今では、当たり前のように会社組織に存在する人事組織。
しかし、その人事組織が生まれるには歴史の必然がありました。「約100年前に初めて独立した人事組織が生まれ、直面する様々な課題を解決する中で、現在のような人事組織に至った」と明治大学山下先生は、インサイト連載「人事の歴史」で語っています。
人事組織の歩んできた道を振り返って、改めて今後の人事の行く道を考えるのはいかがでしょうか?
今回は、様々な方面から専門家をお招きして、人事の役割について考察します。
ゲスト:山下 充 明治大学 経営学部准教授
ゲスト:佐藤 喜広 大手監査法人 企画マーケット本部推進部 エグゼクティブディレクター
ゲスト:長谷川宏二 株式会社湖池屋 人事総務部部長
ゲスト:黒田 洋子 Denis Japan 株式会社 人事総務課課長
聞き手:中田 尚子(インサイト編集部員)
中田尚子(編集部会) 今回は、人事、アカデミック、ビジネスの各方面の皆さまにお集まりいただきました。「失われた20年」といわれて久しいですが、その間、企業を取り巻く環境の変化から、企業組織も人事のあり方も変化し続けています。これまでの人事組織の歴史を振り返っていただいた皆さんに、あらためて、これからの人事の役割について、お話しいただきたいと思います。まずは、皆さんのこれまで専門分野でのお仕事のことをお聞かせください。長谷川さんは、日系企業で人事業務に携わっていらしゃいますが、
◆日系企業で培ってきたキャリア
長谷川宏二(株式会社湖池屋 人事総務部部長) 株式会社湖池屋で人事総務部長を担当しています。1992年に大卒で旅行会社に入社し、最初に総務部人事課に配属となりました。その後、別の会社にも勤めましたが、現職に至るまで人事の仕事に携わり続けて、今年で25年になります。
いずれの会社も日系企業、従業員規模1000名未満、人事部も10名未満で、給与計算、社会保険関係、新卒採用等、人事の実務から制度設計まで一通り行ってきました。
佐藤喜広(大手監査法人企画マーケット本部推進部 エグゼクティブディレクター) バブル期の1989年に新卒で日系大手商社に入社しました。最初の11年
は経理、残り16年は営業で、合弁会社の立ち上げ、同業他社との事業統合、子会社再編LPGや石油の事業再編、事業統合などに携わってきました。
現在所属している監査法人では、監査、を中心に、アドバイザリー、タックス、トランザクション・M&Aという4つのサービスラインを持っています。そこで、銀行でいうリレーションシップマネジャーのようなかたちで、主に総合商社を顧客として窓口となって、各案件をそれぞれのサービスラインにつなげるような仕事を行っています。
◆日本、アメリカ、ヨーロッパという文化の中で
黒田洋子(Denis Japan 株式会社 人事総務課課長) デニスグループというフランス系の企業で、いくつかの関連会社を含めたグループ内を統括する人事を担当しています。
アメリカの大学で経営学を専攻していたのですが、そのときは人事は退屈な事務管理というイメージを持っていました。帰国後に勤めた日系企業では、人事のマネジャーがよく部署に来て世間話をしていたので、人事の人って暇なのかなと思ったこともあります。
その後、結婚・出産を経てアメリカのソフトウエア会社で働くことになりました。そこで初めて、人事の仕事も一通り経験しました。アメリカの企業なので最先端の人事制度を整えており、フォーチュン誌の働きやすい企業にもランクインしてましたので、人事は面白いのだなと感じましたね。
それから、ヨーロッパ系の企業に移ったのですが、日本とアメリカの中間くらいの少し緩い感じで、コミュニケーションを取りながら人事も経営に参画できる環境でした。やはり、MBAを取得したいと考え始めたのも、この頃でした。そして今の会社に移って10年ほどたったところです。
◆アカデミックな世界から
山下充(明治大学経営学部准教授) 私は大学を出たあと、バブルの絶頂期の頃にごく短い期間化粧品メーカーに勤め、その後、大学院に戻って経営社会を専攻しました。
