企業の採用活動が大きな転換期を迎えていると言われて久しいです。人口動態変化による人材獲得競争の激化や、年功序列・長期雇用を柱としていた「日本型雇用」の行き詰まりなどを背景に、従来の採用手法を再検討する企業が増えています。例えば、ジョブ型雇用やDX、タレントマネジメントなどの検討に関連し、採用活動にも、オンライン化が緩やかに導入されていました。こうした採用環境の中、2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行により、本来10年以上かけて進むような急激な変化が加速しました。
感染防止の視点から対面での接触が制限される社会情勢において、各企業はインターネットなどを介した「会わない」採用、いわゆる「オンライン採用」を本格的に開始しました。一方で、実績や経験に乏しいために、まだまだ手探りで行われている状況です。今回のぶらり企業探訪では、株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役伊達洋駆さんに、オンライン採用の要諦について、非言語的手がかり、構造化面接、入社後のパフォーマンス等の観点からお話頂きました。(編集長:岡田英之)

株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達 洋駆 氏

ゲスト:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達 洋駆 氏
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)や『人材マネジメント用語図鑑』(共著:ソシム)など。

オンライン採用

オンライン採用を探索し、進化させるには~「非言語的手がかり」という表現から多角的に考える~

岡田英之(編集部会):本日は、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆さんにお越しいただきました。今回はオンライン採用について時間の許す限りお伺いします。では伊達さん、自己紹介をお願いいたします。

◆『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』の出版背景

伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役):私は元々、神戸大学大学院経営学研究科で組織行動論の研究をしていました。組織行動論とは、組織の中の人の心理や行動を扱う学術分野で、例えばリーダーシップ、モチベーション、キャリア、組織社会化といった研究テーマがあります。
大学院時代は、「eリーダーシップ」というバーチャルコミュニケーションにおけるリーダーシップの発露が研究テーマの一つでした。実はこのあたりが今回の『オンライン採用』にも重なってきます。当時はZoomのような技術は十分に発展しておらず、動画でカンファレンスをすると遅れが目立つ状態だったんですが、研究的には注目が集まりつつある領域でした。大学院在籍中に最初の法人ビジネスリサーチラボを立ち上げました。

岡田:どのような事業の会社ですか?

伊達:研究の知見を活用したサービスを提供する会社です。「アカデミックリサーチ」というコンセプトで、研究の知見を活用した組織サーベイ(従業員意識調査)や人事データ分析(社内に保管されているデータの分析)などのサービスを提供しています。
最近、特に関心のあるテーマは臨床経営学です。臨床心理学ってありますよね?その経営学バージョンを作れないか考えています。経営学の専門知識を活かして、改善を志向して組織や人の領域に介入する臨床経営学の可能性を模索しています。

岡田:ビジネスリサーチラボですね。よく経験と勘の人事と言われますが、実際は人事部の人たちも思い悩んだり壁にぶつかります。そんなときにアカデミックリサーチ、臨床経営学といった研究知見を活用した実践的アプローチで、人事の課題を解決していくのでしょうね。ぜひ会員の皆様もググっていただければと思います。

伊達:ありがとうございます。もちろん、経験や勘も意思決定を行う際に大事な要素です。ただ、意思決定の精度を上げるためには、経験知だけではなくてデータやアカデミックな知見、さまざまな利害関係者の声やニーズを幅広く用いたほうが判断の質が良い。このような姿勢は、エビデンスベーストマネジメントと呼ばれます。人事の世界ですぐに一般的なものになるのは難しいかもしれませんが、少なくともこちらの協会に着目している感度の高い人事パーソンの方々には、そういった視点を持っていただけるとありがたいなと思っています。

岡田:早速ですが、こちらの『オンライン採用』の出版の経緯からお話いただけますか?

伊達:元々、オンラインコミュニケーションの研究をしていたのもありますが、直接的なきっかけは新型コロナウイルス感染症の流行です。昨年4月に日本でも緊急事態宣言が発令されて、その頃から採用のオンライン化がそれこそ急激に進みましたよね?当時、ビジネスリサーチラボでも何かできないかと「Web 面接の科学」というセミナーを開きました。すると、取材や講演の依頼が増えて、7月にJMAMさんから書籍執筆の依頼をいただきました。当時は、人事担当者向けのオンライン採用の本がなかったんです。一方、ネット上では「オンライン面接では大げさにボディーランゲージをした方がいい」など、さまざまな経験則や意見が出始めていました。妥当な知見もあれば怪しげな意見も飛び交う状況のなか、編集の方からエビデンスに基づく知見を一冊の本にまとめて出せないかとお話しいただき、すぐに執筆をスタートしたかたちです。

◆オンライン採用で失われる「非言語的手がかり」

岡田:本の内容をちょっと先取りしますと、伊達さんはオンライン採用と対面採用の違いに「非言語的手がかり」という言葉を使っています。この言葉から2つの採用手法の違いを紐解いていただけますでしょうか?

