雇用システム研究会として初めての合宿を開催しました。当研究会は、日本の雇用システムと労働政策史の分析、研究を目的として毎月開催していますが、今回は倉重先生の発案と江夏先生のご協力で神戸大学での合宿を開催することができました。「いつもと場を変える意味って絶対あるんですよね」。江夏先生のこの言葉を参加者全員が、身に染みて実感できた2日間でした。その一部をお届けします。
【合宿の概要】
会場 | 神戸大学 |
プログラム | ・1日目: 書評マラソン 参加者と江夏ゼミ生が選んだ12冊について発表・意見交換 ・2日目: ディスカッション 参加者各人が取り上げた7つのテーマにつき討論 |
1.12冊の書評マラソン(合宿1日目)
初日は参加者各人が自身の担当書籍について事前に準備した書評を発表した後、全員で意見交換を行いました。12冊はJSHRM会員の参加者と江夏ゼミのゼミ生がそれぞれ自由に選んだ本ですが、それぞれの発表・意見交換の中には共通点が多く、参加者全員が「雇用システム」の課題について省みるきっかけとなりました。
以下、各書籍についての「書評のキーワード」と「意見交換の要点」を紹介します。
(1)Tさん発表:石山恒貴(2023)『定年前と定年後の働き方』 光文社新書
【書評のキーワード】
- 48.3歳が幸福感どん底(幸福感のU字型カーブ)
- 幸福感=主観的ウェルビーイング
- 生活評価(サティスファクション):日常生活への満足度
- 感情(ハピネス):嬉しい・楽しいなどの快楽
- エウダイアモニア:人生における意義や目的の充実
【意見交換】
- 変わろうとする人達の足をひっぱらない事が重要
- 「こんな私に誰がした?」無責任の産物では?
- 我々がいい事例を作っていくしかない
(2)Sさん発表:今野浩一郎(2021)『同一労働・同一賃金を活かす人事管理』日本経済新聞出版
【書評のキーワード】
- 無制約社員(伝統的人事管理に基づく基幹社員)と制約社員(労働時間、場所等に制約のある社員)という関係の崩壊(新たな人事管理制度が必要)
- 無制約社員と制約社員の「違い」を報酬面で区分する(リスクプレミアム手当)
【意見交換】
- 同一労働同一賃金については、以前は手当が問題だったが、名古屋自動車学校事件では基本給が問題となった。正社員の基本給を説明できるのか?
- そもそも正社員と非正社員の差を意識して人事制度を作っていないので説明できないのでは?
- 下げるコミュニケーションができるのかが重要
(3)Aさん発表:久本憲夫(2018)『新・正社員論―共稼ぎ正社員モデルの提言―』中央経済社
【書評のキーワード】
- 「1.2共稼ぎモデル(男性正社員とパートの妻:夫年収500万円、妻年収100万円)」から「共稼ぎ正社員モデル(夫婦ともに正社員)」へ転換を提案
- 長時間労働、転勤の非婚化・少子化への影響
【意見交換】
- スウェーデン人が「片方だけの稼ぎでは生活できないから共稼ぎをしている」と言っていた
- 人事院のモデル賃金、いまだに片稼ぎ。作る余力がないからと言われているが、差が大きくモデル化できないことも一因
(4)Fさん発表: ロシェル・カップ(2015)『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』クロスメディア・パブリッシング.
【書評のキーワード】
- 日本企業の社員は職を失うことに怯え、活力を失い、リスクを回避する傾向
- 日本企業は「雇用の保障」から「雇用適正(エンプロイアビリティ)の保障」への移行が必要
- エンプロイアビリティがないから会社に忠誠を誓い、自分の将来を会社に任せ、エンゲージメントが低くても転職しない、というか転職できない
【意見交換】
- モチベーションが低いのではなく、企業の戦略に対してしらけているのではないか?
- 日本人のモチベーションが低いのは「我慢」しているから。外国人は我慢していない
- 解雇されないという前提があるので、モチベーションが低くてもしがみつくのでは?
(5)Mさん発表:楠田丘(2002)『日本型成果主義―人事・賃金制度の枠組と設計』 生産性出版
【書評のキーワード】
- 職務等級制度と職能資格制度の比較
- 職務と賃金の分離、昇進と昇格の分離
- 年功的評価ではなく、MBOを用いた評価
【意見交換】
- 日本企業、長期的な目線を本当に持っていたのか?
