人事は日々の仕事の中で、人と組織に関わる様々な課題に直面している。自身の知識・経験だけで解決が難しい課題に対しては、コンサルタントや社労士といった外部の専門家の助言を受ける、人事労務系の雑誌やセミナーで知識を得るなどして解決策を探る。一方、人と組織に関する調査結果や論文を参考にする人事は少ないが、実務で直面する課題の多くがすでに研究されているのである。実にもったいないことである。本シリーズでは、人事が直面する課題に対して、最新の研究成果を踏まえた対応策と、人事が果たすべき役割について研究者の先生方に語ってもらう。第1回は「ミドル・シニアの躍進」について法政の石山先生にお話しを伺う。
聞き手・文:TM(Insights編集部員)
ゲスト:法政大学大学院 政策創造研究科 教授 石山 恒貴 先生
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。人材育成学会理事。
著書・論文
Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan,Journal of Knowledge Management,Vol.20,No.6,pp.1302-1317,2016>
『越境的学習のメカニズム』(福村出版、2018年)
『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社、2015年)
『組織内専門人材のキャリアと学習』(生産性労働情報センタ-、2013年)、他
TM(編集部会):本日は、越境学習やパラレルキャリアの研究で知られ、『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』の著者でもある、法政大学大学院の石山恒貴先生にお越しいただきました。まずは石山先生、自己紹介もかねましてご経歴などを簡単にお話いただけますでしょうか?
◆越境学習はビジネスマンに何をもたらすか?
◆越境学習はビジネスマンに何をもたらすか?
石山 恒貴(法政大学大学院 政策創造研究科教授):現在、法政大学大学院の政策創造研究科という社会人大学院で教員を務めています。私自身こちらにきてまだ6年目で、以前は日系企業で18年、その後は外資系企業2社で人事をしていました。日系企業にいたころ自分自身も社会人大学院に通い始め、修士、博士と進むなか、運良く博士課程の母校である政策創造研究科の人事分野のポジションで採用していただき、幸いにも研究の道に入ることができたという経歴です。
TM:働いていたころに、社会人大学院に通われようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
石山:入社5年~10年目にかけて、この本でいう停滞期のような時期があったんですね。ちょうどそのころ、偶然にも上司や社外の友人が社会人大学院に通っており「お前も絶対行ったほうがいい」とすすめてくれたんです。もともと文章を書くことが好きなので、論文を書くのも面白そうだと思い博士課程に進みました。
TM:現在、大学院ではどのような領域の研究をされていらっしゃいますか?
石山:人材育成、キャリア、雇用、そのなかでも越境学習やパラレルキャリアなどに力を入れています。僕自身もこの研究室も、企業の人事施策と個人のキャリアという両方の観点で、いろいろな研究をしています。
TM:先生が越境学習やパラレルキャリアという領域に特にご興味を持たれた理由とはなんでしょうか?
石山:社会人大学院に通い始めた当初は“会社のなかの個人のキャリア”というテーマを研究していたのですが、研究しているうちに越境学習という考え方に出会いました。越境学習とは、普段慣れ親しんでいる状況とは異なる、異質で多様なアウェイのような場で、新しい知識を得ること、新しい自分を知ること、自分自身を振り返ること、などを意味します。個人のキャリアの一つであり、自分自身が実際に体験してきたことでもあるため、非常に面白いなと思ったんですね。
TM:3社での人事のご経験は現在の研究に活かせていらっしゃいますか?
