コロナショックが私たちの雇用と働き方に与えたインパクトについては、引き続き多角的かつ詳細な議論が必要です。議論はさておき、働く私たちにとっては、不確実な環境変化(クライシス)を前向きに受け止め、どのように生涯のキャリアを考えるべきなのでしょうか。ジョブ型とメンバーシップ型の給与体系の違い、テレワーク時代に評価されるスキル、転職先の選び方など考えるヒントとなるキーワードは数多く存在します。しかし、キーワードが多ければ多い程整理することが難しく、却って視界(見通し)が悪くなってしまうこともあります。
今号のぶらり企業探訪では、人事のプロフェッショナルである平康慶浩さんより、テレワークで評価されるためのヒント、転職先の見極め方から住居の探し方まで、クライシスを生き延びるための使えるヒントを提供して頂きます。(編集長:岡田英之)

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康 慶浩 氏

ゲスト:セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康 慶浩 氏

大阪市立大学経済学部卒。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(MBA)。
アクセンチュア、アーサーアンダーセン、日本総合研究所を経て、「人と組織の成長をあたりまえにする人事コンサルティングファーム」セレクションアンドバリエーション株式会社を設立。代表取締役に就任。人事コンサルタントとして活躍。

給与クライシス

コロナ禍の現在(クライシス)だからこそ考えるこれからの雇用と働き方

岡田英之(編集部会):本日は、セレクションアンドバリエーション株式会社の代表取締役でグロービス経営大学院准教授でもある平康慶浩さんにお越しいただきました。人事コンサルタントして豊富な経験をお持ちの平康さんをご存知の方も多いと思いますが、まずはご専門分野など簡単な自己紹介をお願いします。

◆最新著の『給与クライシス』について

平康慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社代表取締役):私は1990年代から人事コンサルタントとして活動しています。最初に参画した人事改革プロジェクトは、外資系コンサル時代です。日本の大手電機メーカーさんの部長級への職務等級型人制度導入でした。
それが人事コンサルタントとしてのキャリアの原点になっているので、人事は業績のためのものであってそのためのポストありきが当然、という考えでスタートしています。当時、アンチ職能型みたいな雰囲気が周りにあって、「職能型みたいな仕組みはもう古いよね」というムードの中でコンサルタントとして育ってきました。

岡田:時代背景というか当時の空気感はそうだったのですね。

平康:個人的にはその後に職能型も日本の高度成長を支えてきた素晴らしい仕組みだと理解したのですが、90年代後半以降は右肩上がりの成長の時代ではないので新しい仕組みが求められており、職務等級とパフォーマンスマネジメント、業績管理の仕組みと人事制度との連動が重要視されていました。環境変化のなかどう成長していくかを大手~中堅中小企業まで、人事の観点からご支援させていただきました。振り返ってみると職務等級型を軸にした業績評価とインセンティブ設計が一番の私の専門分野かなと思います。

岡田:今回の『給与クライシス』を僕3回くらい読みました。個人的には後半のコミュニティ、脱ネットワークのあたりがすごく面白かったです。まずは、こちらの本を出された経緯から教えてください。

平康:NIKKEI STYLEというサイトで連載を続けていて、記事がたまったら本にするかたちでこれまでも2冊出させていただいています。ただ、それだとちょっとネタが古くなるので今回は書き下ろしにしたいとお願いして了承いただきました。だから連載の中身はほとんど使っていません。

岡田:読者の方に、平康さんが一番読んでもらいたいところはどのあたりでしょうか?

平康:自分としては第1章に力を入れたつもりです。脱メンバーシップ型ともつながるのですが、私は日本企業の人事にメンバーシップ型が残っているのは明治維新の遺物だとすごく感じていたんですね。軍国主義が高まり父権社会が続いたことがメンバーシップ型の本質だと。楠田丘さんをはじめ当時の賃金設計の関連本を読んで非常に懐古主義的な仕組みが続いていたのがようやく今変わろうとしていると理解し、そのことを丁寧に解きほぐしたいと思ったんです。
調べてみると、太平洋戦争中に日本の政府や労働省が何を考えていたかわかります。例えば、戦後GHQが民法を変えて、ようやく日本に「1日8時間労働」「残業代」という概念が出てきます。それに対して労働省の役人たちがGHQ側の担当がたまたま女性だったものだから、「ふざけんな」みたいな感じで抗ったくだりが楠田さんのインタビュー録に残っているんですね。楠田さんは労働省にいたので。

岡田:楠田丘さんとは日本の職能資格等級制度や賃金論の分野では大家ですね。楠田丘理論がある。

平康:メンバーシップ型を築いてきた中心の方だと思います。私の本に話を戻すと、本の後半では父権社会を引きずった社会から「個族」に変わってきたことを書いています。親族が家族になり、核家族から個族に変わってきたなか「自立」がキーワードになる。自立した時代の到来で私たちは生き方をどう変えるべきか書かせていただきました。

ジョブ型、メンバーシップ型

◆ズバリ!日本の働き方改革の現在地は?

