結局、働き方改革の議論とは何なのか?企業経営、行政、司法、労働者などその立場によって様々な考え方があり、正解はありません。成熟社会を迎えたニッポンがこれからどのような途を歩んでいくのか?その途は明るいのか暗いのか?働き方改革の議論はニッポンの進路について考えることなのかもしれません。

<聞き手>:編集部 岡田 英之

法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授 高田 朝子 氏

ゲスト:法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授 高田 朝子 氏
米サンダーバード国際経営大学院国際経営学修(MIM)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て、高千穂大学経営学部専任講師、助教授。2008年法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授、2010年より現職。
著書『女性マネージャー育成講座』生産性出版 2016年、『人脈のできる人―人は誰のために「一肌ぬぐ」のか?』慶應義塾大学出版会 2010年、『組織マネジメント戦略( ビジネススクール・テキスト)』(共著)有斐閣 2005年、『危機対応のエフィカシー・マネジメント―「チーム効力感」がカギを握る』慶應義塾大学出版会 2003年。他多数

岡田英之(編集部会) 本日はイノベーション・マネジメントについて研究されている、法政大学大学院准教授の高田朝子先生にお越しいただきました。まず自己紹介をお願いします。

高田朝子(法政大学大学院准教授) 大学卒業後モルガン・スタンレー証券会社に入社し、その後アメリカでMBAを取得しました。帰国後、慶應義塾大学大学院にてMBAを取得。修士号、博士号を取得した後、高千穂大学で准教授となり、法政大学のビジネススクールに移り現在に至ります。
 専門は組織行動とリーダーシップの研究です。現在はビジネススクールで教える傍ら、女性マネージャーの活用法や、女性による事業継承の研究をしています。

◆いかに女性とシニアの労働力を喚起するか

岡田 世間は今「働き方改革」一色ですが、働き方改革をどのように捉えていらっしゃいますか。

高田 労働力減少が明白な今、働き方改革は必須課題です。ただ、「働き方」という言葉の示す対象者は2種類いると思います。
 1つは、重要な産業以外は国外に出して、周辺国の労働力を活用する考え方です。トランプ大統領とは逆の発想ですね。これはうまくいかないだろうと思います。もう1つは、国内での労働力確保です。移民の受け入れや、女性やシニアなど「眠っている労働力」の掘り起こしが考えられます。
 移民の受け入れは問題も多く、簡単には取り組めません。そうなると、今まで働いてこなかった専業主婦層や、定年後のシニアの活用が、働き方改革の真髄になるでしょう。女性が働きやすい環境作りや、60歳で定年としてきた雇用慣行をどうするのかが、働き方改革の第一手になると思います。

◆2050年、限界のその先

岡田 そもそも、労働力の減少に合わせた適正な経済規模にアジャストさせるべきではないでしょうか。

高田 人口グラフが「つぼ型」になる2050 年以降は、経済規模のアジャストが必要になるでしょう。なるべく国力を維持したいと考えるなら、発想の転換が必要です。
 これまで日本の産業は「高い品質」を目指してきました。ただ、今後さらに付加価値を上げていくなら、品質のよさだけでなく、イノベーティブなものづくりをしていく必要があります。今はまだ「どうすればイノベーティブになれるか」を模索している段階です。

◆長期雇用が女性にゆとりを与える

岡田 女性活躍推進の取り組みもなかなか進みません。仕事と家庭を両立したい女性は、以前より生きづらくなっているように感じます。

高田 まさにそうです。現状は真面目に働こうとする女性たちがマタニティ・ハラスメントにあったり、保育園に預けられず、辞めざるを得ない状況が続いています。出産、育児はたかが5、6年の話です。ある程度の長期雇用を前提に、「戻ってきたら休んだ分頑張ればいい」と会社から積極的に提示すべきです。長いスパンでのキャリア設計を見せてあげることで、女性が仕事を続けやすくなると思います。

◆「自分の問題」に変える仕組み作り

岡田 社内に複数のキャリアトラックを設け、ライフステージの変化に合わせて変える「複線型人事」では、女性の働き方に関する問題を解決できないのでしょうか。

高田 うまく機能していません。現状では一度「マミートラック」に入ると、社長や役員にはなれないのです。
 制度ではなく運用に問題があると思います。現場の人事決定権者はほとんどが中年男性で、エリートであればあるほど家事や育児は妻任せです。家事や出産・育児に加えて仕事まで求められている現状は、女性にとって三重苦であることに気が付けないのです。

