キャリアコンサルタント(以下、キャリコン)の活動は、ハローワークや人材企業での就職支援、大学や専門学校などでのキャリア教育、地域領域、企業でのキャリア支援や就活支援、地域での活動など多岐にわたります。中でも企業での活動(企業内キャリコン)では、他の分野に比べ、キャリコンの実稼働数はまだまだ少なく、普及は遅れているようです。

 企業では、これまでの組織主導によるキャリア形成から、社員が自らの責任で主体的にキャリアを形成するキャリア自律に変化しています。また、VUCA時代、事業環境の変化、事業の見直しと再編、事業の選択と集中などのスピードが速まり、これまでの仕事とは全く異なる仕事への異動や配置転換などの場面も多くなっています。キャリア自律の支援や、キャリア転機(トランジション)の支援において、企業内キャリコンは重要な役割を担うことが期待されています。厚生労働省では、今後、企業内キャリコンを増やしていくことが検討されており、企業内キャリアコンサルティングの整備・普及にも期待したいところです。企業も、社員へのキャリア形成支援が、エンプロイヤビリティや組織コミットメントを高め、モチベーションの向上、生産性の向上、競争力の向上に繋がるという認識を持ち、積極的に企業内キャリコンを活用する方向にシフトするかも知れません。

 今回の特集3では、企業内キャリコンの現実と未来像について、理論と実践の両面から立命館大学の古田先生にお話を伺いました。

(『インサイト』編集長:岡田英之)

ゲスト:立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科 准教授 古田 克利 氏

1997年和歌山大学卒業後、富士通株式会社に入社。その後、株式会社松下情報システムテクノロジー(現 パナソニックシステムデザイン株式会社)にて、システムエンジニア、経営企画課長、人事課長。2011年より関西外国語大学特任講師、2016年同専任講師、2018年 同准教授。2020年より立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科准教授、同副研究科長(2022年3月迄)。
大阪府立大学大学院経済学研究科経営学専攻博士前期課程修了(2007年3月・修士(経営学))、同志社大学大学院総合政策研究科技術・革新的経営専攻一貫制博士課程修了(2015年9月・博士(技術・革新的経営))。日本キャリア・カウンセリング学会副会長、経営行動科学学会理事、日本キャリア教育学会理事、日本インターンシップ学会副会長、同志社大学STEM人材研究センター研究員等を兼任。
公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士。
立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科
准教授 古田 克利 氏
キャリア・カウンセリングエッセンシャルズ

企業内キャリアコンサルタントの未来予想図
~役割(HRBP的)、知識(キャリア論)、これから(副業キャリコン)~

岡田英之(編集部会):本日は、立命館大学大学院の古田克利先生にお越しいただきました。今回はキャリコン(キャリアコンサルタント)をテーマに、お話をおうかがいする流れになっております。では早速ですが古田先生の自己紹介、ご専門領域でご活動されているのかなどからお話いただけますでしょうか。

◆社員にキャリアコンサルティングを提供する努力義務とは

古田 克利(立命館大学大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 准教授):改めまして古田と申します。立命館大学大学院のテクノロジー・マネジメント研究科というところに所属しております。専門領域は組織行動論、産業組織心理学で、経営学と心理学という大元の学問領域は異なるものの、両方に共通する「組織の中での人の行動」に興味、関心を持っています。
 大学院では、ITマネジメント、キャリアデザインなどの授業を担当し、あわせて修士論文や博士論文の執筆指導をしております。学外ではキャリアコンサルタント養成などの活動を行っています。それからボランティアというか社会的活動として学会活動です。今は経営行動科学学会、日本キャリア・カウンセリング学会、日本インターンシップ学会の運営などにも携わっています。
 現在関心を持っているテーマは、研究領域では、1on1ミーティングの効果、キャリアコンサルティングの効果、それらを包含した呼び方をすればイノベーション人材のマネジメントで、特にIT人材、デジタル人材、スタートアップ人材、アントレプレナー人材などのマネジメント、キャリア形成に興味をもっています。

岡田:ありがとうございます。イノベーション人材のマネジメントは個人的にも興味があるのですが、今日は2番目のキャリアコンサルタント、ここに話題をフォーカスさせていただきます。
 2016年に「職業能力開発促進法」が改正されて、企業にはキャリアコンサルティングの機会を社員に提供する努力義務が発生しました。「キャリアコンサルティング室」など、呼び名は様々ですが、社員が気軽に相談できる受け皿を用意しなくてはいけなくなりました。