岡田:コロナ禍になってテレワーク、ワーケーション、オンライン採用など働き方の変化が多くの会社で進んだ感じがします。平康さんは働き方の現在地をどうご覧になっているでしょうか?

平康:メンバーシップ型を引きずりながら変わろうとしてきた企業の働き方が、コロナで変化を強く後押しされたと感じています。戦後の日本の働き方の軸は家族を主体とした時間給労働として整理できると思うんですね。たくさん働いてたくさん稼ぐお父さんが、会社に忠誠を誓いながら長時間働く。お母さんは家庭を守る。

岡田:何時間働いていくら。今月50時間残業したという世界観ですね。時間外労働というものにも実はかなり生活給的な要素があったってことですよね。

平康:もともとかなり生活給です。昔の漫画を見ると「今月苦しいから残業していいですか」「残業させてやる」みたいな文言はかなりの頻度で出てきます。
企業はバブル崩壊あたりからこれを変えようとしたのですが、時間給労働そのものは脱却しきれなかった。ホワイトカラーエグゼンプションも反対が多くて頓挫します。それがリモートワークになって、ごく自然に「時間ではなく成果だよね」と変わったのが現状だと思います。今は働き方の軸が、時間ではなく生産性にシフトしつつあると感じます。

岡田:生産性というキーワードもここ4~5年かなり人事の世界でバズワードになっています。日本は本当に生産性が低いのか高いのか実態は藪の中みたいな状況です。日本のホワイトカラーの生産性ってどうなんですかね、実際?

平康:生産性という概念をビジネスに持ち込んだのは、私の理解ではフレデリック・テイラーで、その後フォーディズム(フォード社の経営手法)によって一気に広がります。アメリカでは長らく生産性概念を軸に人事制度が運用されてきたと思います。では生産性の本質は何かというと逆説的なのですが、「人間は生産性が低い」という前提だと思うのですね。それを仕組みで回してきた。

岡田:なるほど。人間の生産性は日本人と欧米人とで多少の差はあるにせよ、基本的には個人に依存するのではなくて、むしろシステムとかビジネスモデルの影響が大きいということですね。

平康:はい。日本の生産性が低いというよりは、おそらく世界どこでも、個人としての人間の生産性は低いと思います。低い生産性を前提としてビジネスモデルを変えてきたのが諸外国で、日本はビジネスモデルを変えてこなかったんじゃないかなと理解しています。ベタな表現をすると昔からあるものを大事にしているのが日本で、いらないものは捨てようぜとやっているのがアメリカという気がします。

岡田:日本は過去の古き良きものの中に新しいスパイスをふりかけるのは得意ですが、VUCA(ブーカ)の時代に非連続なイノベーションの種を見つけようとすると日本のシステムが足かせになったりする。年功序列的なキャリアパス・給料を維持しつつVUCA(ブーカ)の世界でビジネスを継続させていくと、いつしかギャップが広がり修正がきかないレベルになる。一旦全部壊して、作り直さなければいけないのが今なのですかね?

平康:そう思います。イノベーションと年功序列はすごく相性が悪いんです。過去の良かった点は生かそうという発想は段階的改善にはいいのですが、そもそもやめたらどうかみたいなことに関して、抜本的に対応しきれない。そこらあたりが国ごとの生産性を変えてきた違いではないかと思います。

日本の働き方改革はどうなった?

◆「脱メンバーシップ型雇用」の要諦とは

平康:生産性の先にあるものはパーツに置き換えられる人生だと思うんですよ。フォーディズムの先にあったものは工場の自動化・ロボット化の促進でした。だから生産性で評価された時点で、もうさまざまな労働はなくなっていく。人間に求められるのは新しいものを作ることになるのですが、それには年齢は全然関係がない。年功序列の否定というよりはそもそも年齢という軸を忘れなければいけないと思います。

岡田:勤続年数や年齢にひもづいた制度を持っている企業さんはちょっと立ち止まって考えたほうがいいということですね。

平康:実際どんどん減っている気はするんです。年令給や年功給は、5~6年前になくしましたみたいな会社が増えています。メガベンチャーとかベンチャーあたりだと40代の役員の下に50代の部下という図はもう珍しくありません。ところが、ベンチャーでも新卒採用を始めるとやはり年功的な発想がまた出てくる。先輩は大体偉ぶりますから、30代前半あたりが一番偉そうになりますね(笑)

岡田:そこは面白いですね。「脱メンバーシップ型雇用」という考え方ですが、今、メンバーシップ型、ジョブ型雇用、同一労働同一賃金の話についてさまざまな論者、識者が議論しています。平康さんはこの喧しい議論をどうご覧になっていますか?

