皆さんは、労働組合と聞いて何を連想されますか。終身雇用、年功序列賃金、企業別労働組合という日本的雇用の「三種の神器」については、様々な場面で耳にする機会も多いかと思います。

終身雇用と年功序列賃金については、終身雇用から有期雇用へ、年功序列的雇用慣行を主軸としたメンバーシップ型雇用から年功不問で役割・職務を基軸としたジョブ型雇用へと変貌を遂げつつあります。企業別労働組合については、組織率が低下(労働組合の組織率は、戦後1949年の56%をピークに、2020年には17%まで低)し、存在感を失いつつあると言われています。

一方で、VUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)の時代と言われて久しいです。労働者が、環境変化による失職リスクや労働条件の低下リスクを乗り越え、自律的にキャリアを築いていくことの重要性は一層高まっているように感じます。これまで労働組合が担ってきた、安定雇用(雇用確保)や労働条件の改善に対する労働組合員のニーズは高まっていると聞きます。労働組合の存在感が希薄になっている一方で、労働組合が担ってきた役割はむしろ重要になっているというある意味皮肉な実態があるようです。今回の特集1では、三越伊勢丹グループ労働組合の菊池さん、小菅さんに労働組合の現在と未来について語っていただきます。(編集長:岡田 英之)

ゲスト:


三越伊勢丹グループ労働組合 菊池 史和 氏

三越伊勢丹グループ労働組合本部執行委員長
UA ゼンセン中央執行委員、流通部門執行委員、流通部門百貨店部会副部会長
2005 年 早稲田大学第一文学部卒業。
2018 年 法政大学大学院経営学研究科修士課程修了
2005 年 クイーンズ伊勢丹(現エムアイフードスタイル)入社
2009 年 伊勢丹労働組合(現三越伊勢丹グループ労働組合)専従
2016 年 三越伊勢丹グループ労働組合本部書記長
2019 年 現職

三越伊勢丹グループ労働組合 小菅 元生 氏

三越伊勢丹グループ労働組合 本部副執行委員長
1990年 慶応義塾大学文学部卒業
1990年 株式会社 伊勢丹入社
1997年 連合総合生活開発研究所 研究員
2000年 商業労連(のちサービス流通連合)百貨店部会担当部長
2003年 伊勢丹労働組合 本部書記次長
2011年 現職

【特集1】労働組合の現在(いま)、変化する時代の先に何を見ているのか~三越伊勢丹グループ労働組合のケース~

岡田英之(編集部会):本日は、三越伊勢丹グループ労働組合の菊池史和さんと、小菅元生さんにお越しいただきました。三越伊勢丹さんに限らず、労働組合の現場が今どうなっているかについてお話を伺います。まずは、入社後の経歴など簡単な自己紹介をお願いします。

◆時代とともに変化する労働組合の役割

菊池史和(三越伊勢丹グループ労働組合本部委員長):菊池です。私は2005年に株式会社クイーンズ伊勢丹(現株式会社エムアイフードスタイル)に入社し、スーパーマーケット部門の魚部門に配属されて水産物の販売・加工などをしていました。入社3年目に組合活動に誘われ、5年目から伊勢丹労働組合の専従職員となり、2016年に三越伊勢丹グループ労働組合の本部書記長、2019年から現職の本部委員長についております。
途中、自分自身のスキルアップも目指し、2016年から法政大学院経営学研究科に通学し、労使関係、人事領域等々について研究し、2018年に修士課程を修了したという経歴です。

岡田:法政大学は当協会も多くの先生方にお力添えいただいています。では、小菅さんお願します。

小菅:小菅です。私は1990年に伊勢丹に入社し、子供服などの売場勤務を経て1995年から組合の仕事を始めました。1997年から専従になり、その直後に連合総研に派遣され、さらに商業労連(のちの サービス流通連合 )勤務を経て、2003年に統合前の伊勢丹労働組合に帰任しました。その後本部の副委員長となり今に至っております。

