働き方改革や同一労働同一賃金など私たちの雇用・労働環境が大きく変化しようとしています。在宅勤務、サテライトオフィス、コ・ワーキングスペース、テレワーク、時差出勤…多くのキーワードがインターネットを中心に氾濫しています。情報の中には信憑性に乏しかったり、フェイク(偽)情報であったりする場合も多いのが実態です。そもそも私たちの雇用・労働環境を規制するのは労働基準法を中心とした労働法です。働き方改革や同一労働同一賃金に関しても、当然労働法が大きく関わります。今回の特集1では、白石紘一弁護士をお招きし、最近のトピックを題材に令和時代の雇用と労働について俯瞰してみたいと思います。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

東京八丁堀法律事務所 弁護士 白石 紘一 氏

ゲスト:東京八丁堀法律事務所 弁護士 白石 紘一 氏
2012年弁護士登録。弁護士として企業法務、労働法務等に従事した後、2016年9月に経済産業省に任期付公務員として着任。「働き方改革」に関する政策立案に従事し、労働法関連政策に加え、企業人事制度の変革、HRテクノロジーや兼業副業の普及促進、労働市場の流動化施策等を担う。2018年10月より東京八丁堀法律事務所に復帰し、企業法務、労働法務、スタートアップ支援、人事制度構築支援等を手掛ける。並行して、2019年5月まで、経済産業省にて、非常勤として政策立案に関与。著書に「HRテクノロジーで人事が変わる」(共著、労務行政)、「働き方改革関連法完全対応 就業規則等整備のポイント」(共著、新日本法規)等。



岡田 英之(編集部会): 本日は、弁護士の白石紘一先生にお越しいただき、労働法やAI、HRテックと個人情報などについてお話を伺います。白石先生、まずご専門分野や現在ご関心を持たれている分野などについて、自己紹介からお願い致します。

◆労働法とスタートアップ支援を軸に活動

白石 紘一(東京八丁堀法律事務所 弁護士):私は今弁護士8年目に入ったところです。専門分野としては労働関係法とスタートアップ支援の2つを大きな軸としています。これは2年間ほど経済産業省で働き方改革関連施策に関与していたことや、スタートアップ支援施策などのお手伝いもしてきたことが影響しています。
法律を取り扱う身として、今は、法律が時代に追いついていないことを感じることが正直多く、労働法などもそうですが、既存の法律が果たして本当に現在の社会に適合的なのかということが、自分の関心事項としても強い状況でございます。そういった中で活用しているものとして、例えば、グレーゾーン解消制度というものがあります。

岡田:グレーゾーン解消制度というのはどのような制度でしょうか?

白石:新しい事業が既存の規制に抵触するかしないかを、当該規制の所管官庁に確認すると、プレスリリース付きで回答してもらえる制度です。スタートアップ企業のお手伝いをしていると、規制ができたときには想定されていなかった世界で事業を進めようとしているので、「この事業はこの許可なしで進めてよいのか?」「この新しいプロダクトは既存の法律に抵触しないか?」というところが明確でないことが結構多いんです。そのようなところについてご相談を受けたときに、グレーゾーン解消制度を活用して、例えば、「新しいものであるため、立法当時からすると想定外かもしれないが、おおもとの法の趣旨には適合しており、問題はないのではないか」というやりとりを役所としています。

岡田:なるほど。GAFA、データサイエンス、 5Gなど刻一刻とビジネス環境が変わっているなか、日本企業の新陳代謝もある程度進み、経産省もスタートアップ企業支援をどんどん推進されている気はします。新しいビジネスを始める人たちが積極果敢にトライすると現状の法律では黒か白かの判断が難しいビジネスモデルが出てきます。当然、違法だといけない。

白石:もちろんです。守るべきものは守らないといけないですが、他方で適切に後押しをする必要もあります。

岡田:コンプライアンスを守ったうえで健全な競争をしなければいけない。イノベイティブなビジネス自体は世の中にとって望ましいことですが、法的な観点あるいは社会の公共性にとってグレーなところを検証するということかと思います。具体例をご紹介いただけますか?

白石:一例をあげると、新しい労務管理ソフトによる労働時間管理の方法が4月1日施行の労働法に整合しているかをこの制度を使って厚生労働省に確認しました。官庁としてもガイドラインをふまえて、“法律が本来守りたいものが守られているかどうか”が主な関心事項ですので、形式的にずれている、いないという話ではなく、法の趣旨を踏まえながらプロダクトの内容や法の趣旨との整合性を説明した上で、「適合している」という回答をいただいています。

岡田:ビジネスの世界と行政との情報の橋渡しを、司法の立場からされているイメージでしょうか?

