人事は日々の仕事の中で、人と組織に関わる様々な課題に直面している。自身の知識・経験だけで解決が難しい課題に対しては、コンサルタントや社労士といった外部の専門家の助言を受ける、人事労務系の雑誌やセミナーで知識を得るなどして解決策を探る。一方、人と組織に関する調査結果や論文を参考にする人事は少ないが、実務で直面する課題の多くがすでに研究されているのである。実にもったいないことである。本シリーズでは、人事が直面する課題に対して、最新の研究成果を踏まえた対応策と、人事が果たすべき役割について研究者の先生方に語ってもらう。
第3回は「会社と従業員の心理的契約」について神戸大の服部先生、「強い人事部門」について一橋大の島貫先生にご自身の人事としての経験も交えてお話しを伺う。

聞き手・文:TM(Insights編集部員)

神戸大学大学院 経営学研究科 准教授 服部 泰宏 先生

ゲスト:神戸大学大学院 経営学研究科 准教授 服部 泰宏 先生
神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。専門は組織行動、人的資源管理、経営管理。著書には『組織行動 — 組織の中の人間行動を探る』(有斐閣)、『日本企業の採用革新』(中央経済社)、『採用学』(新潮社)、『日本企業の心理的契約: 組織と従業員の見えざる約束』(白桃書房) 等。


TM(編集部会):本日は前号で心理的契約についてお話をおうかがいした服部先生にスター社員について解説していただきます。服部先生、これまでの日本型雇用は新卒一括採用で全員を一律に同じ電車に乗せ、40代くらいまではみなが役員を目指せるような仕組みだったと思いますが、このままでは今後の厳しいビジネス環境に対応できないという意見も出ています。実際、いかがでしょうか?

◆スター社員の定義とは何か?

服部 泰宏(神戸大学 大学院 経営学研究科准教授):アメリカの人事業界でも最近よく議論されるのですが、私たちはこれまで、社員の能力や貢献が正規分布することを前提にしてきたと思います。つまり、すごく貢献する人もまったく貢献しない人もおらず、ほとんどの人は真ん中程度で、そういう人材を組み合わせることで会社の強みを発揮するという考え方です。
しかし、今はいくつかの業界で一部の人がすごい貢献をする例があります。例えば、ある業界では上位10%ぐらいの社員が全体の約40%の成果を持ってくる。スポーツの世界ほど極端ではないのですが、金融、IT業界をはじめそんな業界がいくつか出てきました。正規分布ではなくてパレート分布というロングテールみたいなかたちです。
一部の人が成果をあげて、他の人はそこをささえている構造もありえる。そう考えると、今まで正規分布を前提としてきた制度が、果たして会社の実情にあっているかということも考えなくてはいけない。

TM:確かに、今までは人事評価制度一つとっても正規分布と相対評価を行ってきました。

服部:おっしゃるとおりです。正規分布でS~Dの5段階がありますが、Sの中には王や長嶋みたいなスターもいれば3割3分20本くらいの人もいる。それでいいのかという話です。昔のジャイアンツなら王や長嶋も居続けてくれるかもしれませんが、一般的な会社なら出ていってしまうかもしれません。
そのようなスター社員に対しては一律の人事管理ではなく特殊な報酬を与えたり、違う働き方を提供したりする個別管理が必要ではないかという話です。それがスター社員の考え方であり、アメリカ人が今まさに注目している研究です。

TM:スター社員の定義を教えていただけますか?

服部:一つは一般的なレベルよりもはるかに高い成果を上げ続けていることです。売上げ、研究開発、特許の数でも何でもよいのですが明らか突出している人。もう一つは、労働市場で高く評価をされており、本人がその気なら会社を出ていくことができる人です。パフォーマンスとビジビリティ、この2つが高いことがスター社員の定義です。

TM:服部先生が、スター社員に関して研究を始めようと思われたきっかけはなんでしょうか?

服部:最近、ZOZO TOWNのスタートトゥデイさん、Yahooさんなどがエンジニアに驚くような高額の給与を提示しています。一部の人にこれまでの基準を度外視した報酬を出す現象が出てきたので、これを人事としてどう考えればよいかと思ったのがきっかけです。人事評価のSの中にもいろいろな人がおり、その違いを見る必要があるということに思い至ったというところです。

◆日本企業のスター社員の特徴とは?

TM:例えば、同じ業界あるいは同じ会社でも営業所が変わったりすると高いパフォーマンスをあげていた人が、結果を出せなくなる場合があります。彼らはスター社員ではないということでしょうか?

服部:スター社員ではないというのが私の定義です。一過性の高いパフォーマンスというのは部署などの環境が変わると落ちることがかなりの頻度であります。有名な業界ランキングにものるようなアナリストがヘッドハンティングされた瞬間に低空飛行を続けてしまうようなことも結構起こっています。一過性のものではなく、ある程度の連続性を持っている人たちがスター社員です。

TM:スター社員の能力は何をもって定義されるでしょうか?

