経営者や人事担当者の多くが悩む組織・人事マネジメント。セミナーに参加したり、専門書を読んでみたり、コンサルタントに相談したり…でもなかなか上手くいかないことが多いのではないでしょうか?今回の特集では、経営や組織・人事マネジメントにおける正論や常識を疑ってみることの重要性に主眼を置きました。敢えて、性善説ではなく性悪説で組織や人材を捉え直してみることで新たな視点や気づきが得られるかもしれません。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

株式会社人材研究所 代表取締役社長 組織人事コンサルタント 曽和利光

株式会社人材研究所 代表取締役社長 組織人事コンサルタント 曽和利光 氏

株式会社人材研究所 代表取締役社長 組織人事コンサルタント 曽和利光
京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長と、人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験、また多数の就活セミナー・面接対策セミナー講師や上智大学非常勤講師も務め、学生向けにも就活関連情報を精力的に発信中。人事歴約20年、これまでに面接した人数は2万人以上。2011年に株式会社人材研究所設立。
現在、人々の可能性を開花させる場や組織を作るために、大企業から中小・ベンチャー企業まで幅広い顧客に対して諸事業を展開中。

著書等:「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?人事のプロによる逆説のマネジメント」(星海社)、「「ネットワーク採用」とは何か」(労務行政)、「知名度ゼロでも『この会社で働きたい』と思われる社長の採用ルール48」(東洋経済新報社)、「『できる人事』と『ダメ人事』の習慣」(明日香出版社)、「就活『後ろ倒し』の衝撃(東洋経済新報社)、DVD「120分でわかる!! 就職面接の新常識」(ヒューマンアカデミー)




◆ベンチャー企業が組織マネジメントでつまずかないために~グライナーモデルとは

岡田英之(編集部会) まず、簡単に自己紹介をいただいて、そのあとご著書について、そもそもなぜこの本を出されたのか、そのあたりを語っていただきたいと思います。

曽和利光(人材研究所代表取締役社長) 新卒でリクリートに入社し、15年間程社内人事をやっておりました。採用を半分くらい、あとは評価報酬制度やメンタルヘルスも担当していて、ちょっと弱った人の対応もしていました。
そのあと、ライフネット生命という生命保険会社に、立ち上げて1年くらいの時期に入社して、管理部門全般をやりました。最後はオープンハウスという会社に入社し、組織開発本部長を担当し、その後人材研究所を創業して今に至るということです。
いま特にターゲットとしているのは、成長企業の人事の強化をすること全てです。今の日本は人口も減ってきて右肩下がりの感じがあって、そこで成長企業というのはすごく宝だと思うのですが、いろんなところでつまずく。人口が減っているから採用が難しいとか、採用ができないから事業展開ができないとか。IT企業などでは若い社長さんが多く、事業の才能もあったり、頭が良かったりしますが、組織面ということころではやはり年の功や大人のサポートが必要なところがあったりします。

曽和 私が在籍した3社は三様で、規模も文化も違いますし、自分の会社をやり始めてからもいろいろな企業を見てきています。また、それに対する対策でうまくいった例なども結構見てきたので、それをご提供しているというのが現状です。

岡田 成長企業というと、人間で言えば、中学・高校生くらい?
思春期から大学生くらいですか。

曽和 上場が成人式とすると、その前、新卒前あたりの企業です。

岡田 人間もそうですけれども、17-18歳くらいになるとだんだん自我も目覚めて、自分はいったい何に向いているのかとか考えはじめ、人それぞれですが、企業もさまざまですか。

曽和 そうですね。人間でいうとアイデンティティが思春期の発達課題と言われていて、思春期の学生が「俺って何?」というのと同じような感じだと思いますが、企業で言うと、GEバリューじゃないですけど、行動規範であるとかVMV(ビジョン-ミッション-バリュー)などを作りたいという課題をお手伝いしている。

