世の中には「自分こそが正義だ」と思い込み、周囲の意見を聞かない人が大勢います。今回のコロナ禍ではそれが顕著となり、現実世界、ソーシャルメディア等バーチャルな世界を問わず、「自粛しないのはおかしい!」、「マスクをしないのはおかしい!」と叫び、自らの正義を振りかざして、他人にまで口撃するケースが散見されるようになりまいた。こうした現象の背景には何が隠されているのでしょうか?コロナ禍以前にも、世界が混乱し、これまで当然視されてきた価値観や秩序に揺らぎや綻びが見られていました。フェイクニュース、反知性主義、ポピュリズムなどに象徴されるように、一部の扇動的人物がエゴイスティックな価値観や秩序を形成し、私たち民衆を幻惑していきます。
今回の特集3では、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一さんをお招きし、ネットや職場で急増している「俺様流正義」を振りかざす人の正体について、読者の皆さんと考えてみたいと思います。

(編集長:岡田 英之)

国際大学 グローバル・コミュニケーションセンター 准教授 山口 真一 氏

ゲスト:国際大学 グローバル・コミュニケーションセンター 准教授 山口 真一 氏
1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、データ利活用戦略等。「あさイチ」「ニュースウォッチ9」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、海洋研究開発機構(JAMSTEC)アドバイザー、グリー株式会社アドバイザリーボード、東洋英和女学院大学非常勤講師などを務める。

正義を振りかざす「極端な人」の正体

正義を振りかざす極端な人の正体とは~混迷する社会秩序を再構築するヒントを探索する~

◆フェイクニュースを信じて拡散しやすい人の特徴

岡田英之(編集部会):本日は国際大学准教授の山口真一先生にお越しいただきました。山口先生にはご著書の『正義を振りかざす「極端な人」の正体』を中心に、フェイクニュース、自粛警察に見られる社会の不寛容さ、企業内外で起こっている格差と分断などのテーマについてお話をお聞きできればと思います。それでは山口先生、まず自己紹介をお願いいたします。

山口真一(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授): ありがとうございます。私は経済学博士で専門は計量経済学という統計学的手法の一種となります。その手法を使いまして、おもにSNS上のフェイクニュースやネット炎上、情報社会における経済のメカニズム、ビジネスモデルなどを研究しております。
最近特に関心があるのはフェイクニュースの研究で、Googleさんと共同で2年程続けています。私が研究で一番重要と考えていること、モチベーションのもとになっていることは、研究の発見を世に広めることで社会にいる一人ひとりの方が今より少しだけ幸せになることなので、Googleさん、メルカリさん、GREEさんなどの企業あるいは官公庁と共同で実践的な研究をすることをより重視しています。

岡田:まさにアカデミックな世界と実践的な世界の知見をブリッジして、相互に有益な形で活かせるような研究をされているのですね。Google社とのフェイクニュースの研究とはどんな内容なのでしょうか?

山口:私は統計学が専門なのでフェイクニュースの拡散メカニズムの実態解明がおもなテーマです。フェイクニュースをどういう人が信じて、どういう人が拡散してしまうのかなどを分析しています。

岡田:どのような人が信じやすいのでしょうか?

山口:例えば、ファクトチェック済みのフェイクニュースでも年齢問わず約75%の方は嘘だと気づきません。また、フェイクニュースを拡散する人は政治的に極端で、メッセージアプリの利用時間が長い特徴があります。メキシコではメッセージアプリを介して拡散されたフェイクニュースをもとに、ある人を犯罪者だと誤解した村人たちが殺してしまったのですが、こういった事件も結構世界各地で起きているんですね。

岡田:冤罪事件ということですか?

