言葉を使って政策を訴え支持を集める。政治家という職業にとって、「言葉」は最大の武器のはずだが、最近は有権者とのコミュニケーションギャップが目立つような気がします。周囲を鑑みない一方的な発言や質問に正面から答えようとしない態度、議論不足等々。政治をめぐるコミュニケーション不全は、何が原因なのでしょうか。某政治評論家曰く、「政治家とうまくコミュニケーションできなくなったのは、時代背景がある。現状抱えている課題が難しくなり、政治家が明確なメッセージを出せなくなってしまった。政治家の言うことがはっきりしないから、有権者もどう判断したらいいか分からなくなり、政治家の言うことをしっかり理解しようとしなくなったのではないか」とのこと。この内容は企業社会においても言えるのではないでしょうか。VUCAの時代、企業の抱える課題も難しくなり、経営者が従業員に明確なメッセージ(ビジョン)を示せなくなってしまいました。ビジョンが曖昧ではっきりしないため、従業員は意思決定(判断)に迷いや遅れが生じ、結果として組織が混乱することもあります。一方で、あまりにロジカルで明解な表現は、時に組織内に摩擦や軋轢を生むこともあります。では、これからの時代のリーダーに求められるコミュニケーションスタイルとはどのようなものなのでしょうか?特集3では、コミュニケーションという切り口から日本を左右する政治家の本質と課題について、気鋭の官僚出身論客が徹底分析します。(編集長:岡田 英之)

制度アナリスト 宇佐美 典也 氏

ゲスト:制度アナリスト 宇佐美 典也 氏
1981(昭和56)年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済産業省入省。2012年に退職。太陽光発電等に関わるコンサルティングの傍ら、メディア出演、著述活動に勤しむ。著書に『30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと』等。岡山県立大学客員准教授。

菅政権
東大話法とやってる感政治

政治家のコミュニケーション術から考える“伝わるコミュニケーション”とは?

岡田英之(編集部会):本日は、宇佐美典也さんにお越しいただきました。今回は宇佐美さんのご新書『菅政権 東大話法とやってる感政治』を中心にお話をうかがいます。それでは、自己紹介をお願いいたします。

◆最新著『菅政権 東大話法とやってる感政治』について

宇佐美典也(制度アナリスト):自己紹介がなかなか難しいのですが、一言でいうと日本ではあまり馴染みのない「制度アナリスト」という肩書きを名乗っています。世の中の制度がどのような原理で動いているかをエビデンスに基づき分析してアドバイスする仕事です。例えば、再生可能エネルギー、半導体、最近は不動産などの制度を分析して企業にアドバイスしたり、企業のかわりに官庁と交渉しています。2005年~2012年までは経済産業省で働いていました。その後退職して太陽光発電の会社を友人と立ち上げ、そちらをやめてどうしようかと思っていたときに、企業の方から「制度がわかって交渉できるのは貴重なスキル」と言われまして、自分ではスキルと意識しておらず目から鱗だったのですが、仕事を受けていたらどんどん広がり、現状この方向でいこうとなっております。

岡田:ありがとうございます。早速ですが、ご新著のタイトル面白いですね。『菅政権 東大話法とやってる感政治』。出版社は星海社さん。そもそもこの本は、どのような経緯で世に出そうとなったのでしょうか。

宇佐美:時々本を書かないかという依頼はくるのですが、その中の一つで最近の官庁や政治家の「ごはん論法」「東大話法」などと言われる、聞かれたことに答えないような答弁を分析する本を書きませんかと依頼がありました。正直、魅力を感じなかったので断るつもりだったのですが、とりあえず話は聞こうとリモートで会議したところ担当が24歳の若者だったんですね。出版社自体も30代以下をターゲットにしている会社で。

岡田:随分若いですね。確かに星海社さんは、新書も若向けというか20代中心ですよね。

宇佐美:その彼が「政治家の説明がないので、政府がなぜなにをやっているか僕はわからない…」みたいなことを言っていたので、若い人たちになぜ今の日本の政治家の答弁が取り付く島もないようになったのか、今の政治はこうなっていると解説する本を出してもいいかと思いました。また、既存の政治批判、政権批判に対して物足りなさを感じていたので、この際自分も批判する側に回ってみようかという思いで書いてみました。

岡田:多くの方が「おっ!」と思ったはずですが、この「東大話法」というのは、そもそも何なのでしょうか?

