人口減少等による後継者難を背景に中小企業経営者の抱える事業承継問題が深刻化しています。中小企業経営者の平均年齢が上昇傾向にあり、スムーズな経営者交代が行われていないのが現実です。特に資本金1億円未満の企業において、その傾向が顕著です。こうした現実に対し、多くの経営者は自分が行っている事業を何らかの形で承継したいと望んでいます。中小企業庁が実施した「承継アンケート」回答企業経営者のうち95.1%の企業経営者が、自分の代で廃業するのではなく「何らかの形で引き継ぎたい」と望んでいます。特集3では、こうした現実と真摯に向き合い、事業承継の理想を追求する事業承継デザイナーの奥村 聡さんにお話を伺いました。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

事業承継デザイナー/司法書士 奥村 聡 氏

ゲスト:事業承継デザイナー/司法書士 奥村 聡 氏
1975年生まれ。自らが立ち上げた地域最大の司法書士事務所を2009年に他者へ譲渡し、「社長の終わり」によりそうコンサルティング業務を開始。後継者不在や社長の死亡、財務状況の悪化など、存続の危機にある中小企業700社以上を支援してきた。「社長のおくりびと」の異名を持つ。著書に『今ある会社をリノベーションして起業する~小商い“実践”のすすめ』(ビジパブ)や『リノベラー』(徳間書店)。日本フルハップの機関誌『まいんど』では、18カ月間事業承継のコラムを連載。

0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円

webサイト:http://www.office-okumura.jp/profile


岡田 英之(編集部会):本日は『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円』の著者である奥村聡さんにお越しいただきました。まずは、奥村さんの自己紹介ということで、ご専門分野や今ご関心を持たれていることなどについてご紹介いただければと思います。

◆『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円』について

奥村 聡(事業承継デザイナー):私は自分で作った肩書ですが「事業承継デザイナー」を名乗っております。もともと仕事で中小企業とかかわることが多かったのですが、社長になるのは簡単でも辞めるのにみなさん苦労されています。どんな優れた社長さんでもいつかは辞める。そこに対して水先案内人として無事にゴールまで連れていくことを自分の使命と考えてこの仕事をはじめました。広く言えば経営コンサルタントですが社長の終わりに特化しています。

岡田:珍しいですよね。社長になるためのコンサルタント、経営者育成というのはよくありますが。事業承継ということに、奥村さんが興味を持ったきっかけというのは何かあるのですか?

奥村:まず、自分が司法書士事務所を立ち上げて方向性が違うと思って売却したことがあるのですが、そのときに悩んだ経験がありました。今思えば一番大きいきっかけは、私の祖父の会社が、終わり方がうまくいかずにそれまで築き上げたものをすべてなくしたんですね。終わりを失敗するともう目も当てられないということを、身をもって知ったというのが大きいですね。

岡田:体験を通じていろいろ考えられたのですね。では最新著の『0ロ円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円 個人でできる企業買収』について、出版経緯などからご紹介いただけますか。

奥村:2018年に『サラリーマンは300万円で小さな会社を買え』という本がヒットしていたのですが、何億円で売るという大きな話が多かったので、ある方がもっと一般の人の身の丈にあうような話を具体的に伝えたいと考えて私に声をかけてくれました。私も5年前に『今ある会社をリノベーションして起業する 小商い“実践”のすすめ』という本を出していたため、またチャンスが回ってきたと思い書かせていただきました。

岡田:本のコンセプトを簡単にご紹介いただけますか?

奥村:一つは社長さんとやりとりする交渉力を持つことを重視して書いています。あと一般に事業承継の世界は先代の想いを大切にするとかやや綺麗ごとに流れるのですが、稼いでいくことが大切なので会社をそんなに重い、高貴なもの、綺麗なものと考えずドライに素材として見て、料理人として素材を加工して稼げるようになりましょうというような、あまり世の中にない考え方をお伝えしています。

岡田:奥村さんが関わった事業承継の事例を一つご紹介いただいてよろしいでしょうか?