山口:そうです。根も葉もない噂が流布されて人を殺してしまったと。5Gが新型コロナウイルスを拡散するというニュースがヨーロッパやアメリカで広まり基地局が破壊された例もあります。なぜメッセージアプリがそんなに影響あるかという話なのですが、社会心理学の研究でもわかっているのですが、結局人間は専門家の意見よりも、友人など接している時間の長い人からの話をよほど信じてしまうんですね。

岡田:なるほど。

山口:ですのでTwitterなどのSNSだけでなく、リアルやメッセージアプリを介した知合いの話も疑ってかかる必要があるということなんです。また、フェイクニュースを拡散してしまう人は、自己評価が高い傾向もありました。自信があって「こういう情報は嘘だと私は思う」「自分は判別できる」という人ほど、実は騙されて拡散してしまう。自分の判断力に自信がある人も同じように気をつけなければいけないということがわかってきました。
そして、デジタルリテラシー、メディアリテラシー、ニュースに対するリテラシー、最後に情報リテラシーの4つがフェイクニュースを拡散する行動にどう影響を与えるかも研究したのですが、前3つはまったく関係がなくて、情報リテラシーの影響だけにフェイクニュースを信じて拡散しなくなる傾向がみられたのです。

◆『正義を振りかざす「極端な人」の正体』を書いた理由

山口:情報リテラシー、つまり加工されていないデータが何かわかるとか、筆者の意見が入っている文章がわかる識別能力、読解能力が高い人はフェイクニュースを拡散しにくい。IT機器に精通しているか等は関係なくて、情報を読み解く力を今後の情報社会では身につける必要があることが明らかになってきました。

岡田:今ちょっとすごく興味深かったのですが、情報リテラシー。研究ですとよく「原著、原典をあたれ」といいますね。誰かが孫引きした情報ではなく一次情報であるかどうかを見極めるリテラシー。デジタル的スキルというよりもアナログな脳科学的な認識力、認知能力が大事なんだとすごく感じたんですが…。

山口:ITリテラシーがどんなに高くても騙される人は騙されるんですね。情報リテラシーとはおっしゃるとおり非常にアナログな能力です。一次情報をあたる、他の情報源を探してみる、グラフを見てこのデータはちょっと恣意的だとわかるなど、ある意味基礎的な能力がフェイクニュースに対する免疫力を高めるんです。

岡田:ありがとうございます。次に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』の出版背景をお聞きしたいです。

山口:出版社から、昨年フェイクニュースをテーマに本を出しませんかとお話が最初にありました。ただそれに固まっていたというわけではなく、編集の方が私の問題意識をひろってくださる方で、色々率直な意見交換をしました。その中で、ネットを中心に極端な人が一部いて、その人たちの言説が非常に大きな影響を持ってきているだろうと感じているところを伝えたんですね。

岡田:極端な人ですね。正義をふりかざす。「こんな人いるいる」という方が本にもたくさん出てきます。

山口:その極端な人やネット炎上といった現象が、大きな社会的な影響を持っていることに問題意識がありました。一つは対象になった人の心理的負担が増加することがあります。人によっては亡くなってしまうケースもある。企業であれば株価が下落したり倒産したりといった例もある。
でもよりマクロ的な視点で見ると、ネット炎上や極端な人からの攻撃が怖くて、ネットで話ができないということも起こってきています。つまり、表現の萎縮です。また、極端な人同士というのは議論ができません。罵倒しかできないので、どんどん社会が分断されていきます。

岡田:採用の領域でも風評リスクに対してのマネジメントが必要になっています。

山口:今回、新書の話をいただき、より広く多くの方にネットのメカニズムを知っていただく機会かなと考えました。なぜネット上で極端な人が目立つかのメカニズムですね。ネットの特性、なぜ極端な人になっていくのか、そういう人は本当に社会を代表しているマジョリティなのか、極端な人に対する対処として何ができるのか、自分自身が極端な人になるのを防ぐには何を心がければよいのかということを書いています。

岡田:おそらく極端な人は自己認識力が高くないのでしょうね、多くの場合。自分が主張していることが世の中のためになる、俺は弱い立場の人のために言っていると自分なりの正当性をもとに高らかに主張を展開する。個人のタイプとしては昔からいたと思うんですが、ネット社会が生み出しちゃった面もあるのでしょうか?要するにリアルな世界では大人しい、多面的な人格者ですね。

山口:そういうケースもあると思いますが、その人たちがもともと攻撃的な面を持っていて、それを日常生活で出すと不都合があるので出せていないという解釈が近いと思います。ネットだからという面もあって、社会心理学の研究で、非対面コミュニケーションは相手が人間という意識が薄れて攻撃的な表現を使いやすいとわかっています。また、ある芸能人に対してものすごく不快に感じたら今はネットで簡単に伝えることができる。ネットだからこそ気軽に攻撃してしまうことも、たしかにかなりあるでしょうね。

フェイクニュースを拡散する極端な人とは

◆フィルターバブル、エコーチェンバー、集団極性化とは?