古田:そうですね。この法改正で働く人を取り巻く環境が大きく変わったと思います。

岡田:すでに一部の大手企業では企業内キャリコンが仕組みとして機能しているのですが、中小企業はこれからです。そこでお聞きしたいのは、企業が求めるキャリコンはどのような人が適任なのか、企業内キャリコンの理想像です。スキルなのか?経験面なのか?企業経験が長い方が良いのかなど、大枠で結構です。

古田:まず大前提として、私は「キャリアコンサルティング」、「キャリアコンサルタント」、職業能力開発促進法が言っている「労働者のキャリア開発に対する支援」とは、それぞれ異なったものを指し、お互いに包含関係にあると思っています。職業能力開発促進法の努力義務の中の一部分にキャリアコンサルティングがある、と私は位置づけています。

岡田:それぞれ意味が異なるのですね。

古田:それを踏まえてお話すると、岡田さんがおっしゃったようにほとんどの大企業では職業能力開発促進法で求められているキャリア開発支援は、ほぼ実施されていると思います。中高年に対する再就職中心のキャリア支援、30~40歳になる節目での集合研修、より熱心な場合キャリアコンサルティングを付け加える。これが、今までの大企業のキャリア支援だったと理解しています。これ、ものすごく手厚いと思うのです。大企業では当たり前でも、ここまでできている企業はまだ多くない気がします。ですので、まずはこういうところから制度、仕組みを見ていく必要があるだろうと思います。

◆企業内キャリコンの理想的な要件(能力、スキル、経験)

古田:キャリアコンサルタントの要件については、国家資格のキャリアコンサルタントの資格要件に明示されていて、一つは「職務分析、業務のフローや関係性、業務改善の手法、職務再設計、仕事上の期待や要請、責任についての理解に基づき、相談者が自身の現在および近い将来の職務や役割の理解を深めるための支援をすること」とあるんですね。これ、非常に上司に近い役割だと思います。

岡田上司に近い役割、マネジメントですね。

古田:もう一つは、「個人の主体的なキャリア形成は、個人と環境の相互作用によって培われるものであることを認識し、相談者個人に対する支援だけでは解決できない環境(例えば、職場の環境)の問題点の発見や指摘、改善提案等の環境への介入、環境への働きかけを、関係者と協力(人事部門との協業、経営層への提言や上司への支援を含む)して行うこと」で、対組織に対する介入です。HRBP(HRビジネスパートナー)に近い役割かなと感じています。

岡田:私も2008年にキャリコンの資格を取ったのですが、今のお話を聞くと資格を取得しただけでは足りず、事業戦略などの知見もないと企業内でユースフルな役割を担えないと感じます。
 一方で、こういう人って大企業に結構いそうな気がするのです。キャリコンの資格は無いけど、マネジメントや戦略経験が豊富な人。そういったみなさんにキャリコンの資格を取ってもらえば、組織内でキャリアコンサルティング的なロール、役割を提供できるのではないかなと思いました。

古田:まったく同感です。ただもともと上司がそういう役割を担っていた時代があって、今も担っている上司がいると思うんです。上司の役割がここ20年くらいで大きく変わって余裕がなくなったので、上司プラスαで部下を支えていこうとキャリアコンサルタントという資格ができた経緯がある。では、上司や戦略部門の方々にまたその役割を戻すのか?という議論になるのではないかなと感じています。そこが非常に面白いというか難しいところだなと思いながらお話を聞いていました。

岡田Z世代を中心に、新卒で入社した会社で中長期のキャリアビジョンを完結する考えがそもそもなく、転職でキャリアデザインしていくスタイルも比較的一般化してきました。でも、Z世代もいずれキャリアトランジションのタイミングは絶対やってくるのです。上の世代は企業が割と支援しましたが、Z世代以降はそれを自分でやらなければいけない。まさに自律的なキャリアですが、これ結構厳しい世界なのかなと思いました。

古田:そうなんです。最近企業の30歳前後の方の話を聞いていると、プロパーからマネージャー層になる人材が極端に少なくなっているから、このままここにいてはダメだという思いが芽生えて外へ外へという意識が高まっていると、結構な方が話されているんです。
 一方で本当にそう思ってかつそれを実現できる人材は2~3割の優秀層という気もします。そうなると、そういう方へのコーチング的な支援も必要ですが、そこに乗れない従業員に対して気持ちよく職業人生を送ってもらう支援も必要になってくると思うのです。