奥村:大阪のメーカーで外部から後継者として人材を呼び寄せたのですが、社長さんが負っている連帯保証の問題とその支えになる資産が後継者にないため悩んでいる例がありました。銀行もそのままではうんと言いそうにない、会社を全部渡すとかなりの株価になってしまい彼には買えないという状況でした。
結果的に、事業に必要な機械とちょっとした売掛金だけをパッケージで買ってもらい、工場はそのまま使ってオーナーに賃貸料を払い、オーナー一族はそのまま不動産を運営するというかたちで設計し、かなり金額を抑えて買ってもらうことができました。組織作りにも関わらせていただきましたね。

事業承継デザイナーとは

◆個人がポータルサイトで会社を買える時代

岡田:事業だけを買ったわけですね。サラリーマンでも経営をやってみたいけれど家が事業をやっているわけでもないし人脈もリソースもない。ただ自分の夢として事業会社の社長をしてみたい人は結構いると思うのです。これまではハードルが高くて会社を買うなんて…という感じがありましたが、今のお話を聞いているとそうでもないですね。では、どんな会社をどこでどうやって見つければよいかということなのですが…。

奥村:まず美味しい会社はないと思っていただくことが大前提です。ものすごく稼げている会社はあっても手に入れるには莫大なお金がかかります。あくまで素材として手に入れて自分で加工してよくしていく。悪いものを買うほど、逆に磨ける人には美味しいという発想を持っていただきたいです。

岡田:具体的にどのような探し方があるでしょうか?

奥村:ポータルサイトのBatonz(バトンズ)、TRANBI(トランビ)というところにも最近はかなり案件が掲載されるようになっています。それこそ500万円以下、0円の物件も結構あります。個人の方なら各県の商工会議所などが運営母体の事業引継ぎ支援センターに後継者登録ができます。

岡田:なるほど、そういうところから探すのですね。

奥村:オーソドックスな方法ですが、ポータルサイトにのっているものもそんなに精度は高くないのであまり決まらないです。玉石混交で石の方が多いイメージで見たほうがいいと思います。

岡田:会社の探し方については、自分がメーカーに勤めていた、ゼネコンにいた、サービス業にいたなど自分の経験を活かせる業種の方がよいのではないかと、安易に考えがちですけどどうでしょうか?

奥村:そうだと思いますね。なんとなく勘所がわかる事業の方が成功率は高いと思います。でも案外全然違うことをやっている方も多いです。現場の仕事を覚えるのが大変じゃないですかと聞くと、なんとかなりますよという方は結構いますので、あながち自分の持っている力を限定的に見なくてもいいと思います。

岡田:実際、奥村さんが出会った方で組織人からキャリアチェンジで事業承継をされて成長した方などはいらっしゃいますか?

奥村:みなさんが知っておられる大きい会社にお勤めされて、定年より少し早めに辞めて退職金を使って買った方がいらっしゃいましたね。その方などは着々と準備をして、事業も自分の目の届くような範囲で、あまり大きくすることなどを考えないで手堅くてやっていらっしゃいますよね。

岡田:やはり、いきなり思いついてポンというよりも何年か準備していたりするのですね。

奥村:いえ、発想して勉強しはじめてから、そんなに期間が必要なわけではないです。結局、出会いがあるかどうかだと思います。そういう意味では、普通に組織で仕事をしていて、取引先が実は後継者がいなくてということで移った方の話も結構聞きますよね。その場合は、当然お互いのことをわかっている状態なので、かなりスムーズに引き継げるのではないでしょうか。

◆買った会社を成長させるビジネススキルとは?

岡田:ダイヤ精機という東京都大田区の会社の諏訪貴子さんという有名な社長さんの本があります。お父さんがある日亡くなり、専業主婦だった彼女が社長になったのです。工場には数十人の工員さん、番頭さんみたいな方もいて、取引企業もあるので社長が亡くなったからたたみますとはいかない。とりあえず一旦引き継ぐという話からはじまっていくのですが、そういうケースは多いのでしょうか?