白石:まさにそうです。官庁にいたときも、やはり民間の先端情報を積極的に取り入れにいかないと政策立案もできないとひしひしと感じており、自分でも積極的に外に行くようにしていました。また、民間に戻ってからは、行政の方に伝えるべき情報を積極的に伝えることが大事だと考えています。

白石弁護士のキャリア

◆工場法がベースの現行労働法と雇用現場のギャップ

岡田:本日のテーマ、労働法と働き方の多様化についてお伺いします。働き方改革でまた法改正がされます。一方、人事は現行の労基法あるいは労働組合法などの労働法をベースに実務を回すのですが「なんかこれあわない、法律ってもうちょっとこうならない?」という議論は、実は昔からあってですね…。

白石:そうですよねえ。

岡田:労働法もここ10~20年ぐらいでかなり変わってはきましたが、枝葉の部分はマイナーチェンジしても例えば1日8時間・週40時間、休日や休暇数などの根幹の部分はなかなか変わりません。

白石:おっしゃるとおりです。労働法はそもそも土台の部分が「工場法」なんですね。工場で女性や子供が長時間労働をさせられて可哀想であるという時代にできた法律を大元に据えた上で、時代にあわせて少しずつフレックスや裁量労働制などを入れたりしてきたため、屋上屋を重ねている状態になっていると感じます。

岡田:工場法、昔の労働者保護のための法律ですね。

白石:工場法時代、すなわち皆が同じ時間に一斉に働いて、一斉に休憩をとって、一斉に終わるという労働者像を前提に置き続けていながら、屋上屋を重ねてきた結果、他方で増えてきている新しい働き方との関係でいびつになってしまい、このいびつさがもうどうにもならなくなって表れたのが、兼業・副業、フリーランスの問題だと思うんですよね。
特に、個人的には、労働時間の通算制はさっさとやめたほうがよいと思います。なぜなら、労基法制定以来の数十年で、通算をしていないことに対して労基署から勧告がされたことは1件もないらしいんですよ。つまり、行政自体がこのルールは実運用が回らないルールだと認めているということだと思います。

岡田:そもそも無理だということを行政も認識している?

白石:認識しているはずです。というかあたりまえのことなんですよね。この人はうちで何時間働いたということを会社間で情報交換しろというのは変な話で誰でもわかることです。なぜ、労働時間を通算して管理した方がよいかというと、健康を害することを防ぐためというのが大きな理由なのですが、それなら健康を害さないための施策を別にとるほうが実行的だと思います。

岡田:労働時間が長くなると心身に負荷がかかり健康状態が悪化するおそれがある。でも今は労働時間を把握すること自体難しくなりつつあるので、そこは自己管理に委ねて、一方で労働者の健康管理は別の法規制なり枠組みで大局的に運用して管理していこうという世界観でしょうか?

白石:あり得るとしたらそのような世界観だと思います。なお、なぜ労働時間で管理するかというと、健康状態の悪化を示すための「間接」指標として優秀だったからだとは思います。健康状態を精緻に測ることがなかなか難しいなか、中間指標として有用なので使われてきました。ということは、「ウェアラブル端末」等によって直接に健康状態を把握管理することができるようになれば、将来的には必ずしも労働時間に頼らずに健康管理ができる可能性はあると思いますが、経産省で一回研究したときには、やはりすぐには難しいという結果でした。健康状態を表す直接指標として何を選ぶかが難しいのです。睡眠の深さとかは個体差もありますし。
あとは、世の中全体を見れば、労働時間と健康状態の間に強い関連性がある働き方がまだ圧倒的に多いので、その世界観を簡単に崩すのもおかしいというバランス感覚も正直あるところですね。

◆働き方の多様化、労働時間の規制、法律からのメッセージ

岡田:僕が不思議なのは1日8時間の労働時間だと大体9~18時という時間帯になり、それにあわせて出勤をする、電車が混む、ストレスがかかる、生産性が悪くなるし都市機能としてどうかという問題があります。これ何とかならないかと思うんです。労働時間に対する規制をなくす議論などはされているのでしょうか?

白石:議論としては当然あります。これが難しい話で、「そもそも人は自由。規制や管理は最小限に。」という方向でルールを出すと一見美しいのですが、必ず悪用する人が出てくるんです。法律というルール自体の問題かもしれませんが、どこまでも性悪説で物事を考えなければいけない原理的な難しさがあります。そこは法律に携わるものとしても正直心苦しさを感じるところですね。
自分としては個人のライフステージや状況に応じて各人が決定できる柔軟なルールにもっていきたいと思います。同時に、人が自分の働き方等を自律的に決定できる環境づくり、その両方を走らせていく必要があると思います。

岡田:働き方が多様化してくると同じ職場にいろいろな役割、時間帯の人が混在します。お互いが違いを認識して尊重しあう必要があるのですが、どうも日本人そこが苦手で、ダイバーシティと言いながら実際に育児など制約がある人と働くとなると、途端にハレーションを起こす。これは、どう解決をしたらよいでしょうか?

