人事業務の中で賛否両論喧しいのが新卒採用領域ではないかと思います。新卒早期離職問題、ターゲット校という事実上の指定校制度、キャリアセンターの迷走と葛藤…
 若年労働人口が減少し、AIの台頭も予想される中で、そろそろ真面目(マジメ)に新卒一括採用の是非を考えるタイミングではないでしょうか。

ライター・大学ジャーナリスト 石渡 嶺司 氏

ライター・大学ジャーナリスト 石渡 嶺司 氏

ゲスト:ライター・大学ジャーナリスト 石渡 嶺司 氏

大学ジャーナリストとして大学、就職活動などの書籍・記事を執筆。高校・大学での講演も多数。主な著書に『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)、『女子学生はなぜ就活で騙されるのか』(朝日新書)、『就活のバカヤロー』(共著・光文社新書)、『就活のコノヤロー』(光文社)など。

<聞き手>:編集部 岡田 英之



◆『キレイゴトぬきの就活論』に見る大学名差別の存在

岡田英之(編集部会) 7月号のテーマは人事部解体新書ということで、日本企業の人事部にフォーカスします。日本の新卒採用は企業が計画を立てて行うという意味では、人事がコントロールしています。そのあたりの視点も含めて今日はお話をしていただければと思います。まずは自己紹介と、ご著書の紹介をお願いします。

石渡嶺司 私は1975 年北海道札幌市生まれです。東洋大学社会学部を卒業しましたが、すぐに採用関連の仕事に就職したわけではなく、当初は日用雑貨の実演販売で3年ほど勤めた後、出版社の下請けに入り、その後フリーランスのライターになって、現在14 年目です。
 出版社では大学選びについての書籍を出版した後、教育関連の記事も担当し、その流れで就活について記事を書くことになり、実は私自身は就職活動をしなかったため、そこでようやく就活と接点を持つようになりました。
 2007 年に週刊誌から独立し、『最高学府はバカだらけ』という本を出したところ、5万部を超えるヒット。さらに翌年に今度は就活もので、共著『就活のバカヤロー』を出したところ、これが累計で13万部を超える大ヒットとなりました。そして28 冊目となる新刊が2017年1月発行の『キレイゴトぬきの就活論』となります。

◆『キレイゴトぬきの就活論』に見る大学名差別の存在

岡田 今回の本はどんな内容なのでしょうか。

石渡 社会人に向けて書いている点がこれまでとの違いです。採用担当、人事担当者、あるいはリクルーター、OB訪問、面接官など、社会人は就活にいろいろな形で関わっています。そこで、就活の構造はどうなっているのか、今の学生が就活のどこに不安を感じているのか、大学名差別をなぜそこまで気にするのか、そういった点を明らかにしています。
 特に学歴フィルターについては、過去はどうで今はどうかを数字ではっきり出したほうがいいと考えました。主要大学から人気企業については、どこに何人入ったか、年に一度細かいデータが出ています。ただあくまでも単年度のデータで、経年変化をまとめたものはありません。そこで私が経年変化を調べました。この中で驚いたのは、91 年の時点では、人気企業は本当に、有名企業一辺倒だったことです。

岡田 大学名差別もあったのですか。

石渡 91 年時点では存在し、2016 年時点でもまだある程度続いているのはこのデータから明らかです。一方で2016 年は、91 年ほどでないにしても、かなり近い状態の売り手市場です。それにもかかわらず、91年と比較すると、上は東大から下は中堅クラスの大学まで、全体として有名企業への就職率は落ちています。
 この理由は、一つは学歴を気にする企業が減ってきているのではないかということです。一方で、特に上位クラス難関大学が減っているのは、「あえてベンチャー企業を選ぶ」「知名度は高くなくてもしっかりした世界シェアを持っている企業に入る」「中堅どころの企業に入ってそこをもっと大きくしたい」など、学生が多様な意識を持つようになった結果とみています。

◆大学名差別の正体は業務の効率化とリスク回避

岡田 大学名差別は採用側が発端だと思いますが、企業人事はどういう意識なのでしょうか。

石渡 学歴フィルターが誕生する以前はどうだったかというと、指定校制度というものが存在し、企業が推薦依頼をする学校以外は一切選考の対象外としていました。これが戦前から80年ごろまで続いています。戦前はそもそも大学の絶対数が少なく進学率も低かったため、大きな問題にはならなかったのです。
 その当時60 ~ 70年代に存在した指定校制度は、企業からすれば業務の効率化です。仮に指定校を外すと、学生がたくさん押し寄せてくる。採用する側からすれば説明会も大変で、選考のために場所も借りなければいけない。また、指定校を外しても、結果として入社した学生の出身校はほとんど変わらずあまり意義を感じなかった。