管理や効率的な運用を研究するのが経営学ですが、私はどろどろした社内の日常の世界、派閥争いとか、人々の認識考え方の部分に興味を持っています。会社にいた短い期間に、社内の指揮系統と関係なく力を持っている人、同じ役職でも影響力のある人ない人、いろいろな関係の中で物事が決まっていくインフォーマルな世界に面白みを感じていたからです。
今は、人事組織の歴史について研究しています。日本の人事部というのは、人事異動を行うなど比較的権限が強く、80年代くらいまでは人事から経営者になるパターンの人もよくいました。一方、アメリカやイギリスでは、人事部にはほとんど権力がありません。人事部は国や文化によって大きな違いがあります。
また、人事というのはいってみれば「沈黙の組織」で、やっていることは分かるけれども、どういう考えで、どう変わってきたかというのは意外に知られていません。今、日本の人事組織は大きく変わろうとしているところです。皆さまのお話も伺った上で、今後の人事組織とはどうあるべきかを考えたいと思っています。
◆日本の強い人事は縮小傾向
中田 山下先生には、昨年から「人事組織の歴史を紐解く」という連載にご寄稿いただいています。第3回は高度成長期のお話でしたが、その後の90年代くらいからは新たな段階を迎え、人事の役割にも変化が出てきているのでしょうか。
山下 成果主義などのアメリカ型の人事管理制度を導入して、日本の働き方を変えていこうという動きが、2000年頃に出てきます。
その際、人事部不要論が出て、実際に権限を各部門に下ろしていくという流れになっていきました。ただ、アメリカのように完全に部門に権限を渡すかたちにはならず、現場と調整しながら、人事側でコントロールしていく状況が続いています。さらには、権限の移譲が人事部の仕事を押しつけていると受け取られて、また人事に権限が戻ってくるという動きもあり、人事の組織構造は比較的維持されています。
ただ、非正規社員の数が3~4割程度に増えてきています。人事は、その人たちについての人数や基本的な勤務条件は把握していても、個人の働き方やパフォーマンスまでの情報は持っていません。となると、日本の人口の3割くらいの人たちは人事部の影響下にない。つまり、日本の人事の役割は、かなり縮小している面があるといえると思います。
◆企業により人事のあり方もさまざま
中田 それは、面白い変化ですね。黒田さん、フランスの会社の場合はいかがですか。
黒田 弊社は大きな企業ではないので、非正規社員も全部、人事のほうで管理をしています。日本人がほとんどですが、さまざまな国籍の社員がおり、さらに正社員、非正規社員、インターンシップ、派遣と雇用形態もさまざまです。
ダイバーシティの推進にはコミュニケーションが重要で、一人ひとりのニーズや考えを把握して、うまくまとめて組織の力にするのが、人事の大事な仕事だと考えています。
中田 多様な知恵を合わせて力とする。ダイバーシティの利点を、まさに実践されているのですね。
長谷川 弊社は、私が入社した2005年は、人事部という組織ができたばかりでした。人事異動も勝手に決まっているような状態でしたので、最初に日本企業の人事部門の役割を提示して、各部署に散らばっていた業務を寄せていったという特殊なケースかもしれません。
弊社はオーナー系企業だったので、山下先生の連載にもあったように、初期の人事というのは、企画するところはオーナーが決め、オペレーションのみ総務で何とかするという状況だったようです。ですが、企業が成長していこうというときに素人仕事でやっていては限界があるということで、人事の専門性を持たせていったような状況です。
中田 まさに日本の人事の歴史を、この10年間で全部経験されてこられたのですね。佐藤さんは、ビジネス側から、人事の歴史を一番体感されているかもしれません。
◆部門の人事は数百人~ 1000 人を見る
佐藤 私が入社した27年くらい前は、商社の人事のやっていたことは、採用と研修、人事制度設計の3点のみです。今は、福利厚生や研修等は子会社にアウトソーシングをしているので、本体の人事は採用と制度設計に特化しています。
大手商社特有の構造だと思いますが、商品別の縦割りの組織になっていて、それぞれの部門グループの中にも人事担当がいます。人事部が採用した人材が配属されてきたら、あとは部門グループ内で、昇格や人事ローテーションをコントロールしていくという仕組みになっています。
