バブル崩壊と失われた30年。この間企業活動が低迷し、従来の日本型雇用の強みが維持できなくなりました。特に多くの昭和型日本企業が実施している新卒一括採用という仕組みの維持が難しくなってきました。その背景にはグローバルな競争環境の激化や国内市場の長期的縮小など避けられない宿痾が多数存在します。
一方で「棄民世代」という就職氷河期世代が、不幸にもコロナ禍において再度クローズアップされています。後期就職氷河期世代は既に40歳に差しかかります。就職氷河期問題は一過性のものではなく長きに亘り世代間格差の問題として残存していきます。就職時にのみ厳しかったのではなく、非正規社員と正社員の待遇格差も激しいためこの世代の給与は全然上がっていません。世帯形成の割合も他世代よりかなり落ち込んでいます。将に構造的に生み出された社会課題です。企業人事担当者の皆さんも我が社に存在する就職氷河期世代にあらためて注目し、彼らが生きてきた時代と未来について考えてみてはいかがでしょうか?
また最近議論が喧ししいギグワーカーなどの労働者性、エッセンシャルワーカー問題についても触れています。

聞き手・文:岡田 英之(Insights編集長)

NPO法人ほっとプラス理事 藤田 孝典 氏

ゲスト:NPO法人ほっとプラス理事 藤田 孝典 氏
1982年生まれ。埼玉県在住の社会福祉士。ルーテル学院大学大学院総合人間学研究科博士前期課程修了。NPO法人ほっとプラス理事。聖学院大学客員准教授(公的扶助論、相談援助技術論など)。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(2013年度)。著書に、『ひとりも殺させない』(堀之内出版)、『下流老人――一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版)、『貧困世代――社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社)などがある。



コロナ禍で顕在化する「棄民世代」~就職氷河期世代を通して考える貧困・格差問題~

岡田 英之(編集部会):本日はNPO法人ほっとプラス代表の藤田孝典さんにお越しいただきました。藤田さんは当協会への登壇は3度目ですが、簡単に自己紹介と直近のご活動をお話しいただけますか?

◆『棄民世代~政府に見捨てられた氷河期世代が日本を滅ぼす』について

藤田 孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事 聖学院大学客員准教授):よろしくお願いします。私は普段は、NPO法人ほっとプラスという団体で年300~500件ほど生活に困窮されている方の相談支援活動を行っています。NPOへの相談は日常的には借金があったり失業したりして困っているような方々の相談が中心ですが、3月のコロナ感染拡大以降、「休業しているけれど休業補償がされていない」「仕事が減って収入が得られない」など、幅広い産業・年齢層の方からいろいろな相談が寄せられている状況です。

岡田:コロナで生活困窮した方のセーフティネットはないわけではないものの、スピード感、質量とも必ずしも十分ではないと私も感じています。現場では切実な問題としてお感じになられているでしょうね。

藤田:はい。それで4月からは支援と政策提言の枠組みを作るために、「生存のためのコロナ対策ネットワーク」というものを作りまして、弁護士、学者さん、労働組合他様々な方に加わってもらって現場からの意見を各省庁、与野党関係なく議員さんに上げながら問題解決をはかる活動も始めています。

岡田:現場からアクティビストとして情報発信や行動をされているのですね。

藤田:コロナによって何かが起こっているというよりは、コロナ前からある貧困、生活困窮、セーフティネットの弱さという日本の課題、これに本腰を入れないと問題解決はしないと思うので。リーマンショック、東日本大震災でもそうでしたが、今回もやはりセーフティネットが機能していない。コロナショックの打撃はおそらく数年は続きますので、そこでの命の問題、生活が破綻していく被害を最小限に留めたいとは思っています。

岡田:日本社会が抱えていたある種の病巣、格差や貧困などの問題が、今回のコロナでいよいよ目前まで迫ってきた。これは政府、行政、企業も含めた社会全体で可及的速やかに考えなければいけない問題ですね。

藤田:そうですね。むしろこの20年、貧困格差を広げるような政策が続いてきたと思っています。3月以降も非正規、派遣、高齢者、シングルマザーなど最も立場の弱い人が最初に解雇されている。これを放置すると次は男性正社員です。改めて、雇用の差別的待遇が貧困格差を広げ、コロナ禍においても苦しむ人を増やしている原因になっていると思いますね。

岡田:なるほど。そんな藤田さんですが、今日はこちらの就職氷河期世代を中心に書かれた『棄民世代』についてお話をいただきたいです。タイトルからしてかなりセンセーショナルです。

