これまでの働き方改革議論は、電通過重労働問題に象徴されるように残業や休日出勤などの時間外労働に議論が集中し過ぎている傾向があります。
しかし、働き方改革の本質は生産性の向上にあるのではないでしょうか。ひとりひとりが専門性を発揮し、付加価値を産み出し、顧客から評価され対価を得る。こうしたことを継続的に実現し、組織を成長・発展させることに貢献することが重要ではないでしょうか。より多くの付加価値を産み出すには時間当たりの生産性を上げることが必要です。そのために私たちが取り組まなければならないこととは何でしょうか。

<聞き手>:編集部 岡田 英之

あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏

あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏


ゲスト:あまねキャリア工房 代表 沢渡さわたり あまね
1975年生まれ。あまねキャリア工房 代表。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。
日産自動車、NTT データなどを経て、2014年秋より現業。経験職種は、広報・情報システム・購買(ITサービス・BPO)など。現在は複数の企業で「働き方改革」「社内コミュニケーション活性」「業務プロセス改善」のファシリテーター・アドバイザー、および新入社員・中堅社員・管理職の育成も行う。著書に『職場の問題地図』『仕事の問題地図』(技術評論社)、『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』『新米主任 ITIL 使ってチーム改善します!』(C&R 研究所)などがある。
趣味はドライブと里山カフェめぐり。

岡田英之(編集部会) 本日は『職場の問題地図』を出版された沢渡あまね様にお話を伺います。まず自己紹介と、ご著書を出版されるきっかけをお話しいただけますか。
沢渡あまね(あまねキャリア工房代表) 私は日産自動車、NTT データ勤務等を経て、2014 年からフリーランスでコンサルをしています。私の一番大きな特徴は人事部門の経験が全くないことです。現場目線で見ると、「働き方改革は雲の上で行われている」というあきらめムードがあります。現場の勘と経験を掛け合わせ、こういったところを書いてみようと思ったのがきっかけです。
 働き方を良くするには四つの切り口があります。人事制度、個人のスキル、業務プロセス改善、場・風土づくりです。私は制度に関してはタッチしていないので、その他三つの部分で価値を出していけたらと思っています。

◆まずは目先の意識合わせから

岡田 ご著書で一番訴えたかったことは何でしょうか。
沢渡 一番のポイントは「一億総活躍を一億総疲弊にしてはいけない」ということです。皆さんパワフルに働いて疲れています。しかし、ワーク側とライフ側がお互い筋肉質にならないと、疲れてしまって長続きしない。いわゆるサステイナブルではない状態になってしまいます。今のままでは一時的に働けるようになっても、疲弊
してリタイアということになりかねません。
 この本はバス停がモチーフです。どの会社でも「うちはここが問題だ。ここはできている。ここは関係ない」という部分が必ずあると思います。バスに乗って、自分に関係のあるところで降り、メンバーと意識を合わせてやってみる。この目先のところからやっていただきたいと思って、こういう地図にしたのです。
 「みんな会議の在り方がおかしいと思っているけれども言えない」ということがよくあります。その場合は、この本を見ながら意識合わせをする。「言ってもどうしようもない」というモヤモヤを、組織の合意まで持っていく。そうやって実際に改善を始められている方がたくさん出てきています。

◆「制度が悪い」だけでは思考停止する

岡田 この本には、現場で働いている人が上司に意見具申する上で非常に参考になる切り口がたくさん書かれている印象があります。
沢渡 読んでいただくと分かりますが、「誰のせいでもなくて、誰のせいでもある」という見方ができると思います。例えば制度を問題にした本では、「人事制度が悪い。人事制度を良くしましょう」だけですね。そうすると読む人は「そうか。制度のせいか」と、そこで思考停止してしまうんです。
 ところがこの本では、制度にも問題がある可能性がある一方で仕事のやり方も問題ではないか。部下の問題、気の使い方の問題、上司の受け止め方、さらには文化・風土にも問題があるのではないかと示唆します。これは誰のせいでもあって、誰のせいでもないと思うんです。
岡田 前書きに「日本の職場の生産性はなぜ低いのか」と書かれていいますが、やはり低いのですか。
沢渡 実際低いと思っています。会社勤め1年目のときにスウェーデンの企業と仕事をして衝撃を受けたのは、非常に筋肉質に仕事をしていたことです。職場での時間効率がいいだけでなく、忙しいときは家でテレワークをするという柔軟な働き方ができていたんです。
岡田 筋肉質な働き方というのは?
沢渡 頑張るべきところと、頑張るべきでないところのめりはりがある。つまり、仕事に対するこだわりと、自分に対するこだわり両方を大切にできることです。日本人は歴史上、自分らしさの部分が優先されてこなかったという気がしています。

