新型コロナウイルスの感染拡大を契機に地方移住に目を向ける人が増えているようです。内閣府の世論調査によると、テレワーク(在宅勤務)経験者の約25%が移住への関心を高めているようです。また、地方移住へのオンライン相談会には20代、30代の若い世代がかつてない規模で参加するようになっているようです。仕事と生活のバランスで生活を重視した結果、若い世代にライフスタイル主導型の移住の流れが来ているのかも知れません。
こうした足下のコロナ禍の状況に加え、日本は少子化と人口減少社会に直面しています。Zoomなどリモートワークというツールを手に入れた私たちは、人口減少社会での新しい生活や労働を模索しています。その先に見える未来像とは?

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

株式会社日本総合研究所 調査部 上席主任研究員 藤波 匠 氏

ゲスト:株式会社日本総合研究所 調査部 上席主任研究員 藤波 匠 氏
1992年、東京農工大学農学研究科環境保護学専攻修士課程修了。同年、東芝入社。99年、さくら総合研究所入社。2001年、日本総合研究所調査部に移籍、山梨総合研究所出向を経て08年に復職。主として地方再生、人口問題の研究に従事。著書に『「北の国から」で読む日本社会』『人口減が地方を強くする』『地方都市再生論』等がある。

『子供が消えゆく国』から考える人口減少社会とこれからのニッポン

岡田 英之(編集部会):本日は、日本総合研究所の藤波匠さんにお越しいただきました。藤波さんは『子供が消えゆく国』という本で、少子化問題が地方創生や都市の一極集中、国の経済社会などに与える影響について書かれています。それでは藤波さん、簡単に自己紹介とご著書の出版背景などからお願いします。

◆『子供が消えゆく国』出版のきっかけ

藤波 匠(株式会社日本総合研究所調査部 上席主任研究員):私は日本総合研究所の調査部で、おもに地方創生をメインテーマとして十数年研究を続けています。地方問題を扱う上で地方の人口減少、人口流出はさけて通ることのできない課題であるため、常に懸案事項として私の中にあります。 本を書いたきっかけは、昨年の7月ごろに、ある方から「2019年に子供の数が大幅に減りそうだ」という話を聞いたことです。調べると、2019年上半期の出生数が、たしかに前年より大きく下振れしていました。少子化の背景にはさまざまな問題が介在していますので、今回少子化が一段と進むタイミングで、日本が抱えている課題とそれをどのように改善すればよいかを考えてみようと思いました。もちろん国が発展し子供を産まなくなるのは先進国によくあることですが。

岡田:先進国共通の課題ですよね。

藤波:もう一つ理由がありまして、現在の若い方の置かれている状況がかなりひどく、経済的苦境、社会的立場が弱い状況がわかってきたため、社会として真摯に向き合い改善するべきだという思いがありました。今を生きる世代は次世代に責任を持っていると思います。それは次の世代が自分たちより少しでも豊かになることだと思うのですが、現実には、逆に貧しくなる方向に向かっています。その点を捉えて書いてみようと思いました。

岡田:ありがとうございます。では前半は地方創生について、後半は少子化問題とその背景として厳しい状況に置かれて希望がなかなか持てないでいる若い人たちの話をおうかがいしたいと思います。

藤波:まず、地方の人口流出についてお話しします。講演でもよく使う『東京圏(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県)の転入超過の推移』のデータがあるのですが、日本は景気が良くなると東京圏への流入が増え、悪くなると減る傾向が比較的明確なんですね。1962年のピーク時は約40万人転入超過しています。「金の卵」と呼ばれる人たちがいた時代です。ガクっと東京圏への流入が減るときは、地方で公共事業などの景気対策をしているときです。

岡田:そこはケインズ経済学的というか、財政政策みたいなものを行っているのですね。

藤波:特に1970年代はまともに影響を受けています。全国総合開発計画が実施され、東京など大都市の雇用を地方に移そうと公共事業をやったり、大きな製造拠点を地方に移したりした時期です。

岡田:田中角栄首相の時代でしょうか?

藤波:そうです。まさに列島改造の時代です。東京と地方の所得格差が縮まるのもこの時期で、オイルショックで景気が悪化したと言われますが、実は、この時期に地方はすごく豊かになって人も定着しやすくなっていきました。何が言いたいかというと、日本の場合は人の移動は「経済」による部分が大きいのです。2015年に地方創生がスタートして、各自治体が移住促進政策を実施していましたが、その間も東京圏の転入超過は増え続けました。今、コロナの影響で東京の有効求人倍率が急激に下がっていますから、おそらく2021年頃から東京へ出ていく人が減るはずです。それをもって地方に人が定着したと考えるのは危険で、やはり地方の行政、企業の方々が雇用の質と量を改善することに本腰を入れていくことが重要だと思います。

◆アフターコロナ及び人口減少社会の新しい働き方

岡田:労働者の地方分散にテレワークが後押しにならないでしょうか?

