人的資本経営と戦略
~人的資本経営時代に人事部門をリデザインする~

 2022年の人事領域におけるBuzzワードのひとつが「人的資本経営」でした。人的資本とは何でしょうか?様々な定義や考え方が存在しますが、組織で働く、または組織で働く資格のある人々のグループ、つまり「労働力」を指すことが多いようです。特に、1992年にノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカー人的資本論は著名です。また2020年9月に「人材版伊藤レポート」という、人材戦略に関する報告書が公表されてから、人材に関する注目度が一層高まる中で、企業でも、人的資本に関する課題が認識され始めています。今後は、人的資本を活かせる企業と、そうでない企業との差が拡大していくと予想されています。

 アップル、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、テスラ、メタ…。こうした企業は、2022年現在世界の株式時価総額ランキングで上位を占めています。人材や知的財産などの無形資産から莫大な付加価値を産出しています。その源泉がズバリ人的資本なのです。一方で、私たち日本企業は「人的資本経営」潮流にどのように取り組んでいるのでしょうか。例えば、「なぜ、日本ではアマゾンやアップルのようなイノベーティブな企業が生まれないのか?」といった内容の議論が長く繰り返されてきました。かつて製造業の国際競争力を押し上げた日本的組織のあり方からなかなか変化することができず、人的資本への投資が遅れ気味になっているのが現状かも知れません。
 ビジネスには、人材の活力によるイノベーションが必須です。投資家は、人材に投資しない企業を将来展望のない企業とみなします。働く個人は、意義や自己成長を感じられない企業からは退出します。社会は、人材の多様性を尊重しない企業を見放します。これからは、このような環境がスタンダードになるようです。

 『人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書』上林周平著(2022)では、人的資本時代のリーダーの求められる7つの力として、(1)キャリア支援力(2)強み発見力(3)仕事アサイン力(4)チームビルディング力(5)人材獲得力(6)オンボーディング力(7)全体俯瞰力を挙げています。メンバーのこうした能力を引き出し、組織に活かしていくためには、言うまでもなく人事部門の戦略・推進・支援が必要です。人的資本経営に対する人事部門への期待はこれまで以上に高くなるでしょう。
 皆さんの企業(組織)の人事部門では、何が期待され、どのような役割を担っているでしょうか?人事部の役割は、日常の細々した業務であったり、所謂「ひとごと」であったりするというイメージを持たれている皆さんは、人事部門の役割は戦略からは遠いと思っているのかも知れません。しかし、ズバリ「人事に戦略は必要です」。もし、戦う時に、自分が使える資源が無限にあったらどうしますか?答えは簡単です。勝つまで資源を投入し続ける。そうすれば、いつか勝てるのです。つまり戦略は不要です。しかし、実際には資源は有限です。よって戦略が必要になるのです。限りある資源をどのように最適配分するかを慎重かつ大胆に考えなければならないでしょう。こちらに資源を集中投下して、あちらはゼロにする。こちらを7にしてあちらを3にする。このような大所高所からの配分や采配を行うのが、所謂戦略的意思決定です。

 何を選び、何を選ばないか。どちらに重点を置いてどこに敢えて目をつむるか。どれを先にしてどれを後回しにするか。戦略は選択であり、意思決定です。一方で、かつてGEの会長であったジャック・ウェルチはこう言いました。

 「正しい仕事に対して正しい適材をあてはめることは、戦略を策定することよりもっと大切だ」

 人事部門には戦略が必要なのは間違いないですが、そもそも人事とは戦略そのものなのです。
 またこうも言っています。

 「正しい人材を選び、彼らが自分の翼を思い切り広げる機会を与えることができれば、後はほとんど管理などしなくてもいい」

 管理することが戦略の一環だと勘違いしている企業(組織)も多いようです。

 皆さんの企業(組織)では、人事部門に何を期待しますか?そして戦略とは何でしょうか?日々のオペレーション業務に没頭し過ぎてしまい、中長期の視点で戦略を構想(描く)時間が確保できないのだとしたら、それは将来に大きなマイナスを残してしまうことになるかも知れません。「人的資本経営」というBuzzワードを契機に人事部門の役割と機能をリデザインしてみることが必要なのかも知れません。


JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)