本酒を強要することが序列関係を確認できる象徴的な光景です。

 中根千枝さんの『タテ社会と現代日本』講談社現代新書が、シリーズ170万部を超えるベストセラーになっています。中根千枝さんは、“タテ社会”というキーワードで日本型組織の原理について論じておられます。前著『タテ社会の人間関係』が50年以上にもわたり読者に読まれ続けているのは、会社組織で仕事をするビジネスパーソンを中心に、多くの日本人が組織と関わっていく上で欠かせない原理が書かれているからです。その原理とは、敢えて一言で表現すれば、「個々人の属性である「資格」よりも、同じ職場であるといった「場」の共有を重視する。」という原理です。その人間が有する学歴や専門性、職業経験の内容云々ではなく、同じ釜のメシをどれだけ長期間(時間)喰ってきたのかという単純な共有時間(非生産的な時間も含む)が重視されます。会社組織において、在籍期間の長短で暗黙の序列が形成され、役割や役職(タイトル)という公的な序列とは別に非公式な序列が形成されます。この非公式な序列が組織内に多くの小集団を形成し、個人は強制的に小集団に帰属させられます。読者の皆さんも経験したことがあるのではないでしょうか。組織の意思決定プロセスが曖昧で不透明な原因の一端がこうした非公式な小集団の存在です。非公式な小集団が時に意思決定プロセスに介在し、内容を歪め、隠蔽することがあります。更に、こうした小集団は強度の封鎖性を有しています。経営学で頻繁に登場する外(ソト)集団、内(ウチ)集団の議論に近似しています。組織で働く個人は、何らかの小集団に所属しない限り、個人として存在を認知されず、組織内で発生する情報が入手できないということになります。不都合な真実です。この小集団は、先程記載した「場」の共有を前提としているため、新卒一括採用により新米として加入することは容易であっても、一度入ってしまうと他の小集団に移ることが困難になります。小集団には強い封鎖性を有しており、中途採用等で途中から入ることはかなり困難になります。このことが労働市場の流動性を低下させることは勿論、同一組織内での異動・配置、ダイバーシファイされた多様な職場作りの大きな障壁となる場面があります。これまたかなり不都合な真実です。多くのビジネスパーソンや組織人が、こうした不都合な真実に直面し、窮屈さを感じ、生きづらさを感じていることかと思われます。

 では、どうしたらよいのでしょうか?ひとつの解決策として、小集団を包括したより大きな集団を構成(構築)するということです。より大きな集団になれば、複数の小集団を包含し、小集団間のヨコの関係も多く生じ、タテの関係にも複雑さや多様さが生じます。また斜めの関係も生じるかもしれません。結果として様々な矢印(→↗)が自然(意図せざる)発生します。このことが結果として個々の小集団の封鎖性を低下させることに寄与するでしょう。この解決策が正しければ、令和時代は、企業組織のM&A(合従連衡)が活発化します。特に事業承継に悩む地方の中小企業においては、封鎖性の高い小集団から多様性のある大集団に脱皮できるかが生存戦略の鍵となるかも知れません。個人にとっては、封鎖性の高い小集団で窮屈な環境に身を置くのではなく、開放性が高く、柔軟な集団を自ら選択し、複数所属することが理想です。そのことが単独の小集団に属することで発生するリスクをヘッジすることに繋がります。「場」の共有ではなく、「資格」によってお互いのアイデンティティを確認できるような環境に身を置くことで、キャリアがより充実したものになるのではないでしょうか。

岡田 英之

JSHRM 執行役員
Insights編集長 岡田 英之