霞が関で働いているキャリア官僚というと、少し遠い存在のように感じる方も多いのではないかと思います。学生時代の友人など、身近な存在でキャリア官僚の方もいらっしゃるかも知れません。「官僚」について、「とにかく頭が良くて、膨大な量の仕事を驚異的なスピードでこなしていく。しかも、休日や深夜も関係なく働き詰めで…」という話はよく耳にします。
日本のメディア報道では、官僚が話題になる場面は、不祥事を起こした場面が多いですが、大多数の官僚は、真面目で、身を粉にして仕事漬けの生活を送っているのが現実かも知れません。いづれにしても実態はわからないことが多いと感じます。
特集1では、元厚生労働省キャリア官僚の千正康裕さんに霞が関キャリア官僚の働く実態について語って頂きました。(編集長:岡田 英之)

株式会社千正組代表取締役・元厚生労働省官僚 千正 康裕 氏

ゲスト:株式会社千正組代表取締役・元厚生労働省官僚 千正 康裕 氏

1975(昭和50)年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2001年厚生労働省入省。社会保障・労働分野で八本の法律改正に携わり、インド大使館勤務や秘書官も経験。2019年9月退官。株式会社千正組を設立し、コンサルティングを行うほか、政府会議委員も務める。

ブラック霞が関

『ブラック霞が関』に見るキャリア官僚働き方の実態

岡田英之(編集部会):本日は、元厚生労働省のキャリア官僚で『ブラック霞が関』の著者である千正康裕さんにお越しいただきました。それでは千正さん、まず簡単に自己紹介をお願いします。プロフィールと専門分野、現在関心を持たれていることからお話しいただいてよろしいでしょうか。

◆厚労省時代の経験をもとに書いた『ブラック霞が関』

千正 康裕(株式会社千正組代表):私は2001年に厚生労働省(以下、厚労省)に入りまして、労働分野や社会保障分野のいろいろな法律改正に携わってきました。また、役所というのは政治家がボスなのですが、大臣政務官秘書官として政治家をサポートする仕事も一年ほど経験しています。
他にはインド大使館に3年いっています。日系企業の進出や現地でのストライキの解決をサポートしたり、技能実習の協定、社会保障協定を結ぶ仕事などをしていました。これは厚労省でも新しいポストでしたのでまったく人脈、ネットワークがないところから始めました。本業以外で役所の採用業務にも10年以上携わってきました。2019年に厚労省を辞めて2020年1月に自分の会社を立ちあげています。本を書いたりメディアで話している印象が強いと思いますが、メインの仕事はコンサルティングです。

岡田:ありがとうございます。我々の読者はほとんどが人事の方で、今まさに働き方改革を進めています。テレワークとかですね。ただ、マネジメントスタイルによって進んでいる企業と停滞している企業があります。ご著書の『ブラック霞ヶ関』について、働き方という観点からメッセ―ジをいただけますでしょうか。

千正:『ブラック霞が関』は官僚時代の経験をもとに書いていますが、いろいろな企業さんへコンサルティングをさせていただくと、霞ヶ関の働き方改革が進まない構造と企業の構造には共通するものがあると感じますし、実際にそういう声もいただきます。

岡田:同じような課題があるわけですね。

千正:霞が関も歴史のある企業にも昔作ったルールがあります。高度成長期のような時代であれば、過去の先人達が作った仕事のやり方やルールを踏襲して頑張っていけばよかったのですが、今はその前提が大きく崩れました。政策の現場でも政治状況が変わったので、今までと同じように進めても評判が悪いものができたりする。おそらく企業も同じではないでしょうか。

岡田:はい。

千正:規制が変わったり、グローバル化が進んだり、新しい技術が出てきたり、人々の価値観が多様化するなどいろんな変化があるので、今までと同じように事業活動をしていれば右肩上がりで伸びていくということはもうないんですね。今やらなければいけないのは、霞ヶ関も企業も同じで、今の時代に最適な仕事のやり方・働き方をすることです。しかし、組織にはすでにルールがある。ここのぶつかりあいにすごく悩むのではないかと思います。
もう一つ、歴史のある組織にとって変えるハードルが非常に高いのが年功序列です。霞が関や永田町はその最たるもので、30年昔のやり方でやってきた人が意思決定のポジションにいますから、急にオンラインでと言われても対応が難しい。少なくとも自分からなかなか言い出さない。そういう構造はよく似ています。

岡田:ルールはできた瞬間に陳腐化したりします。課題意識は共有されても、自分が慣れ親しんでいるルールはなかなか変えられないというのもあると思います。だから、具体的なアクションまではいかない。