石山:実務経験があると、研究の概念が社会でどう応用されるかを現場に置き換えて考えることできます。ただ、研究というのは必ずしも実務を知っている必要はなく、先行研究で作られてきた概念に対して新しい概念を提案して、新たな知を生み出すことなのです。
TM:そうなのですね。
石山:だから実務に詳しいがゆえに、かえってそれを研究の概念にうまく変換できないケースもあるんですね。また、日本の場合は人事の方が、現場だけにすべての答えがある、と思う傾向もあります。自分はむしろ、実務のときに悩んでいたことの大半がすでに研究されていたことを実感しています。「もっと早く知っていれば仕事に活かすことができた、経営陣を説得できた」と思うので、実務と研究の知見がもっとつながるとよいなと考えます。
◆『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』
◆『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』
TM:最新のご著書『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』という本を出版されましたが、先生がミドル・シニアについて研究を始めた背景を教えていただけますでしょうか?
石山:背景としては、労働力人口においてミドル・シニアの比率が今後さらに増していくことです。つまり、この層はずっと第一線で活躍してもらわなければならない可能性が高い。一方で、この層の元気がなくなっている、ということもなんとなく言われていたんですね。
TM:そうですね。
石山:役職定年、定年再雇用のような制度に直面したときに、その対象者のモチベーションが下がると思われていたのですが、これまでの研究では組織や人事制度をどう変えるかという切り口が多かったんです。今回、パーソル総合研究所さんと共同で調査をしたのですが、我々としてはもっと個人をきちんと見たかった。それで『ミドルからの躍進を探究するプロジェクト』というプロジェクト名をつけました。
TM:躍進ですね。今回、調査対象としたのはどのような層でしょうか?
石山:40~60代の正社員、4700人です。従業員300名以上の企業に勤める方にインターネット調査を行ったほか、国内大手企業2社でヒアリング調査も実施しています。定年再雇用、役職定年になっている方だけを個別に人数指定して抽出もしていますから、かなりいろいろな層が入っていると思います。
TM:本の反響はいかがですか?
石山:ミドル・シニアだけでなく20~30代やフリーランスの方からも「そうだよね」と言っていただくことがあります。まったく同じではないにせよ、共感するところも多いのかなと感じています。
TM:本に出てくるPEDAL(ペダル)について、解説いただけますか?
石山:PEDALとは活躍しているミドル・シニアの特徴に関して、ヒアリング調査から抽出した5つの行動特性です。肝心なのは性格ではなく行動特性ということです。実は業績と性格には関連があることが研究されています。ビッグファイブというのですが、例えば開放性や真面目さがある人は仕事ができると言われているんですね。
TM:ビッグファイブですね。
石山:今回、このPEDALがビッグファイブにすぎないと言われることを避けるために、重回帰分析という統計上の手法を使っています。すると性格という条件を統制(影響を取り除いて)してもなお、この5つの行動特性が効いていた。つまり、性格とは異なる特徴としての行動に意味があったのです。行動は性格ではないので、変えようと思えば、短期間で変えられる可能性があります。個人にとって使いやすい指標になると考え、この行動の特徴をまとめてPEDALと名づけました。
具体的には、「Proactive(まずやってみる)」、「Explore(仕事を意味づける)」、「Diversity(年下とうまくやる)」、「Associate(居場所をつくる」、「Learn(学びを活かす」の語呂合わせでPEDALとしています。
◆ミドル・シニア期の「停滞感」の正体
◆ミドル・シニア期の「停滞感」の正体
TM:ミドル・シニア期に、ジョブパフォーマンスが落ちる谷が2回あるということについて解説いただけますか?
石山:ジョブパフォーマンスは、1回目は40代半ば、2回目は50~51歳くらいで落ちる傾向がありました。これは、おそらく50歳くらいになって役職定年や定年再雇用というものが見えてくる状況のなかで起こっている現象の一つだと考えています。これまでも役職定年は動機づけが落ちそうだと言われていたのですが、今回、そこもある意味きちんと調べてみました。調べてみたところ、やはりやる気は落ちていたということです。
TM:どのような理由でモチベーションが下がっていたのでしょうか?