山口:ネットが極端な人を生み出すメカニズムとして、フィルターバブル、エコーチェンバーということが言われます。ネット上には無数の情報があるのですが、私たちは情報を選択・フィルタリングした上で摂取しているわけで、自分と主義主張のあう人ばかりと交流して、情報を摂取してしまいます。
また、GoogleやFacebookのアルゴリズムでその人の見たい情報が上に表示されるようになっています。例えば、右寄りの人だったら右的な情報ばかりが上に表示されます。
同じような意見、情報ばかりに接した結果、ますます信念が強化される集団極性化という現象が起きやすい。こういったメカニズムからネットを使うと極端になっていくのではないかと指摘されています。

岡田:インターネットの世界は広く多くの人のアクセシビリティを確保して、ダイバーシティが確保された空間で自由にコミュニケーションをとれると思っていたら、実はそうではなかったということですね。

山口:そうですね、まさにインターネットが誕生した頃にはいろんな人がいろんな意見、議論を交わして豊かな知恵が生まれると期待されていたわけですね。ところが、よく考えれば当たり前ですが、現実社会でも政治の話で強めの右の方がですね、わざわざ強めの左の方と交流しようとはあまり思わないですよね。

岡田:リアルな場では交わらないですよね。共産党が連立与党に入ることはないですね。

山口:それでも、例えば会社ではいろんな考えの人と接しなきゃいけないわけですが、ネットではその制約もない。かたよった考えだったとしても無数に人がいるので同じような人と出会うのが比較的容易です。これはいい面もあって、例えばマイノリティの方、LGBTの方などが自分と同じ仲間を見つけて境遇を分かち合えたり。

岡田:興味深いですね。これまでなら会社の同僚や上司には言えないような悩みを抱えていた人がネットでなら同じ悩みを抱えているコミュニティで気軽に相談ができる。それはいいのですが、そこで生み出されたものが違った方向に向かっているのかもしれない。ネット社会ではすぐ1000人、2000人、1万人集められるので、そこで世論を形成して施策を動かしちゃうようなこともあるわけですね。

山口:よい面もありますが、ISIS(イスラム国)がSNSで若者を勧誘したようなことも起きてしまうんですね。

岡田:次のキーワードにいきます。「不寛容」という言葉。「自粛警察」という言葉もあります。今マスクをせずに職場に来る人に対してすごく不寛容さが発動されます。指摘をしてあげて理由を聞けばいいんだけれどもなぜか指摘もせず不寛容ビームみたいな光線をあびせる。そんな構図だと思うんですね。先生がイメージされている不寛容さというのはどんなところでしょうか?

山口:一つは他者を許容しない。多様性を認めない。「自分と違うもの、自分の正義とあわないものはダメだ」と。これが不寛容さであるといえます。COVID-19が不寛容さを加速させたと思いますね。理由は3つ考えられまして一つはSNSの利用時間が長くなり、この学校でクラスターが起きたなどの情報がどんどん入りますし、人やお店をネットで誹謗中傷する時間も増えました。
2つ目は3.11や熊本地震のときに「不謹慎狩り」という言い方がされましたが、社会が不安になると炎上件数が増加するんです。脳科学の研究では、正義感から人を攻撃すると快楽物質であるドーパミンが出ると言われています。つまり敵を見つけてバッシングすることで快楽を得て、結果として不安を解消することにつながる。そのため社会全体が不寛容になっていく。
最後に、今回のコロナウイルスは未知のケースであったために同調圧力が非常に強くなった。「みんな一丸となって乗り越えよう」と。これ日本人はすぐ言いたがるわけです。欧米は真逆で個々が非常に強くなりすぎてしまうことがある。両方ともちょっとバランスが悪いのかなと思うんですけれども。

インターネット世界に潜むリスクとは?