山下 部門の中での人事機能ですね。各部門の人事は、トップの方がされているのですか。
佐藤 本部長の一歩手前の部長など、役員候補の方がしています。例えば、私が所属していたエネルギー部門には、6000人の社員のうちの600名が在籍しています。人事担当は、600人全てを覚え、どう動かすかを決める。要するに部門マネジメントの担い手の予備軍として、人事を担当することが多いのです。
山下 大体600人前後を見ているのですか。
佐藤 1000人を超える組織もあります。
山下 人事部が個別に従業員の人となりを把握できるのは、数百人から1000人が限界だとよくいわれます。数百人を把握するのもすごいと思いますが、一番効率的なのかもしれません。
佐藤 確かに、600人を見ている人事担当は、大体全員の顔と名前を覚えています。1000人を超える部門だと、たまに忘れられてなかなか海外から戻れない人がいるという笑い話もあります。
中田 先生の連載に出てくることが、皆さんの会社の端々に出てきて非常に興味深いですね。
◆従業員の把握は人事の重要業務
山下 日本の人事が権限を持っているのは、それなりの合理的な理由があるのです。一度採用した人は、法律上も簡単に解雇することはできませんので、自社で育成し、うまく配置して力を発揮させなくてはいけません。そのためには、その人員の非常に詳しい情報を把握していないと、間違ったポジショニングをしてしまいロスが大きくなってしまう。そういう意味で、効率性のために、人の把握や日常的なコミュニケーションが非常に重要になります。
先ほど、黒田さんが、一人ひとりを把握して、組織の力にするとおっしゃっていましたが、まさにそこが大きいのです。
黒田 人数が多くて自分一人では把握しきれないなら、部長のところにしょっちゅう通うことをします。以前勤めた日系の企業で、人事の人があちこちの部署で世間話をしていたのはその情報収集だったのかなと、今になって思えます。
中田 社内の井戸端会議的なものはメールの普及とともに減りましたが、情報を取るという点でメリットが多かったのですね。
私の場合、人事というのは遠くに閉ざされた世界で、われわれから人事のほうに相談をしたりするのは非常に難しいと感じていました。
長谷川 当事者であるわれわれも、そうあってはいけないと思いつつも、やはり相談事などは、人事に話に行くのはよほどのときというのがあると思います。弊社の場合、まだ人事の組織は小さいのですが、
人事とは別に人材・組織開発という課を設けて、表に出すようにしました。いわゆる人事権を持たせずに、どんどん外に出て、あちこちで社内接点を持ってコミュニケーションを取っていこうという工夫を始めたところです。人事が遠いという印象はどうしてもあるでしょうから、遠いなりに、情報を集める仕組みを整備していかなければと考えています。
◆「この人なら」の関係づくり
佐藤 人事部は、給与制度や福利厚生などいろいろな制度改正をしますが、閉ざされた組織だからか、この人たちが考えたら何か裏があるという目でしか見られないことも多いような気がします。そもそも説明責任とか、社内のコミュニケーションの取り方としてそれはどうなのかというのを感じていました。
評価制度にしても、巧妙に賞与や昇格の格差を広げるようにしてあって。全体の方向性としてはいいのかもしれませんが、やり方が巧妙で、さらに自分たちの制度設計の問題点などの説明を、現場の管理職に委ねてしまうのはいかがなものかと感じました。
中田 それが、押しつけ感が出てくる理由の1つかもしれませんね。
黒田 それは、私たちが努力をしないといけないところです。情報を取りに行くのも仕事のうちですが、従業員にも、それぞれの思惑があります。それでも、会社のためにみんなでどうやって協力して利益につなげるか、コミュニケーションをしていくかに集中しましょうと持っていくのが、一番いいのかなと思います。そうやって、成果を出し、従業員に還元していれば、人事制度を改定したときでも、「あの人が言うから協力しよう」と言って、受け入れてもらいやすいのではないでしょうか。そう思ってもらえる関係づくりをするのも、私たちの仕事なのです。
