働き方改革の議論が喧しいですが、残業時間(時間外労働)に議論が偏りすぎている傾向があります。
確かに残業時間(時間外労働)は計測しやすくわかりやすい指標かもしれませんが、これだけでは議論が不十分です。生産性、ビジネスモデル、組織風土等々企業経営を取り巻く様々な視点からの議論が必要です。
今回のぶらり企業探訪では、ヤマト運輸の高橋暢晴様と葛西達哉様に「ヤマト運輸の働き方改革とビジネスモデル変革」というテーマでお話を伺いました。
育成戦略部長兼センターオペレーション部長 高橋 暢晴 氏
新東京主管支店 事務管理センター 課長 葛西 達哉 氏
- 商号:ヤマトホールディングス株式会社(YAMATO HOLDINGS CO., LTD.)
- 創立年月日:大正8 年11 月29 日
- 本社所在地:〒104-8125 東京都中央区銀座2-16-10
- 代表者名:取締役社長 山内 雅喜
- 資本金:1,272 億34 百万円
- 株式の状況:(平成29 年3 月31 日現在)
- 発行可能株式総数:1,787,541,000 株
- 発行済株式総数:411,339,992 株
- 株主数:36,390 名
聞き手:編集部 岡田 英之
◆現場の改善と人の育成を進め、構造改革に取り組む
◆現場の改善と人の育成を進め、構造改革に取り組む
岡田英之(編集部会) 今回はヤマト運輸株式会社の高橋暢晴様と葛西達哉様にお話を伺います。ヤマト運輸さんは現在、社会経済や市場などの外部環境の変化に対応するべく、ビジネスモデル変革と働き方改革に取り組まれていますね。まずはお二人の役割を教えてください。
◆現場の改善と人の育成を進め、構造改革に取り組む
高橋暢晴(ヤマト運輸株式会社 育成戦略部長 兼 センターオペレーション部長) 育成戦略部とセンターオペレーション部の部長を兼務しています。育成戦略部は、全社員の人材開発や人材育成を行う部署です。ただ、私は人の育成と併せて、組織のあり方や組織開発も検討する必要があると考えています。
センターオペレーション部は、宅急便センターでの集配や配達、仕分け作業などのオペレーションを円滑にする仕組みを開発、推進する部署です。宅急便ネットワークの一番の基盤となるのが、宅急便センターのオペレーションです。このオペレーションをどう変えていくか、改革を率先して進める役職者をどう育成するのかが重要となってきます。
私がこの二つの部署を兼務することで、両部署で連携しながら一体となって改革を進めていこうとしていま
す。
岡田 非常に重要な役割ですね。
高橋 はい。今まで、いろいろなオペレーションの施策を試してきました。しかし、実行に移すとなると、役職者のモチベーション、社員との関わり方、店のビジョンの示し方などが大切になります。どのように策を伝え、社員を巻き込んでいくのかを考えなければいけません。
◆長く働きたい職場つくりこそ顧客満足度につながる
岡田 現在、
高橋さんが抱えているミッションの中で、最優先課題は何でしょうか。
高橋 社員が長く働き続けたいと思う職場つくりです。この目標をあらためて掲げ、今期から取り組んでいます。昨今報道されているように、増えた荷受け量に対して人員体制が追いかなくなりました。荷受け量を抑制したり、日中の配達時間を一部変更したりと、対策を検討しています。
これまで、お客さまに対してサービスを後退させる施策は例がありません。しかし、そこに踏み込んででも社員が働きやすいと思える働き方改革をしなければ、サービスが提供できなくなり、事業の継続ができなくなると判断しました。私どもの価値は、社員とお客さまが良い関係を築くことだと思っています。良いサービスを提供するために、職場環境をどうつくるかが重要です。
岡田 これを機会に、顧客満足も従業員満足も高めようとされていますが、とても難しいことですね。
高橋 決められた時間でいかに対応するかを考えていくために、現場の役職者と社員が向き合い、対話することが大切だと思います。対話を進めるための働きかけや具体的な方策もあります。また、組織的には1、2年前から役職者の配置を増やすようにしています。従来は1人の支店長が2、3の店舗を担当していました。これでは社員と向き合う時間が限定されてしまいますので、役職者を増やし、担当する店舗数を減らそうとしています。
岡田 コスト高になりますね。
高橋 それでも社員と向き合う時間を増やすことで、社員がより長く働きたいと考えるようになると思っています。そしてそれがお客さまのサービス向上につながると確信しています。