石山:役職定年の対象者が一番愕然としていたのは、役職定年後に「会議に呼ばれなくなった」「メールが急に減った」「情報が入ってこなくなった」ということでした。給料が下がったという理由ももちろんありましたが、給料以外の「自分の存在があてにされなくなる」という喪失感のようなものが、より問題であるということが、今回の調査でわかってきました。
TM:役職定年であれ、定年再雇用であれ、先輩方を見ていれば大体その年で終わるとわかっていてもショックを受けるのはなぜでしょうか?
石山:実際に調査をしてみて驚いたのですが、「役職定年になる前にどんな対策をしていましたか」という質問に対して、「行っていた準備は特にない」と答えた方が33.3%もいました。「極力考えないようにしていた」と答えた方が22.0%です。「専門性を深めるために努力をしていた」という回答も26.0%あるのですが、要は多くの人は目をそむけたくなるわけです。
TM:そうなのですね。
石山:これは、おそらく現在の仕事に貢献もしており、忙しい状況でもあるので、日常にかまけて将来の重要なことを考えないというリスクではないかと思います。仕事が回せてしまうがゆえに、どんどんその仕事が回せる状況に甘んじてしまう。つまり、仕事ができる人にとっても危険性があるわけです。だからこそ、積極的に、仕事が回せて心地いい空間を破って越境しましょうということを、この本のキーメッセージとしています。
TM:ミドル・シニアももっと越境したり学んだりしたほうがよいというお話ですが、どうしても普段の仕事が忙しくて実行できている人は少ないと思います。何かうまく越境するためのアドバイスはありますでしょうか?
石山:日常から抜け出して越境するときに、まず面白いところにいってみるというスタイルでもよいと思いますが、本でも一番言っているのは、いろいろリフレクションできるポイントがあるということです。
本では、付録のシートを使って個人でもリフレクションできるようになっているのですが、例えば上司と部下で、あるいは会社の仲間と集まってリフレクションしてもよいと思います。誰かに語ったり、質問されてそれに答えたりすることで、気づきが生まれます。
◆ミドル・シニア活躍のための人事施策とは?
◆ミドル・シニア活躍のための人事施策とは?
石山:今回の調査結果などを踏まえて、今日僕がJSHRMさんにならお話したいと思うのは、企業の人事施策として、役職定年や定年再雇用というものを所与のものとして考える必要はないのではないかということです。もし本当にそれにデメリットがあるのなら、何か手を打ってもよいのではないかと思います。
TM:具体的にはどのようなことを考えていらっしゃるのでしょうか?
石山:例えば役職定年も定年再雇用もやめて65歳を定年にする、もっというと定年制を廃止するという選択肢を、最初から排除する必要性はないと思います。当然、こんなことを言うと「総額人件費が激増するし、若手もやる気がなくなるし、いつまでも上に人がいても₀」という話になるとは思いますけどね。
TM:たしかに役職定年や定年とは、新しい人に入ってもらうために枠を創るという意味では一定の効果があると思うのですが、そのあたりはどのようにお考えでしょうか?
石山:たしかに、一定の効果はあります。定年という制度は、みなが納得している状況のなかで、総額人件費でバランスが合う時点で強制的に退職してもらい、しかも強制的な退職に誰もあまり傷つかないという、ある意味合理的な仕組みです。しかし、個別的な評価をしないで一律的に年齢で区切るというのは、やはり本末転倒な気がします。
TM:なるほど、個別の評価ですね。
石山:僕は長期雇用で社員が安心して働ける場があるのは、日本型雇用の凄くよい面だと思います。だから、新卒一括採用は維持して5~10年くらいは今までの日本型雇用的に人材育成をする。でも30代前半からはみなが平場で勝負する。30代前半と60代前半の人が勝負して30代前半が優れているのなら60代が部下になっても構わないと思うんですよ。本当の意味で職務給や役割給になれば、職務に合わせた賃金を払えばいいわけで、総額人件費はぶれないはずです。
TM:今まではある程度のんびりしていても余程のことがない限り、下に落ちることも社外に出ることもない。これが平場で勝負となると、きついけど本気で勝負しなければならないので躍進につながる。
石山:緊張感や競争が続くという意味ではなく、社員がお互い同じ土俵で成長しあえる状態にするという意味です。現実には日本企業では役職が地位のような位置づけである場合も多いですが、なかには役職が役割にすぎないような企業もありますよね。役職定年がない会社もあり、すでに多様化しています。僕は、これからは役職よりもプロフェッショナルとして活躍することが、より重んじられる社会になると思います。
TM:ありがとうございます。ほかにミドル・シニアが躍進するためのアドバイスはありますでしょうか?
