新卒一括採用から考えるアンビバレントな働き方

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、企業、学生それぞれの活動に大きな支障が生じた新卒採用ですが、あらためて「新卒一括採用」という言葉について考えてみたいと思います。Wikipediaによると、企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという世界に類を見ない日本独特の雇用慣行である。と定義されています。ただ、当然全ての企業が新卒一括採用を行うわけではありません。採用余力のある企業に限定されるのです。日本には400万以上の法人が登録されていると言われています。株式会社に限定しても100万社を超える数です。中には当然実態のない企業も存在するかもしれません。新卒を定期的採用する企業は推定数万社だと言われています。特に中堅・中小企業では、新卒採用を行うか否かは業績に大きく左右されます。その年度の途中や終盤に業績の着地点が見えてきてはじめて、翌年の新卒採用を行うかどうかが検討されます。採用余力があり定期的、安定的に新卒採用を行っている大企業とは、新卒採用に対するスタンスが大きく異なります。メディア等で報じられる新卒一括採用に関する情報の大半は、大企業をイメージした内容であることは周知の通りです。

 こうした「新卒一括採用」ですが、人口動態の変化や企業競争環境の変化により、2010年代以降廃止や見直しの議論が断続的に繰り返されています。就活を行う学生にとっては、毎年目まぐるしく変化する選考プロセスと選考基準の曖昧さに対応しなければならず、とても負荷のかかるものになっています。企業にとっても採用選考にかかるコストは年々増加傾向にあると言われています。ミスマッチによる入社後早期離職の問題も抱え、新卒一括採用という手法に頼り過ぎることの限界も議論されています。一方で、仮に新卒一括採用を廃止したところで、現在議論されている新卒一括採用に関連する諸問題が全て解決されるわけではないという現実も多くの人事・採用担当者は理解しています。ジレンマです。

 視点を変えて、2010年代のメディアでは、新卒一括採用で苦戦を強いられている「かわいそうな若者」を象徴的(センセーショナル)に取り上げ、事実より過剰に問題を伝え、煽っているような状況が散見されました。メディアにとって、新卒一括採用批判のネット記事やコンテンツは、簡単に作れて共感を呼ぶことができる便利なコンテンツだったでしょう。現実には、批判を集めつつも、多くの企業が新卒一括採用を継続しています。当然そこには何らかの合理性があるからです。当面(向こう10年程度)は、新卒一括採用は、多様化の様相を見せつつも、(人材獲得)戦略において、より強固な位置づけになっていくように感じます。

 新卒一括採用の是非と時を同じくして、2010年代に話題になったのは「働き方」の議論ではないでしょうか。組織、時間、場所にとらわれない働き方(ノマドワーカーやリモートワーク、ワーケーションなど)、就職先を世界に求める「セカ就」などが話題になりました。リンダ・グラットンの『WORK SHIFT』、ちきりんの『未来の働き方を考えよう』など働き方に関する書籍も数多く出版され、多くのビジネスパーソンに刺激を与えました。NHKの若手論客討論番組「ニッポンのジレンマ」でも「働き方」をテーマにした番組は視聴率が高かったようです。こうした情報は、自由な生き方、新しい生き方を模索する若者が一定数いることを伝えるとともに、会社や組織に縛られたり、しがみつくことが良くないことのような空気を醸成していたように感じます。ただ、その後「新しい働き方」や「自由な働き方」論をめぐる批判や議論が空転したのも事実ですし、必ずしも多くのビジネスパーソンから共感を得ることができたわけでもなかったのが現実でした。例えば、「ノマドワーカー」や「ワーケーション」に対しては、本当にそんな生き方が可能なのか、少し考え方が甘いのではないか、こうした言葉に煽られてうっかり会社を辞めてしまった若者のその後はどうなってしまったのか(幸福なキャリアを歩んでいるのか)、今までのフリーランスとどう違うのかなどSNSを中心に激しい論争が起こってしまいました。

 こうした議論を尻目に、新卒一括採用の当事者である若者は何を思っていたのでしょうか。その答えは、意外にシンプルで、ある意味冷静に現実(自分のキャリアサバイバル)を眺めていました。大企業で働きたいと思っている若者、しかも同じ企業で継続して働きたいと思っている若者は、ここ10年来特に増加傾向にあるようです。少し古いデータになりますが、日本生産性本部が実施している『新入社員春の意識調査』の質問項目の中には、「今の会社に一生勤める」か「チャンスがあれば転職しても良い」を二択で質問しています。1997年から2004年までは、一貫して「チャンスがあれば転職しても良い」が15ポイント程度上回っていましたが、2007年以降は、「今の会社に一生勤める」と回答した新入社員が上回っていいます。この調査は、ある一時点での意識調査であり、実際に、調査対象の若者が、その後若者がどのようなキャリアを歩んだのかは詳細にはわかりませんが、「今の会社に一生勤めようと思っている」新入社員が意外と多いことは事実として押さえておくべきかと思います。さらに、所謂「就社志向」が垣間見えるデータも散見されるようになりました。メディアは「終身雇用」、「年功序列」などを特徴とする日本的雇用慣行が「崩壊」していると煽りたいようですが。一方で、日本的雇用慣行に対する支持が高まっていることが垣間見られるデータも存在します。労働政策研究・研修機構(JIL-PT)が2012年に発表した『第6回勤労生活に関する調査』では、メディアで「崩壊」と報じられる日本的雇用慣行が高い支持を集めていることが確認できます。この調査によると。日本的雇用慣行の特徴であるとされる「終身雇用」、「組織との一体感」、「年功賃金」を支持する割合は高く出ています。「終身雇用」の支持は、前回調査の2007年よりも増加し、87.5%に達しています。「年功賃金」に対する支持も74.5%となっています。世代別の支持を見ると、最も支持が多いのが、70歳以上で80.2%であり、次いで60~69歳の75.5%となります。一方で、20~29歳で74.5%、30歳~39歳で73.1%と高齢層と若年層で高い傾向にあります。同調査では、「複数企業キャリア」つまり転職を支持するかという質問も行っています。1社にしがみつけない時代だし、どこに行っても通用するスキル(ポータブルスキル)を磨くようにビジネス雑誌や書籍では喧伝し続けています。この流れは90年代前半から続いているようです。しかし、実態の転職という行動に対する支持率は、60~69歳が20.4%、70歳以上が12.2%。20~29歳の若手層で20%台、30~39歳だけが支持が高く33.9%となっています。いづれにしても、「会社にしがみついてはいけない」、「1社で定年まで勤める時代ではない」、「どこに行っても通用する人材になれ」と言われ続けていますが、年齢を問わず、所謂就社志向の者の割合も高いのです。

 昨今では、サントリーホールディングスの社長で政府の経済財政諮問会議の民間議員も務める新浪剛史氏が唱えた、「45歳定年制」が大きな波紋を呼んでいますが、上記データなどを眺めて考えてみると、45歳定年制ということの内容には解決困難な課題が数多く内包されているようです。

 話が脱線してしまいましたが、あたかも新卒一括採用が悪で、会社に入ることは古くて、若者が皆、企業を辞めて自由な働き方を実践しているように聞こえますが、実態はどうなのでしょうか。そもそも「自由な働き方」というのは、思えば今に始まったわけでなく、世の中が不景気になるたびに話題になり、議論され、施策が模索され続けてきました。これからも「自由な働き方について」模索は続くでしょう。そして、多くの若者にとって、「自由な働き方」を追いかければ追いかけるほど不自由さが芽生えてくるというアンビバレントな思いと向き合うことが現実なのかも知れません。


JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)