岡田 人事決定権のある男性を説得すべきでしょうか。

高田 10年ほど前に、女性の上級管理職を調査研究しました。東証1部、2部に上場している企業の中から同族企業を除くと、当時の女性役員は1%未満でした。彼女たちに昇進できた理由を聞くと、そのほとんどが「いい上司に恵まれた」と答えたのです。その上司のプロフィールを聞いていくと上司は男性ですが、自身の母親や姉妹など身の回りの女性が働いている人ばかりでした。大抵は農家か教師で、身近な女性が働いている姿を見て育っているので、女性が働くことに理解があります。
 また事業継承研究の一環で、女性医師に話を聞きましたが、昔の医療業界は手術台の高さなど全てが男性仕様で、女医には厳しい環境でした。近年、改善が進んだ背景には女性医師の増加があります。もっと詳しく見ていくと、女性医師の親族が医者である場合が多いのです。父親である医師は娘が医師になって初めて、環境改善の必要性に気がついたのだと思います。
 このように他人事を「自分事」に変えるには、大きなきっかけが必要です。企業であれば、IBMのように「優秀な女性マネージャーを何人育てたか」等の項目を人事評価に入れるべきでしょう。自分の昇進に関わるとなれば、女性の働き方を真剣に考えるようになると思います。

◆パイオニアになる20、30代

岡田 選択肢が広がる一方で、20、30代の女性は困惑し、逆に働くことにネガティブになっていると感じます。

高田 今の20、30代女性の母親は、専業主婦が多い世代です。「選択肢は増やしたから、自分たちでパラダイムシフトを起こせ」と言われても、働くイメージを持ちにくいのでしょう。彼女たちの子どもは、働くことを当たり前と思えるようになるでしょうが、それには20年ほどかかると思います。
 女性の労働力を期待するなら、まずは単純に採用数を増やすべきです。未だに男性優位で採用している企業も少なくありません。しばらくは「100のうち10残ればいい」と割り切って、積極的に採用と教育を続けていくべきです。やがては働く女性の数も増え、女性自身の意識も社会通念も変わっていくと思います。

◆シニア世代の働き方

岡田 シニアの場合、労働市場に残り続けるとハレーションを起こしませんか。

高田 当然、会社に残り続けることは、若者やミドルのポジションを奪うことになると思います。そうかと言って、長年企業で長時間にわたり働いてきた人が、定年後いきなり起業することは難しいでしょう。

岡田 ビジネススクールに通われるシニアの方も増えているのでしょうか。

高田 増えていますね。また、資格取得を目指すサラリーマンも多いです。ただ仕事の供給が多くないので、せっかく取った資格も活かしづらい状態です。シニアを活用するといっても、その働き方は不透明なままなのです。

岡田 今は「学び直し」や「セカンドキャリア」と言って焚き付ける一方、出口戦略がないということですか。

高田 ただ、今のシニアは会社という狭いコミュニティーで長時間労働をしてきた世代です。学生というフラットな関係に戻ることで、出会う機会のなかった人々と出会い、共に新しいことを始められるチャンスが、大学院にはあると思います。


◆企業に頼らない生き方を考える

高田 ただ、今後はさらに寿命が伸びるでしょう。90、100歳になっても同じ会社で働き続けるのは、現実的ではありません。今の若者やミドルも複数のキャリアパスを前提として、キャリア設計をしていく必要があります。

岡田 法政大学大学院の石山恒貴先生も同様の発想で「パラレルキャリア」を提唱されています。普及が難しいのはなぜでしょうか。

高田 会社で「パラレルです」と言った瞬間に、出世コースから外れてしまうからでしょう。会社に内緒でビジネススクールに通う会社員も少なくありません。

岡田 社員の副業を認めたロート製薬のように、社員が築いた人脈や知識、経験を会社に還元してもらうほうが、会社としてもメリットになりませんか。

高田 これまでの日本企業は、終身雇用制度の中で「共有した時間の長さ」を評価し、会社というクローズドソサエティから出ないことをよしとしてきました。越境学習や副業は浮気に等しく、社内評価を下げる行為だったのです。
 多様な能力の社員がいることは、企業にとっても大きなメリットになります。数年のうちには、パラレルキャリアを積極的に認める企業が増えていくでしょう。