長谷川 同感ですね。結局、経営側と働く人それぞれの思いは完全には一致しないので、高度にバランスを取るかたちになると思うのです。ですので、最終的には、「この人が言うなら」と言ってもらえるような人事になる必要があると考えています。
黒田 目先は損をするかもしれないけれども、それがおそらく会社のためになって、回り回って自分のためになるのだと分かってもらえるようにすれば、納得してもらえるのかなと思います。
長谷川 その辺の納得感を上げるためには、日々の細かい積み上げですよね。裏切らないとか、依頼を受けたものに対して期待値以上の返しをするといったようなことを積み重ねていくと、人事に対する信頼の貯金ができてくるのだと思います。それが、何かの時に、大きく効果を発揮するのではないでしょうか。
中田 山下先生が最初に、人間関係のどろどろしたところに興味を持たれたともお話しされましたが、今の話を聞いても、人事というのはそこに尽きるのかなという気がしてきました。
◆今までも、これからも
山下 組織というものは、基本的にいろいろな人たちの利害が対立していて、その対立が解消されることはありません。給与制度にしても、本当に誰もが納得するような制度は設計できないと私は考えています。どんな制度でも、どこかで不公平が出て、それを究極に解消することはできないのです。そういう意味で納得できる制度をつくる努力はもちろん必要ですが、人事部がやる制度設計以外の日常の仕事というのはたくさんあって、そちらの活動のほうがすごく大事だと思うのです。
中田 失われた20 年と言われる中、外国から人事制度のやり方を取り入れる動きが続いています。文化を越えて制度を取り入れるのは、チャレンジでもあり、危険性もあります。ですので、人事の方が現場と密にコミュニケーションを取りながら、よりよい仕組みをつくっていくのがますます重要になると、皆さんのお話をお聞きしながら感じました。
信頼の貯金、この人がやるなら乗ってやろうかと思わせる人間関係、こういったところが、今までの日本企業を支えてきたのかもしれません。人事の歴史を振り返るとともに、何が成功したのかを日々見直してみるのも、新しい人事の役割を考える上で重要なのだと思います。本日は、お時間をいただきありがとうございました。
【座談会を終えて】
今回、各分野で活躍されている方々をお招きし、とても興味深いお話を聞けました。さまざまな要素、例えば、業態の違い、組織の規模の違いや価値観の違い、組織の成り立ちや歴史、などにより、人事組織の在り方が、多種多様になることを、改めて感じます。その中で、人事組織に求められることも異なるようです。変化の激しいIT企業ですと、良い人材を集めるには、最新の人事制度を採り入れ、積極的に人材にアピールしてゆくことも必要でしょうし、老舗のような変化の多くない組織では、安定性のある人事制度を社員は求めるかもしれません。人事コンサルの方に、「新しい施策」ではなく、「十分実績のある施策」を持ってきてもらっていると言う、長谷川氏の話にも納得いたします。
又、山下先生が指摘されましたように、「人事組織は沈黙の組織と思われがち」です。人事組織に属していないものからは、遠い存在であり、時には、処遇を決める機能を持っているだけに、疎まれる存在でもあります。ネガティブな印象や、誤解も受けやすい組織です。今回、人事組織の成り立ちやその機能がどのように生まれてきたかを知り、また、今回の座談会の方々の日々考えている事をお聞きしたことで、誤解をしていたことがあると感じました。そして、あらためて、人事の方々の日々の苦労に対し、エールを送りたいと思います。
一方で、人事組織に属さない人間に、人事組織が果たす役割を理解してもらうことは、より人事組織の役割の重要さ認識してもらい人事組織の方とどうコミュニケーションし、協力してゆくことがいいのか?考えてもらうきっかけになるのでは、と思いました。
「沈黙の組織」である人事組織。沈黙を破り、社員に歩みよることで、新たな役割を担っていかれることを期待いたします。このような機会を与えていただけたことを感謝するとともに、ご参加いただきました、山下先生、長谷川さん、黒田さん、佐藤さんにお礼を申し上げます。
(編集部員 中田 尚子)