宇佐美:これは、もともと経済学者の安冨歩さんが、原発事故に対する政府の対応を揶揄して東大話法と言っていたんです。定義は明確でないのですが、聞かれたことに答えないようにうまく誘導する官僚的答弁手法を「東大話法」、「ごはん論法」とか言ったりします。今回、政治家の聞かれたことに答えないでうまく煙に巻く話法をどう表現するかと編集者と相談したときに、ここでは新しい言葉をつかわずこのワードでさらっとまとめようとなりました。

岡田:聞かれたことに答えない人は企業にも多いです。例えば、企業経営者。メディアなどに都合の悪いことを聞かれるとなかなか答えないというか論点を外す。普通に考えると聞かれたことに答えるべきですが、ある種の高度なコミュニケーション術、必要悪な気もしたのです。その辺りはどうなんでしょうか?

宇佐美:全否定する気はなくて、良い面も悪い面もあると思うんですよ。例えば、菅政権の場合、基本的に菅さんはリアクション型なので、野党や敵対勢力、アメリカ政府や公明党など自分たちの周りが動いたことに対して最適解を出す政治的選択をしがちです。そうなると質問に対して自分はこうしたいとなるべく言わないことが必要になり、そこに東大話法が機能しました。それは菅政権自体が選挙を経ずに誕生した、という政治的に弱い立場にあるからこそなですけどね。
自分の立場が弱いから持論を押し通すより、話の流れをシステマティックにして、「仮にこういうことが起きたらどうしますか」と聞かれたら「仮定の質問には答えられません」と、コンピューターのように返す答弁手法を作り上げたのが特徴的だと思います。

◆政治家のリーダーシップのスタイルが強権型に変化

宇佐美:東大話法にプラスかマイナスかは言う必要はなくて、結果として出来上がってきた政治がプラスだったかマイナスだったか、ポジティブにと捉えるか、ネガティブに捉えるかが重要だと思っています。

岡田:リアクション芸人なんて言葉がありますよね。すごくリアクションが上手い芸人さん。菅さんはリアクションが上手いほうなのでしょうか?

宇佐美:菅政権は自民党や党内の自分のグループを中心に周囲の政治勢力の動向を見ながらバランスをとる観点と世論との2つの観点で動いていました。
政権基盤が弱いので世論の支持を失うわけにいかない。だから、定期的に世論調査を見て緊急事態宣言を延長したほうがよさそう、解除したらよさそうと思ったらそう判断をする。これは瞬間的な政治的判断としては正しいかもしれません。一方で施策に本来求められる科学的根拠が犠牲にされていると理解しています。

岡田:そういった意味では機を見て敏なりというか、組織で生き残る嗅覚に長けているのですね。

宇佐美:非常にマキャベリ的といいますか、そこはすごく敏感ですし、短期的に決断したことを実行する能力は恐ろしいほど長けています。

岡田:次に、この本の大きなテーマ「政治家の言葉の変化」についてお聞きします。政治家の言葉の使い方が変わってきてその背景には政治構造の変化があると。選挙制度、内閣人事局、官邸主導などが出てきます。特にリーダーシップという観点から書かれていますね。タイプ別リーダーの分類もされています。

宇佐美:21世紀になって日本の政治リーダーがビジョン型から強権型に移ってきたと感じます。小泉政権くらいのときは官邸の仕組みとして各省庁の人事まではコントロールできなかったので、ビジョンを示して世論の支持を得て、それをバックに各省庁に政策を実行してもらうタイプのリーダーシップでした。今は、直接的に各省庁の人事に関与できて、それに対する責任をとらなくていい体制なので、必ずしも世論の支持がなくても「俺の言うことやれ」と官邸が言ったら官僚はそれに従わざるをえなくなりました。
むしろ今は、ビジョンを提示すると粗を野党や自民党内の対抗勢力に突つかれるので、なるべく語らずに粛々と政治的に必要とされることを進めて、その理由は詳しく説明はしないスタイルに行き着いたのだと思います。

岡田:上席の言うことが絶対ということですかね。ある種の強権発動で「俺の言うことが聞けないのか、聞けないんだったらお前はどこかへ飛ばすぞ!」と。これは企業の人事としては一番やってはいけない手法です。人事権という正当化されたパワーをふりかざしちゃっている。