岡田 人間だけでなくて企業にもエリクソンの唱える発達課題というのがあるのですね。

曽和 エリクソンのライフサイクルビジョンですね。グライナーという言う学者がいて、僕は非常に好きなんですが、全然流行っていない。

岡田 グライナーモデルについて紹介して下さい。

曽和 グライナーモデルで検索すれば出てきますが、日本語訳された本もあまりない。「人が増えて発達していくことでマネジメントのスタイルも適したものが変わっていく」という考え方があって、それがだいたい5ステップだそうです。今回の本にも書いてあります。
最初は人が少ないので社長が直接メンバーを見る。言葉遣いの文責は私ですが「背中でマネジメント」と言っている。全部インフォーマルで、制度があるわけでもなくて、わからなければリアルタイムに聞けばよい。
そこからステージが変わる原因は人間の認知限界で、スパンオブコントロールの話があるが、6プラスマイナス1名とか言います。実際には天才的な人もいる。例えばオープンハウスの社長は500人を一人ひとりマイクロマネジメントしていたが、やっぱり限界がくる。そうすると次の段階として管理職を置いて権限移譲をする。そこにルールとか制度ができてくるというのが二つ目の段階。

岡田 いわゆる組織になっていくヒエラルキーが構成されていくということですね。

曽和 それは「行動のマネジメント」だが、そればかりやると自律性が失われていって、いわゆる指示待ち族になるし、更に規模が大きくなると逐一行動の指示をすることもできない。それで次は自由と自己責任というキーワードが出てきて、インセンティブシステムを作り自由競争というか、ゴールを作って任せ、「結果でマネジメント」する。
最初は何もなく自由でインフォーマル、次に行動マネジメントで縛られるが、自律性が無くなるので、今度は自由にする。そうすると部分最適化が起き、全体として足の引っ張り合いが起こってシナジー効果が減っていく訳です。

岡田 会社として良くしなきゃいけないけど、組織が大きくなると事業部だとか組織が細分化されるものだから部分最適が起こる。

曽和 そうなってくると次は「計画でマネジメント」。事前に何をやるか出させ、調整が入ってから自由にやらせる。ここが官僚制的、大企業っぽくなる。計画があってそれに従ってやっていく。横断的資源配分ということがキーワードになる。いわゆる悪い意味でのお役所仕事になったり、計画に縛られる。無駄な予算消化などがおこる。これはどこの会社でもあるかと思いますが。それで最後に理想として「文化でマネジメント」するということになる。

岡田 背中→行動→結果→計画→文化の5ステップですね。

曽和 ルールで縛るのではなく、行動で縛るのでもなく、ゴールで縛るのでもなく、全部が包含されているのですが、緩い方向性や抽象的な価値観・考え方が示されて、企業文化と言っていいと思いますが、それに基づいてあとは自由にやると、孔子の「矩(のり)をこえず」ではないですが、人の創造性も損なわず、自律的であり、協調もされていて理想的になる。

岡田 グライナーモデルは、マズローみたいに段階を踏む話ですか?

曽和 グライナーモデルでは、基本的には組織の人数の関数なので、段階を踏むはずです。成長あるあるで言うと、会社が大きくなると、ふつうは2段目の「行動でマネジメント」。ルールを作ってやるべきなのですが、社長は自由が好きなので3ステップ目にいきなり行き、それだけだと結果が出ない。「自由にしてよい」というのは人によっては脅迫と感じるので、一度は型にはめてやるべき。エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」ではないですが、人間って自由が怖い、流されたい、指示してほしいというのが奥底にあって、そう簡単には自律する人になれない。
こういうことが社長には分かってないし、自分も一時は型にはめられたことを忘れている。本来はガチガチに型にはめ、一から十まで俺の言う事を聞け、もっといいやり方があるなら言ってこいと。そうすると、社長は悪人に見えますよね。やられる方もマイクロマネジメントの社長はうるさいと思うが、では自由と自己責任でやってみろと言われるとできない。守破離の守ではないが、やらなければならない。それを今の世の中の社会的望ましさ、これがこの本のキーワードですが、で言うと自由にやったほうが自走できて創造性を発揮ということになるが、それは半分正しく半分うそなんです。
これがうまくいくためには、型にはめるというステップがあってこそ。社会的望ましさによってこれが省かれるとマネジメントが上手くいかなくなって結局は戻る。第2ステップを飛ばすのは怠慢であって、本来はマニュアルを作ってガチガチに型にはめることが必要です。
こうしたことは悪いことのように見えるが、この本では、一見悪く見えることが良いことで、良く見えることが実はダメなことと言いう風に逆説的に書いている。グライナーモデルで言ったら一番あるあるの部分はそこなのです。文化でマネジメントしたいという人は結構多い。ベンチャーは中途採用で「大人」を採るし、似たような文化背景を持っている「大人」が集まっている会社であれば、ベンチャー企業であるにもかかわらず「文化でマネジメント」が機能する場合もある。