岡田 採用業務も当然企業活動ですから、コストをかけずに採用しよう、ただそれだけですね。

石渡 それが80 年代に一回薄まり、90 年代、バブルがはじけた後に就活ナビが登場し、今度は大学名フィルターが出てくるわけです。これもやはり企業からすれば業務の効率化ですが、これが2000 年代後半ないし2010年代現在も続いていると言えます。
 それともう一つは、今までターゲット校ではなかった学校から採用してもし何か問題が起きた場合に、「その社員を入れたのは誰だ、なぜ前例を破って入れたのか」という話になる、すると責任問題になりますから、それなら前例を踏襲したほうがいいだろうという発想です。

◆逆求人型サイトの登場によって薄れる大学名差別

岡田 なぜ大学名差別が起こるか。業務の効率化、前例踏襲、リスク回避だというお話ですが、本来、企業はリスク回避のために新卒採用をするのでしょうか。

石渡 ご指摘の通りで、本来は転職採用、キャリア採用と違って、リスクを取らないとどうしようもありません。しかし、2010 年代から、大学名差別は薄まってきていると私は感じています。それには理由が二つあります。一つはリーマンショック後の就職氷河期が2012年を底に回復傾向にあり、2013 年ごろから現在に至るまで学生が有利な売り手市場に転じていることです。
 それともう一つ、むしろこちらのほうが大きいのですが、逆求人型サイトの登場です。ここに登録する学生は、単純な個人情報だけではなく、かなりの文章量で自己PRや学生時代に頑張ったことを書きます。学生が書いたものを企業側が検索し、気になった学生がいれば、うちの選考に参加しませんかとオファーを出すのが、逆求人型サイトです。

岡田 エントリーシートに高いハードルを設定して負荷をかけるものとは違うのでしょうか。

石渡 本気度合いを見るという点では似ています。しかし、この逆求人型サイトはたくさんの企業が登録している点では従来の就活ナビサイトと同じですので、一企業に対してだけのアピールではない点においては違います。
 企業独自のエントリーシートでハードルを上げなくても、逆求人型サイトという形はハードルが十分上がっていて、しかも簡単に検索できます。企業からすれば「リスクを取る」「リスクを回避する」、本来どちらかしかできなかったものが一度にできるという利点があります。そして学生からすれば、思ってもみなかったような企業からオファーが来て、結果的に就職につながるということで、学生企業両方の利用が増えているのです。
 売り手市場が長く続いていることと、逆求人型サイトが学生企業双方から支持されていること。この二つの理由から、2017 年現在、大学名差別はかなり弱まりつつあり、これが続いていけば、就活の歴史において過去にないほど大学名差別は弱くなってくるとみています。

◆夢が大事だと発信している社会人側の問題点

岡田 『キレイゴトぬきの就活論』の第1章「夢が就活を振り回す」は重要な内容ですね。

石渡 大学生がこれから社会人になろうというときに、夢は夢で大事、一方で現実をちゃんと見ることも大事、そのバランスを持ってほしいということが一点です。もう一つは、発信する社会人の側にも問題が多いということです。この章は、ある大学で夢が大事とする教員と現実を見ろという教員とが大げんかをするところからスタートします。架空の話ですが、部分的には実話です。
 実はこれが、この本を書き上げようと思ったきっかけでした。大学のキャリア講義で、夢が大事とお話しされるゲスト講師の方がいて、ある学生が、学校教員になる夢をどうするか、現実的な選択をすべきか迷っていると質問をしました。それに対してゲスト講師の方は、何が何でも夢を実現すべきだと言われたわけです。
 ところがその質問の中には、奨学金というキーワードが出てきました。非常勤採用も多く、キャリア設計があいまいになりがちな学校教員を志望して大丈夫でしょうか。本人は善意のつもりで夢は大事だと言っているかもしれませんが、それは学生が将来奨学金を返せずに自己破産する、地獄に突き落とす一言になるかもしれません。

◆夢と職業は必ずしも結びつけなくてもいい

石渡 2000 年代以降、日本では学校教育の中でキャリア教育が盛んになってきます。その一部では、夢を実現できる大学や専門学校を選びましょうという指導が主流です。それも確かにキャリア教育、キャリア観の一環ですが、夢を職業に結びつけるのは、専門職の発想です。専門職はかなり才能が左右しますし、早いうちから職業を意識する、つまり夢と職業を結びつける必要があります。しかし専門職は就業人口がそれほど多くありません。
 一方で多数派を占める会社員、公務員などでは、職業と夢が結びついている必要は特にありません。学生に人気の高い企業の中でも、全く違う業務に携わることはいくらでもあるため、企業からすると夢はそこまで重視していませんし、極端に言えば就活中に自社を初めて知った学生であっても採用に値するわけです。