宇佐美:そういうかたちで強権をふりかざされるから、辞めていく官僚が増えていくわけです。やっているほうに納得感がないので。ある日突然これをやれといわれる。典型的な話だと最近の「46%温室効果ガスの削減」「携帯の料金値下げ」とかが、ある日青天の霹靂でぽんとふってきて「やれ」と言われます。
官僚はこれが本当に正しいのかと疑問に思いながらやるのでストレスが溜まります。こういったことがありとあらゆる行政の局面で起きている。自分の思いと、反対する人の意見と、官邸からの圧力に挟まれて精神的に病む人が増えてきています。
もちろん、短期的には強権発動で良いこともあると思いますが、徐々に霞が関や永田町全体の地盤を浸食しているというかダメにしている感覚はありますね。

政治家の言葉の変化とは?

◆官邸主導によるマイクロマネジメントの弊害

岡田:リーダーがビジョン提示してメンバーが共感して一緒にやるという絵面はなくなっちゃったのですか?

宇佐美:なくなっていますね。リーダーである以上、強権をふるわなければいけないことはありますが、強権とビジョン提示を通じた共感のバランスが大事です。以前は、各大臣が省庁の人事権は握っていたのですが、そこが崩されたので、官邸という天の上から指示と人事が降ってくるような形になり、政治家と官僚の共感と強権のバランスも崩れた。「ブラック霞が関」の背景にそういう問題があると思っています。野党も聞いたことに政権から答えてもらえないから、いつまでも糾弾を続ける。それに対応する官僚も疲弊します。

岡田:官邸主導は良い面も悪い面もあると思いますが、官邸主導でいくと、これから国家は組織人事マネジメント的にどうなんでしょうか?宇佐美さんからご覧になって、官邸主導って良いものなのですか?

宇佐美:官邸主導自体に良いも悪いもないのですが、今の官邸主導の運用のされ方に良い悪いはあります。今の官邸がやっていることは、いわばマイクロマネジメントです。上の人が下の細かい事情まで見えていないし、権力構造的に下は上に逆らえないので、どこか現実から乖離した政策が進められるので、ごまかしきれない問題が徐々に徐々に表面化してきていると感じます。政治との距離が近い医療業界、電力業界などはそれが顕著になってきています。
個人的には官邸主導で進める政策の対象は大きな政治的決断が必要な領域にとどめ、またその官邸の決断の成否を事後的にチェックする仕組みが必要です。今は誰もチェックしない官邸主導でマイクロマネジメント進んでいるので、このまま続くと歪みが大きくなり、今決断していることが後々「できませんでした」というケースが増えるはずです。

岡田:自由な発言、活発な議論、それこそ城山三郎さんの小説に出てくるような発言は、今は無いのですか

宇佐美:省庁は官邸に監視されているイメージを持っていますので、自由闊達さは失われてきています。息苦しいと思いますね。典型的なのは新型コロナの議論で「波が低いうちに抑えるべきだ」という意見と「ある程度コロナを受け入れてウィズコロナでいこう」という議論がありました。政治的に首相が両立を目指しましたが行きづまってしまった。でも、これは去年、厚生労働省がシミュレーションして官邸に事前に指摘していたことなんです。でも官邸は政治的事情で頑として受け入れなかった。それを今年になって方向性を転換しようとして自粛が長期化したところがあります。

岡田:そうだったんですね。

宇佐美:官僚側はすごく物事を覚めて見ています。この政権の中枢の人達とどうやって付き合っていったものかと。まともに意見すると左遷される。政治家の意見がまちがっていたときでも反省したり間違いを認める枠組みがないし、修正も気まぐれで行われる。だったら物を言わずにロボットのように働いたほうがいい。そんな仕事をするくらいだったら辞めたほうがいいんじゃないか、となって退職が増えているのだと思います。

岡田:今の官邸主導、選挙制度、行政システムのここを変えたほうがいいという点はございますか?

