人事施策が機能しない本当の理由(ワケ)~「人事帰属」概念の重要性~
コロナ禍で再度Focusされている社内の福利厚生制度。Wi-Fi環境を整備するための通信費補助、リモートオフィスやサテライトオフィスの利用補助、在宅勤務をサポートするための資金補助などコロナ禍で既存の福利厚生制度を再検討する企業が増えているようです。一方で、人事部が心血を注いで構築した福利厚生制度であっても、社員の利用率は芳しくないと聞きます。何故なのでしょう?
企業で展開される人事施策の中には、福利厚生制度や各種補助制度など、「従業員のため」という理由で検討されているものがあります。また、それらが導入される背景には、「施策の実施が、従業員定着や生産性向上などといった望ましい結果をもたらすだろう」という期待や想定があります。期待や想定が正しいとすれば、「全ての施策は望ましい結果をもたらす」はずです。しかし、現実には効果が現れなかったり、かえって逆効果となることもあったりと、施策の“導入”と“効果”の間には複雑な何か(要因)が存在しているようです。
人事施策の導入と効果(結果)に横たわる何か(代物?)=”ブラックボックス”を解明しないといけません。解明していくに際して、「人事帰属」という概念が有益です。
人事帰属という概念の前に、そもそも帰属とはどういう意味でしょう。「帰属(Attribution)」とは、人間が、自分自身や他者の行動に対して、その理由や原因を“何のせいであるか”と推察することを指します。社会心理学者であるHeideは、帰属がどのように起こるのかを体系化した「帰属理論」を提唱しました。帰属理論の基本的な考え方として、帰属には大きく分けて2種類あることを仮定しています。1つは、その行動の原因をその人自身に帰属させる「内的帰属」。もう1つは、原因をその人の周囲の環境や運などに帰属させる「外的帰属」です。
例えば、ある人のテストの点数が悪かったときに、その理由を「あの人は怠惰で勉強していなかったから/能力が劣っているから」と考えることが内的帰属。「空調が効かない部屋で試験をしたから/試験自体が例年以上に難しかったから」と考えることが外的帰属となります。
では、このような帰属の仕組みと様々な人事施策の間にはどのような関連があるのでしょうか。既述の通り、福利厚生制度や各種補助制度などが導入される背景には、「施策の実施が、従業員定着や生産性向上などといった望ましい結果をもたらすだろう」という暗黙の期待や想定があります。しかし、人事施策導入とその効果には、単純な関係性があるとは言えません。 研究者のNishiiとWrightは、それぞれの人事施策に対して、従業員はそれが導入された理由の“帰属”をし、帰属の認識や解釈が、その後の態度や行動に影響する可能性が高いと指摘しています。例えば、ある施策が「企業の公正性の精神や従業員離職を抑制するために」行われていると考えれば内的帰属であり、「法律を遵守するために」行われていると認識した場合は外的帰属が行われていると捉えることが可能です。
人事施策導入とその結果の間には、「実施→望ましい結果」というシンプルな因果関係ではなく、「実施→人事帰属→結果」というプロセスが介在します。さらに内的人事帰属には複数の次元が存在するということになります。人事施策が従業員の望ましい態度や行動引き出すためには、望ましい態度や行動を引き出す形で従業員によって帰属される必要があると言えるのではないでしょうか。では、望ましい態度や行動を引き出す人事帰属とはどのような内容なのでしょうか。
研究者Nishiiらがスーパーマーケットチェーンの従業員を対象に行った調査では、現在の人事制度・施策が「サービス品質向上のため」「従業員の幸福のため」に行われていると帰属すると、情緒的コミットメント・従業員満足度を向上させることが判明しました。一方、「コストを削減するため」「従業員を目一杯働かせるため」に行われていると帰属すると、情緒的コミットメント・従業員満足度を低下させることもわかっています。この結果は、その後に行われている複数の研究でも概ね支持されています。他にも研究者Van De VoordeとBeijerは、オランダの労働者を対象にした研究で、従業員のコンピテンシー,コミットメントや生産性を重視する人事制度に対し、「従業員の幸福のために行われている」と従業員が帰属すると、コミットメントの向上・ストレス反応の良化をもたらすことを明らかにしています。
反対に、「従業員にパフォーマンスを上げさせるために行われている」と帰属すると、ストレス反応の悪化をもたらしました。
人事施策とその結果の関係性に影響する、人事帰属の効果について見てみると、(1)施策に対して、従業員はその施策の意図について帰属を行い、そこでの認識や解釈が結果としての従業員の行動や態度につながる。(2)特に「この施策は“自分たち”の“幸福のため”に行われている」と従業員が受け取ることで、望ましい結果を引き出すことができるという点が明らかとなっています。
人事帰属の知見は、理論的にも重要な意義を持っています。「互恵性」という概念に基づくと、「従業員にとってプラスとなる施策には、従業員はポジティブな反応を返す」ということです。
一方で、人事帰属の知見を取り入れると、実際に従業員にとってプラスな内容である施策であったとしても、その施策を従業員が「会社の利益を上げるため」「コストを下げるため」と捉えてしまった場合、望ましい結果を引き出すことはできない、ということになります。最近特に盛んな副業制度やキャリア自律を取り巻く議論についても同じような視点で捉えられそうです。
施策を設計する際には、「どのような施策なのか」という施策の内容以上に、「何のための」「誰のための」施策なのかという意図や設定について深く検討することが重要であるといえるでしょう。さらに、施策の発信者側の意図や狙いだけではなく、帰属を行う主体である従業員がどう捉えるかという視点が考慮されていることが必要不可欠です。
コロナ禍のタイミングで皆さんの企業の人事施策を「人事帰属」という視点で棚卸ししてみてはいかがでしょうか?
JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)
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