- これをやらなければ解雇という事は日本の企業にはない。解雇されなければ良いという考えもあり、リスキリングが流行らないのでは?
- アメリカは、個々が企業を超えて上位職を狙っていくため市場原理が働き、お金を出さなければ人材を獲得できなくなった
(6)Nさん発表:楠田丘(2004)『賃金とは何か』中央経済社
【書評のキーワード】
- 日本の戦後の賃金史は楠田丘のライフヒストリーに等しい
- 楠田賃金論は労働ではなく労働力の対価、配置(人事権)を考えた思想
- 仕事を根拠に人の熟練度を決める
【意見交換】
- 労働市場が未成熟な中でジョブ型をやろうとしている。進める中でベンチマークが出来ていけばよい。
- 思想なき人事はダメ。楠田丘の生き方をみてより感じさせられる。
(7)Fさん発表: 倉重公太朗(2019) 『雇用改革のファンファーレ』 労働調査会
【書評のキーワード】
- 雑談と相談(ザッソウ)が労働時間を削減する秘策
- 自ら仕事を取りにいく、「それやっときましょうか?」が大事
【意見交換】
- 海外も「それやっときましょうか?」で仕事を取りに行って翌年のJDへ追加を依頼するケースもある一方で、「相手の仕事を獲るな!」と言われる。
- 大企業出身者はローテーションしていて、組織内で回す力はあるが、これという強みがない。中小企業では活躍しないケースが多いのではないか?
(8)Kさん発表:高橋伸夫(2005)『〈育てる経営〉の戦略 ポスト成果主義への道』講談社
【書評のキーワード】
- 成果主義と賃金引き下げはトレードオフ。成果が出ないから賃金が下がる
- 仕事の報酬は次の仕事であり、内発的動機付けが重要
【意見交換】
- 次の仕事で報いるというのは本当か?対価なら今払うべきでは?
- 今いる会社での出世が素晴らしいということにならないか?
- 成果主義とは思想だったのか?そもそも伝統的な日本の雇用制度に思想があったのか?
(9)Tさん発表:勅使川原真(2022)『「能力」の生きづらさをほぐす』 どく社
【書評のキーワード】
- 有能と申し送りされていた人が無能だったことがある。能力とは何か?能力は測る人により物差しが異なるのではないか?
- 人事の内輪でない本という意味でもクオリティが高い
【意見交換】
- 「人格の評価」は難しい。建前上は職務遂行能力だが貢献姿勢などは見ている
- ブルーカラーはスキルマップで能力を測りやすい。ホワイトカラーは実績となるが、必ずしも実績だけではない。
(10)KKさん・KTさん発表:濱口桂一郎(2023)『労働市場仲介ビジネスの法政策―職業紹介法・職業安定法の一世紀―』 労働政策レポートNo.14(独)労働政策研究・研修機構
【書評のキーワード】
- 職業紹介の歴史はぐるぐると循環している(容認⇒規制⇒禁止⇒規制⇒容認)
- 職安法:リクナビ事件を受けて、職業紹介業者だけでなく、募集を行う企業も対象に
【意見交換】
- 募集側の盛る権利は制限されるが、労働者側の盛る権利は制限されない
- 職業紹介業者の数はコンビニより多いが、法律を理解していない業者が増えている。どうやって周知徹底させるか。
- 自分の実績を公開する社会になれば変わる。本当のキャリア自律とはそういうことでは?
(11)Sさん発表:藤本昌代、山内麻理、野田文香(2019)『欧州の教育・雇用制度と若者のキャリア形成』 白桃書房
【書評のキーワード】
- フランスのグランゼコール:日本と比較されるが、卒業後管理職として入社することも
- タテとヨコの学歴:日本はヨコの学歴重視
【意見交換】
- ヨーロッパ、シンガポールは12-13歳の頃に進学について選抜される。やり直しの機会があるのは日本の良いところだが、道は自分で切り拓き、能力を自分で証明する必要がある。
- 日本は大学を人材プールとしてしか見ていない
(12)Kさん発表:古谷星斗(2022)『ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由』 中央公論新社
【書評のキーワード】
- 働き方改革が進んだが、今度は成長機会を失ったという声を耳にすることが増えた
- 会社はゆるいが、それ故に今度はキャリアが不安に
- 「不満」ではなく「不安」が鍵
【意見交換】
- ゆるい人が多いことは悪いことなのだろうか?