◆フレームを掛け替え、価値観を変える

岡田 日本では通勤ラッシュや朝礼、若手が帰るタイミングを探るなどの文化があります。なぜこんなことがいまだに残っているのでしょうか。
沢渡 二つあると思います。一つ目は、皆さんは改善した先の社会を知らない。だから、いいとは思っているけれども、やっぱり怖くてできない。「会議とは、部長のつまらない話を聞いて眠気に耐える仕事だ」と思っている人も多いわけです。それしか知らないので、改善した世界なんて全く分からない。それが当たり前だと思って踏み出せないのです。
 二つ目は、今までは高度経済成長で、「みんなで連帯感を出し・そろって・礼儀正しい」のが常識でした。それを乱すのはいけないことだ、そういう集団心理が作用しているのではないかと思います。
 実はとても非効率的なのに、「社会人は通勤ラッシュに耐えて朝9時に会社に来るもの」という不動の価値観に流されてしまうと、そもそも疑問も持たないですよね。
岡田 その不動の価値観はどうやって変えたらいいのでしょうか。
沢渡 リフレーミングと小さな実践の繰り返しだと思います。あなたが出社しなくても会社は回ります。朝礼はなくても仕事に影響ありません。むしろテレワークで仕事をしたほうが仕事は進むから、会社も自分も幸せです。という見方があると思うんです。これはそういうフレームを掛け替えてあげないと、まず気付けません。ただ、これは個人がそう思っても会社が思ってくれないと、また文化の中で押し流されてシュリンクしてしまうので、まずはディスカッションを始めていくことですね。

◆人事部の自作自演で終わらないために

岡田 一人の声はマイノリティーにすぎません。ここを形にしていくヒントはないでしょうか。
沢渡 外を味方に付けることです。働き方改革は大抵人事部門が音頭を取ります。でも、人事部門だけでやっている会社は、人事部の自作自演で終わっています。
 働き方改革が定着している会社は、うまく広報部門を巻き込んでいます。広報部門がPRして、それがメディアや行政に取り上げられる。そういう会社なんだと社会に認識される。それを社内報などで社内にも見せていく。そうすると、社内での反対派がマイノリティーになってきます。組織の常識に合わせることが根付いているので、逆にそちらに従わざるを得なくなるんです。
 個人やチーム単位の場合でもそれは言えると思います。他部門から見たときに、あの部門は働きやすそうだなと思わせることです。働き方改革をすることによって、ブラック部門から人気ナンバーワンの部門に変わったところもあります。チーム単位でも見られ方をどうやってつくっていくか考えることが必要です。
 私はNTTデータにいた2010 年ごろに男性で初めてテレワークをやりました。部門人事は「うちは育休明け1年未満の女性しか認めていない」と反対したのですが、直属の上長の許可を得て試して見ました。これをやってみて分かったことも多いです。父親の働く姿を家族に見せることができ、地域での会社の評判も上がりました。私を見て部下もテレワークを始めた結果、東日本大震災のときも私のチームは業務を止めませんでした。これで
一気に会社が変わりました。今は、朝の電車が止まると、みんなそのまま当たり前のように駅から自宅にひき帰してテレワークで仕事を始めています。

◆場をつくることが人事の役割

あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏

対談:沢渡 あまね 氏

岡田 人事部は何が駄目なのでしょうか。
沢渡 ある意味仕方ないところもありますが、守ることに必死になりすぎている人事が多い印象があります。人事の一番の役割は、「その会社らしさを体現できる人材をいかに育てていくか」だと思うので、そういう評価制度、空気づくり、いいロールモデルづくりをし、会社を良くしていく。そこだと思うんです。
 人事制度をある程度運用しながらも、「でも、ここは自社の『らしさ』だから、ここは大切にしよう」とか、チャレンジをしている人にプラス評価をするとか。それは評価項目にも入れるべきですし、そういう場、空気感をつくっていくのが人事の役割だと思います。人事にできないなら、現場に任せるという権限委譲がされていれば、私はそれでいいと思います。
岡田 これは人事部自身も変わるいいチャンスかもしれませんね。
沢渡 そうですね。でも、無理に全部やろうとする必要はないと思います。高い視点で、会社のために人事がどうあるべきか。何が足りて、何が足りていないか、これが評価できればいいと思うのです。