服部:まだ調査中なのですが、ある企業の上位1%もしくはそれ以上の高いレベルで成果を上げ続けている人とそれ以外の人々をランダムに選んでその人達の持っている条件を比較したところ、違いは彼らの学歴や知識などよりも、むしろ彼らの持っているストレスに対する強さや心のしなやかさなど心理的資本にあることがわかってきました。
一つの会社で活躍するための知識・ノウハウ・人脈は、違う組織に移ると失われることがあります。でも、心理的資本というのはその人が持っている心のタフネス、エネルギーなので、いろいろな仕事に対してキャリーオーバーしていきます。この心理的資本がスター社員の重要な背景になっています。

TM:心理的資本というのは、どのようにすれば身につくのでしょうか?

服部:心理的資本は比較的、形成可能な能力と言われています。仕事のアサインの仕方や職場環境である程度形成できます。若い時代にどのような仕事を経験するか、また最近は心理的安全という言葉が注目されていますが、職場にリスクをおかせる土壌があるかどうかがポイントです。
例えば、ある範囲の能力を持っている人に、少しその人の能力より大きな仕事や負荷を与えます。ただし、大きな仕事はストレスもかかるので、組織や上司がセーフティネットになるようなサポート体制も必要です。ただ、なかなか難しいです。
日本でスター社員があまり生まれてこないのは、日本企業の中にそういうリスクをとるような担保ができていないか、企業にリスクを許容する余裕がなくなっていることも原因かもしれません。

TM:全員にそのような育成をするわけにはいかないと思いますが、スター社員になりうる人をどうやって見つければよいでしょうか?

服部:いくつか考え方があります。一つはすでに成果をあげている人たちのポテンシャルを信じることです。逆説的ですが、そのような方法があります。もう一つは採用の段階で心のしなやかさを持った人を見抜いて採用することで、ある段階からスタートできると思います。

◆スター社員を育てることが可能か?

TM:新卒採用段階で心理的資本を持った方を見つけるにはどうすればよいでしょうか?

服部:難しいとは思いますが、心理的資本はいくつか具体的な言葉に分解できます。一つは自己効力感といわれる自分に対して適切かつ健全な自信を持っているということ。二つ目はオプティミストで、楽観的に物事を考えられるかどうか。実は自責の念が強くすべて自分の責任と思う人は、結構つぶれやすいのです。
昔はこのような人の評価が高かったのですが、心理的資本の考え方では逆です。無責任ということではないのですが、ある程度は「なんとかなるよね」、「これは環境が悪かったんだ」と開き直れるような人です。
三つ目がホープ(希望)。未来志向で逆算していろいろなことが考えられるかどうか。最後はレジリエンスで、不確実性のなかで一回落ちこんでもまた頑張れるかどうかです。具体的に言葉に落とし込んでいくと、面接やテストの際の物事の説明スタイルやコミュニケーションのなかで見抜けると思います。
この4つはアメリカのネブラスカ大学の調査研究がもとになっており、現時点で実証的にも理論的にも心理的資本と呼ばれているものです。

TM:そうなると、ある程度企業側もレジリエンスなどの心理的な資本をもった人を、通常の人とは別に判定していかないといけないでしょうか?

服部:そういう評価をすることが大事になると思います。直近の仕事で爆発的な成果をあげていなくても、10年20年スパンで見てみると、この人は結局すごいということはあります。意外と日本的な組織で出てくるスター社員はそういうタイプのスターだと思います。
松井選手やイチロー選手みたいなスターは、ある意味自然発生的に出てきます。そうではなくて、ある程度仕事に対して根気よく粘り強く向き合っており、現状ではトップスターと思えるような成果を出していないけれども可能性がある人を見つけだして、継続的に育てていく視点は大事かもしれないですね。

TM:スター社員の処遇に関して、事例などはありますか?

服部:アメリカでは2005年ぐらいからI-dealsという言葉で説明されていますが、その人の事情とか能力に合わせた個別的なディールをする考え方があります。特別扱いをすることによって、会社にもメリットがあるし本人にもメリットある。もっと言うと周囲にもメリットがあるということです。マネジメントの方向性としてはこの考え方が大事になると思います。
当然、そうすると第三者の不満を生むのですが、重要なのは特別扱いする対価が何かということをクリアにすることです。それによって周囲の人も「あの人を特別扱いして」と半分は思うけれども、半分は「でも、あの人が貢献して稼ぎをもってきてくれる」と納得すると思います。

◆スター社員の処遇はどうすべきか?

TM:スター社員と呼ばれる人たちにモチベーションを上げてもらい、仕事や組織に対してコミットしていただくにはどうすればよいでしょうか?