伊達:まず、非言語的手がかりとは何かから説明しますと、言葉以外のコミュニケーションの手がかり、情報のことです。身振り手振り、表情、声の調子やアクセント、抑揚、服装、身長や容姿もそうですし、物理的な距離や周辺の環境も含まれます。オンライン採用では対面と比べて非言語的手がかりが減ります。そのため、オンライン面接については一般に、短所が指摘される傾向があります。「オンラインは対面と比べてうまくいかない」といった言説が、社会に広まっています。

岡田:そうですね。

伊達:それは、ある側面では妥当な意見です。研究でも非言語的手がかりの少ないオンライン面接では、会話が円滑に進まなかったり、内容があまり理解できなかったり、面接官への好意度が低くなる結果が出ています。つまり、企業への志望度を醸成する機能が弱まってしまうんですね。惹きつけが弱くなる。
オンライン面接だと、その人の雰囲気が伝わりにくいですよね。視線も合いません。また、面接中だけでなく、面接前後の時間もオンライン面接では失われてしまいます。

岡田:面接前後の時間も重要なんですね。

伊達:例えば、企業へ面接にいく場合、電車に乗って最寄り駅の様子を見て、「こういう街に、この会社はあるのか」と知ります。受付を見て、エレベーターに乗って面接をする会議室にいくときに執務スペースを通って、どんな雰囲気なのか、どんな服を着ている人がいるか、どんな喋り方をしている人がいるかを見たりしますよね。面接後もまた会社の中を通ります。そこで多くの非言語的手がかりを入手できたんですね。
ところがオンライン面接は、時間になったらZoomを立ち上げて面接が終わったら消す。特に感情を介して伝わる「パーソナリティ」や「カルチャー」などが伝わりにくくなってしまいます。実はここって、新卒採用では学生側が企業を選ぶ基準の中で上位に位置します。「社風がいいから決めた」とか「社員の人柄がいいから決めました」とか言いますよね。

岡田:オンライン面接では、この会社で合っているのかというフィット感を推論する手がかりが少なくなる。学生は迷うでしょうね。「この会社で本当にいいのか?待てよB社のほうがいいんじゃないか…」と。

伊達:おっしゃる通りです。なぜそんな曖昧なフィット感でお互いが選び合っていたかというと、ここに日本独特のメンバーシップ型雇用が関係してきます。海外の研究では、採用担当者が求職者の意思決定に与える影響はそこまで大きくないんですね。ポストに応募するジョブ型雇用の場合、採用担当者の振る舞いより仕事内容のほうがより重要だからです。
一方で、日本だと新卒採用の場合、面接時はどの仕事をするか明確に定まっていません。いろいろな部署を異動しながら経験を積んでいくのが、メンバーシップ型雇用です。メンバーシップというのは言い得て妙で、いろいろな仕事をしながら長きにわたってともに働く「仲間を探す採用」「仲間を探す就活」をしているんです。だから、仕事内容よりも、相手が自分に合っているかが重視されます。採用する側も採用される側も、そういったフィット感に注目していたのは、ある意味で合理的な判断だったと感じます。

非言語的手がかりとは

◆オンライン面接と入社後のパフォーマンスの相関関係

岡田:そうすると日本企業の多くが言っているフィット感とは、仕事とのフィット感でなく、仲間としてのフィット感だったのですね。

伊達:企業側は選考で2つの側面を見ていると思います。メンバーとしてのフィット感と訓練可能性、つまり入社後の教育で一人前になれるポテンシャルですね。この2つを見極めようとするのが日本の採用の特徴でした。

岡田:しかし、幸か不幸かオンライン採用になったため、見極める手がかりが少なくなったわけですね。では、採用担当者は今後どうすればよいでしょうか?

伊達:2つ方向性があると思います。1つは非言語的手がかりを取り戻しにいく方向性。実際、今も全面的にオンライン採用をしている会社はまれで、一部をオンラインにしている企業が大半です。選考の後半で人事部長、取締役などに登場してもらい、対面の面接で熱意、パーソナリティ、風土を感じてもらう手法をとる会社が今のところ多いですね。これはマイナスを0に近づける方法です。
2つ目は、非言語的手がかりが少ないことのメリットを活かす方向性です。実は、対面採用が良かったのかというと決してそうでもないのです。研究では、オンライン面接の評価と入社後のパフォーマンス・定着は相関しているんですね。オンライン面接で、入社後の定着やパフォーマンスがある程度予測できているということです。

岡田:オンライン面接のほうが入社後のパフォーマンスを予測できている?