- 組織の長になりたいという思考が減り、手に職をつけたいという思考が増えたのかもしれない
- 長期でみると若い時の経験(量をこなすこと)が大事なのでは?
2.それぞれが取りあげたテーマについてのディスカッション(合宿2日目)
2日目は参加者それぞれが取りあげた7つのテーマについてのディスカッションを行いました。書評と同じく、それぞれの繋がりを感じながら意見交換を行う事ができました。
【7つのテーマ】
1.三位一体労働市場改革はどこへ行く |
2.個々の企業の実態に応じた職務給の導入とは?? |
3.エンゲージメント世界最低はホント? |
4.MBOは本当に必要なのか?2:6:2においては上位2でよいのでは? |
5.人事が現場の生産性向上にどう寄与すべきか |
6.人事パーソンがこの先生き残るには |
7.“ぼくのお悩み相談” 学術的な広がりの追求‐博士課程以外に何かある?" |
【各テーマについてのディスカッションの要点】
- 三位一体労働市場改革はどこへ行く
- リスキリング:データのとり方に問題があるかもしれないが、日本人は相対的に勉強をしないというデータがある。
- リスキリングについては、日本もアメリカもコロナで仕事が減った研修会社が騒いでいる。
- リスキリングにインセンティブがない
- 前提は雇用が守られ、仕事を与えられるという環境。リスキリングが進むのか?
- 個々の企業の実態に応じた職務給の導入とは??
- 危機感は持っているが結局は中心化傾向、年功序列になっている
- 今の人事課題がジョブ型で解決するのか?関係ないのでは?
- エンゲージメント世界最低はホント?
- MBOは本当に必要なのか?2:6:2においては上位2でよいのでは?
- 2-6-2:自燃―可燃―不燃
- 採用時点では上の2を採っているはずなのに、組織が停滞して下の2が生まれるのか?
- そもそもドラッカーはMBOを評価に使えとは言っていなかった。目標と評価をオールインワンにしていることが課題。
- 人事が現場の生産性向上にどう寄与すべきか
- 人事パーソンがこの先生き残るには
- 人事が人事権を手放すべきではないか?
- それぞれが雇用責任を負いPL責任を負えば最適化していくのでは?
- 課長層が大変。部長層の教育が急務
- データの裏付けを持つことが重
- “ぼくのお悩み相談” 学術的な広がりの追求‐博士課程以外に何かある?"
- エウダイモニア(人生における意義や目的の充実)を高めたい
- 博士課程に向いている人は絵を描きたい人。パズルのピースを増やしたい人は博士課程向きではない
- 学会も実務家会員が増えているが、同じコミュニティの仲間とまではいっていない
- 先生とのめぐり合わせが重要。いい先生とのめぐりあわせがなかったら見送ってもいいのでは?
- 百名山に登るつもりで学びたい分野の先生を巡るのもいい(百もいないし、すぐに周れる)
- 企業人事が企業の中に入りすぎている。会社の人事をしないといけないという囚われがあるのでは?
- どうビジネスとアカデミックの均衡点を見つけるか?
<合宿を終えて>
今回の合宿は各地から参加者が集い、各自が持ち寄ったお土産を食べながらリラックスした雰囲気で開催することができました。初日の12冊の書評マラソンについては、体力的にはタフでしたが、参加者の経験談や喧々諤々とした議論もあり、各自が集中力を保ったまま駆け抜けることができました。懇親会も大いに盛り上がり、一部のメンバーは温泉で語り合うこともできました。2日目も建設的な議論が展開され、昼夜共にしたからこその一体感を生みだすことが出来ました。
★メンバー募集中
雇用システム研究会では、研究者、司法関係者、コンサルタント、企業人事等の幅広いメンバーで構成されています。毎月研究会を開催しており、メンバーを継続的に募集しています。来年3月にも秩父で合宿を予定していますので、興味・関心を持たれた方はぜひご参加ください。
以 上