藤波:私の推定では、4月、5月の段階で、東京でフルタイムのテレワークをしていた人は約200万人。その中で地方に移住してよいと考えている人は50万人位です。ただ、昔から地方移住に関心のある人はかなりの数に及びますが、実際には移住できないわけです。家族もいたり、月1回会社に出社しなければならないといった制約があるためです。テレワークの普及は地方移住にとって追い風といえますが、人の流れを大きく逆転させるほどではなく、それより景気変動による人の移動の方が影響は大きいと思います。

岡田:なるほど。

藤波:もちろん、私たちはリモートワークという新しいツールを手に入れたわけですから活用しない手はありません。国の旗振りで地方の中小企業へ支援を行って、リモートワークをする人の分母をふやすことが重要だと思います。もう一つはこれもよく言われる話ですが、官公庁、企業の拠点分散化です。アフターコロナ、密をさけるリスク管理の意味も含めて、各地に拠点をもうける。移住したい人の「想い」だけに頼るのではなく、システマティックに拠点を作っていくほうが地方創生によりつながると考えます。

岡田:そうすると、働く人の観点からいくと2拠点生活でしょうか。完全移住ではないけど、生活の拠点や働く場所を家族構成やライフスタイルに応じて、20代はこういう地域、30~40代はこう、子供が離れたらこうと柔軟に変えていく。

藤波:そのイメージです。いきなり移住はハードルが高いので、いろいろなかたちがあっていいと思います。その中間で、東京にいる人材が地方のNPOや企業と連携することもできると思います。テレワークが普及すると通勤時間の2時間があくので、その時間に故郷のNPO活動をお手伝いすることができる。あるいは地方企業のコンサルティングをするなど、物理的に移動しなくても面白いことができる時代になっています。
私の京都の知人は、化学系の研究者で、数年前に外資系企業に転職したのですが、日本の拠点は東京にありました。でも米国本社は、「あなたが京都にいるなら、京都にラボを立ち上げてください」という形で採用をして、その人は今も京都でエンジニアとして働いています。こういった新しい採用方法、働き方もあると思います。人がどこにいようが、遠隔で働くことができる時代になったわけです。居住地に自由度が高まっていることにほかなりません。

岡田:リモートワークの普及で時間を効率的に使えるようになって、パラレルキャリア、兼業副業など個人のキャリアの多様性が実現しやすくなりました。やはり、テクノロジーの後押しが大きかったと思いますね。

藤波:大きいと思います。今回こんなことが起きるまで初対面の方とリモートで会うなんて信じられないような感じだったのですが、それが今は普通になってきています。

岡田:いろいろなこと言う人いますが、徐々にリモート環境のコミュニケーションにも慣れてきますよね。

藤波:今日はZOOMで話をしていますが、どのツールも似たような感じで、すぐになれるものですよね。ただ、通信環境の確立によって多大なメリットがある一方で、怖いのは、これから景気がしばらく低迷するわけですが、そうすると企業は地方にある拠点を統廃合することです。気づいてみたら地方にあった工場や営業所が統廃合されて、さらにはこの前まで出張で来ていた人たちがリモートで商談を済ませ、地方まで足を延ばさなくなることも考えられます。こうしたことは、地方にとってはリスクなので、やはり、ここで国と地方が意図的に官庁や企業拠点の分散に積極的になっていく必要があると思います。

◆団塊ジュニアからグッと下がる正社員の生涯賃金

岡田:次に、今の若者の不安、若者を取りまく環境の悪化についてお聞きできればと思います。

藤波:若者の漠然とした不安というものは昔からありました。でも、今の若者にはリアルな不安も掛け合わさっている状況です。少し計算ができる人なら、自分がもらえる年金や生涯賃金がわかります。日本の一人当たりの人件費は金融危機以降まったく増えておらず、逆に一時期より減っています。しかも、日本社会は、そうした賃金低下を、どちらかといえば若い世代に押し付けてしまっていると私は考えています。
私は1965年生まれなのですが、生涯賃金カーブを見ると、私たちくらいまでは前の世代と大体似たようなカーブを描きます。それが、団塊ジュニアの人たちからグッと低くなります。

岡田:僕は、ちなみに団塊ジュニアです。

藤波:そうすると、40代前半時点の年収を、私たちの世代と比較した場合130万円程度安い状況です。これはあくまで男性正社員のデータであって、非正規の方々が団塊ジュニアから大量に生まれていることを考えると、格差はもっとひどいはずです。
若い人たちは、知れば知るほど自分たちの環境のひどさ、しかも将来的に年金がもらえなくなる、あるいは安くなるという状況が見えるわけです。不安になりますよね。昔のように結婚して2~3人の子供を作るライフデザインを描く人は本当に少なくなった印象です。何か自分たちが日本という国から見捨てられているといっては言い過ぎですが、あまり重要視されていない印象を持っている若い人が多いのではないでしょうか?そうなってくると「それなら、僕ら年金払わない」と悪い循環が生じると思います。

岡田:どのような対策が考えられるでしょうか?

