私たちの日常生活に欠かすことのできないインフラとして存在する宅配便。多くの人が利用するAmazomや楽天などのネット通販。多くは送料無料で速く確実に届きます。一方で、コロナ禍でネット通販は大膨張し、荷物を運ぶトラックドライバーの労働実態は極めて過酷になっています。また、Uber Eatsという新たな配達サービスが登場し、それを担うギグワーカーという働き方にも注目が集まっています。
今回の特集3では、刈屋大輔さんの新著『ルポ トラックドライバー』を軸に、コロナ禍のドライバーの実態や物流業界の未来像について考えてみたいと思います。(編集長:岡田 英之)

ゲスト:株式会社青山ロジスティクス総合研究所 代表取締役 刈屋 大輔 氏

1973年生まれ。物流ジャーナリスト、青山ロジスティクス総合研究所代表。青山学院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。経営学修士号(MBA)。物流専門紙『輸送経済』記者、『月刊ロジスティクス・ビジネス(LOGI-BIZ)』副編集長などを経て現職。一般社団法人フラワーリボン協会常務理事。

ルポ トラックドライバー

トラックドライバーという職業から見えてくるコロナ禍での雇用実態

岡田英之(編集部会):本日は青山ロジスティクス総合研究所の代表で物流ジャーナリストの刈屋大輔さんにお越しいただきました。今回は、刈屋さんの新著『ルポ トラックドライバー』を軸に、コロナ禍のドライバーの実態や物流業界の未来像をおうかがいします。刈屋さん、まずは自己紹介をお願いします。

◆コロナ禍のドライバーの働き方のリアルをルポ

刈屋大輔(青山ロジスティクス総合研究所 代表):私は元々、大学の経営学部で交通論を専攻し、特に貨物輸送の領域について勉強していました。大学卒業後は「輸送経済新聞」という物流専門紙の記者を4年、物流月刊誌「月刊ロジスティクス・ビジネス」の記者、副編集長を6年間務めてからフリーランスとして独立し、10年超が経過しています。

岡田:ありがとうございます。私は刈屋さんがそもそもなぜ物流業界に精通されたのかに興味があったのですが、大学のゼミの研究分野がきっかけだったのですね。

刈屋:そうです。社会人になってからもずっと物流業界に関わっているのですが、一時期は大学院にも籍を置いて物流やロジスティクスの研究を続けました。物流といってもモノを運ぶ企業業だけでなく、こちらの協会の会員さんたちのような、我々の世界では「荷主さん」といわれる荷物の持ち主さん側の物流、ロジスティクス、サプライチェーンマネジメントまでカバーするかたちで取材をしてきました。

岡田:今日のお話のメインにいきます。こちらのご著書『ルポ トラックドライバー』は、どういった経緯で出版されることになったのでしょうか?

刈屋:岡田さんも冒頭でおっしゃっているように、コロナ禍でも社会のインフラを支えている職業の一つに物流、トラック輸送の仕事があります。よく新聞、テレビで「ドライバーさんが頑張っていますよ」という報道はありますが、今回は出版社から、ドライバーさんが朝~晩まで実際にどのように働いているのかをルポという形式で密着取材してレポートしてほしいと依頼があり、企画がスタートしたかたちです。

岡田:本の7~8割が理屈めいた話ではなく、具体的な人物が登場して1日の生活や給与の実態、今何を考えているのかなどが書かれています。1~2名、働き方のリアルをご紹介いただくことは可能でしょうか?

刈屋:今回、本で取り上げたのは4人。長距離のトラックドライバーさん、軽自動車を使った宅配便ドライバーさん2人、海上コンテナを運ぶドライバーさんです。例を出すなら長距離ドライバーさんでしょうか。
例えば東京-大阪を泊まりがけで往復されるドライバーさんは、夕方から準備を始めます。まず、車を掃除したり洗車したりしてから、運行前の点呼でアルコールが検出されないかチェックを受ける。体調管理ですね。次に車両の点検。そのあと「荷積み」といって、客先で18~20時くらいから荷物の積み込み作業が始まります。ここでフォークリフトを使えれば作業は短時間で終わるのですが、手積みの場合には長ければ1~2時間かかることもあります。
積み込みが終わって東京を20~21時位に出発。東名高速、名神高速を走り途中サービスエリアで休憩を取りながら大阪に朝5~6時に到着します。そこで荷物を降ろして、この段階で法的に休憩時間を取らなければならないので夕方まで睡眠を取ったりして東京に帰っていくのが、2日間運行の働き方の例です。

岡田:『トラック野郎・爆走一番星』という映画を思い出しました。夜に高速を走って途中にインターチェンジで休憩をして朝方目的地に着く。疲労がたまった体をしばし癒し次の目的地にいく。そこにはドライバーと関わる人たち、荷主さん、荷物を受け取る人などいろいろな人間模様がある。そんな世界ですね。

