【評者】高橋一基(フェニックス研究会前代表)
評者は人事の仕事に携わるようになっておよそ15年になる。一貫して思っているのは、組織・個人のいずれのレベルでも、「なぜ自分の思った通りに人を動かすのは難しいのか」ということだ。本書は社会学の入門書だが、この問題を期せずして説明している(解決しているわけではないが)。評者と同じようなことを考えたことのある人事パーソンにも役に立つと思い、紹介したい。
本書はまず第一章で、「なぜ自分たちで作り上げた社会のことが自分でも分からないのか」という問いを立て、続く第二章・第三章で三つの答えを提示している。その答えとは、(1)社会の各部門が専門化しているから、(2)無数の専門的なシステムが絡み合っているから、(3)社会の中身が絶えず変化しているから――というものだ。
これらの理由を提示するために、筆者がキーワードとしているのが「緩さ」だ。著者の例を引くと、「『協業』(一緒に協力して仕事をすること)のシステムと、それによって生み出された利益の『分配』システムが、意外なほど緩いかたちでしかつながっていない、ということです。『この仕事は利益の何%にあたる』といった明確な対応規則があった上で分配がなされているわけではありません。実は、利益を分配する基準は、緩々(ゆるゆる)です」(p19)というように、社会を構成する要素どうしのつながりは、緩い。
ただ、言葉の定義を明確にし、社会の構成要素のつながりを緊密にすればよいかというと、それがプラスにはたらくとは限らない。筆者も「言葉を使うときは、ある程度の『緩さ』が機能することもあります。なぜなら、私たちの考え方(概念)も、社会のつくりも、そして個人と社会の関係も、すべて『緩い』ものだからです。この緩さに対応させれば、当然それを表現するための言葉も一定の緩さを含みこむことになります」(p77)と、緩いがゆえに機能している制度やルールも多くあることを述べている。
では、我々はこの緩くて複雑な社会を、どう理解すればよいのだろうか。筆者は第四章で社会がどう複雑になってきたかを、第五章で社会の変化をどう記述するかを述べ、続く第六章「不安定な世界とのつきあい方」で、アドバイスを二つ述べている。それは「安定と変化のバランスをとる」「ミスは複合的要因で生じるから、ミスをした人を安易に責めない」という、一見すると説教くさいと感じてしまいそうなものだ。だが、これも社会の「緩さ」「複雑さ」というキーワードを念頭に置いて読むと、因果関係だけでは物事を片付けられないがゆえのアドバイスであることが分かる。
ここで冒頭の評者の問いに戻ると、人事パーソンが運用している人事制度も「緩い」し、人事制度が組み込まれている会社も「複雑さ」に満ちている。人事制度と意図とのつながりを緩くしか設定できないのであれば、人事が思い通りに社員を動かすのが難しいのも必然だと言えよう。
【編集部より】
インサイトでは毎月1回、フェニックス研究会前代表(初代代表)高橋さん選定による会員の皆様にお勧めしたいこの一冊を紹介していきます。どうぞご期待ください。