藤田:まず、就職氷河期世代を「棄民世代」と呼ぶことで、この世代への支援がまったく足りない状況を可視化するために出版に踏み切りました。私自身、就職氷河期世代の下のほうでもう40歳に差しかかります。就職氷河期問題って一過性のものではないんですね。就職のときだけ厳しかったのではなく、非正規社員と正社員の待遇格差も激しいためこの世代の給与は全然上がっていません。世帯形成の割合も他世代よりかなり落ち込んでいますので、構造的に生み出されたという認識です。
それなのに本人に「頑張れ」「努力不足」「本人の選択」と言うばかりで、これはもう棄民…人が捨てられている状態になっていると思います。むしろ政府は「人生再設計第一世代」という言葉を作って押しつけるかたちで呼び名を変えてきていますので、それに対するアンチテーゼ、強烈に反論するかたちで出した本です。

◆「後から正社員」として雇用の調整弁を担う

岡田:就職氷河期世代、いわゆる団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニア、今30代後半~50歳前後の人たちは、ある種死ぬまで就職氷河期のディスアドバンテージを背負って生活しなければならないわけですね。

藤田:おっしゃる通りです。雇用という聖域、ここに手を入れると社会が崩れるという知見があったからこそ先人達が手をつけなかった。聖域に手を入れてこの有様です。リーマンショックのときも東日本大震災でも、コロナ禍でも我々の同世代が、雇用調整で最初に解雇されていきます。毎回なんですよね。先日も年越し派遣村で相談を受けた方が正社員になれて安定していたけど、また解雇されたと相談にきています。
新卒から一括採用でキャリアを形成していくモデルに一度入れなくて途中で入った人、我々は「後から正社員」と呼んでいますが、完全に雇用調整を任されるというか周辺的正社員というかたちで、何かあったときに辞めてもらうことが一般化しているということですね。

岡田:ご著書のP35ですね。就職氷河期世代でも30代半ばでようやく正社員のポジションを獲得する人もいる。よって後から正社員。でも厳密にいうと本来の正社員とはいろいろな条件が差をつけられている。

藤田:これだけ非正規、派遣が増えるとみんな正社員に憧れるんですよね。今度は企業がそれを利用して正社員の質を変容させてきている状況です。私たちも驚くのですが、30代でこれ正社員ですよね?という賃金、ボーナス。それでサービス残業はあるし全国にあっち行けこっち行けと転勤させられている。給与、賃金はもう非正規、派遣の方が高いというぐらいに低く働かされています。

岡田:正社員というステータスと低賃金、サービス残業など過酷な労働条件がバーターで取引されている。

藤田:でも、本人たちは痛めつけられていますから「昔よりましだ」「非正規、ニート、引きこもりは努力しなかったけど自分は正社員になれたからこの地位は守るべきだ」と思うところがあって、それがうまくブラック企業などに利用されている。正社員という言葉の魔力というか暴力性があらわになってきていると感じます。

岡田:いわゆる棄民世代の人たち。何とか後から正社員になって家庭を持ち、何とか子供を授かり、何とか住宅ローンを組む。次は老後の問題ですよね。棄民世代は結構な人口ボリュームですがそれを支える若い世代は少子化で人がいない。社会保障システムとしては、これ、もうあきらかに破綻でしょうか?

藤田:現行の社会保障制度では生存そのものが支えきれないと認識しています。今の年金制度は厚生年金に加入していないとなかなか老後が安定しません。現時点でも所得代替率はOECD 先進諸国の中で極めて低く高齢者の貧困はひどい状況ですが、さらに過酷な老後が待っていると思います。

岡田:どうしたらよいでしょうか?結局は先立つものはお金、財源をどう確保するかですよね。

藤田:まず国民の意識を変えることからだと思います。一つは企業中心社会からの脱却ですね。日本は比較的今まで企業が家族丸抱えでやってきてくれました。だからこそ企業に減税し補助金も入れてきた。でも、新自由主義の流れのなか、もう企業が責任を持たない社会だと考えなければならない。人を労働力ではなく一人の人間として生存は少なくとも支えていこうという、ヨーロッパ型ですね。医療、教育、介護などのベーシックサービスは税を出して社会全体で支えるヨーロッパ型への転換を我々は推奨したい立場ではあります。

◆ギグワーカーの労働者性について

岡田:話は変わるのですが、コロナ禍でウーバーイーツ(Uber eats)に代表されるギグワーカーが非常に増えています。当然、こうした働き方は雇用保険のない業務委託契約。政府もフリーランス、組織にしばられない働き方を積極的に打ち出しています。ただ、実はウーバーイーツの労働が家計を支えるメインになった人たちがいる。このあたりどうお考えですか?自由にやるべきでしょうか?