岡田:まず、労働組合の役割と意義について歴史的背景もふまえて解説いただけますか?組織率が17%とはいえ、近年組合に加入する人は微増しています。労働組合が改めて注目されている感じを持っています。

菊池:労働組合は、その時代ごとに柔軟に活動を変えてきていると思いますが、一つ変わらない点は常に「組合員の地位向上」「労働条件の維持向上」に努めてきたことだと思います。戦後から高度経済成長時代までは、労働組合の役割は賃上げが中心でした。しかし、バブル崩壊後は景気も厳しくなり、企業業績も業界、企業によってかなり差が出てきましたので、賃上げ一色モードでは難しくなりました。
言ってみれば、企業が成長しなければ労働条件を維持向上させるのが難しい時代に入ったということだと思います。労使で様々な知恵を出し合って、生産性を高めて企業の業績をどう伸ばしていくか、労働条件はどうあるべきかが議論がされはじめ、今もその延長線上にあと認識しています。このようなことを常に会社や従業員の方と議論して活動できているかが、現在の労働組合の役割として一番重要だと思っています。

小菅:1つ付け加えると、我々のグループでは従来より組織化を進めており、時給制従業員の組合加入も90年代に完了しています。労働条件の維持向上とともに組合員を増やす活動にも力を入れてきました。

岡田:三越伊勢丹さんでは、組織化はどのように取り組んでおられるのですか?

菊池:新規で入社される方々には、入社時に説明会を実施しています。雇用形態は関係なく、社員、限定社員、パートタイマーまで全員です。また、年に数回職場会議を開催し7割くらいの方にご参加頂いています。

小菅:入社時に説明する内容は労働条件や労働協約などの基本的なことが中心ですが、新しく入る方々も時間管理やサービス残業などへの関心は高いです。共済会の保障制度などの説明は入社後の安心感にもつながっています。

変化し多様化する労働組合の役割

◆労働組合のダイバーシティへの取り組み

岡田:最近は、企業の新卒採用担当者も、学生から育児休業がとりやすいかについて質問されます。働きたくないわけではなくて、長期的にこの組織にコミットできるか、働き続けられるかどうかの観点から質問してくるんですね。労働組合に対しても同じでしょうか。

菊池:そうだと思いますね。私は連合から機会を頂いて、毎年1回、國學院大学さまで授業をさせて頂いているのですが「こういう時代だからこそ、労働組合は大事だと思います」という感想が非常に多いです。レポートも何百人分読むのですが、労働時間をはじめとした働く環境の問題やダイバーシティの取組みなどに対する感想も多く寄せられており、労働組合に対しての関心は大きいものと感じています。これは、最近の若手社員にも同じことが言えると思います。

岡田:次の質問です。今は働き方改革、ダイバーシティ、 グローバル化などの影響で組織の中の人が本当に多様化しています。昭和の時代のように、ベクトルを1つに合わせるのは難しいので、労使関係を担う労働組合の皆さんは、ますますいろいろな対応をしなければならないと思いますが、いかがでしょうか。

菊池:はい、会社もダイバーシティに取り組んでいますが、労働組合の役割も非常に大きいと思っています。我々は百貨店という業態の特性上、従業員の割合で言えば、男性より女性の方が多いですし、社員よりも限定社員やパートタイマーの方が多い職場もあります。外国籍の方、障害をお持ちの方、ご病気を抱えている方、育児や介護をしながら働いている方などもいて、皆さんいろいろな悩みをお持ちです。
会社だと、一人ひとりにフォーカスして声を吸い上げるノウハウは持ちきれないと思いますが、僕らはそれが本業です。多様なバックボーンを抱えた方々の声をどれだけ聞くことができるかが、組合の活動として何より大切で、その上で今どんな取り組みが必要かを考えた結果が、働き方改革や風土改革だと思っています。

