不確実性と想定内、想定外

 近年、ビジネスシーンにおいて、不確実性が急速に高まっています。2020年の現在も新型コロナウイルスという未知のリスクが襲来し、各業界に大なり小なり影響を及ぼしています。特に小売業や飲食業に代表される個人消費に直結した業界では、短期的(日和見主義的)な消費者行動を予測することはいよいよ困難となり、事業の不確実性が急速に高まっています。 不確実性が高い状況化での意思決定。これがマネジメントにとって最重要であり、難しい課題であると認識している経営者も増加しているように感じます。昭和時代の日本のように、外部環境の変化速度が緩やかで、内需もある程度安定的に確保できていた時代、つまり確実性が高い状況でのマネジメントは、さほど難しいものではありません。計画を立て、進捗状況をチェックし、必要に応じて軌道修正すればよく、想定外の事態に悩まされる場面もほとんどありません。決定事項を粛々と実行していけばよく、これは昭和型日本企業の得意分野でもありました。不確実性が低い状況でのマネジメントは、コントロール(管理)と呼ばれることが多いです。他方、不確実性が高い状況下でのマネジメントはどのような内容になるでしょうか。不確実性が高い状況では、詳細な計画立案はほとんど意味をなさなくなります。

 ビジネスシーンにおいて、PDCAサイクルという言葉が頻繁に登場します。計画(Plan)、実行(Do)、チェック(Check)、修正(アクション)という順序でサイクルを回していくことです。PDCAサイクルを機能させるためには、出発点である計画が重要です。優れた計画を立案するためには、計画立案者が必要な情報を持ち、目標だけでなくそれを達成するための手段を明示することが重要になります。この場合、計画実行においては、多くの努力や労力が現場に要求されたとしても、創造性やイニシアティブはあまり要求されません。PDCAサイクルが機能するのは、計画立案者が必要な情報を持っている場合に限定されます。つまり不確実性が低い定型的業務に限定されてしまいます。多くの企業組織で形式ばかりのPDCAサイクルが儀式のように実施されているとすれば、そのことが将に不確実性を無理矢理想定内にしようとする行為に他なりません。これでは、計画の未達成は当然のこと、低生産性業務を儀式のように継続させ、現場を疲弊させることにもなりかねません。

 では、PDCAに代わる不確実性への対応には何があるのでしょうか。アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐は、「OODAループ」という概念を提唱しています。OODAループとは、観察(Observe)、情勢への適応(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)というサイクルによって、健全な意思決定を実現しようとするものであり、理論の名称は、これらの頭文字から命名されています。ポイントは、不確実性の削減です。ビジネスシーンにおいて、意思決定に必要な多くの情報を獲得することで最適な意思決定が可能になります。OODAループにおいては、「観察」と「情勢判断」によって不確実性を削減できると説きます。「観察」とは、情報収集のことであり、「情勢判断」とは収集された情報の解釈を行うことです。OODAループがPDCAサイクルと異なるのは、計画を出発点としていないという点です。計画ではく、大枠でのミッションが出発点となります。しかし、ミッション達成のための手段は明示されません。上司から方法論について指示を受けることもありません。ミッションを遂行する者は、自律的に行動し、創造性を発揮することでミッション達成に貢献します。ミッションを達成するために必要な最低限の資源、権限を現場に与え、その中で自らの責任でミッションを達成せよという一種の心理的契約が背景に存在しているようです。

 提唱者のジョン・ボイド大佐は軍人です。戦場や軍組織から得られた知見を企業経営の現場に応用するケースは過去にも数多く存在します。OODAループという概念をビジネスシーンで応用する場合、いつ起こるか予測できない想定外の事態への対応ではなく、通常ならば想定外として議論の対象にすらならない事象を想定内、つまり、議論の対象にすることがポイントです。

 議論の対象にする際に障害となるのが計画です。PDCAサイクルにしたがって計画を精緻に構築すればするほどその計画が所与の大前提となり、想定外の事象を視界や思考回路から遠ざけてしまいます。PDCAサイクルの意図せざる負(マイナス)の効果です。さらに、その計画が特定人物による近視眼的な観察と私利私欲や保守的で前例踏襲的な情勢判断で構築されていれば、想定外の事象を予測することは困難になります。

 不確実で先が見えない状況はこの先も続きます。ビジネスシーンにおいて私たちが心掛けなければいけないことは何でしょうか?「観察」と「情勢判断」とは、ある意味至極当然の行動原則です。しかし、私たちの日常行動を振り返ってみると、歪みや曖昧さ、妥協や拙速さが顔を出し、意思決定に影響を及ぼすことがあります。不確実性がますます高まっていく時代、事象を客観視する姿勢と社会や組織を相対化することで想定外を想定内にできる視座が求められているのかも知れません。


JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)