白石:一つは教育を変える必要があると思います。また、基本的にはみなが自分の意志で道を決めてかつ歩める環境があることが大事だと思います。自分で決めて自分の意志で選べることが、エンゲージメントを高め企業業績にもよい影響を与え、人の幸せと会社にとってのハピネスにつながるのではないかと思います。
多様性というのは非常に難しいんですよね。わがままを何でも認めればいいわけでもなくて、会社としても、完全な自由を与えるというよりは、会社が方向性をしっかりと決めてそれにそぐういくつかの選択肢を提供し、人がその中から自らの意志で選べることが重要になると思います。

働き方改革を法的観点から眺めてみると

岡田:そうすると働き方改革というのは、会社がどれだけ社員の方に選択肢なり自己決定できる機会を提供できるかが大事ということでしょうか?

白石:はい。そして人のほうは自分のキャリアに意志を持つ。この両面だと思います。昭和の時代は従業員が身を捧げるかわりに会社は従業員を守るというそれはそれで美しい世界観がありましたが、今のビジネス環境では難しい。お互いが何を差し出すかを定義しなおす、考え直す必要があるのが今の全体像だと思います。

岡田:先生のおっしゃる世界観は若い世代の多くはすでに持っていますね。一方中高年はそうでもない。今は同じ組織内でジョブ型の人とメンバーシップ型の人が併存している状況です。僕は司法からも何かメッセージを発信していただけると、またすごく面白い空気感になると思うのですが?

白石:なぜそれがないかと言えば、弁護士は依頼者がいる仕事で、依頼者の方がまさにまだら模様だからです。政治と同じで統一した意見を出すのが難しい。ただ、私は司法の世界からというより法律がメッセージを出している面はあると思っています。
例えば、今回の長時間労働の規制も「フルコミットを当然に求める」ことをやめさせるブレーキだと思うんですね。会社と人では人のほうがどうしても立場が弱くて、「長時間働いて当然」というルールを変えることができない。そこで、当事者間の交渉ではなくお上からの取り決めによってルールチェンジを強制的にはからせているのが、今回の働き方改革関連法だろうなという印象をもっています。

◆AI、HRテックの普及と個人情報の取扱いについて

岡田:HR テックというキーワードも5年くらい前から騒がれています。今日特にお聞きしたいのは個人情報についてです。昨年はリクナビ問題がありましたし、EUをはじめ個人情報の扱いに対する規制が急に強化されてきました。そもそも個人情報とは何か? というところから一度整理していただけないでしょうか?

白石:個人情報とは、法律上の定義をざっくりと言えば「個人を識別(特定)することができる情報」ということになります。例えば、必ずしも名前が入っていなくても個人情報たりえます。

岡田:この情報とこの情報とこの情報をくっつければ○○さんとわかるような情報ですね。

白石:はい。あとくっつけたときに誰かを特定できるのであれば、その中から一部だけを取り出したとしても個人情報であることに気をつける必要があります。人事部が管理している情報は基本的には人事情報なので、個人に紐づいている情報であれば、すべて個人情報であるという前提になりますね。

岡田:では人事担当者としては個人情報とは何かをもう一度正確に確認する。一方で、それがAI やHRテックを活用した企業の成長戦略、個人のキャリア支援推進の足かせになってはいけないと思います。HRテック活用時のデータの取扱いについて、正しい情報提供をしていただけないかと思います。

白石:まずAIやHRテックは魔法の杖ではないという前提は持つべきです。今までまったく見えていなかったものが見えてきたり、すぐ新しい発見やイノベーションが生まれることは絶対にないと言えます。データの洗い出しなどの泥臭い作業や人事としてつちかった勘と経験を駆使して、ようやく本当に使えるものがでてくるのが現状です。一方、「多分そうだよね」と思っていたことがデータとして出ることはありますが、それも勘違いしては駄目で、出てきたデータに対して慎重かつ疑いの目を持って使っていく必要があります。

岡田:ある種ブラックボックスでしょうか? パンドラの箱を開けちゃうみたいな世界なのですか?