岡田 ベンチャー企業は基本的には成長段階なので、「文化によるマネジメント」というのは基本的には機能しないが、機能することもあるということですか。

曽和 機能するためにはいくつかの要件がある。それは似たような文化の背景を持っているということ、しかも「大人」であるということ。それぞれが5つのステップをちゃんとやってきているからこそできる。いきなり思うようにやって「矩をこえず」にはならない。
機能でいろいろな人を集めているベンチャーの場合、文化はバラバラ。文化のマネジメントは長期戦略として掲げても良いが、行動マネジメントはしておかなければいけない。社長という人種の中にはマニュアル作って1から10までという2ステップ目を面倒くさいと思う人が多いが、やらなければいけない。それを飛ばしていきなり文化だということをすると、向く方向がぐちゃぐちゃになる。
 結局、成功しているベンチャー企業は、全然自由ではない。勝ちパターンが決まって、規模の拡大を追う段階になると、むしろルーチンをずっとやれといったことが求められる。これもベンチャー転職あるあるなんですが、ベンチャーに転職したら自由だと思っていたら、単純な作業の繰り返しを命じられたということがあるのです。

◆悪人が会社を伸ばすという逆説~逆説のマネジメントとは

逆説のマネジメントとは?

逆説のマネジメントとは?

岡田 これまで曽和さんにお話しいただいたのは、本の194ページ中段からの「理想のマネジメントなど無い」というところですね。統制化と自由化を繰り返すというところがグライナーモデルですね。最後は認知限界の話で、組織の成長の5段階説というのがあります。
 タイトル「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか、人事のプロによる逆説のマネジメント」の中で「悪人」と「伸びる」が互いに逆のことを言っている。あと副題にある「逆説」。この3つの単語で読者は買うんですね。

曽和 この本は職場のマネジメントの本、ミクロな組織論の本です。ところで僕は、社会的望ましさという言葉をよく使います。これは、「世の中的にこちらが良いと自然に思われていること」を言うのですが、僕はこれに対する逆説的なアプローチをしています。
 たとえば自責・他責という言葉があって、社会的には自責が望ましいと言われています。この自責性というのはSPI適性検査の項目としてありますが、リクルートという会社は自責性の思い切り低い人ばかり採っているのです。

岡田 責任を取らない連中ばかり採用しているということですか

曽和 自責性とは、責任を取らないということではなくて、何かものごとが起こった時にそれを環境のせいと思うか、自分のせいと思うかということを言っているのですが、解決の主体者が誰かということは言っていない。
実は、自責性の高い人は環境変革能力が低い。なぜなら環境のせいにしないから。世界宗教にも足るを知る、貧しきものは幸い…とあるように、環境を変えることによって幸せになろうではなくて、自分の認識を変えることによって幸せになろうとする。

岡田 自分の内面をぐっと見つめていくイメージですね。

曽和 これが自責性の高い人で、精神論・幸福論としては良いのですが、会社で自責性の高い人が多いと改革が起こらないんですね。ルールがあったら守るのが自責性の強い人なんです。社会的望ましさだけで言うと自責性が高い方がいいとなるんですが、他責も良いことはありますよというのが逆説ということなんです。
責任という言葉は2つあって、「誰の責任だ」というときに、原因はどこにある、誰がやったという場合と、誰が解決するかという解決の主体者という意味とがある。リクルートは他責をいっぱい採っている。これある意味悪人ですよね。なのにその集団が伸びている理由は何だろうと考えると、彼らは「圧倒的当事者意識」という言葉を使います。それは、環境が悪いと思う(他責)がそれを変えるのは俺だ(自責)という自責感。原因は環境、解決者は自分。そういう人たちを採っている。

岡田 最初は誰かのせいと他責なんだけれども、起こっている問題をどう解決していくかというときに自責志向になる。

曽和 自分のせいだから自分で解決、他人のせいだから俺は知らないというのが普通だが、「他人のせいだけれども俺が解決する」という稀有な人を採用しているということがリクルートの成長につながっている。これが僕の仮説です。

◆組織は妄想(心理的現実)で動く

組織は妄想の塊!?

組織は妄想の塊!?