服部:大学の世界にもいわゆるスター研究者がいますが、アメリカの大学だと自分で稼げるから給料は少なくていいという研究者もいます。代わりに授業の負担を下げたり、細かい会議にでなくていいなど何かを免除したり、自由を与える場合があります。他方、給料が欲しいという人も当然います。
スター社員の数は多くないので、一部のスター社員に関しては人事が時間をかけて交渉していくことが大切です。というのも現場の上司だけで給料を上げることはできないので、人事が手を付けざるを得なくなると思います。

TM:スター社員がいる会社では、その人がスター社員であることを開示しているのでしょうか?

服部:両方のケースがあると思います。例えば銀行やメガバンクさんなどはスター社員とは言いませんが、新しい金融派生商品を作るグループはフロアを別にしています。しかも、その人たちの中には数千万~1億円の年収の人がいるんです。あまり社員の人は知らないかもしれません。
なんとなく存在は知られているけど、そもそも交流があまりない。目の前に自分より10倍の給料の人がいたらこのヤローと思うわけですが、場所が違うところでそういう人が新しい商品を作ってくれるらしいとなると怒りは間接的になります。そういうマネジメントだと思います。

TM:スター社員を一般の社員とは切り離して扱うのですね。

服部:今、申し上げたのはスター社員が固まっている部署の場合で、そうじゃない場合は当然一緒のフロアにいることになります。自分は9時5時なのにスター社員だけすぐ帰ってしまうということもありえます。そういう場合は、なぜ彼はそれを許されているかということや彼が持っているリスクをちゃんと説明する必要があります。プラスの感情にはならないでしょうけど、マイナスの感情を減らすマネジメントはできると思います。

TM:業種や会社によって考え方が違うと思いますが、企業にスター社員は必要でしょうか?

服部:考え方次第です。今までの人的資源管理の考え方は正規分布の真ん中にいる人たちの組み合わせや、彼らをどう伸ばしていくかに重点を置いていました。研修もそこに集中投資してきました。上は放っておき、下はさよならということだったと思います。それも一つの考え方です。働き方が相互依存的な企業ならそちらが適しています。むしろスター社員が浮くことになると思います。
ただ、金融派生商品を作る部隊、ITエンジニア、デザイナー、研究者などの世界では個が突出することが全体に良い影響を与えることがあります。仕事における相互依存性の高さによって正規分布モデルか、パレート分布モデルか変わってくると思います。同じ業界でも会社によって違うので、自社がどのモデルに適しているか認識することが大切です。

◆企業人事に期待すること

TM:タレントマネジメントという考え方があります。優秀な人を個別管理してファーストトラックにのせるのですが、それとスター社員の考え方や扱い方というのは違うのでしょうか?

服部:発想として違うわけではないと思います。ただ、タレントマネジメントは会社の幹部や役員クラスになるリーダーシップを発揮する人を早期に見つけていくことが背景にあります。スター社員は必ずしも幹部になるわけではなく、むしろ専門的な領域で生きていくプレイヤーを想定している世界です。

TM:どちらかと言うとプロフェッショナルに近いのですか?

服部:もちろん、どちらもあります。ただ、会社の階段を上がる将来の事業部長、役員、社長という幹部候補のイメージより、ある意味現場のプロフェッショナルに近いです。

TM:スター社員にはリーダーシップがない人材もいるということでしょうか?

服部:いると思います。リーダーシップは他者との関係性という個人の中で完結しない能力なので、また違ったファクターです。リーダーシップを持っていなければスター社員として、リーダーシップを持っていれば幹部候補としてという選択も可能かと思います。
アメリカではずっと専門職として生きられますが、日本の場合はアメリカとニュアンスが違うかもしれませんね。日本の場合は比較的若いうちまでがスター社員で、ある程度の年齢からはタレントマネジメント的なリーダーというふうに、キャリアで呼び名が変わるかもしれません。

TM:服部先生は、今後どういう方向性でスター社員の研究されていくご予定ですか?

服部:現在は、スター社員とハイパフォーマーが組織の中でいつどういう条件で産まれて分岐していくかをあるメーカーさんと共同研究しています。入社日の段階からいろいろな資本を測定して社内の評判も集めて数年間トラックし、何年後にスター社員候補が表出してくるのか、個人のパフォーマンスが数年間とか10年間にどのくらい変動するか、どのようなパフォーマンスを上げたらスターになるのかなど、スターの条件を追いかけています。
スター社員は今までの古典的な優秀さ以外の、特に人格や個性などの定性評価のようなものが鍵をにぎっているだろうと思うので、それを人事がどこまで把握できるかを研究していきたいですね。

TM:面白そうです。最後に企業人事に対しての期待などがありましたらお願いします。

服部:企業人事の皆さんには、優秀さや人材の卓越性をとらえるための新しいボキャブラリーが必要になってきていると思います。スター社員、心理的資本という言葉を使う必要はないのですが、〇〇大学卒、コミュニケーション力というような一般的な言葉ではなく自社なりの優秀さの基準を、自社なりの言葉で定義することを考えていただきたいというのが最後のメッセージです。

TM:ありがとうございました。以上で本日の取材を終了いたします。