岡田:最近の人事部には耳が痛い話です。人事部が社員の声をあまり聞かなくなったと言われます。どちらかというと経営戦略の実現とか、グローバル化対応などに追われている。課題意識はあるので、デジタルツールを駆使して意見を吸い上げて、サーベイの結果をもとに人事施策を進めてはいますが…。

菊池:従業員サーベイを会社が行って、データをもとに施策をとるのは良いと思います。ただ、それに関しての従業員の声は労働組合がちゃんとキャッチアップして、「こういうことをやってくれているけれど、まだ現場ではこんな実感がありますよ」と、お互いに補完し合ってより良い職場環境を作り上げていくことが大事だと思います。

岡田:戦略人事みたいなことが言われるなか、労働組合と人事部がwin-win の関係を作るためのコミュニケーションはどう変化していくでしょうか?

菊池:人事部とは役割をしっかり確認し合いながら取り組むことが大事だと考えます。人事戦略を考えていくときに人事部はこういうことをやっていく、労働組合はこういうことをやろうと、お互いで提案しあってそれぞれの立場を尊重しながら協力関係を作ることが重要です。私は、労使は対立的に議論することも必要な場面もあると思いますが、意図しない対立構造は望ましくないと思っています。

小菅:私も基本的に同じ考えです。労働組合と会社は同じ目的を共有している信頼感があって初めて対等な労使の対話ができます。その前提がなければ、お互い聞く耳を持たないでしょう。そういう意味では我々はありがたいことに過去からの歴史で労使の信頼関係が築かれており、それを活かしているのだと思います。

◆ギグワーカー、非正規、ミドルマネジメント層への対応は?

岡田:最近、Uber Eats(ウーバーイーツ)で働く方が増えています。彼らが労働者かどうかという問題があるんです。業務委託で配達を請け負うのですが、自転車で転倒し事故に遭うこともある。そこで労災が出ないと気づいたりする。働き方が多様化して、労働者の定義自体も考え直さなければいけないという議論に対して、どのような考え方をおもちですか。

菊池:お答えに近いかわかりませんが、百貨店にも様々な働き方をしている方がいらっしゃいます。具体的には、直雇用の従業員以外に、お取引先から派遣される方、人材派遣から派遣される方、アルバイトの方、業務委託契約の方。僕らは企業単位の労働組合ですが、一方で、百貨店で働いている方の職場の環境改善を使命として持っていると思っています。当然、安心・安全な職場でないといけません。実際、取引先から派遣されている方からもハラスメントに関する相談を受けることもあります。僕らは先方企業と直接交渉はできないのですが、会社を経由してしかるべき対応しています。

岡田:そうなんですね。

菊池:労働組合という組織ならば会社の従業員に限らず、それぞれの会社、職場で果たすべき役割があると思います。企業単位の労働組合だからといって、当該会社の従業員だけを見ていればよい時代ではなくなっているのは間違いありません。働き方の多様化に関して、将来的にはどのようになっていくかはわかりませんが、その時々の状況やニーズに合わせた対応が必要だと思います。また、産別などを含めて考えれば定義はもっと範囲が広くなると思います。

岡田:労働法の枠外に位置づけられるというか、位置づけが曖昧な労働者が今後も出てくるかもしれませんが、組合は排除しにかかるのではなくて、インクルードするスタンスなのですね。

菊池:当然、「あなたは、当社の直接雇用の従業員ではないので対応しかねます」と断ることもできるんですね。でもそうじゃないと思うんですね。そうではなくて、同じ職場で働いている仲間であることは事実なので、「できる範囲のことは取組む」という姿勢が労働組合の責任ではないかと私は思います。

岡田:小菅さん、いかがですか?