岡田 今のお話は44ページからですね。第2章「リーダーシップの逆説」というところ。この中で、部下の相談はスルーせよ、リーダーにビジョンなど要らないなど面白いところがありますが、50ページの「悩みとは、客観的事実ではなく心理的現実である」というところをご説明願えますか。

曽和 まあ、誤解といってもよいのですが、結局人は心理的現実で動く。心理的現実とは、本当かどうかは別として、そう思っていること。人から悩みを言われたときに、それは客観的事実でないということで反論したりするというのは解決策にならないということが言いたいのです。もっと言うと、組織というのはいろいろな妄想の集合体。基本的に組織の実態というのは、そもそも妄想というか心理的現実です。当事者にとってはそう思っているし、それが事実。そこでやってはいけないことは、それは事実と違うよとか、ロジックがおかしくないかという指摘をすること。シーザーが言ったように、人は自分の見たいものしか見ない。そう思いたい何かがあって、そこが本当の原因だから、それを探らなければだめです。
 違うよと言ったときに、上司はわかってくれないとか、あの人は騙されているとか考えて、自分なりの論理的整合性を保ち、認知的不協和(食い違い)が生じたら、またそれに対するロジックを作ったり、といった再構成が行われるだけになる。妄想が解消しない。基本的にはまず受け止めることから始めなければいけないし、そうすると調子に乗ってもっと妄想を言ってくれます。
事業上では、ファクトとロジックで話せという訓練をされ、そうしないといけないのですが、組織マネジメントでは、妄想を集めて、どんな誤解をしているのかを集めないと誤解は解けない。「それは違うよ」から始めるとシャッターがバーンと降りてしまう訳ですね。そうなるとその人がどんな誤解、妄想、思い込み、主観、偏見を持っているか知ることができない。知ることができなければ変えることなんかできないじゃないですか。

岡田 事態がはっきりとするまで簡単には動き出さずに、じっとこらえて待つ、聞くということなんですね。

曽和 すぐ動いてもだめ。言っている方も言ってくる割に自信が無いので、すぐ動かれても困ります。

岡田 いわゆる組織内コミュニケーションの話っていうのが、アサーティブだとか、アファーマティブだとか、コーチングだとか、傾聴だとか、これまでもいろんなことが企業の中で試されてきたけれど、なんかちょっと本質まで刺さってなくて…、この本を見ると、割と本質をついていますね。心理的事実というキーワードは流行ると思う。要するに妄想をデータ化して、可視化してということですね。

曽和 はい。僕がコンサルティングで最初にやることは、妄想の体系をつくることです。いろいろな人がいろいろな妄想を持っていて、ちょっと言葉は悪いですが、群盲象を撫でる状態なんです。本当は頭の中の妄想の集合体が組織をつくっている訳ですが、ただ妄想同士の因果関係というのがあります。

岡田 神戸大学の鈴木隆太先生の関係性のマネジメントがあります。社内のいろいろな関係性をネットワーク図にして関係の強弱を数値化するのですが、それに近いでしょうか?

曽和 私の場合はもっとざっくりしていて、企業理解を社長と自分の間でそろえるということをやっています。社員の言っていることが本当かどうかはどうでも良くて、妄想の体系、言っていること、どう感じているかなど、心理的現実だけを知りたい。こんな妄想をしているからこんなことを考えるんだろうな、こう考えているからこういう結論に至るんだなということを整理している。

岡田 著書に出ているこの会社の妄想マップの実例だと、カリスマトップのいる組織のいろんな人の妄想が集まっている訳ですね。

曽和 普通だと、チャンドラーの言うように、事業があって、マネジメントスタイルがあって、人になって、文化になって・・・となっていたらきれいなのですがそういう組織はあまりない。カリスマトップがいる場合は、カリスマトップの人材観、組織観の影響がいろいろなところに出ます。事業が第一原因、根っこの原因、になっていない。
欧米系の企業と違って、日本だと文化や、いる人が先にたってみたいな話があって。この例は4人の同期が会社を作ってるのですが、第一原因がいっぱいありすぎて、同じ組織を見ているのに矛盾していることがいっぱいあります。

岡田 コンサルなんかがよくやるのは、客観的・物理的ファクト、根拠のあるデータでそういう図は作っていたと思いますが、どう感じたか心理的ファクトっていうのを集めて、それが結局その人のモチベーションになるし行動の源泉になるということですね。

曽和 それだけをやっている訳ではなくて、妄想ヒアリングのインタビューの他にパーソナリティテストもやって準ファクト集めはやりますが、どちらかというと「言っている」「思っている」というのを大事にしています。

◆人事のキャリアにおける悪人とは

岡田 逆説的な視点、同じ現象でも見方を変えましょうということだと思うのですが、人事の人が大胆な発想の転換をしようと思ったときに、役にたつものというのは何でしょうか?