奥村:『町工場の娘』の方ですね。多いと思います。継ぐ気がなくても経営者が急にお亡くなりになるもしくは体調が悪くなり「お前どうだ」と回ってくる。ただ、受けるより断っているケースが多いでしょうね。

岡田:そこで奥村さんみたいな方が間に入って、事業承継したい人と家業がある人たちをマッチングさせるようなスキームみたいなものはありますか?サラリーマンとして有能でもまた事業を継ぐスキルは違うでしょうから、育成やトレーニングなどをすることも含めてです。

奥村:多分ないです。私としてはすごく作りたいんです。一番のポイントは高齢の社長さんの意識ですよね。『町工場の娘』でもたしか冒頭でお父さんが危篤になり、家族みんなでいって、お亡くなりになる日か前日にようやく銀行口座の暗証番号を教えてもらった。その番号がどれも家族と縁のある番号でほっこりしたみたいな話がありますが、あれを美談にしたら駄目で、もし知らなかったら会社潰れるんですよね。

岡田:銀行口座がロックされてしまいますからね。これって普通の家庭でも今問題になっていますよね。

奥村:個人でも問題なのに会社ならなおさらです。関係する人の数が家族の比ではないので。お金は常に回っていなければならないんです。それなのに経営者の意識はまだ全然ですから。だから、何も会社のことを知らない奥さんが急にかつぎ出されて鬱になったり、「奥さん社長ね」と言われていつのまにか個人保証のハンコを押させられていたりという悲劇はたくさんあります。

岡田:とはいえ事業承継して買った会社を成長させるのは、普通の人にはハードルが高いですよね?

奥村:もちろん簡単ではありませんが、僕はそのあたりは肌感覚として、どのような業種であれ最低限利益を出して関係者が食べていくくらいはできると思っています。経営の体をなしていない会社も非常に多いので、ビジネスマンの素養がある方が管理すれば、まあ大丈夫ではないかという感覚は持っていますね。

岡田:逆に言うと、中小企業はビジネスプロセスのコントロールや経費管理などは相当甘いのでしょうか?

奥村:組織で働いている方からすると、ビックリするほどではないかと思います。私がコンサルに入った会社でも「何でこの値段なんですか?」と聞いたら「なんとなく…」という答えだったりします。原価計算という概念がなくて、生産管理もしっかりしていない。例えば、1000円の商品を売るのにどれだけ粗利を確保しなければいけないという意識が、本当にまったくないですね。
だから、売っても売っても利益が残らない。場合によってはマイナスの仕事を受けまくっているのです。
何となく値上げすると切られると心配して、全然チャレンジをしないで勝手に負けているケースも多いです。
値上げしてダメでも潰れるし、このままでも潰れるから、値上げを交渉してきてくださいと行かせると案外その値段でとれましたというケースは結構あります。ちゃんとチャレンジをしていないんです。

買収した会社を成長・発展させるには

◆ゾンビ企業の再生、日本の生産性向上

岡田:日本は中小企業が99.7%で、サラリーマンの多くは中小企業に勤めているじゃないですか。給料安い安いって嘆きますよね。今のお話を聞くと、もしかしたらちゃんと必要なところをコストコントロールすればいくらか社員に還元できるということでしょうか?

奥村:それは間違いなくあるでしょうね。

岡田:売上げを必死に伸ばさなくても1~2万円くらい月給にプラスして社員に還元できたり、もしかしたら長時間労働も是正できるかもしれない。

奥村:本当に無駄をなくして効率的にして、当たり前のことを当たり前にすれば十分いけると思います。

岡田:先日、デービッド・アトキンソンという方が日本は30人以下の会社が多すぎるからダメだという話をされたんです。ドメスティックで売上規模が小さくて、イノベーションや技術革新がなくてチャレンジせずに何十年前と同じ商売をゾンビみたいに続けている。それが日本の生産性が上がらない原因だと。彼の理屈が正しいならば、そんな会社に人材や資金を投入すれば生産性も上がるのではと思ったんですけど。

奥村:そうですね。高齢になると新しいことにチャレンジする意欲も気力もなく、わからないことはよくないことという感じになる中小零細企業の経営者は多いので、そういう方たちの抱えている会社や事業を、若い柔軟な発想の方に渡していくことができれば面白いことになると思います。

岡田:面白そうですよね、そこってどうしたらいいですかね。

奥村:継がせる側の社長の意識改革が一つです。あとは買い手です。
例えば、起業家がやりはじめて成功事例が増えると変わるのではないでしょうか?後者は出だした気がするんです。僕のところにもすでに会社を何社か買っているけど事業承継で買うのもいいと思っていますという経営者の方がこられます。