藤波:例えば、社会保障のGDP対比で欧米と日本を比較すると、日本は家族向け支出、あるいは労働者向け支出が薄いのでここを手厚くする。もしフランス並みに給付を伸ばすと今の10兆円の家族向け、労働者向けの支出を3倍の30兆円に増やさなければいけない計算です。ものすごい財政負担ですが、コロナの特別定額給付金が13兆円なので、それ以上の金額を毎年若い世代に投下するイメージです。

岡田:約20兆円の投資ですね。若い世代とは20代くらいですか?

藤波:若い世代と私が言っているのは統計から見ているので、20代だけではなく、団塊ジュニア、就職氷河期世代より若い世代の話です。彼らの社会給付が極端に少ないのは、やはり好ましくないと思っています。しかし、お年寄りに払っている年金を減らし、それを財源にしようというのは建設的ではありません。それはパイの奪い合いにすぎませんし、将来は自分も必ず高齢になっていくわけですから。
やはりパイを増やすことを考えないといけない。パイを増やす源泉は何かというと、実は若い世代がこの社会で活躍することです。彼らがしっかりと働ける環境を作って、彼らに富を回していく社会を設計する発想が必要だと思います。若い世代の収入が段階的に増えていき、子供を育てて教育を受けさせられて、人によっては家を建てるといったライフデザインを描くことができる社会を、もう一度再構築していくことが必要だと思います。

岡田:若い人も、税や社会保障の負担が、自分たちにきちんと返ってくる、将来を明るく照らすような使われ方をするのであれば、全然そこは問題ないわけですよね。

◆読者の方へのメッセージ

藤波:そうだと思います。将来だけでなく今の時代は子育てにお金がかかるので、税を払った分きちんと返ってくるイメージがあれば、社会は回っていくと思います。公共事業のあり方を少し見直してもいいじゃないですか。人口減少だから道路はそれほどいらないという考え方もあります。若い世代向けの給付を20兆円増やすことは難しいとしても、少しでも持続的な社会を作るお金の使い方を、政府には考えて欲しいと思います。

岡田:少子化問題は改善するでしょうか。

藤波:日本の少子化のV字回復は難しいと思います。維持がやっとでそれもかなり厳しい。急に若い女性が増えるのは、今の段階では考えにくいからです。そうすると出生率を増やしていくしかありませんが、それを期待するのならば、やはり若い世代の賃金を引き上げることに真剣に取り組む必要があります。冒頭で2019年に出生数が大きく下がったとお話ししましたが、これは一つの警告ではないかという気がしています。

岡田:女性の社会進出、女性の自立、家事育児との両立みたいな話がずっと議論されてきましたよね。はっきり言って出生率が2に近かった時代は、僕のイメージでは一般的なお母さんは専業主婦だったと思います。女性の役割、社会が女性に期待するものが増えすぎて、この出生率、少子化の問題も女性にとってみればプレッシャーなのかなと思うときがあります。仕事もしろ、子供も産め、家事もしろという話ですよね。

藤波:そうですね。ただ、ヨーロッパを見るとある程度出生率が高く女性の社会進出も進んでいる国があるので、できないことでもないと思います。日本の問題は女性の処遇面にあると思います。実は、ここ数年人手不足と言われていましたが、働いている人の数はほとんど減っておらず、逆に少し増えるくらいの勢いでした。

岡田:そうだったのですか。

藤波:ただ、増えているのは女性と高齢者、それに外国人です。つまり、近年企業は、外国人、高齢者、女性の低賃金労働で数を合わせることによって人手不足を回避し、一人当たりの賃金を上げられるような投資をしてこなかったと思います。その結果、絶えず人手不足で低賃金の人の雇用ばかりが増える状況が続いています。今は、女性の就労率の M 字曲線もほぼなくなってきていますが、私は仕事の両立を可能にするという意味も含めて、例えば産休・育休から戻ってきた女性が、質の高い仕事に就けるような社会的合意、若い世代を盛り上げていく社会や会社の仕組みを作っていくことが重要だと思います。

岡田:ありがとうございます。最後に読者へのメッセージをお願いいたします。

藤波:レポートや講演でいつも最後に付け加えさせていただいているのが、最初にお伝えした話です。それは、「次の世代が私たちよりも豊かになっていく」ということです。それが人間社会のまっとうなあり方だと思いますが、残念ながら今の日本の社会は、そうした状況になっていないわけです。何となく現状をあたりまえと思ってしまいますが、私たちみたいなある程度の年配者が、若い人たちの犠牲の上に比較的豊かな生活を送ることができていることを理解し、みなさんと一緒に社会を変えていければと思っています。

岡田:ありがとうございました。それでは、本日の収録を終了します。