岡田:先日、法政大学の木村琢磨先生が「サステイナブルキャリア」という概念を教えてくれたんです。欧米で流行っているようです。個人が主体的にオーナーシップをもって自律的にキャリアを開拓していくバウンダリーレスキャリア、プロティアンキャリアなどのニューキャリア論は、先生がおっしゃったように一部の優秀層の話ですよねと。みなが自律的に動いて良い条件のジョブをハンティングしていけるわけではなく、むしろそれによる弊害が出ているのではということで、最近は欧米も含めて、個人と組織の関係をある程度中長期的に捉える古典的キャリア論を研究者たちが見直しにはいっているそうです。

古田:ああ、そうなんですね。

岡田:私なんか、まあそうだろうなと思うのです。我々企業がキャリアコンサルティングしなければいけないのは、一部の優秀層だけではないです。ミドルパフォーマーの人も、ローパフォーマーの人もいます。Z世代と言っても一括りにできない。中長期的に一つの組織で頑張っていく関係性も必要です。その辺り、今すごく過渡期で混乱している状況だという話を木村先生がされていました。

古田:うんうんうん、すごく興味深いお話です。

理想的な企業内キャリコンとは

◆キャリア論の入門として学ぶべき、ロジャーズの理論

岡田:キャリアコンサルティング、キャリアカウンセリングを体系的に学ぶための学習ガイドというか、代表的なキャリア論の理論などをご紹介いただきたいです。キーワードをもとに読者がググって書籍をみつけたりできればと思います。

古田:特に上司の方には、カウンセリングスキルとして、ロジャーズの「PCT(パーソンセンタードセオリー)」、「パーソンセンタードアプローチ」を学んでほしいです。具体的に言うと「受容・共感・自己一致」の3つの条件で、この辺りが、技法横断的に必要となってくる理論であり態度ではないかと思います。

岡田:ロジャーズ、良いですね。

古田:もう一つは第3世代の認知行動療法。中でも「アクセプタンスコミットセラピー(ACT)」という理論・手法をぜひ紹介したいです。具体的なキーワードは「マインドフルネス」、「価値」、「心理的柔軟性」で、マインドフルネスな状態になることによって、苦難、葛藤、心身の痛みがあってもそれを抱えながら、自分の価値実現に向かって前に進んでいけるというロジックです。それぞれを高めるためのワークが提供されている方法論なのです。

岡田:ありがとうございます。ビジネスパーソンが研修で学ぶのは傾聴スキルくらいで、ロジャーズという言葉も多分知らない方が多いです。

古田:傾聴はうなずき、あいづちとか型からはいるわけですよね。でも、なぜそれが機能するのかという哲学、理論を知って実践するのと、知らないで実践するのでは効果が全然違ってくる気がします。

岡田:ロジャーズの自己不一致な状態って客観的にわかるものでしょうか?主観的なものでしょうか?

古田:私は、あくまでロジャーズの一つの見立ての理論でしかないと考えています。不機嫌な人がいる、やる気のないように見える人がいるときに、もしかしたらこの人は自己不一致な状態ではないかと捉える見立てですね。私自身も、もちろん自己不一致な状態になるときがあります。自分が今体験していることがなんとなく不快に感じると気づいた瞬間、それは自己一致につながっていると思うんですよ。つまり、自己一致になるためには、まず自己不一致の状態を自分で知る必要があると思います。

岡田:何となく会社にいきたくない、上司と馬が合わないな、会社に行こうとすると気分が悪くなるとかあるじゃないですか。2~3年無理をして出社して、ストレスがかかる状態で仕事している。いつか自分も鬱になるとなんとなく分かっている。これは自己一致でしょうか?