◆日本流コミュニケーションの活用

岡田 メンバーシップ型よりジョブ型がいいという意見が増えてきましたが、どう思われますか。
沢渡 私は「対話型メンバーシップ型」が大事だと思います。今は仕事に対する関わり方も多様化しています。こういう中ではきちんと対話していかないと、アンハッピーな結果にしかなりません。欠けているのは対話です。対話型メンバーシップ型に成長するだけでも違うと思いますよ。
 人事制度も大事ですけれども、やはり大切なのはプロセスや場をつくることです。上司と部下で定期的に話すことができるようにするには、例えば「必ずキャリア面談しなさい」というプロセスにしてしまう、人事部からのキャリアメンターを置く等、やり方はいくらでもあると思います。
岡田 そうすると、これまでの日本人のコミュニケーションの仕方を変えなくてはいけないですね。
沢渡 私は、今までのコミュニケーションのいいやり方を拾い上げればいいと思うんです。例えば日本には、飲み屋に行って愚痴を言い合うという素晴らしい文化がある。たばこ部屋でつるんで本音を言うという素晴らしい文化がある。そこで出た情報が共有されていない、活用されていないだけです。もっと話しやすい環境にするなど、仕掛けづくりの部分でやれることはたくさんあると思います。

◆「らしさ」を大切にする働き方改革

岡田 やはり場づくりですね。
沢渡 日本人は場づくり、プロセスづくりが苦手な民族かもしれないです。それをくみ取ってあげる調整役をつくるのも手です。
岡田 そうするとコミュニケーションが改善して、本音が出てくるということですね。
沢渡 本音を言い合うのは、その会社を好きになりたいからです。本音を言い合うことで愛社精神が高まって、働き方も良くなって、リスペクトも生まれていく。それを人事がやるのもありですし、部門に任せるでもいいですし、部門横断型の委員会をつくってもいいと思います。機能をつくれば人は動くので、そういう機能をつくってあげるのもありかもしれません。
 欧米流がいいのかというと、なかなか難しいです。いきなり外資系のやり方を無理やり適用しても、絶対なじみません。やっぱり「らしさ」を大切にする働き方改革をやっていくことが定着のこつですね。それをやるともっと「らしさ」が醸成されるはずです。

◆見極めて「いい属人化」だけを残す

岡田 ご著書の中で個人的にものすごく刺激を受けたのが「属人化」と「過剰サービス」です。
沢渡 属人化は仕方ないことです。全否定はできません。人がいる以上、属人化します。さらに人間は自分の属人的な部分が存在価値だと思う生き物なので、それを全否定した瞬間にモチベーションが下がります。ですから私は、「属人化を全否定してはいけません」という前提に立っています。
 属人化にはいい属人化と悪い属人化があります。その人がいないとその会社、部門の価値が全く出せずに、業務停止の状態に陥る。これは悪い属人化です。いい属人化は当たり前のレベルだとか、別にその人が来てからやっても困らないというレベルの仕事が、その人がいるとさらに価値が高い、さらにスピードが速い。これはいい属人化だと思うんです。
 悪い属人化の状態で走るとどういう状態になるか。一つ目、その人は休めない。異動・転職したらチームの戦力ががた落ちになる。二つ目、周りに対する期待を無駄に上げてしまう。実はその人一人がすごいだけなのに、あの部署はすごい、あの会社はすごい、となる。
 まずはそこを見極めて、切り分けてみる。いい属人化の部分だけ残すというところに持っていくべきです。そうすれば、属人化していることの満足や、組織に対する愛と、仕事がきちんと回るというところが両立できると思うんです。

◆マニュアルは引き継ぎを受ける側が作成する

岡田 本の中に「マニュアルは引き継ぎのときに作ってしまえ」という話がありますが。
沢渡 私は二つ作りましょうと言っています。一つはマニュアル、これは引き継ぎを受けるときに、受けるほうがまず作ります。これは新鮮な状態で説明を聞くので、疑問点などがつぶさに見えてくる。自分が使いやすいようにつくれる。抜け・漏れが防げるといった効用があります。また、そこで無駄に気付くこともできます。もしかしたらそのあと「この作業はなくてもいいのでは」と気づいて改善できるかもしれません。
 受けるときに作ってしまえば、その人は休めます。前任者は異動だからと、慌てて作らされる。つまりマニュアルなしで2~3年いたわけです。これは脆弱な状態だったと言えます。受ける人が作って、説明しやすいようにしておけば、「私は休むから、ここをやっておいて」とできるので、その瞬間に属人化のループを断ち切ることができます。引き継ぐときは、自分がマニュアルを持っていて、今度は受けるほうがそれを聞きながらマニュアルを書いてもいいですね。
 もう一つ用意してほしいのが、インシデント管理簿です。これはマニュアルの弱みを補うツールです。その業務を進めていて起こったトラブルや例外をメモし、どう対応したかを日々書いていく。マニュアルは陳腐化するけれど、インシデント管理簿がマニュアルの陳腐さを補う教材になるのです。