曽和 基本的にはリフレーミングの本だと思うんですね。見方が変わると、感じ方や考え方が変わって、モチベーションが変わって、とインクリメンタルに行く訳です。
人事の中でも採用担当者は出世しないし、だいたい労務や基幹人事をやっている人は上に行くというのがある。採用担当者の仕事は、楽しいし汚れ仕事ではない。汚れ仕事をしていないので、利他的な悪人のような話ができなくて、いつまでたってもきれいなことばかり言って、利己的な善人のままでいてしまう。現実を見ていないので出世しないし、使えるところは限定的になる。経営に近くなればなるほど、どんな妄想があるか知らなければならないが、自分が妄想をもっていてはいけない。人事の幹部も同じです。

岡田 ところで、前回のご登壇のときにミクロ人事・マクロ人事ということばをご紹介いただきましたが…。

曽和 それに加えてホワイト人事とブラック人事という軸を加えて4象限で見て、人事部のキャリアパスとしてどこから始めるのが良いのかといったことが議論できる。最初はさすがにホワイトミクロからになるでしょう。マクロ人事の方が大きい影響を与えるので採用の人は持っていけない。
ブラックマクロも悪いという意味ではなくて、悪人役を引き受けなければいけないという意味なんですね。例えばマクロで人事制度設計をしたら、ある人にはプラスだが、ある人にはマイナス、つまりトレードオフで、マイナスの人から恨まれるのでブラックな汚れ仕事ということになりますね。

岡田 人事担当者のキャリアパスとして、この本を読んで刺さることが多い。いつまでもきれいな仕事ばかりやっていてはダメだと気付く訳ですね。

曽和 自分の反省論でもあるんですが、自分はきれいな道を歩きすぎたと思う。僕はものすごい人事部長さんを横からみてこういう本を書いただけ。採用担当・育成担当で楽しかったので、後悔はないですけど、今から自分のキャリアを考える人たちは、人事に関係なく、ブラックマクロな経験はみんな必要ですし、上の方に行くと半分は人事の仕事ですし。

岡田 これから転職を考えている人にも有効ですね。

曽和 地に足のついていない、うわついた善人ばかりで作っている会社はすぐ潰れたりします。CSとESは相関が無いということはわかっているのに、従業員にやさしいというところを過剰に評価して転職してみると、事業上ではひ弱で負けて、ということになる。もっと強い企業には悪人的な人がいて、断行するときにはえっと思うようなことをガシッと断行していることをちゃんと見たほうが良い。牧歌的な会社が良いかというとそんなことはないと思います。

◆おわりに~もう一度、悪人とは

岡田 それでは最後になりますが、読者の皆さんに伝えたいことはありますか。今後のご予定とか。

曽和 読者の皆さんには「悪人」ということの定義をどのようにしているかをしっかり知って欲しいと思います。「社会的な望ましさに囚われずに、正しいことをするがばかりに後ろ指を指されることを厭わない人」のことです。悪人に見える人のことであり、利他的な悪人です。自分を周囲からいいように見られたいというのは何か利己的ですよね。それが会社のためになるかどうかは別の問題です。悪人役を演じられるひと、悪人と思われる状況に耐えられるひとのことを言うのです。

岡田 企業の中に必ず一定程度そういう人がいることによってその会社は成長発展するし、健全なんだということですね。

曽和 社員に好かれたいと思っている社長は大して伸びないとか。そればっかりやっていると強いことは言えないし、改革もできない。社長だけでなくて上司もそうです。そういう悪人を引き受ける人を元気づけたいですし、上司の悪人のような行動をなんでだろうなと思っている部下に理解させたい。

岡田 経営者の人にも読んでいただきたいということですか。

曽和 特に日本は同調圧力が強かったりとか、ネガティブフィードバックに弱かったりで、日本人は悪人になりたくない人が多い。利己的な善人が結局コンプライアンス問題を起こすわけですしね。つながっていると思うんです。

岡田 本日はありがとうございました。

対談終了後パチリ!

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