◆現場での対話をとおしてあるべき姿を考えていく
葛西達哉(ヤマト運輸株式会社 新東京主管支店 事務管理センター 課長) 私が所属しているのは新東京主管支店の事務管理センターで、全国に70カ所ある主管支店の支店長を補佐する管理職です。課長職として経理や経営企画などを担当しています。
本社からは中長期のビジョンと、そこに向かって何をしていくべきかが示されます。一方、現場のドライバーは今月の結果を受けて来月どうするか、短いスパンで業務を考えます。この両者の間に立って思いを翻訳するのが、私の役割です。
宅急便の生みの親である元社長の小倉昌男は、著書『小倉昌男 経営学』に変わらぬ理念として「安全第一、営業第二」「サービスが先、利益は後」と書いています。その理念と現場の考えをどうすり合わせていくのか。経営管理の視点を持って、現場で働く人たちとの対話を進めていく。そしてセールスドライバー(SD)の職場環境を改善しつつ、どうすれば変わらぬ良いサービスをお客さまに提供できるかを考えていくことが、一番重要なミッションだと考えています。
岡田 世間から注目されている状況ですが、現場のモチベーションはいかがですか。
葛西 モチベーションは上がっていると感じています。会社が従業員満足を高めようと取り組んでいることを、好意的に捉えているようです。みんなで協力して変わっていこうという雰囲気があります。
岡田 不安や混乱があるのではと思っていましたが、自分たちの職場環境が良くなると、現場では前向きに捉えられているのですね。
◆グループを挙げてトータルソリューションに取り組む
岡田 環境が変化する中で、今後はどのような経営戦略を進めていかれるのでしょうか。
高橋 物流業界として、宅配便の量は年々増えています。その中で一番大きく占めているのがEコマースで取引される荷物です。企業間での取引も含めて、今後は小口化になる流れはさらに進むと考えています。その中で、荷物を単純に右から左へ運ぶ「輸送」にとどまらず、お客さまの流通のあり方を丸ごと解決するトータルソリューションを進めていこうとしています。
法人のお客さまに対する提案営業力を高めるための部署を新設するなど、今期は体制を整えるために組織改革を行いました。また、ヤマトグループ全体としてさらに連携しやすくなるような体制も整えています。
岡田 グループを挙げてトータルソリューションを進めていくのですね。他社ではグループ間の人事交流がほとんどないという話も聞きます。
高橋 幹部層では積極的に人を動かすようにしています。
葛西 入社5年目以降の社員は、グループ企業間で交流することを人材開発に取り入れています。
岡田 効果はありますか。
高橋 同じグループ内でも会社ごとに文化が違うようで、「外からヤマト運輸を見ると、いいところも悪いところもよく見える」と聞きます。人材が往き来することで、良い刺激になっていると思います。もっと活発に交流して、事業モデルにしていきたいです。
◆見守りサービスなど地域の課題にも取り組む
◆見守りサービスなど地域の課題にも取り組む
高橋 他にも、地域活性化や地域振興、見守り・買物支援など地域の課題解決にも力を入れていこうと考えています。例えば、高齢化が進む多摩ニュータウンでは地域全体の見守りや利便性を向上させるため「くらしのサポートサービス」を提供しています。一括配送や買物代行、家事サポート、弊社の拠点をコミュニティの場として活用するなどの取り組みです。また宮崎県ではバス会社と協力して「客貨混載」を始めました。過疎が進みバスの乗客が減る中で、路線バスで宅配便輸送の一部を担うことで、路線の維持に貢献できますし、弊社にとっても配達トラックが減らすことができ、環境にもいいです。
◆受け取り方のニーズが多様化してきた
岡田 人材確保が難しい中で、SDに代わる新たなサービスの担い手として、ドローンやAIなどの最新テクノロジーを使かうような動きは出てくるのでしょうか。
高橋 将来的にはあるかもしれません。今、お客さまの受け取り方のニーズが変わってきています。お客さまが希望する場所で荷物を受け取れるよう、宅配ロッカーを整備するなど利便性を拡大させることを加速させたいと考えています。
他にも、DeNAさんと協力して、自動運転を活用した物流サービスの開発を目指す「ロボネコヤマト」プロジェクトを立ち上げました。お客さまの希望場所まで行きお客さまが荷物を取り出すオンデマンド配送サービスなどの実用実験を行います。この実用実験では、お客さまのニーズに応えられているかの検証と、サービス利用におけるお客さまからの細かな要望の収集を行います。