伊達:結構驚きの結果ですよね。非言語的手がかりが減って、なんだか相手のことがわからない感覚があるのに、結果として見極められている。なぜこういったことが生じるかというと、非言語的手がかりが人を評価する際のバイアスの源泉だからなんです。

岡田:バイアス、認知の歪みですね。

伊達:例えば、面接では明るい人のほうが評価されやすいですよね。これは海外も日本も同じです。また第一印象のいい人は面接の評価が高まります。恐ろしいですよね?最初の印象、ほとんど何も喋っていないときの印象や明るさで、面接の評価がある程度決まってしまう。対面では、非言語的手がかりの影響で、本当は自社に合っている人を正しく見極められていないということなんです。

岡田:バイアスは、採用面接はもちろん、人事評価などいろいろなシーンで出てきます。

伊達:一つ興味深い研究があります。授業をする前に、先生のパーソナリティについての情報を学生に7つくらいの単語で教えます。「知的」「器用」「勤勉」などの情報を学生は教えてもらうんですが、1個だけ違う情報にします。「暖かい」という言葉が入っているグループと「冷たい」が入っているグループに分けられるんです。
違いはこれだけで、授業の内容も進め方も全く同じです。しかし、結果的に「暖かい」という言葉が入っているグループの学生のほうが教師を高く評価します。人は、こんな本当に単純なことでも、他者を評価するときにバイアスが入ってしまう。とりわけパーソナリティに関する情報は人を惑わせる傾向があります。それを如実に伝えるのが非言語的手がかり。そう考えると、対面の採用がいかに問題含みだったか分かります。

◆オンライン面接を構造化するには?

伊達:むしろ、非言語的手がかりの少ないオンライン面接のほうが、きちんと人の見極めができている。だから、ただちに非言語的手がかりを取り戻すよりも、オンラインと対面のそれぞれの長所を活かして使い分ける発想が必要になってきます。

岡田:入社後のパフォーマンスを考えると、オンラインを積極的に活用しようとなるでしょうね。

伊達:そうです。ただ、注意点もあります。対面の面接では、オープン形式で自然に会話する「非構造化面接」が中心でした。この特徴をそのままオンラインに引き継がせると問題が起きます。人と人のコミュニケーションは緻密かつ繊細に成り立っていて、オンラインでは歯車が狂います。
例えば、オンラインでは、アイコンタクトが十分に得られないため、「いま、自分の話す番だ」と察知して、話者を交代するのが難しい。初対面の人だと、なおさらうまくいきません。結果、候補者に「自分の伝えたいことが伝えられなかった」というある種の不全感が生まれます。不全感が生まれたときに、それを環境のせいにするのは、人の持つ根本的なバイアスの一つです。このようにして、候補者はその会社にポジティブな感情を持ちにくくなるわけです。

岡田:オンライン面接をうまく行うにはどうすればよいのでしょうか?

伊達:面接を構造化するのがおすすめです。事前に質問項目や評価基準をきちんと設計します。そうすると、候補者も余裕を持って話をすることができ、「自分の能力を発揮できた」という感覚を得られます。

岡田:面接の構造化について、ビジネスリサーチラボさんに問い合わせすればアドバイスいただけますか?

伊達:はい。ただ、ここで基本的な流れはお話しできます。最初に、人材要件を定める必要があります。どういう人を雇いたいかを明確に定めます。その上で、人材要件を見極める質問項目を要件ごとに検討します。最後に、評価基準を決定するという流れです。この中でも、大元にある人材要件の設計が最も大事です。
先ほどの通り、従来の対面による採用では、曖昧なフィットでもなんとかなる部分もありました。日本企業の場合、育成の体系が整っていることもあり、「採用してしまえば後でなんとかなる」という発想を持っている企業もあります。でもオンライン化すると、少し事情が違ってきます。採用の発想を「後でなんとかなる」から「事前にきちんと準備する」に転換することが大事だと思います。

岡田:ありがとうございます。最後に人事担当者へのメッセージと御社事業のPRをお願いします。

伊達:まず、「オンライン化=最新テクノロジーの導入」だけではないということです。オンライン化は、自分たちが暗黙のうちにおいていた前提を振り返るチャンスです。例えば、「自分たちの面接は本当に人を見極められていたのか」などを振り返ってみましょう。次に、「リソースの慣性」に対抗する必要があるということです。アメリカの新聞社のデジタル化を分析した研究があるのですが、事業そのものはデジタル化を早く取り入れたのに、社内のルーティン業務はあまり変わらなかったんですね。組織内の変化は遅くなる。ですので、オンライン採用を進めることで得た知識やノウハウを、ぜひ社内コミュニケーションや評価面談の仕方などに活かしていただけたらと思います。
最後にPRですが、当社はアカデミックな知識をもとに、広範な人事テーマについてオールラウンドに対応しているところが特徴です。組織サーベイや人事データ分析を行いたい場合は、ぜひお気軽にご相談いただけたらと思います。

岡田:ありがとうございます。以上で収録を終了します。

入社後のパフォーマンスも重要