◆労働力偏在の解消と地方都市の復活

岡田 今は都市部に人材や仕事が集中し、労働力の偏在化が起きています。地方に人材を送るなど、地方の活用を考えるべきではないでしょうか。

高田 法政大学では、スーパーグローバル大学として英語のMBAコースを設けています。14名の外国人を受け入れ、地方自治体でのインターンシップを必修として行っているので、私もよく地方自治体の話を聞く自分の目で実態を確認する機会があります。
 今、地方では過疎化が一層進み、かつての企業城下町は、ゴーストタウン化している所も少なくありません。仕事も少ないので、複数のキャリアを積むことも難しい状況です。現在盛んに議論されている「働き方改革」は都市部に限った話で、地方には当てはまらないのです。このままでは少子高齢化によって税収も確保できず、破綻する自治体が増えていくでしょう。
 理想は地方にイノベーティブな会社が生まれ、雇用が創出されることです。ですが、まずは地方にサテライトオフィスを作る動きを、本格化させるところから始めましょう。また単身赴任ではなく、家族で移住できる環境を整える必要もあります。
 若者が地方に残るには、教育の質を担保することも大事です。企業が大学の偏差値順に採用するような学歴フィルターを廃止することで、若者が都会に流入することを減らせると思います。

◆少子化、もう一つの弊害

岡田 働き方改革を拒む保守化した若者も増えていますが、どう思われますか。

高田 親の影響が大きいと思います。少子化で、親が子どもを手放せなくなっているのです。大企業重視など、親自身の就活時の価値観を子どもに押し付けています。
 今はもう時代が違うのです。企業の寿命は短くなり、親世代の就職希望ランキングにあった企業で合併していない会社は一つもない状況です。変化の激しい時代だからこそ、子どもには自分で考える力を身につけさせるべきではないでしょうか。

◆欧米の真似ではない、「日本型モデル」の構築

岡田 新しい働き方としてリモートワークや在宅業務が言われ始めて久しいですが、これもなかなか普及しないのはなぜでしょうか。

高田 「時間の無駄」と言われるような会議がいまだになくならない理由は、やはり「会う」ことが大事だからでしょう。人間にとって視覚から得る情報はとても大きく、顔が見えるだけで、互いの信用が保たれるのです。リモートワークが普及しても、会うこと自体は逆に増えるのではないかと思います。
 今の若い世代は、図書館ではなくカフェで勉強します。出社せずに仕事ができる「どこでもオフィス」を導入したヤフーでも、結局若い社員は会社の近くのカフェで仕事していることが多いようです。一種の「人恋しさ」があるのではないでしょうか。

岡田 孤独だとかえって作業効率が上がらないというのは、農耕民族的な感覚だと思います。今の働き方改革案は、時間や場所を制限せず、成果だけを評価する点で狩猟型の働き方といえるでしょう。改革が進まないのは、国民性に合わないからでしょうか。

高田 確かに、狩猟民族的な働き方は合わないでしょう。会社を一つのコミュニティーとし、長期雇用されるほうが、日本人の価値観に合うと思います。むやみやたらに海外の真似をすべきではありません。
 ただ、評価基準は変えるべきだと思います。成果に比重を置かなければ、生産性も上がりません。無駄な残業を減らし、生産性を上げるためには、日本人の国民性に即したタイムマネジメント方法を採用する必要があると思います。

◆混乱の過渡期をチャンスに変える

岡田 最後に読者の方へ、メッセージをお願いします。

高田 まず、女性に負荷がかかり過ぎている現状を認識するとともに、今までの「おじさんドミナント」な働き方を変えていくべきです。日本の会社の多くは、すでにしっかりとした人事制度を持っています。女性をはじめ現場の人間が、制度を使いやすいように運用するのは上司の役目です。そして、その上司を作るのがトップの仕事だと理解していただきたいと思います。
 また、「人を育てる」ことの重要性を再確認しなければいけません。島津藩で行われていた「郷中教育」に代表されるように、日本は昔から人材育成に力を入れてきました。人口が減る以上、一人ひとりの質を向上させる必要があります。「いかによい人材を育てたか」を評価基準に加え、職場における積極的な人材育成を促すべきです。
 長期雇用制度や社内コミュニティーの尊重など、従来の日本企業の良さを残しつつ、社員の社外活動や、多様なキャリア形成を積極的に支援していくことで、企業はより強くなれると思います。単なる欧米の真似ではなく、国民性に合った働き方を模索すべきです。「日本型モデル」と言えるような働き方改革ができれば、これからくる社会の過渡期も、よりよい方向に向かうためのチャンスになると思います。