宇佐美:国会です。今は野党が建設的な意味でほとんど政治の議論に参画できなくて、意思決定システムから排除されています。何もかも決まった状態で国会の議論が始まるので野党は政府の批判くらいしかできない。その構造を見直す必要があります。今まで二大政党制を前提に官邸主導と小選挙区制を進めてきたわけですが、これはもう失敗したわけですから、連立制みたいな仕組みを前提に選挙制度を見直して、その枠組でどう国会を回すか検討したほうがいいと思います。
完全に構図が固まると権力は腐っていくので流動的な部分を残す必要がありますが、「ゆ党」といわれる与党と野党の間にある政党がどれだけ政策に参画できるかにかかってくると思います。そういう意味では日本は憲法改正が2/3で多数決が1/2。1/2と2/3の間の泳げる枠があるところが制度的に希望だと思いますね。

「ブラック霞が関」の背景にあるものは?

◆リボルビングドア方式、アルムナイによる人材活用

岡田:あとがきの、「ガイル」とどう戦うか?これすごく面白いです。私はゲームにあまり詳しくないのですが「ストリートファイター」をやっている人はわかりやすいと思うので解説してもらってよいですか。

宇佐美:もともと、あとがき部分が本のコンセプトだったんです。菅政権の特徴は、やりたいことを自分から言わない。ただこちらから攻め込んでいこうとすると唐突に政策が打ち出されて気鋭をくじかれる。これって何だろうと考えるとストリートファイターの「ガイル」というキャラクターに似ていると編集者と意見が一致しまして。
ガイルは相手がどう動いてくるか、攻撃してくるかを前提に物事を考えるキャラクターでずっと動かずにしゃがんで待っています。相手が近づいてきたら牽制技で追い払う。相手が近づけないから転生技で飛び越えて上から攻撃しようとすると「サマーソルトキック」という対空技で撃退されて近寄れない。牽制で近寄れないし牽制を飛び越えようとすると痛いお仕置きにあうんですね。

岡田:難敵ですね。かなり手ごわい。ある種の受身の達人なんですか?

宇佐美:その瞬間の相手の行動を牽制したり、相手の行動にカウンターを加えたりすることに対しては達人です。では、そのような敵をどう倒すかというと迂闊に攻撃しないことです。勢いにのってなにかしようと思わずに、少しずつ周りを攻めていってあとに下がれないぐらいに画面ぎわまで追い詰めて動ける余力をなくしたところで強烈な技を決める。政治であれば本当に追い込めてからそこで正論をぶつける対峙の仕方じゃないかというのが本書の提案だったんですね。
例えば、コロナの話は1年かかったわけです。感染は低いうちに抑えたほうが良いという当たり前のことに気づくまで。その場をしのぐために歯が浮いたようなことを言ったり理論的根拠が薄弱な政策を実行したりしても、1~2年のうちで問題が出てきます。そんなに長くは逃げきれないわけですね、現実からは。

岡田:働く環境としての霞が関は今後どうなってしまうのでしょう?

宇佐美:ブラック労働みたいなことはずっと昔からあるわけです。ただ、これまでは待遇が悪くてもやりがいがあったので耐えられた。今はそれがなくなってきたので、もう手遅れで短期的に歯止めがきかないと思うんですよね。この状態でどう官庁の組織を維持するかですが、官庁で働くことは民間企業の人にとってもいい経験になるということで、今企業からの出向が行われています。アメリカなんか良いか悪いかは別として、ある程度官庁で働いたら民間に移って高額もらうことをやるわけですね。
リボルビングドア方式にして、辞めた人が戻ってきやすくする。官庁で働いて民間にいってとぐるぐる回す方向でバランスをとるしかないと思います。結果として人材の幅が広がり、外とのネットワークも増えます。経産省はそうなりつつありますし、金融庁なんかもそれに近いです。

岡田:ありがとうございます。最後に人事の方々へのメッセージと今後の出版予定などをお願いします。

宇佐美:いわゆるアルムナイですね。辞めた人とネットワークを作って、辞めた人が戻ってきやすかったりすると組織のリーチできる範囲が広がると思います。そういう人材の活かし方がこれからますます重要になっていくと思うので、辞めた人にも優しくしてねということですかね。出版は、今回たまたま担当が若かったから書いただけなので今後の予定はないです。あとは「アベマプライム」というインターネットTVに出ていますのでよかったら見てください。月曜~金曜の9~11時です。

岡田:ニュースバラエテイで面白真面目に世の中のことを語る番組ですね。あと、たしかYouTubeも出ておられたと思います。それでは、収録は以上で終わりです。ありがとうございました。