トラックドライバーのリアル

◆昔は高収入、今は平均年収以下になったトラックドライバー

岡田:意外だったのは長距離ドライバーの人材育成では、助手席に座るのが結構重要なんですね。

刈屋:まさに僕も今回、運転席の横に座らせてもらったのですが、道路にはいろいろな特徴があって「ここはちょっと危険な箇所だからブレーキはこう」「コーナリングはこう」など、トラックドライバーさんは注意すべき箇所を知っていて仲間同士で情報共有しています。そういった情報を伝える意味で同乗研修は非常に重要ですね。

岡田:高速を走る一見単純そうな業務プロセスですが、いかに安全に短時間で荷物のクオリティを担保しつつ運ぶかという熟練のスキル、状況を察知する力などが実は必要なのですね。

刈屋:はい、だから僕はこの業界に対して将来の懸念があるんです。ドライバーさんには、普通運転免許で運転できる小型のトラックからスタートして中型、大型に進むキャリアパスがあるのですが、今そもそも運転免許を取得する人の数が減っているので、入口の小型トラックに乗るドライバーの供給が全く追いついてないんですね。
そうすると小型トラックを運転しているときに積んでおくべきノウハウが継承されないまま、大型の免許をとったというだけで花形の大型トラックの仕事をしたい人が増えてくると思います。会社側も人が足りないからと採用した場合、事故の発生件数が増える可能性があります。今は車両の技術が発達したこともあって事故は減ってはいますが、経験値が足りないために起こる事故ですね。事故以外でも、トラックの振動で積んでいるものが痛んだり破損したりすることが起こりやすくなると思います。

岡田:製造業でもいわれている技能伝承ですよね。職人さんの技能を継承する若者が供給されてこない問題。これと全く同じような構図になっているんですね。

刈屋:はい。製造業では外国人労働者の活用が進んでいると思いますが、トラック業界でもそのような声が上がっています。しかし、法的に認められていないですし、外国人に技術を伝承するには、コミュニケーションの問題があるので時間がかかる。

岡田:では、一体誰がどういう手段で物を運びライフラインを維持していくかということで、外国人かあるいは自動運転で労働力の不足を補うか? そんな議論になってくるんでしょうかね?

刈屋:そうですね。トラックドライバーは全国で約83万人、この数字はほぼ横ばいですが、物流の需要はB2Bの領域で落ちているものの、EC化で宅配便の需要がものすごく伸びています。ドライバーさんがきちんと供給されないと、将来的に運び手が足りずに物流が止まってしまうという事態に陥りかねません。

岡田:本に書かれていましたが、ドライバーさんが昔のように稼げなくなったようですね。

刈屋:まず、マーケットの話からすると、1990年に規制緩和がありトラック運送の参入障壁がほぼなくなったんですね。事業者数がものすごく増えたので競争が激しくなり、運賃のダンピングが起こりました。ドライバーの給料は運賃が原資なので、利益がへるとドライバーの賃金にもメスを入れることになり、どんどん給料が下がりました。
今のトラックドライバーさんの平均給与は、日本の平均年収より1~2割低い状況です。その割に労働時間、拘束時間が長く残業も多い。他の業種に比べて給料が下がり魅力が薄れてしまったんですね。

◆副業ドライバーの活用、自動運転、ドローン、置き配システム

刈屋:また3~4年前に、ECの需要が急激に伸びたときに宅配便のドライバーさんが不足して、遅配が発生し荷物が届かなくなったりしました。業界で「パンクした」というのですが、お客様に迷惑をかける状況になり、現場ではサービス残業も横行しました。そして、この件がきっかけで宅配業界は働き方改革をしなければならなくなった。今度はそれによって何が起こったかというと、残業が減った。
喜ばしいことである一方で、日々の残業代も含めて生活を成り立たせていた部分がごっそりとなくなるので、ドライバーさんは副業しなくちゃいけなくなった。働いている運送会社以外でもハンドルを握る、あるいは台車で運ぶ仕事で収入を穴埋めする。これは果たして働き方改革と言えるのかという声も出始めています。

岡田:生活残業だったのですね。実入りがへっちゃった……。

刈屋:問題なのは、トラック事業の法律できちんと休憩をとる運行管理上のルールがあるのですが、A社で8時間以上働いたら、その後必ず8時間休憩をとらなければいけない。ところが副業すると休憩をとらずB社で働くということが起こります。そもそも休憩しなければいけないのは事故を起こさないためなのに、それがないがしろになっている。労務管理の問題ですが、どうやってこれを解消していくか、業界も打つ手がない状況になっています。

岡田:物流業は割と内需に支えられているイメージがあるなか、規制緩和する必要があったのかななんて、つらつら素人考えとしてあったんですね。

刈屋:まさにそうです。実は2019年あたりに国土交通省がある程度の標準的な運賃の目安というものを出しました。ちょっと揺り戻しがきているんですね。ただし、一度緩和した規制を元に戻すわけにはいかないのであくまでも目安として提示すると。だから、昔のようにとまではいかなくても、国土交通省の目安の運賃に基づいてサービスを提供すれば、ある程度事業が成り立つ方向にはなってきています。