岡田 夢のような面白いサービスですね。
高橋 私どもだけでできることは限られています。ですからお客さまのニーズに応えるために、他社さんとの協力はどんどん進めたいと考えています。
◆意欲があれば機会は与えられる
岡田 お話しされたような新しいビジネスの担い手を確保するために、採用や人材育成など、新しい人事施策が必要ですね。
高橋 必要だと考えていますが、できていないのが現状です。宅配便ネットワークの向上とともに、新しいビジネスを展開させようという意識はあります。一部、外部から新しい人材を迎えるなどの動きはありますが、まだ十分ではありません。今は、模索、検討している段階です。
葛西 本社では、役員も同席した場で、入社2、3年目の若手社員であっても新商品の企画などをプレゼンテーションできる機会があります。また、多くいる中途採用の社員が前職を生かした取り組みを試したり、地域責任者がお客さまと打ち合わせてビルの物流、タウンの物流を考えて試めそうとしたり、お客さまのためであれば積極的に新しいことを試していこうという文化があります。本人に意欲があり、手を挙げればチャンスが与えられます。この環境の中で、人材は育っていくと考えています。
〈 高橋部長(右)と葛西議長 〉当日はお世話になりました。
◆同僚の評価が高いドライバーは良いドライバー
岡田 SDの人事評価について、将来的に新しいサービスを提供していくために、これまでとは別の能力やスキルが求められるということはありませんか。
高橋 SDの人事評価を変える予定はありません。新しいサービスを提供することになっても、お客さまと向き合い、気持ちを理解し、できることを精いっぱい伝え、提供するという役割は不変だと思います。むしろ、お客さまに良いサービスを提供したという実績が、もっと評価に反映できないかと考えているくらいです。
岡田 どのような人事評価を行っているのでしょうか。
葛西 SDの評価には360度評価を取り入れています。SDは価格決定、お客さまとの折衝、トラブルの対処などある程度の裁量を任せられます。企業理念に基づいたサービスを提供しているかどうかが一番分かるのは、一緒に働いている同僚のSDです。同僚から良いサービスを実践していると言われるSDこそが一番評価が高いはずだと考えています。
岡田 360度評価は、個人の印象に偏る可能性があるというデメリットもあります。
高橋 同僚SDによる360度評価の結果を基に、上長が評価するという制度になっています。
葛西 評価をする管理者の教育も不可欠です。また、役職者の配置を増やし、隅々まで目を行き届かせるよう取り組んでいます。
◆立候補して活躍チャンスをつかむ
◆立候補して活躍チャンスをつかむ
岡田 役職者に登用する際に、何か基準はありますか。
高橋 希望した者が手を挙げます。
岡田 立候補制なのですね。立候補した人は全て管理職になれるのでしょうか。
高橋 研修期間を設け、その結果によって合否を判断します。
岡田 優秀にも関わらず手を挙げないという人はいませんか。
高橋 います。管理者になるよう説得しますが、本人の意思を尊重することが一番大切ですので、最終的には希望する場所で力を尽くしてもらうことになります。
岡田 活躍するチャンスが与えられるのであれば、手は挙がりやすくなりますね。
岡田 また、上司である管理者が「自分の店をこうしたい」と意欲を持って働いている姿を見せることができれば、自然と手は挙がりますね。
岡田 新卒採用で入社した後、どのようなキャリアパスがありますか。
葛西 一つのモデルとして、入社後3~4年目で店長や支店長などの業務役職者に立候補します。研修と面接を経て、5~9年目で業務役職者になります。その後に経営幹部である経営役職者に進むことができます。
岡田 経営幹部も立候補制なのですか。
高橋 そうです。
葛西 立候補制だからこそ360 度評価が重要だと考えています。現場の管理者に限った話ではありますが、一緒に働く人が認めた人が管理職にならないと、集団を統率できないと思います。マネジメント能力も当然大切ですが、素直さ、ひた向きさなど、上に立つ人間の人柄が一番大切であると、小倉昌男も言っています。
◆長時間労働の改善で女性活躍を促進させる