平康:私もアクセンチュアOBの人事検討会によくいくのですが、日本的なジョブ型の良いところも含めつつ日本社会に適応していこうという論者の方がいる一方、いや違うでしょうジョブ型は労働市場の変化なんだから一気にそっちに変えなきゃみたいな、ちょっと過激な方々がいて対立関係があると思うんです。

岡田:ありますよね。

平康:私自身は最終的にはジョブ型になるだろうと思っています。最終的にです。それには労働市場が変わることが前提です。新卒一括採用がなくなり、高齢者も年齢問わず転職できるような自分の専門性を持つようになり、そうじゃなかったら諦めてこのくらいの給料でこの会社でいいやと判断する人もいるようになって、世界標準のジョブ型になると思いますが、現時点では労働環境がそうなっていない。
労働市場の変遷に合わせた仕組みを会社が持たなくてはいけなくて、それも業界と職種によって違うと思います。NTT に就職する人がジョブ型を求めるわけはないんですね。DeNAに就職する人はジョブ型が当然と思っている。自社にとって適切な人事制度をこれから作っていかなければいけない。ただもうコテコテのメンバーシップ型ではなくなっていく。ジョブ型、アンチジョブ型の定義は非常に難しいので「脱メンバーシップ型」と表現しています。

岡田:そうすると、これからはまず我々労働者がジョブ型、メンバーシップ型の中身を理解し、自分がどういう働き方でお給料もらって成果を出したいのかを組織にお任せするんでじゃなくて自分起点で考えておくことが大事ですね。

平康:まさにそうですね。自分のアイデンティティがなく会社に所属しているのを前提に働いてきた方は、自分一人でポンとおかれたときにWebでつながっていても今日何をしていいかわからなくなります。従業員個人が自分のアイデンティティを軸にキャリアを考えていかないといけない。そうなった会社ほどジョブ型に移行できます。そうでない場合は、会社がここまではキープしてあげるからちょっとずつ変わっていくといいよという姿勢を持つ必要があります。

◆人事はこれからどのような仕事をすべきか?

岡田:脱メンバーシップによって個人が注目される。君はどうしたいのと。キャリア教育がやはり大事になってきますね。とはいってもアイデンティティが揺らいじゃう人はいます。流浪の旅みたいに漂流する人も増えている。そういう人たちに手を差し伸べてあげるのが本に書かれているコミュニティだと思いますが、オンラインサロンなどに足繁く通う人に新しいイノベイティブな行動変容があったかというとそうでもないと。やはり、オンラインサロンに無茶苦茶参加するような人は流浪の民なのでしょうか?

平康:オンライサロン、経営大学院、プロボノ活動、昔なら資格をとっていく人もそうですが、前提として自己否定できないと流浪の民になる気はしますね。自分の考えが正しいことを証明するために勉強する人は変わらない。それは気持ちよさを求めているからです。流浪ではなく旅。自分が生み出したいものを探しにいく、新しいものを得にいくのなら価値につながると思います。

岡田:社員がいろいろなコミュニティやネットワークを持つようになっていく。社員同士もそうだし会社を超えてネットワーク化していくときに、人事部っていったい何をすればよいでしょうか?

平康:これからの人事部の重要な役割の一つは、ファンマーケティングに近いと思います。従業員に対して会社のファンでいてもらう。「うちに所属する意味ってあるよね」と。今、エンゲージメントマネジメントが重視されているのも、メンバーシップからジョブ型雇用に移るなか「みんな会社のファンでいてよ」という揺りもどしじゃないかと思うんですね。働く人が、「昔、俺はあの会社にいたんだ」と誇れる状況を作っていく、選択される会社になることが脱メンバーシップ型時代の人事の方向性だと考えます。
電通さん、アクセンチュア、リクルートさんも有名ですがブランドの軸を持っています。その軸は「食っていける人になる」ということだと思うんです。「いい会社」ではなくて「うちに来ると食える人になるよ」というブランディングがこれから必要かなと思います。

岡田:兼業・副業で、個性的でタレントフルな人材が自社でパフォーマンスをあげて、他社でもパフォーマンスをあげる。働き方を自由にすることによってかつていた会社ともwin-winの関係になれば、タレント人材はある種公共の利益になっていきますね。

平康:そこまでなるといいのですが、会社に残るはずの利益がその人に持っていかれる面もあるので、できる業界・企業は限られてしまうと思います。やはり、求心力をどう保つかが人事が常に押さえておくべきポイントです。コロナ禍で働き方が変化するなか、会社が求める軸は何なのか、成果って何なのか?利益なのか、新しいお客さんを作ることなのか、業務の品質なのかを個別に設定してあげるとよいと思いますね。

岡田:最後に人事の方々へのメッセージと今後の平康さんのご活動のPRをお願いします。

平康:すべての人事担当者は、部長・課長・一般社員問わず、経営者のビジネスパートナーになることを目指す必要があると思います。そのための情報発信もどんどんしていますので、情報入手先の一つとして弊社の知見をご活用いただければと思います。また、職務等級型をベースにした業績管理やインセンティブの仕組は今の時代DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈と切り離せません。現在、弊社ではOKRとOne to Oneを軸にアジャイルHRさんと提携して、一人ひとりがより求心力を持った会社で成果を目指せる実効性のあるパフォーマンスマネジメントの仕組みの導入をお手伝いしています。ご興味ある方はホームページを見ていただければと思います。

岡田:ありがとうございました。以上で収録を終わります。