厚労省時代の経験をもとに書いた『ブラック霞が関』

◆ワーク・ファミリー・コンフリクトに悩む若手官僚たち

千正:課題の共有といっても心底危機感をもっている人と、なんとなくわかっているだけの人がいます。だから、解決するためには2つのアプローチが必要です。
一つはファクトを見せていくこと。若い人が大変だみたいなふわ~っとした話をすると、「いや俺だって昔は徹夜していた、最近の若い奴らは」という人が出てきます。違うんですよと。実際にものすごい長時間労働で辞める人がすごく増えており、公務員試験を受ける人がこんなに少なくなっているとデータを示し、生産年齢人口がどんどん減っていくので、ますます採用難になることを意思決定権者に理解してもらう必要があります。

岡田:一つはデータで示すことですね。

千正:もう一つは、意思決定のプロセスの適切なところに働きかけることです。私が霞が関の働き方改革の話を、なぜ霞が関の人ではなく世の中の人にするかというと、霞が関は役所の中で意思決定できることがすごく少ないのです。仕事のやり方を変えるには政治家の了解が必要ですし、予算を作るためには役所で立案した上で国会の承認が必要です。
世の中の「これはひどいから何とかしろ」という意見が大きくなるのは、企業に例えれば株主がみんなそう言い出すことと似ているかもしれません。それが永田町や霞が関の意思決定権者を動かす材料になります。

岡田:意思決定権者にこのままじゃだめだと伝える。今はSNSもあるので伝える手段は多様化しています。正しい情報を刺激として発信し続けていれば、いつか組織は変わるのですね。

千正:そう思います。霞が関は世論の外圧がないと変わらないのですが、大企業の場合は世論より大きいのは売上や収益じゃないでしょうか。例えば、このまま同じことをやっていたら10年後に売上が何百億下がるというのが一番改善のエンジンになると思います。こういうのは発信を続けているなか何かのタイミングで大きく変わると思います。発信をして仲間を増やしてやっているなか急に改革派の社長が来るとかですね。

岡田:若手の官僚の方々の危機意識はやはりかなり強いのでしょうか?

千正:今はキャリア官僚でも共働きがスタンダードなので、若い人にとって働き方改革は死活問題です。夜中まで仕事をすることや土日の休日出勤は、昔は当たり前だとなんとなく皆が思っていたので家庭でも許容されていたのですが、今の時代は悪質な組織だと認定されてしまうんですね。
僕は人事院の課長研修などで話すこともあるのですが、財務省や経産省の尖っている若手官僚たちでさえ、もっといろいろな経験をしたいし、プライベートでもフィールドワークとかしたいと言います。過剰労働がもとで奥さんとの関係で悩んでいたりするんです。20代キャリアの離職も増え続けています。

岡田:まさに民間企業の状況と同じですね。若い人たちは別に給料が安いから辞めるのではなくて、ワーク・ファミリー・コンフリクトがある。24時間フルコミットでなく、要するにワークライフバランスを真剣に実現したい世代だと思います。先ほどおっしゃった「なんとなくわかっている」というのは企業にもありがちで、女性管理職比率なども、なんとなく望ましいという温度感なので停滞していますね。

千正:ワークライフバランスはですね、女性の問題ではないということをマネジメントは理解する必要があります。男性社員も含めて今の30代以下の人たちがちゃんと家庭でも立場を失わないで、かつ仕事ができるようにしないと逃げちゃうわけです。社会的に良いことをするためにワークライフバランスを追及するのではなく、事業を継続していくために必須のことだと思うんですね。

若手官僚たちの思いとは

◆霞が関の人事評価制度の特徴とは?

岡田:霞が関の人事評価制度の特徴について、お話できる範囲でお聞きしたいのですが。

千正:昇進に差がつかないところが特徴です。年齢で昇進が決まります。係長になる年齢は一緒、課長補佐になる年齢も一緒、室長、課長になるのも一緒です。それでも厳然と差はついています。その差は給料でも職位でもつかないけれど、どこの課長補佐をやっているのか、どのポストの課長やっているのかで中の人には明らかにわかります。根っこは何かと言うとみんなの評判です。特に上の人の評判です。

岡田:上の人の評判が良くないとだめなんですね。

千正:「あそこにいるあいつはすごい頼りになる」「あいつは突破力がある」といった評判が積み上がっていくことが役人の出世につながります。もちろん、すごく上の方にいくと政治家と向き合わなければいけないとかいろいろありますが、それは企業も一緒ですかね。

岡田:評判というのは当然あります。今は人事評価というのも昔の世界になりつつありますが、仕組みとして今後もある程度残していく場合、何かポイントみたいなものはあるでしょうか。

千正:霞が関の人事評価については、あまり昇進や給料に結びつけないほうがいいと思っています。民間と違って仕事の成果が数字ではかりにくいのと、短期的に成果をはかれない仕事が多いからです。もちろん、一定のボーナスへの反映みたいなものは今もあります。

岡田:省庁の中で、10年後のキャリアパスみたいなものはありますか?