石山:特にシニアを、技能継承したり後輩に教えてあげたりする存在としてみるか、第一線で活躍すべき存在とみるかについてですが、技能継承だけを期待すると、やはりシニアは引退モードになってしまうと思います。従業員数や労務構成によっても違ってくると思いますが、一般的には技能継承だけを重視しすぎる傾向があるので、もっとその人が第一線の戦力として活躍していく方向を重視してもよいかと考えます。
◆リーダーシップとフォロワーシップを交互に発揮する
◆リーダーシップとフォロワーシップを交互に発揮する
TM:この本で私が面白いなと思ったのは、年下と上手くやるというところの呼称と敬語の箇所です。勉強会やコミュニティでもお互い「さん」付けや相性で呼ぶと、あまり上下関係を感じなくなります。
石山:そうですね。組織はほっておくと階層化、タコツボ化が起こりやすくなり、ほんの小さな、この本でいう「さん/くんシステム」みたいなものが、それを助長することがあります。意識的に上下関係が起こらないような工夫をするのは大事だと思います。
TM:もう一つ共感したのが『徹底してたてつく絶対的な味方になる』というフレーズです。
石山:これは、立教大学の梅本龍夫特任教授が、スターバックスのフォロワーシップの考え方を表現するために使った言葉です。結局、YESしか言えないフォロワーしかいないときは何事もうまくいかない。フォロワーも成長が止まる。「徹底してたてつく絶対的な味方」というのは、矛盾した言葉ですが、矛盾した状態を作るのが大事だと思ったんですね。
TM:リーダーシップに比べフォロワーシップに関しての本はあまり普及していないような気がします。個人的にはフォロワーシップのほうが重要ではないかと思います。
石山:フォロワーシップの研究自体がまだ新しい研究ではありますね。近年はリーダーシップにもオーセンティック・リーダーシップのような、自分らしさを強調する概念が出てきています。リーダーシップが変わっていくなかフォロワーシップの重要性も増していくので、フォロワーシップについての研究も今後は増えていくと思います。例えば、うちの研究室でもそれぞれのプロジェクトに学生のリーダーがいます。そのときに私に求められるのは、学生に対して、どうフォロワーシップを発揮するかなんです。
TM:企業プロジェクトでも必ずしも役職者=リーダーではありませんね。
石山:だんだん階層型組織からプロジェクト型組織に変わっていくときに、同じ人間があるプロジェクトではリーダーシップを、あるプロジェクトではフォロワーシップを発揮するという感じで、リーダーシップとフォロワーシップを交互に発揮する必要が出てきます。今後は、プロジェクト型組織、年上の部下があたり前の世界になってくると思うので、フォロワーシップはますます重要になるのではないでしょうか。
◆終わりに
◆終わりに
TM:最後に、この本を通じて石山先生が最も訴えたかったメッセージをお願いします。
石山:この本は、40代からの仕事術と年齢で区切っているので矛盾と言えば矛盾なのですが、年齢は関係ありません。例えば20~30代の方でもこの本のエッセイには参考になる部分があり、この本に書いてあるPEDALコードを身につける意義はあります。もちろん、60代、70代、80代の方でも、自ら行動を変えることで成長することができます。人は年齢に関係になく成長を続けていくことが一番大事だということです。
TM:ありがとうございました。以上で本日のインタビューを終了させていただきます。
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