「組織の重さ」とは
組織に属して仕事をしていると、組織から多くの恩恵を受ける一方で、不満が蓄積していくことも多いことでしょう。不満の原因は、組織の理念(考え方や行動指針など)や経営戦略などの大きな内容にはじまり、所属部署の事業計画、取引先や顧客管理といったマネジメントレベルの内容、上司や同僚との関係、自身のキャリアに関する悩みといった比較的身近な内容と多岐にわたります。いずれの不満も組織に何かしら(直接的・間接的)の原因があることは確かなようです。多くの人は、不満を抱えればできるだけ早く解消したいと考えるのですが、現実には中々解消されず、長期間悩み続けざるを得ない不満も多いのかも知れません。皆さんが抱える不満が解消されないと感じるのは、どのような組織、どのような職場に属しているときでしょうか。
経営学の世界では、「組織の重さ」という考え方があります。一橋大学の加藤俊彦教授は、「組織の重さ」とは、新たな方策を立てて、一体となって行動しようとすると、多大な労力がかかったり、結局何も変わらなかったりするような組織の状況であると説きます。昨今では、イノベーションやDX(デジタルトランスフォーメーション)などが叫ばれ、多くの組織で従来とは異なる新しい取り組みにチャレンジする機会も増えていると聞きます。新しい取り組みの全てが成功裡に終われば良いのですが、残念ながら多大な労力の割にはあまり成功しなかったという経験された方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この「組織の重さ」を痛切に実感しているのは、ミドルマネジメント(中間管理職層)だと言われています。彼らは経営層で決定された新しい取り組みを現場レベルに展開する役割を担います。ミドルマネジメントが所管組織を動かそうとするとき、調整や合意形成にどれだけの労力を費やさねばならないのか、これが組織の重さです。重い組織では、メンバーの意見調整や合意形成といった根回しに多大な時間を要します。一方で軽い組織では比較的少ない労力で済みます。メンバーの意見調整や合意形成という根回しに多大な時間を要する組織であれば、メンバーが何らかの不満を抱き、環境を変えようと積極的行動を起こしても、組織は中々変わりません。
バブル崩壊後多くの日本企業が長期間低迷しています。その原因について、専門家が組織内部の権力構造、リーダーシップ、コミュニケーション等の視座から原因を探索してきました。かつての日本企業の強さは緊密な部署間のコミュニケーション、連携ができる組織内ネットワークにありましたが、時間が経つにつれ、人間が築いてきた組織内ネットワークは制御できないほど巨大化・複雑化し、一つ案件を通すのにも膨大なコミュニケーションが必要で、組織自体が「重く」なってしまっています。ではどうすれば重い組織が軽い組織に変化できるのでしょうか。ヒントは、今回のコロナ禍(パンデミック)に象徴される危機(不測の事態)に直面した際の行動だと言われます。コロナ禍でテレワークや在宅勤務等の柔軟な業務形態に比較的スムーズに移行できた組織は、実はコロナ禍以前から、リーマンショックや東日本大震災などの危機(不測の事態)においても、多様な選択肢を模索し、素早い対応により危機(不測の事態)によるリスクを最小化していたというデータがあります。レジリエンスという言葉がありますが、組織においても当て嵌まるように感じます。コロナ禍による環境変化への期待とプレッシャーはこれから先も当面続いていくでしょう。環境変化に晒されているのに、「意地でも変わらない職場」や「何もしない、見て見ぬフリをする管理職」、「先送りして決めない経営層」が存在する組織は、自らの重さ(自重)に耐えきれず自滅していく可能性が高まります。そうした悲劇を迎える前に、組織のレジリエンスを高め、少しでも軽い組織を目指し、今日からダイエット(組織の体質改善)をはじめてみましょう。皆さんの所属する組織は重いでしょうか、軽いでしょうか。

JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)
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