白石:ブラックボックスですね。そこに明確に光をあてることは必要でしょう。例えば異動を決められたときに、その理由について「人事がそう判断したから」で納得する人は今後そう多くない。「君にとって何がいいかをこのデータで分析した結果〇〇が出た」と説明をすると腹落ちして頑張ろうとなるのではないかと思います。多様な働き方をする人が増えると勘と経験での管理には限界があるので、最適なレコメンドをするためにもAIやHRテックの役割は重要になってくるはずです。

岡田:そういう意味では個人情報を個人から収集するときに、利用目的をきちんと説明すべきですね。

白石:まさにそうです。利用目的を説明することの重要性というのは、要はちゃんと納得してもらうことが大事という話です。なぜなら、法律的な視点でいうと個人情報とはどこまでいってもその個人のものなのです。普通の売買や贈与なら一度物を渡したら後はどう使おうと取得した人の自由ですが、個人データに関しては違います。例えばさらに第三者に提供する時には、改めてその人の同意を取る必要があるわけです。

岡田:ある種、人権みたいな話ですね。

白石:おっしゃるとおりです。法律がそもそも守るべきものの根本がそこにあるので、それを忘れずに使っていかなければいけないと思います。そこを失敗したのがリクナビ問題だと思うんですよね。

◆リクナビ事件の本質的な問題点とは?

岡田:では最後に昨年騒ぎになったリクナビ問題の辞退率予測ですが、これ何だったんでしょうか?

白石:最初に報道されて騒ぎになったのは、法律上第三者提供に必要な同意をとっていなかったところに明らかな違法性があったので、そこを当時の報道でも散々叩かれたわけです。しかし、そこだけ見ているとこの問題の本質を見落としてしまうと思います。
では、同意をとっていればよかったのか? という話です。そもそも学生に「あなたが内定を辞退する可能性を示すスコアをあなたがエントリーしている企業に提供しますけど、いいですよね?」という説明をして同意する学生はほとんどいないはずなんです。

岡田:そんなの嫌ですとなりますよね、当然ね。

白石:リクナビにおいては、利用規約に一応の説明は記載してあり、学生はポチっと同意を押していたので、今回も同意がとれていた学生もいたわけです。しかし、それが本当に正しくとれた同意なのかといったら違うはずです。なぜなら、本当にわかっていたら同意するはずないからですよね。実際にプライバシーポリシーや利用規約をちゃんと読む人は多くないわけですが、「ちゃんと説明されたら同意しないようなこと」をこっそり書いておいたとして、それにポチッと同意したからといって適切な同意があったと言えるかは疑問がありますし、リクナビの件については実際の記載をみても、かなり抽象度の高い記載になっており、普通の学生がまさか自分のリクナビ上の行動履歴が分析され、辞退率となってエントリーしている企業に渡されるとは思いもよらなかったはずです。データの持ち主である学生に不利益な使い方をしていたことがリクナビ事件の最大の問題点です。違法とまでは言い切れない面があるとしても、「データはその人のものであり本人が納得しないような形で不当に取り扱ってはならない」という法律の根本思想から外れています。

岡田:個人情報保護法に抵触するし、もっと言えば企業倫理上それはやってはいけないということですね。

白石:法律が時代に追いついていないとお話してきましたが、ということは、もはやギリギリ適法にしていればよいという時代ではないということだと思います。人事の方も、法律を超えて倫理的観点というものを持たなくてはいけないと思います。別に難しい話ではなくて、こういう使われ方をしたときに従業員は喜ぶだろうか? ということをフラットに考えてみましょうということです。

■人事担当者へのメッセージ

岡田:ありがとうございます。最後に人事担当者にメッセージをお願いできますでしょうか?

白石:今の人事は経営課題に応えることが要請されていると思いますが、従業員視点も忘れないでほしいと思います。個人情報についても、データは会社のものではなく従業員のものということを認識して慎重に扱っていただきたいです。個人的にHRテックの活用にブレーキかけるつもりはまったくなく、絶対的に進めていただききたいと思っていますが、従業員にしらけられたら必要なデータもとれなくなります。きちんと従業員の方に説明して、従業員のためになる成果を出すデータの活用法を考えていただければと思います。

岡田:今後のご予定を教えてください。また、会員企業から直接先生にご相談しても大丈夫でしょうか?

白石:一般社団法人企業研究会で「キャリアとHRテック」という内容でパネルディスカッションをする予定です。あとはリクナビ問題で2度ほど講演予定があります(※いずれも本稿掲載時点で終了済み)。私としては善なるものを世の中に広めていきたいという思いがありますので、それに向けて法律上からどのような示唆が得られるかを発信する活動を今後も続けていくつもりです。法律あるいは法律を超えたところ、ある意味哲学的な観念でどうしなければいけないか迷われることがあったら、ぜひご相談いただければと思います。

岡田:ありがとうございます。こちらのアドレスにご連絡すればよろしいですね。以上で収録を終わります。

対談終了後の1枚