キャリア分岐点に立たされる40歳

 DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉に象徴されるように、デジタル化の進化は目覚ましく、多くの業界でビジネスモデルの見直しや変革が迫られています。「より踏み込んだ事業の選択と集中が必須」、「目指すのはグローバル市場での勝ち組に入ることだ!」、「人材のデジタルシフトが急がれる」などのメッセージを発する経営者は多いです。一方で、「実務の現場で何をしたらいいの?」や、「上司の理解が曖昧で指示に一貫性がない」など、経営層の意識と管理職層、現場レベルでギャップが拡大しているのも不都合な真実です。

 これまでの日本企業は、「デジタル」、「ビジネスモデル」、「グローバル」という3つのテーマで諸外国と比較し、大きく後れをとっています。遅れの原因は様々論じられていますが、大きな原因となっているのが「人材流動化」だと感じます。日本企業にとっては、言うは易い…で、実現には相当大きなハードルがあるようです。

 「人材流動化」を促進するためには、企業が主導となり、政府・行政がサポートすることは勿論ですが、働く個人の意識変革も必要です。誰もが60歳を迎える前に、「これから(セカンドキャリア)」を考え、自分の進む道を決める。頭で理解していても、所属する企業にパラサイトし、問題を先送りしている人が多いのではないでしょうか。人生100年時代を迎え、働く期間がこれまでより長期化し、定年延長や定年廃止を検討・実施する企業も増えています。その意味では問題を先送りする時間が確保できるのかもしれませんが、加齢とともに選択肢が限られてくることも現実です。パラサイトしている企業の継続雇用に応じ、納得できない処遇で不満を抱えながら組織を離れていくというキャリアは、その人にとってハッピー(幸福)だと言えるでしょうか。

 現在、60歳はゴールではなく、通過点に過ぎません。多くの場合、定年年齢時点でキャリアが終わることはありません。大切なことは、定年以降の時間(アフター定年)をどうデザインするかでしょう。長期雇用や生涯現役という言葉が独り歩きする昨今、企業も将来を自ら決定(選択)できる社員を支援したいと考えています。

 社員が多様なキャリアを積み、自らの可能性を追求し、進路を自己決定する。企業は個人が積んだキャリアを踏まえ、さらに能力・スキル(可能性)を伸ばす方向に支援する。こうした施策が社員を活性化することに繋がります。最近では、「40歳」をキャリアの分岐点として位置づける企業が増えているようです。心理学者のユングが、人生の正午と定義し、「生まれてから青年期、成人期と、太陽が昇っていく午前中の時期を経て、ちょうど40歳前後に差し掛かるころに太陽が頂点に達し。その後は、日没にかけて、徐々に太陽が沈んでいく「中年期」「老人期」を送ってゆくのだと。」と説きました。同じく心理学者のレビンソンは、「様々な経験などを通してインプットをし、自分の可能性や器を拡張していく午前中の時期と、それまで培ってきたものを統合させ、熟成させたり、次の世代へバトンを受け渡していく午後の時期とがあり、その中間地点にあたる頂点の「人生の正午」の時期に、人間は、折り合いをつけられなくて、立ち止まってしまったり、悩んでしまったり、葛藤にさいなまれることもある」と説きました。

 ある企業では、勤続10年以上、40歳以上の社員に目標設定のひとつとして、「ネクストキャリアイメージ(仮称)」を社員に作成してもらっています。提出した内容に沿う活動であれば、社内外問わず業務の成果として認められるという制度です。当然越境学習や兼業・副業も含みます。内容は毎年更新し、相談相手として外部のキャリアカウンセラーと契約もしています。定年退職を待たずに社外転身しようとする人には、定年までの残月数に応じた支援金(サポート金)を支給しています。

 多くの企業は社員を長期間大量に抱え込むことが難しくなり、人材流動化に向けた支援施策の導入を積極化しています。社員自身に自律(将来設計)を促し、準備を進めるよう背中を押すことも人事部の大切な機能です。こうした取り組みは、リストラや追い出し部屋といったネガティブな印象を払拭することにもなります。

 現在、多くの昭和型日本企業では、1990年前後に新卒採用した層(バブル世代)の比率が高く、今後数年で、この層が一気に60歳を迎え、シニアが急増すると予想されています。しかも、既にこの世代の半数以上が会社による人材育成施策の対象外として放置されているとともに、約70%が自己学習(自己投資)すらしていない実態です。

 キャリア分岐点である40歳をとっくに過ぎてしまった世代であり、自律的なネクストキャリアを理解・自覚してもらう必要があります。今からでも決して遅くはありません、「残念なシニア」を社会に大量発生させないためにも世代や企業、業種、職種の垣根を超えて積極的に取り組むべき課題なのかも知れません。


JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)