藤田:これは、世界的な議論がされています。最新の議論ですね。我々は当然、規制派ですのである程度企業にきちんと保障させるべき、労働者性を認めるべきと言っています。企業側は逆で、業務委託契約で雇用ではないと主張しています。
最近多いのは介護のヘルパーさんです。時間管理が難しいので何時にどこに行くかを自分で決めて働くのですが、結局は長時間労働になって深夜まで担当家庭を見たりしなければならない。それで過労死しても、雇用契約ではなくて業務委託契約なので契約書見てくださいと主張してきます。配送業、介護、そしてお葬式ですね。全般的にギグワーカーは増えていますね。

岡田:増えていますよね。

藤田:彼らの主張は一貫していて、社会保険の対象から外したいだけなんです。安く人を雇って業務を進めたいだけですので、それに対する責任逃れはやはり我々許してはいけないという立場です。これもまた同じで、ギグワーカーの中で働く場所があるだけマシだという論調が広がっています。「これだけ仕事のない社会で、これだけの高い賃金で」と。実は、リスクも考えればめちゃくちゃ安いんですけれども。

岡田:ウーバーイーツはピザやハンバーガーなどを配送するわけですが報酬はいくらくらいですか?

藤田:まちまちで量や距離にもよりますが、一回あたり数百円から1000円程度です。それを何件時間内に効率的にやるかという話になりますから急ぎますよね?普通に考えると労災事故が起こりやすい状況ですが、労災になったとしても業務委託契約だからと責任逃れしますから。

岡田:ギグワーカーの労働者性はどうなのでしょう?今の話だと完全に労働力を搾取していますよね。

藤田:要はプラットフォームビジネスです。一度そのプラットフォームが完成してしまうとあとは吸い上げるだけ。ウーバーイーツという仕組みを作った人のところに永遠に報酬が入っていき、現場で働く人は AI に動かされてまったく幸せになれない。もちろん月収で40~50万円稼げる人もいますが、本来、企業が半分折半で払う厚生年金保険料などが払われていないことを考えると、あの賃金は決して高いとは思えない。それを高いものと思ってしまう国民全体の貧困というか、労働市場の低賃金化が進んでいるのだと思います。

岡田:この件について、働く側は行政含めてあまり情報発信しないですよね。

藤田:全くといっていいほどないです。市場に介入しないのが政府や自治体の価値観ですし、業務委託契約だと本人の自由という面もありますから。ウーバーイーツについては、世界的にもまだ事例が足りなくて、フランスは労働者性を認めて、各種法的な負担をするようにと一歩進んだ政策をとっていますが、他の国はまだ少しおよび腰ですね。

◆エッセンシャルワーカーvs.ブルシットジョブ

岡田:今は、医師、看護師、保育士さん、介護士さんなど、コロナ禍で過酷な対応を強いられているエッセンシャルワーカーの方々が注目を浴びています。本当にメディアが報じるような実態なのでしょうか?

藤田:3月からの電話相談では保育、介護、医療職の方からの相談は多いです。「コロナリスクが怖い」「きちんと感染症対策がされていない」「いつ自分が感染してもおかしくないので働く環境を整備して欲しい」という相談が、労働組合にも相次いでいる状況です。

岡田:安全配慮義務違反ですね。

藤田:なかには家族に感染させないために3月以降アパートで一人暮らしをしている看護師さんもいて、「この部分の手当は請求できないのでしょうか?」という相談もあります。「怖いからもう辞めました」と軒並みやめていますし、過酷な状況でメンタルを病む人も出ていて、かなり危機的状況だと思います。

岡田:それでは、メディアで報じているよりもさらに深刻な状況なのですね。

藤田:特に福祉業界は深刻です。人が辞めていますし新しい人が全然集まらない。これから、虐待の事件も増えていくのではないかと危機感をもっています。

岡田:介護人材というのはもう必須ですよね。以前から足りないところにこのコロナ禍です。一方で民間の特養のように、高額な富裕層向けの施設はある種の市場原理でまわっている。介護や福祉の問題について、藤田さんはどのように解決すればよいと思われますか?

藤田:この部分をどれだけ公的なセクターにもっていけるかだと思います。「脱商品化」と呼んでいるのですが、そもそも介護はお金のある人だけが受けるものでしょうか?今、エッセンシャルワーカーとブルシットジョブ゙(高給与だが社会的価値は低い仕事)というわけ方がありますが、我々は本当に社会にとって必要なところに税金を入れてこなかったのではないかといった議論が、ポストコロナでは必要になっていくと思います。医療、介護、保育、福祉、今のままでいいんですかという本質的な問いですね。

岡田:これ、どうなんでしょうかね。国民の意識としては切り替わるような気もしますけどね。

藤田:どこまで自己責任論を打破できるかだと思います。巧みに自分でするべきことだと思わされていますので。その部分の範囲は引き続き議論をしていかなければならないと思っています。

岡田:わかりました。では藤田さんの今後の活動予定、出版予定などをご紹介いただけますか?

藤田:今は現場の対応に集中しています。全国で相談会を実施しながら、まずは苦しんでいる当事者の声を聞いて現在の政策で足りないところを、引き続き政策提言として国や自治体に持っていくことを繰り返していくしかありません。また、幅広いメディアの皆さんのご協力をいただきながら、これを機にこの社会をどうしていくのと、昔に戻ってもダメなんですよというところから、議論をスタートさせていければと思っています。

岡田:ありがとうございました。それでは、これにて本日の収録を終わります。