多くのビジネスパーソンが大なり小なりストレスを抱えながら生活しています。ストレスの原因は様々でしょうが、原因不明で得体の知れない息苦しさを感じている人も増えているように感じます。コロナ禍がこうした状況に拍車をかけ、人々の不安感を煽っています。
職場環境に眼を向けてみても、テレワークや在宅勤務、時差出勤、ワーケーションなど環境変化に柔軟に対応し、新たなワークスタイルを実現したい人々が存在する一方で、従来のワークスタイルに理由もなく固執する人々も存在します。そこには格差と分断が生じ、一方が他方を空気で支配する構造が出来上がります。この空気とは何なのでしょう。特集2でお話を伺った物江さんは、「曖昧な掟」と表現しています。皆さんの職場にも「曖昧な掟」が存在してませんか?(編集長:岡田 英之)

著述家、塾経営者 物江 潤 氏

ゲスト:著述家、塾経営者 物江 潤 氏

1985(昭和60)年、福島県生まれ。2008年、早稲田大学理工学部社会環境工学科卒業後、東北電力株式会社に入社。2012年2月、同社を退社。松下政経塾を経て、2020年11月現在は地元・福島で塾を経営する傍ら執筆にも取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』など。

空気が支配する国

空気が支配する国ニッポン 息苦しさの正体とは?

岡田英之(編集部会):本日は『空気が支配する国』の著者、物江潤さんにお越しいただきました。この「空気」というものは企業でも上司と部下との関係、取引先、親会社、子会社との間などいろいろなところに存在します。今日は、物江さんがこの本を通じて世の中に何をメッセージングされているのかおうかがいしたいと思います。早速ですが、ご専門分野など簡単な自己紹介からお願いします。

◆日本を支配する「空気」という曖昧な掟

物江 潤(著述家、塾経営者):私は大学では土木工学を専攻して就職し、一社目を経験したあとに松下政経塾に入り幅広い領域を勉強しておりました。現在は特定の専門分野で活動するというよりも、関心があるところに焦点を当てて原稿を通じて問題意識、処方箋を世に発信できればと思っています。
福島県の出身ということもあり今は3.11に一番強い関心を持っています。例えば、事故調査報告書を何冊か読むと「あの時、原発がまずいとわかっていた」と、政府の高官も電力会社の幹部も証言するのですが「言ってもしょうがない」「言えたもんじゃない」といういわゆる空気があり、そのまま問題が放置されていました。3.11をきっかけに「空気」が自分の問題意識となり、議論のあり方など空気に関連することに関心を持つようになりました。また、学習塾を経営しているので教育分野にも関心がありますね。

岡田:東日本大震災からちょうど10年。節目の年に日本はコロナ禍にみまわれています。原発もまだ解決されていないので、風化させずにしっかりと原因解明していくことが必要だと思います。早速ですが、今回の『空気が支配する国』。このご著書を上梓された出版の経緯、事情などをお話いただけますでしょうか。

物江:元々空気に関する本は出したかったんですが類書がたくさんあり、私の立場で商業性の保てる出版企画を作るのは難しいかなと思っていたんです。
ところが緊急事態宣言があって世の中で「空気」が注目されてきた。私自身、開業している学習塾が休業においこまれ、ある意味同調圧力や空気の当事者です。こういう背景があれば、一定の商業性をもって書けるかなと思い編集者に連絡したところ、これならいけるとなって大急ぎで作ることになりました。

岡田:なるほど。「同調圧力」とか「場の空気」とか「KY」とかこういったバズワード的な言葉は、ここ数年さかんに言われています。空気の定義って特にないと思いますが、そもそも物江さんが考える空気とは何なのでしょうか?

物江:簡単にいうと「曖昧な掟」です。明確な掟がきちんと必要な量あれば、人はそれに従って行動すればよいので、基本的にそこに空気が発生する要素はないと思うんですよ。
ところが、明確な掟が少ないので、何が正しいかをお互いに探りあって、いつのまにかそれが空気という曖昧な掟になって組織を動かし、しかも誰も逆らえなくなってしまう。
空気を世論、雰囲気、ムードと一緒にする方もいらっしゃいますけれども、私はなんとなく決まっちゃうのに人々を拘束する掟としての空気が問題だと思います。本の中では、空気を「拘束力のある掟」しかも「曖昧な掟」と定義しております。

岡田:空気というのは「曖昧な掟」。曖昧なくせに結構拘束力が強い。そう考えると企業の中には曖昧なんだけど、なんだか絶対従わなければいけないルール、決まり、暗黙の前提がちらほらどころか、そこかしこにあるなという感じがしました。この空気がときに非常に問題を起こす厄介な存在になっちゃうんですね。そのあたり事例も含めてお話しいただいてよろしいでしょうか?

曖昧な掟とは

◆「空気」や「同調圧力」が自然発生するのはなぜか?