小菅:法的な労働者なのか否かという話だと思いますが、例えば管理職として扱われていても実際に十分な処遇や権限がなければ組合活動の対象です。先ほどの業務委託契約で働く方たちも、実際に独立して業務を行っているのかを処遇などで判断し、労働者に近いのであれば組合として包含し対応していく必要があると思います。

岡田:管理職になると多くの会社では組合員をはずれますが、一方で課長や部長などのミドルマネジメントを取り巻く環境が非常に厳しくなっています。彼らも当然悩み、ひどい場合はメンタル疾患になる。ただ相談できる人がいなくて孤立しがちです。労働組合としてミドルマネジメント層に対するアクションは何かありますか?

菊池:まず、我々は課長相当までは基本的に組合員の範疇としています。部長までいくと基本的には非組合員の範囲となりますが、そうであっても賃金制度の協議などは交渉範囲にしていますし、非組合員の方からのご相談にも組合員と同様に対応していきます。我々は、組合ではありますけれども、従業員代表であることも確かです。その意味で言えば、組合員でも非組合員でも、労働条件の整備や働く環境の改善等については同様に取り組みをしています。

組合員の構成にも変化の兆しが

◆労働組合と人事部の関係はどうあるべきか

岡田:日本の労働組合は企業別労組が大きな軸です。ヨーロッパは真逆で業種別労組、要するに横串がとおっているので社会問題などに対して連帯がしやすい。その辺り、労働組合はどう進化していくと思いますか?

菊池:ちょっと話はそれるのですが、今回、緊急事態宣言が出て百貨店が名指しで行政から指摘されたときに、やはり横の連携がより必要だと感じました。そうした連携は産別を中心としてこれまでも取組んできましたが、もっと連携を深めていくことが重要だと感じています。

岡田:連携しようと思ったときの、現状でのボトルネックみたいなものあるんですか。

小菅:我々はUAゼンセンという上部団体に所属しており、その中には百貨店の労組の集まりもあります。労働側の連携についてはなんら問題はないです。考え方の多少の違いはあっても、大きなボトルネックはないと考えています。

岡田:ありがとうございます。最後にお1人ずつ人事担当の方にメッセージを一言お願いします。

菊池:労働者をとりまく環境は、本当に大きく変化しています。労働時間など働く環境の問題もあり、労働組合は過去とは違う形で存在意義を発揮しなければいけない時代に入ったと私は思います。
世の中には企業内労働組合もあれば、合同ユニオンのような組合もありますが、企業の中に労働組合があるということは、企業側から見れば、労働問題が企業にとって大きなリスクにならないようにリスク回避する1つの手段だと思います。私は経営の皆さんにいつも話しているのですが、労働組合は経営にとってみれば、うまく連携してうまく活用する存在だと思ういます。真摯に向き合って健全に対話をして、建設的な議論ができる環境を作っていけば会社としてもメリットが大きいと思います。もし労働組合がない会社さんがいらっしゃれば、ぜひ前向きにご検討いただければ幸いです。

岡田:小菅さん、お願いします

小菅:基本的に同じです。労働組合がない企業であれば、労働組合を作った方が働く人にとっても企業にとってもより良い会社になるとお考えいただきたいです。また、会社側の1つのルートからでは、従業員の本当の声は極めて聞き取りにくいです。労働組合があればもう1つのルートからも話が聞けます。ぜひ労働組合について前向きに考えていただきたいと思います。

菊池:もう一点だけ付け加えてもいいですか?最近、コーポレートガバナンスということが言われます。小池和男先生の『企業統治改革の陥穽』という著書は、経営側の方にとっても名著だと思うのですが、小池先生は、その中で労働組合が企業経営に参加する重要性を説いています。
最近は、社外取締役などの役割が存在感を増しています。一方、労働組合や従業員はその企業の過去からの膨大な情報を持っていたり、小菅からもあったように別ルートからの情報も入手できます。これから、ますますコーポレートガバナンスという観点においても、労働組合が果たす役割も非常に重要になってくると思います。

岡田:非常に有意義なお話をありがとうございました。以上で収録を終わります。

今後労組と人事部の関係はどうなるのか