岡田:買い手は割と動きつつあるんですか。事業会社を買収するためのベンチャーキャピタルやクラウドファンディングみたいなスキームはありますか?学生さんや若手のビジネスマンはまだ20代でお金がないです。お金はないけどアイデアはある若い人にどんどんこの市場に入ってきてもらえるような、ベンチャーキャピタルの小型版みたいなものがあるとよいと思います。

奥村:しっかりした形はまだない気がしますが、十分可能性はあると思います。もしできてくれば、借金が多すぎる会社でも潰すよりは事業だけ誰かに買ってもらい、よくしたら高く売っていくというパス回しみたいなことが活発になっていくと思います。
中小企業がゾンビ化したのは、金融円滑化法の影響が大きいんです。それまでは銀行返済が約定どおりにできないのは企業にとって死を意味していたのが生きながらえてしまう。でも9割以上は復活してないと思うんですよね。ダラダラお金も返せないし利益もあげないままゾンビ会社になってしまっている。
そんな会社を、ある意味強制的に誰かにハイと渡す、もしくは社長さんがお亡くなりになるタイミングで誰かに継がせるようなことができれば、それこそ、デービッド・アトキンソンさんが言うような小さい会社からでも、そこから化ける例が出てくるのではないかと思います。

◆転職、起業、フリーランス、事業承継というキャリアプラン

岡田:人生100年という時代を迎えて企業という器のあり方も多様化していく気がするんですね。ただ、日本の場合、企業買収はやはりマーケットができていないイメージがあります。特に中小企業、地域に根ざした企業、NPO法人などの組織をリデザインする際のスキームが未整備で、今回の話もほとんど知られていないですよね。サラリーマンが将来ビジネスをしようと思うと0か1かみたいな話ばかりです。既存のリソースを使ってもっと何かできないかと思います。そのあたりアイデアやご意見ありますか?

奥村:働き方のリデザインにはポテンシャルをすごく感じます。組織人だった人に声がかかって会社の社長になって、10年経営してまた組織人に戻りましたとか、組織にいながら会社の社長をやっていますとか、場合によっては独立したいので会社を引っ張ってきて、今いる自分の組織に買わせて子会社にしてもらったりする例もあります。

岡田:ファウンダーのような様々なタイプがありますね。

奥村:そこのポテンシャルはすごく感じるところです。おっしゃるとおりまだ形はできていないですし、アイデア、動きが先かもしれません。転職、起業のように事業承継が当たり前になって、それを支援するファンドができる、よいかたちで事業承継されていく、ということが有機的に機能したらすごくいいなと思います。

岡田:個人のキャリアの選択肢も転職、兼業・副業、起業、フリーランス、事業承継となると幅がすごく広がります。最後に読者の企業人事の方々にメッセージをお願いできますでしょうか。

奥村:以前に小さい会社のM&Aのお手伝いをしたのですが、噂では買った会社がそんなにうまくいっていないと聞いていたんですね。その社長さんと久しぶりに会う機会があって小言を言われると思ったら「あのときに会社を買って本当によかった」とおっしゃってくださったんです。送り込んだ社員の方がものすごく成長して帰ってきてくれたと。こいつで次の社長はもう問題ないと言っておられました。

岡田:一皮むけたわけですね、人間的にすごく成長した。

奥村:経営をやってみる、トップにたって一通り見てみることがビジネスマンをものすごく成長させる。それはわかりますよね、営業だけやっている方と全体を見たことがある方なら。もう一つは、あるIT企業の社長が「ITは時代の先端をいく必要があるけど少し年齢を重ねた社員さんは技術的に厳しくなる。小さい会社を買って社長にするような、キャリア制度ができないかと考えている」という話をしておられました。

岡田:企業がそういう機会を提供するのはいいですね。今後の奥村さんのご予定などもお聞かせください。

奥村:「継業スクール」という講座を1~2カ月に1回ペースで開催しています。小さい会社を買ってみたい方に会社の探し方、社長とのやりとり、買い取ったあとのビジネスのリモデルなどを重点的にお伝えします。講演はおかげさまでいろいろなところにお呼びいただいています。出版は次の予定はまだありませんが、なんとか今の社長さん向けに会社の辞め方、継がせ方などの本を書きたいと思っています。

岡田:面白そうです。では、以上で収録を終わります。本日はどうもありがとうございました。

対談後の1枚!