千正:ありますが、役所の問題は大昔からのキャリアパスが残っていることです。5~10年後の組織のビジョンがあり、そこからバックキャストした人材育成をするようにあまりなっていないんですね。だから、若い人は「このままでは成長できないんじゃないか」「ガラパゴス化したスキルをつんで自分の市場価値が下がるんじゃないか」ということをすごく気にしています。
若い官僚がどのようなキャリアを積んでいきたいか、ちゃんと意見を聞いて集めていくことが人事政策を作るための材料として有効だと省庁でも話をしています。

岡田:キャリアパスがアップデートされてないということなんですね。

千正:企業には人事畑の人とかいるじゃないですか?霞が関はそういう人があんまりいないんです。事業部門で新しい政策を作ってきた人が論功行賞的に人事課長になったりして1年くらいで異動します。5~10年先のわが省の人材をどうするか真剣に考えている人があまりいません。
そもそも、霞が関はこれまでそういうことを考える必要なかったんです。黙っていても優秀な人材が集まったので。真剣に採用をどうしたらいいか考える、若い人が辞めないようにどういうキャリアパスを作るか考えるというのは、霞が関にとって新しい課題なんです。

岡田:なるほど。

千正:幹部の人は昔より良くなったと言うのですが、学生にしてみれば昔と比べて良くなったなんてどうでもよくて今の民間と公務員を比べるわけです。今はいろんな職場が民間にあるので転職もしやすい。転職した子に「どう?」と聞いたら、「すごいホワイトなんです」と言われたりとかね(笑)

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:本にもたくさん書かれていますが、国会期間中の政治家とのコミュニケーションや業務分担が過剰労働のボトルネックになっているイメージがあります。多少なんとかならないものでしょうか。

千正:これを変えるためには世論の力がどうしても必要なんですね。政治家の方々は選挙に受かるためには国民の人気が大事なので、多くの人がそれを改めた方がいいと思っていると真剣に考えなきゃなという姿勢を見せ出します。ただ、最近はメディアで報道されることも増えて、今年の国会では委員会の質問はなるべく早くしましょうとか、コロナ禍だから議員への説明はオンラインでなるべくしましょうということを各党が合意したりと前向きな変化は出てきています。

岡田:僕らが傍から見ていると変わっているように見えなくても、実は徐々に変化しているのですね。あとは我々民間人含めてどんどん発信していくと変わっていくんでしょうね。千正さんもいろいろなところでたくさん発信されていますけれども。

千正:変わらないことはないと僕は思っていまして、要は意思決定のプロセスが複雑なだけだと思うんです。変えていくためには仲間と時間が必要です。身近な人たち、メディアの方、声を上げていく一般の方々も仲間です。そういう人が増えていくと5年かかるのが3年で実現すると思います。

岡田:最後に企業の人事部の人たちにメッセージをお願いいたします。

千正:僕がこの本を書いたのは、官僚や役所のことを考えてというわけではなくて、霞が関が社会的に負っている使命がこのままだと果たされなくなる。そうすると世の中にすごく迷惑をかけることが見えているからです。
おそらく企業の人事の方々は、その会社の中でも組織に対して愛情がある方じゃないかと思います。自分たちの組織が今後も社会的なニーズに応えて事業が拡大していき、従業員もハッピーになることを考えるでしょうから、ぜひミッションを持ってそのためには今までのやり方を変えなければいけないというストーリーを広めてほしいと思います。自分のため、自社のためだけというよりも、少し大きいビジョンを語ったほうが仲間は増えやすいと思います。そういうことを期待しています。

岡田:仲間を作るということですね。企業の人事部が孤立しているところはあるんですね。いろいろ考えてはいるんだけど、なかなかうまく伝えられなくて人事担当の人が一人思い悩んじゃうという。

千正:それは苦しいですね。まず仲間を増やさないと変えられません。実は経団連の労働担当の人と厚労省の政策担当者は仕事で話すのですが、政策を作る側はもう少し企業の生のリアルな声を聴きたいという気持ちがあります。厚労省の働き方や労働の政策の人たちと企業の人事の人たちと、そこで何か決める必要もない、立場を背負う必要もない、インフォーマルな勉強会の場を作ろうかなと思っています。

岡田:我々もお手伝いさせてください。

千正:ぜひ。厚労省の人たちに話せばそれは面白いと言う人は多分いるんですけど、企業の人を集めたいんです。組織の10年後、20年後を考えると絶対若い人の意見を聞きたくなるはずなので、役所のほうも若い人をよんで何かここにはいると面白いという会ができるといいですね。一番未来に近い感覚をもっている人たちですから。若い人たちが参加して面白いものが提供できて、その先に世代を超えた話ができるような雰囲気の会ができるといいと思います。

岡田:微力ながら、我々の団体も千正さんの活動をお手伝いしたいと思います。本日はありがとうございました。以上で収録を終わります。

人事担当者へのメッセージ