物江:一番わかりやすいのは「戦艦大和」や「インパール作戦」の話だと思います。インパール作戦だと牟田口廉也さんですね。軍の中で作戦が俎上に上がった場合に「消極的意見を言うべきではない」という空気を感じとって、積極的な姿勢でまずい作戦でもどんどんやっていこうとするうちに、気づいたら誰が見ても非合理的な、トップも望んでいないような無謀なインパール作戦を進めるようになる。
トップはトップで「まあ、こうなったらもうしょうがないでしょ」と、GOサイン出してしまい暴走していきます。
空気って必ずしも悪い空気ばかりではないと思うんです。むしろ平時においては、面倒な議論とか会議を経ずにある種の掟が生じて、平和的に組織が動きます。
ただ、どうやって作られるのか、どうやってその掟を改変したらよいのか、そういう手続きが不明瞭なため、緊急時や状況が大きく変わるときに速やかにルールを変更できないことが問題です。

岡田:空気にはよい空気と悪い空気がある。有事と平時で違うのですね。有事とは非常事態、緊急事態ですね。企業もずっと平時ということはなくてマーケット環境の変化で業績が厳しくなるとか、競合他社にシェアを奪われるとか、M&Aの危機とかいろんな有事が日々起こっています。
平時だったらなんでもかんでもがんじがらめに文章化してルール化しなくても阿吽の呼吸でコンセンサスがとれるのは、逆に日本人の強みでもあるわけですね。問題は有事です。

物江:そうです。今の日本の政府が一番悪い見本ですね。緊急時に合理的に組織やマネジメントのあり方を変えるのではなくて空気に依存し続ける。誰も決めたがらないし、決めないし空気に任せる。そうすると流れ流され、運がすべて左右するようなかたちになってしまいます。

岡田:空気っていうものは、ご著書によると誰かがそういう空気を意図的に作り出していることもあるし、空気を作った真犯人は特定できないけれど、知らず知らずの間に自然発生的にできることもあるようですね。そもそも、なぜ空気というのはできちゃうんでしょうか?

物江:掟がないと人が動けない、社会が動けないからだと思います。ですので、掟が不足してしまうとどうにかして作らなければいけなくなって、互いが互いの胸の内や正解を探り合って、「あ、多分これが掟なんだな」と思うような行動をし始める、それが大きくなっていく。
もちろん、誰か影響力を与えるキーパーソンがいるかもしれませんが、いなくても各々が掟を探りあって空気ができることもあるわけです。空気の定義そのものも曖昧ですがどう作られるかも曖昧です。とにかく掟が不在、掟が不足していることがポイントだと思います。

岡田:掟がないのでお互いの腹の中を探りながら空気という形で充満させていくようなイメージですね。これ、言語化してなぜBではなくてAなのかとコンセンサスを形成するためにディスカッションすることは日本人やっぱり苦手なんでしょうかね?

物江:議論文化がないというのもありますし、少し話が大きくなりますが民主主義を作った経験がないのもかなりデカいと思います。諸外国、特にヨーロッパだと一部の貴族なり王様が作っていたものに命を賭してまで挑み民主主義にしようと、つまり自分たちで掟を作ろうとした。近代民主主義は、簡単にいうと掟を作りたくてしかたがないメンタリティだと思うんですが、日本の場合、なんとなく気がついたら民主主義っぽいものがあったので自分の手でルールを決められる尊さ、重要性が実感できないと思うんですね。

同調圧力発生のメカニズムとは

◆空気の見える化には今が絶好のタイミング

岡田:本では山本七平さんの『空気の研究』についても触れられています。山本七平さんは今日テーマになっている空気についてかなり昔から論じられています。物江さんからご覧になって、山本七平さんの視点はやはり当たっていたんでしょうか。

物江:まず、こういう何とも言いがたいものを「空気」と言い当てた、定義した点が天才的だと思います。一方で正直申し上げますと、山本先生の『空気の研究』を読み進めると自分なりに解釈することはできても、山本先生の頭になりかわってスムーズに理解するのは極めて難しいと思います。
小室直樹さんという社会学者と山本先生が『日本教の社会学』という本を共著で出されており、そこで山本先生の空気を学問的に定義しなおしているのですが、その定義で納得して山本先生の違う本を読むと、また違う空気の定義が書かれています。山本先生の直感と洞察は天才的ですが、必ずしも先生の中でも「空気」はきちんと整理されていなかったのではないかと推測しています。今回の本では、山本先生の素晴らしい直感をヒントとしながら、私なりに空気を再整理、再定義してみようと思い書いています。

岡田:組織人事マネジメントの場面でも空気がかなり存在します。典型なのは誰を昇格させましょうかみたいな話ですね。誰を課長にするかA君、B君、C君いるよねというところで空気みたいなものでやっぱり決めてしまう。ただ空気で決めましたとは口が裂けても言えないので、後づけでいろいろな理屈をつける。人の任命が空気で決められるのはどうしたらいいでしょうかね?