岡田 夢と職業がマッチするのは専門職の限られた人たちであり、気を付けないと振り回されてしまうのですね。

◆企業は何を見て学生を採用しているのか

岡田 次に第4章「企業は何を見ているのか」、これをお話しいただけますか。

石渡 2010 年ごろから、学生時代に頑張ったことを掘り下げて聞く企業が非常に増えました。この質問はノウハウによる対策が取りにくく、学生の特性が色濃く出てくるということで重視されています。
 例えば体育会系であれば、練習を一生懸命頑張った。これは確かにどの学生でも同じです。しかし、ある学生は後輩の指導に苦労した。また別の学生は競技団体の社会人役員との折衝、運営が大変だった。このように少しずつ違う中から、営業を担当したときにそういう経験が生かされるかもしれない。あるいは入社して先輩社員になってから、後輩をよく見てくれるかもしれない。というように特徴が少しずつ見えてきます。

岡田 「普通」は意外と武器になると書いてありますね。人と違うことを書くべきではないのですか。

石渡 今の学生は特に、アピールになるかどうか分からないことは言いたがらず、その結果、みんな普通ですと簡単にまとめたがります。その学生に対して、自己PR抜きで、どんなことをしてきたか、何にこだわったのか、3分話してごらんと言うと、普通とは言いつつも、みんな少しずつ違う話をするわけです。
 例えばある学生は、普通に中華料理屋でアルバイトをしていました。中国人留学生のコックが多くて、日本語が通じないから僕も自然に中国語を覚えましたと言う。同じコンビニのアルバイト、飲食のアルバイトでも、何かしら少しずつ学生の特徴やこだわりは違うわけで、それをもっと意識すればいいのです。
 採用担当の方の中にはサークルやバイト、ゼミ活動はありきたりだという方もいらっしゃいます。もちろんその気持ちも分かるのですが、少しずつ違うという点には注目してあげてほしいと思います。

◆リスクを取ってリスクを回避するための手法とは

岡田 企業の人事担当、特に採用担当に求められることについてご提言をいただけますか。

石渡 自社の個性、競争優位性をもっとはっきり出していくと変わると思います。例えば範囲を狭めるのも手法の一つです。とにかく英語のできる学生がほしいのであれば、英語ができる学生だけに特化した説明や選考を展開するなど、やり方はいくつかあると思います。
 最近は大企業でも、他社と採用上でコラボレーションする事例が増えました。単独でインターンシップやセミナーをやっても人が来ないときは、企業間でのコラボレーションが有効な方法です。食品、商社、機械などというくくりで、あるいは大企業同士で提携する。例えば日清食品とミズノは一緒にセミナーをやりました。大きい会社でさえそういう発想でやっているわけですから、それよりも知名度の低い企業は、セミナーなどを単独でやっても費用対効果が良くありません。かといって合同説明会などでは、小さい企業、知名度の低い企業は素通りされてしまいます。
 その点、何かしらの切り口で他の企業とコラボレーションして、インターンシップなり採用イベントなりを展開していくことで、リスクを取る、リスクを回避するという両取りができるのではないかと考えています。

岡田 一社だけでリソース、手法を考えるのではなくて、外部のリソースもうまく絡めながら自社の採用、自社のブランディングにつなげていくということですね。

◆新しい潮流を取りいれて自社の採用を好転させる

石渡 大学との提携も考えられます。○○教授と接点を持っているとか就職課の課長と親しいというような従来型の話ではなく、コラボレーションするわけです。
 具体的には、桃山学院大学のキャリアセンターが企画したイベントがあります。これには桃山学院大学の学生以外に、他大学の学生、社会人、採用担当者も多数参加しました。模擬グループディスカッションと模擬面接を行ったのです。後半は実際の選考さながらに進めていき、その場で内定者を出します。実際の採用担当者も来ますので、学生は緊張します。
 企業からすれば労力がかかるだけに見えますが、その場に来た学生は、わざわざ一日つぶしてでも面接などを練習したいという意欲ある学生ですから、その学生にパンフレットを配るだけでも有効です。そういったイベントに参加する、あるいは大学に持ちかけていく、これが私の言う大学とのコラボレーションです。

岡田 学生は就活対策が学べるし、企業側はいい学生がいたらそのまま採用も考えられて、一挙両得だと。

石渡 はい。逆求人型サイトの活用、企業、大学などとのコラボレーションといった新しい潮流に着目しつつ、採用活動を進めていただきたいと思います。