高橋 私どもの管理職は、支店長や主管支店の課長などの「業務役職者」と、その上位職で主管支店長や支社長などの「経営役職者」の二つしかありません。役職者として一番多いのが現場の支店長ですが、この役職は長時間労働になりがちです。長時間労働は男性にとっても問題ですが、育児は主に女性が担う場合がまだまだ主流であるため、子どもがいる女性は支店長になりにくくなっています。役職者の労働環境を整備することも大きな課題となっています。
岡田 政府が女性管理職の割合に数値目標を義務づけました。御社の女性管理職比率はどうですか。
高橋 グループ全体でも数%にとどまります。もっと女性比率を高めるために、積極的に女性を登用しています。また、役職者の労働環境を改善することは女性登用のための一環でもあります。「男働き」という言い方がありますが、男働きできる女性だけが役職者になれるという現状は、変えていかなければと思っています。そうでないと、今後、役職者の担い手がいなくなる。優秀だけど長時間は働けないという女性はたくさんいます。
岡田 女性活躍を推進するために、ロールモデルとなる女性社員を中心としてタスクフォースを組み、広報活動をする取り組みがあります。
高橋 これから取り組みたいと考えています。ちょうど私の部下に、初めて女性で主管支店長になった者がいますが、「私は男働きしてきたからロールモデルになりにくい」と言っています。少しずつ女性が役職者になっていますし、産休や育休から戻ってくる社員が出てきているので、今後、彼女らがロールモデルとなっていくと思います。
◆グループ企業で初の女性社長が誕生
岡田 私もある時期から女性のSDをよく見かけるようになりました。
高橋 午前中だけ配達をする、朝の仕分けだけするなど、パート勤務の社員は以前から女性比率が高いです。一方、フルタイムの正社員の女性も増えています。全体の女性の割合が増えることで、女性役職者も増えています。
葛西 人材教育の課長やセンター長など、新東京主管支店でも役職者やそれを補佐する役割者に就く女性はいました。主管に配属になった定期採用者を見ていて、優秀な女性が増えていると感じます。今、女性のロールモデルがいなくても、彼女たちが多数派になることで、会社も変わるだろうと思います。
岡田 経営幹部の女性比率はいかがでしょうか。
高橋 かなり意識的に登用しています。この4月にも複数のグループ企業の社長に女性が就任しました。
岡田 部長クラス、課長クラスではいかがでしょうか。
高橋 15 人いる部長の中で、女性は2人です。
岡田 その2名は新卒採用の方ですか、それとも外部から迎え入れた人(中途採用)たちですか。
高橋 新卒採用の人です。ホールディングスでは外部から人材を迎え入れるケースもあります。
葛西 現場の課長クラスでは1割ぐらいだと思います。
岡田 新卒採用の男女比はどれぐらいでしょうか。
葛西 今年は女性6割、男性4割だったと思います。採用に携わる方から「優秀な女性が多い」と聞きます。実際、現場でも優秀な女性が多いと感じています。
◆働きやすい職場つくりが一番の課題
岡田 御社の人事部組織の特色や強みは何でしょうか。教育、ダイバーシティ、グローバル人事など様々あると思います。
高橋 強みというより、今おっしゃった全てに課題を抱えています。その中でも一番の課題は、働く時間や処遇も含めて、いろいろな方が働きやすいよう仕組みを変えていくことだと思います。以前は、お客さまのニーズに合わせて、必要な人材を採用していました。しかし、人材確保が難しい中、確保できる時間に合わせてどう業務を変えていくかが重要です。サービスが一部後退したように見えても、サービスを継続的に提供できるための仕組み作りをどうつくるかと、考え方が大きく変化しました。
岡田 長く働いてもらうことで、熟練度が増し効率が上がり、顧客満足にも繋がるわけですね。人事部としてすべきことは何ですか。
高橋 長く働く方をフォローできる制度をつくることと、そういう見方ができる役職者を育成することだと思っています。
岡田 かなり現場に寄り添った人事戦略ですね。
葛西 どの部署でもまずSDを知ることから、問題解決を進めるという姿勢は変わりません。
◆構造改革に向けた強い思い
岡田 御社の働き方改革は世間からも注目されています。読者の皆さまに向けて、それぞれご自身の思いを聞かせてください。
高橋 お客さまにずっと信頼していただけるサービスを、これからも継続的に提供していきたいと思っています。
葛西 事業の多角化を進める中でも、社会インフラとして顧客満足を第一に考えたサービスの提供は変わりません。顧客満足と従業員満足を両立させるという難しい課題に取り組んでいきたいと思います。
岡田 どうもありがとうございました。