古田:そこまで内的な言語で説明できるなら、自己一致に一歩近づいている状態だと思います。ただ、その背後にある自分の信念なども、もう少し対話を通じて内省していく必要はあると思います。

岡田:上司と部下の関係であれば、上司に対話をするスキルがあれば、自己不一致な部下をある程度把握して、サポートの手段があるということですね。カウンセリング的な対話、コミュニケーションの中から気づこうとすれば気づける。
 ある日突然退職を申し出る若手社員の話をよく聞きますが、それは上司の側が自己不一致を起こしている部下に気づけていないかもしれない。お前言ってくれないとわからないよ、何が不満なんだという話ではなく、若手は相当辛かったかもしれない。ロジャーズのカウンセリングスキル、上司はちょっと勉強した方が良いですね。

古田:うまく説明していただいてありがとうございます。そうですね、理論を少しだけでも知ると、面白く感じていただける上司の方は多いと思うのです。

様々なキャリア理論

◆アクセプタンスコミットセラピー、複業キャリコンの活用

岡田アクセプタンスコミットセラピー(ACT)は、流行りのウェルビーイングも関係しているのでしょうか。

古田:認知行動療法が目指すべき姿としてのウェルビーイングは、射程内に入っていると思います。ACTを私が好きなのは、心理的に機能不全に陥っている人を通常の状態に戻していこうというのが心理療法の基本的な考え方ですが、ACTはその先を見据えているからです。そういう意味でウェルビーイングの部分も支援可能な方法論だと思います。

岡田:マイナスを0に戻すだけでなく未来志向でもある。メンタル疾患の方の復職支援でマイナスをゼロに戻して復職まではいくけれど、完全に戻ってさらに新しい仕事にチャレンジするところまでは難しいよねって話があるではですか?そうしたケースにACTは有効でしょうか。

古田:方法論としては有効だと思います。しかし、臨床場面でコミットメントまで介入できるかは難しいと思って、その役割はむしろキャリコンにある気がするのです。実務の中身までメンタルヘルスの面談の中で話題としてはあげにくい気がします。

岡田:産業カウンセラーなどマイナスを0に戻す役割の人と、0からプラスの方向へ戻すキャリコンがタッグを組んで相談に乗れると、メンタル疾患の方の復職支援も、言葉は悪いですが人材の再戦力化につながるのでしょうか?

古田:そうですね、おっしゃる通りです。

岡田中小企業、ベンチャー企業、スタートアップ企業はキャリコンってなかなか使えないと思うのですが、アウトソース的なやり方は何かあるのでしょうか。

古田:あくまでスタートアップ企業前提の話ですが、今大企業が副業を積極的に推し進める流れがあるので、A社のキャリアコンサルティングの機能にB社の人事の方が入られているみたいなケースも多くなっています。そういった複業人材の活用ができれば、日本の企業が活性化していくのではと考えています。

岡田:プロボノ活動的なスタイル、あるいはキャリアコンサルタントの人材バンクみたいなものがあって、必要な期間、タスクに応じて副業人材、プロポノ人材、大企業のアルムナイネットワークのキャリコンを活用できるスキームが整ってくると機能するでしょうか。

古田:そうですね。プロボノというくくりで活動を活性化させていくのもありでしょうし、副業キャリコンに限定した人材バンクも面白いかもしれないです。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:最後に読者の人事担当者に、キャリコンをテーマにメッセージをお願いします。

古田人事の専門性を高める2次元モデルを最後にお伝えしたいと思います。あくまで私の考えなのですが、「広さの次元」と「深さの次元」です。広さの次元は幅広い実践的成功事例を多く知り、それをカスタマイズしながら取り入れていく、面を広げていく次元です。
 ただ広げていくだけでは専門性は深くはならないので、深める必要があります。ここでの深さとは、実践の抽象度を上げていくことにほかなりません。抽象化の精度を高くして、その背後にある普遍的な論理に考えを巡らせる思考プロセスを持てれば、広さと深さの相乗効果で、本当に自社に必要な仮説を立てられるようになると考えます。深める方法論としては大学院で学んでいただくのも一つですし、学会などに参加してほかの実務の方と議論をして深める方法もあるかと思います。
 最後に、人事の方の強みを活かすという観点でお話すると、私は人事の方が実務の中で培ってきたスキルはキャリコンスキルそのものだと思うんです。筆記試験のところは少し知識を暗記しなければならないですけれど、技能の方は養成講座を受けなくてもすでにクリアできるレベルの方がほとんどです。その強みを活かすために、キャリアカウンセリングのスキルを身につけたり、キャリアコンサルタントの資格をとっていただいたりすることもできるのではないかと思います。

岡田:コンパクトかつ内容の深い話しをしていただきました。ありがとうございます。以上で収録を終わります。

人事の専門性を高める2次元モデル