◆三遊間を生む過剰サービスの怖さ

あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏

あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏

岡田 過剰サービスでおっしゃりたかったことは何でしょうか。
沢渡 無駄なこだわりがオンされて、残業だとか、部門の期待値を無駄に上げてしまっているということです。
岡田 よく「前任者はやってくれたよ」と言われてしまう、あれが過剰サービスですね。
沢渡 そうです。過剰サービスは怖いことが二つあります。残業や、スキルに見合わないハイレベルな仕事を生んでしまうことが一つ。もう一つは組織に「三遊間」を生み出す温床になることです。その部門の人がたまたまやってくれていた業務であって、本来ほかの部門がやるべきだったものがその人に付いてしまうから、その人がいなくなった瞬間にやる人がいなくなる。重要業務だったら問題になりますよね。
 日本ではサービスは当たり前という文化があって、そこが遅れている。「サービスにはお金かかります」という意識に持っていかないといけません。これはなかなか時間がかかりますが、教育が必要だと思っています。
 過剰サービスを断った場合も、先ほどのインシデント管理簿に付けると、誰からどういう要求が来ているか分かるので、「これはやらなければいけないかな」というところも見えてきます。
岡田 必要だと思えば、「きちんとしたサービス」として提供しますということですね。
沢渡 記録していれば上にも説明しやすいですしね。ここでもきちんと記録して、共有していくという取り組みが非常に大事なんです。

◆「にんげんだもの」の本音と向き合う

岡田 最後に、読者にメッセージをお願いします。
沢渡 相田みつをの「にんげんだもの」という言葉があります。ここに向き合っていただきたいと思います。「それは家族と過ごしたいさ、人間だもの」「台風の日に通勤するのはつらいさ、人間だもの」「長い会議に付き合わされるのはつらいさ、人間だもの」だと思うんです。ここに向き合わずに、きれい事だけで「制度をこうしました」とか、「うちはこういうルールだから」というところで縛ろうとしても、人の心は離れていくばかりです。これは誰も幸せにならない。ですから、もっとわがままをぶつけ合っていいと思うんです。
 台風の日や大雪の日は会社なんて行きたくない。ラッシュの電車で、なんで金を払って苦しまなきゃいけないのか。みんな思っているわけですよ。思っているならやめればいい。その代わり家にいても仕事ができる、業務は継続できるようにする。
 一見わがままに見えることを解決してあげることが、実は社会のためになっているという話だと思います。ここに向き合わないと、一回は変わるかもしれませんが、定着しませんし、継続しません。働き方改革・改善ではとにかく「にんげんだもの」で出てきた本音をどう業務に実装していくか。この繰り返しだと思います。
岡田 誰かが声を上げ、その声に周りも反応するということですね。それは人事部の人でもいいわけですか。おかしいと思ったら人事部が声を上げて、そこから変えていくこともできるのでしょうか。
沢渡 できると思います。

◆自分だけで頑張らず、外を味方に付ける
あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 氏と岡田編集部員

沢渡 あまね 氏と岡田編集部員

沢渡 あと一つは、とにかく自分たちだけで頑張ろうとしないことです。先ほど言ったように、外を味方に付けることです。既に改善した世界を経験している人をコンサルタントに入れるでも、広報を使って外から見られるような仕掛けをつくるでもいいと思います。自分たちだけで頑張ろうとするとつぶされたり、出口が見えないことがあります。無理に自分で頑張らない。外注を使う、部下に任せる。これをやられているマネジャーは強い組織をつくられていると思いますよ。
岡田 沢渡様はコンサル依頼を受けていただけるんでしょうか。
沢渡 講演会やワークショップなども行っています。ワークショップから始まって、引き続きプロジェクトに関わった例もありますので、まずご一報いただければ、どんな形がいいか臨機応変に対応します。
岡田 ありがとうございました。