岡田:それは物流が完全な市場競争になじまないというかある種の社会的インフラ業だからでしょうか。あまり自由になって淘汰がおこってインフラ自体が滅んでしまうとまずいということですかね。

刈屋:そうです。このままいったら日本の社会インフラとしての物流システムが維持できず最悪の結果になりかねない。2028年にはドライバーが約28万人不足するといわれています。ドライバーさんを確保するために最も必要なのは収入=運賃ですから、そこの基準をもう一度、監督官庁として国交省が示すという流れでした。

岡田:今、街中でUber Eats (ウーバーイーツ)で、自転車で一生懸命運んでいる方々を見かけます。本業の方もいればアルバイト、副業の方もいる。副業トラックドライバーをポジティブに捉えれば、多くの方が副業で物流業に力を貸すことによって、社会的なインフラの維持につながるのではと思ったんですね。

刈屋:宅配業界でもギグワーカーといわれる方々に配達業務に就いてもらう試みが増えています。自転車やバイク、台車で運ぶなど、運転免許を必要としない配達員さんを増やしていこうとしています。もう一つが異業種からのドライバーの活用です。例えば、運転免許をお持ちでアパレル、飲食、外食で働いている方々はコロナ禍で仕事が停滞状態なので、そういう人たちに活躍してもらう。軽トラックを貸したりする動きをしています。

ギグワーカーの話題

◆物流業界の未来予想図と人事担当者へのメッセージ

岡田:ギグワーカーについては、実態として業務委託契約である、労災が適用されるか、賃金がそもそも安いなどいろいろな問題が出ています。この辺りはどう捉えていらっしゃいますか?

刈屋:物流でもグレーの状態で進んでいる状況です。要は個人事業である以上は業務委託先なので、元受けからすれば相手先(委託先)さんが何時間働こうが知ったこっちゃない、となってしまうんですね。健康上の問題、労務の問題などが出てくるんですが、社員として抱えると労基法の適用になるので、軽トラックの個人事業主さんを組織化しているトラック運送会社さんは、業務委託を選ぶ傾向がある。それは果たして正しい姿なのか業界で議論していかなければならないし、ウーバーさんもたしか労働組合が発足して確かできましたよね。同じようなことがトラックの世界でもこの先を起こるのかなと思います。

岡田:置き配、自動運転、ドローンの活用など、物流の未来像についてもおお伺いしたいです。

刈屋:長距離輸送の世界では、高速道路上のトラックの「隊列走行」といって、先頭の車両はドライバーさんが座ってハンドル握るけれども2~4台目は無人で走る技術開発の実証実験中です。ドローンも山間部や離島での物流ドローンの活用が実証実験ベースで進んでいます。対面手渡しではなく、荷物を玄関先などに置く「置き配」は、コロナ禍をきっかけにスタンダードになっていくと見ています。ドライバーさんとの非対面、非接触のニーズがありますから。加えて、おそらくこれから新築で建つ戸建て・集合住宅には、標準装備として宅配ボックスが整備されていくでしょう。

岡田:荷物を依頼するチャネルも進化していくと思うのですが。

刈屋:こちらは、コンビニ、スーパー、駅などに「宅配ロッカー」を設置してドライバーさんが集荷や配達にくる郵便ポストに近いものを作る取り組みが進んでいます。また、これだけネット通販による宅配需要が増え続けると、市街地での宅配会社のサテライトデポ(小型拠点)が今まで以上に増えて、丁目に1個ペースなるんじゃないかと思っています。そうするとネットワークの網の目を細かくできます。デポが物流だけでなくエリアの外食さんのお弁当を売るなど、複合的な街の拠点になってもいいと思います。

岡田:最後に、会員の人事の方々へのメッセージをお願いできますでしょうか?

刈屋:実は、2024年に労基法の改正が予定されており、トラックドライバーさんの残業時間が年間960時間までに制限されるなど、完全にキャップがはめられます。これは、物流のサービスを使う側にも影響してきます。例えば、今まで荷物の積み込み作業をドライバーさんにサービスでしてもらっていたのが、運送会社も労働時間を管理しなければいけないので「荷主さんきちんと行ってください」となる可能性がある。今度は荷主さん側がコストアップになるので、この辺のバランスをどう管理していくかが大きなテーマになってくるはずです。
トラックドライバーさんは、日本の経済を支えている人たちです。今までは「一生懸命働いてくれて、なんか過重労働で大変だな」と、ちょっと距離を置いた見方をされていたかもしれませんが、実は皆さんにも影響を及ぼす危機が迫っていることを意識して、どうすればよいかを運送会社側に任せきりにするのではなく一緒に仕組みづくりを進めていくと、サプライチェーンが止まることもおきず、経済が円滑に回っていくんじゃないかなと思っています。

岡田:たかだか残業、されど残業。大した話じゃないと思いきや結構サプライチェーンそのものに影響してしまう。34年後の法改正のために、今から物流計画を立て直しておかないと大変なことになってしまうのですね。ありがとうございます。以上で収録を終わりたいと思います。

物流業界の未来とは