◆目的のある多様性が求められている

岡田:今、企業でもダイバーシティを進めており多様化しつつあるのですが、やはり相手のことがわからないと不寛容になりやすい面があると思います。ある人が「ダイバーシティは理想としては望ましいけどコミュニケーションコストがかかる。やはり同一性が高い、日本人ばかりとかの方が阿吽の呼吸ができてコミュニケーションコストは下がる」と言っていました。そのあたり先生は、本音のところはどうでしょうか?

山口:今おっしゃった内容は正しいです。例えば、単純作業の場合は同一性の高い組織のほうが圧倒的に生産性は高いです。早く意思決定したい場合も単一な組織のほうがいい。一方で新しいものを創造するときは多様性があったほうがいい。
先日、メルカリ会長の小泉さんがおっしゃっていたのが、メルカリには他国の方が大量にいると。なぜなら単純に数学的な解析、分析で相対的に日本人よりも優れている。なら任せればいいという話で。多様性といっても単純に性別、人種のバランスを配慮すればよいのではなくて、この場合にはこういう多様性が必要と考えられる経営が求められているのではないかと思います。

岡田:新しいプロダクトを生み出すとか、成果を出すためにどのようなファンクションが必要なのかが先にあって、結果として多様なメンバーになるのであって、最初からイギリス人何人という話ではないわけですね。

山口:同時に気をつけていただきたいのは、選ぶ際にステレオタイプのバイアスがすでにかかっていると、すぐ日本人の男性ばかり集めたくなるので、そこは意識してそろえることが重要なのかなと思います。

岡田:少し意識しないとダメなんですね。なるほどですね。
あとは今、テレワーク、ワーケーション、地方移住など働き方も多様化しつつあるのですが、一方でなかなかテレワークといわれても家庭環境が許さないよねとか、戸惑う人もいます。会社の中、社会において分断と格差が広がるのではという懸念も感じるのですが、そのあたりはいかがでしょうか?

山口:今、どの企業でも関心があるテーマですよね。懸念点を先に申し上げると2020年の新入社員は最初からオンラインですよね。実は仕事も研究もいろいろな人と交流していろいろな分野に首を突っ込んでいる人の方が良い結果が出ます。ノーベル賞をとる人も同じ研究をずっと続けた人よりもいろいろな研究をして良い結果を出した人の方がはるかに多い。そう考えるとネットワークを広げられないのが1番デメリットかと思います。一方で私は以前から裁量労働制でテレワークをしていますが、家でできることは家でするべきと考えます。集中したいというニーズがある。適切に選択できると生産性が向上すると思っています。

岡田:選べることが大事なのですね。最後に読者の人事担当者の方々にメッセージをお願いします。

山口:ステレオタイプの価値観にとらわれず、目的を明確にした上で多様な人をそろえることが今の人事に求められていると思います。社会が変化するときだからこそ多様な人材を擁する企業が結局成功するんですよね。もう一つは評価の問題。今までは時間でしたがテレワークになってきました。企業の生産性、創造性を考えたら時間で評価するって実はめちゃくちゃな制度です。私は特にクリエイティビティを評価する体制を構築する必要があると思います。大変ですが意識改革をすすめていただければと思う次第です。

岡田:評価をどうするか。少なくとも時間ではない。創造性と創造性につながる行動をしっかりと上司の人は見届けて適切なアドバイスをしていくということですね。先生のこれからのご予定も教えていただけますか。

山口:そうですね、現在はフェイクニュースの研究や、メディア利用が人々の意見に与える影響の研究、青少年のネット利用の研究等を中心に研究しています。来年度にはまた新しいネットメディア論に関する書籍を発行する予定です。また、NHKや毎日放送、各種新聞等で出演・掲載予定がありますので、ご覧いただけましたら幸いです。

岡田:ありがとうございます。それでは以上で本日の収録を終わります。

多様化するコミュニケーションにおける正義とは?