物江:事前に明確な基準をいくつ作っておくかが勝負になると思います。最近はよく「自律型組織」がいいという話が聞こえてきますが、基準がないなか自律的に誰を採用するか判断するなんて、無理に決まっています。むしろ、その前の段階の問題だと思います。

岡田:では、あらかじめ課長に推挙する要件みたいなものを決めておくということですかね。

物江:はい、なるべく多く。明確な基準を作るのは大変だと思いますが、それをいくつ作れるかが勝負だと感じます。空気にがんじがらめにされていると作れないので、「問題の見える化」とよく聞きますが、まず「空気の見える化」をする。どんな曖昧な掟が社内にあるのか洗いざらい出してみる。
諸々の事情でそうせざるを得ないという掟は仕方がないと思うんですが、そうではないものは積極的に一つずつ消していくか明瞭な掟に置き換える。ある程度、空気にがんじがらめにされない組織作りをした上で、掟を徐々に作っていくしかないと思います。

岡田:逃げずに言語化する。あるいは音声でも映像でもいいので見える化する。それを継続していくことですね。組織人事マネジメント上どこまでいっても曖昧さは残っちゃうんですけれども、そこは諦めないでいくことが大切になりますね。

物江:空気に支配されたら、どのようなまずいことが起きるかが今コロナ禍で実感しやすいはずなので、ものすごくやりやすいタイミング、絶好の機会だと思うんですね。むしろ、この機会に曖昧な掟(空気)はまずいから点検しなおそうとできないなら、もうこの先どこでもできない気がします。空気の暴走で大変なことが起きたのはインパール作戦だけではなくて企業事例でもたくさんありますから、事例を参考にしつつ今どんな空気が組織に存在しているかを可視化するとよいと思います。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:物江さんにお願いして、会社組織に充満しているいろいろな空気をどう交通整理していくか、どう付き合っていくかなど、「空気」をテーマに研修をしてもらえるといいのかなと思います。マネジメント上の空気の存在は無視できません。ある種のバイアスになります。空気の存在をうまくハンドリングして空気と付き合いつつ意思決定を歪めないようにすることが大切だと思いますね。

物江:私にその能力があるかはさておき、「空気」には強い関心を持っていて解決したいテーマなのでぜひと思います。なぜ空気が暴走するとまずいのかの事例をお伝えするだけでも有用だと思います。空気とどう上手く付き合っていくかについても、何らかの解決策のヒントはお示しできると思います。

岡田:空気というストレスに押しつぶされて、上と下から板挟みで本当のことも正しいことも言えないミドルマネージャーが結構いるんですが、何かアドバイスはありますか?

物江:難しいのは空気のレベルです。インパール作戦ぐらいまでなるともうどうしようもなくて、勇気を持って発言しても更迭の憂き目に遭います。空気がどういう状況なのかをまず判断する。中にいると往々にして空気を過大評価して必要以上に従っているケースが多いです。外部の人なら「その空気ってたいしたことないんじゃないの」と冷静な判断ができるはずなので、第三者の目線が一つのカギになると思います。

岡田:コーポレートガバナンス、第三者の目線、チェック機能、監査ですよね。組織不祥事でも、声をあげなければと思っても声をあげられないでいるケースは結構あると思うんです。そういったときに、外部の人に相談できるチャネルが社会全体に張り巡らされていることが重要になってきそうですね。
最後に、読者の人事担当の皆さんにメッセージをお願いします。

物江:空気をなるべく第三者の目線で点検してもらって、空気が実はたいしたことではないと判断できたらちょっとの勇気を持って踏み出すことです。逆に勇気を持たないと、決めることを決められなくてどんどん曖昧な掟ができて雪だるま的に空気が大きくなってしまいます。意外に担当者の方々の第1歩が重要です。

岡田:そうすると現場に近い人ですね、若手社員とか。そういった皆さんが勇気を持って、言い方は気をつけるにせよ、上司にちょっと声をあげてみると言うことなんですね。

物江:上司の方も、あまり思わせぶりな態度をとらないことが大事です。

岡田:最近またバズっているワードに「心理的安全性」という言葉があります。部下が上司に「これっておかしくないですか?」と言うためには、心のバリアが低くないといけない。よって上司は、部下が意見を言いやすいと感じられる環境を作れという議論があるんですが、物江さんも同感ですか?

物江:極めて重要だと思います。それが言えないから勝手に忖度するので。おっしゃったとおりだと思います。

岡田:上司側も問題ということですね。「こんなこと、最初から言ってくれよ」と逆ギレする上司が多いのですが、言いやすいような雰囲気、仕掛けを作らないとなかなか会社の中の空気というのは変わらない。部下と上司が一緒になって空気を打破してクリーンにしていくということですね。

物江:おっしゃるとおりです。空気は意図的に作られたものではないのですが、空気を消すためには意図的にお互い努力しなければいけないです。繰り返しますが、このコロナ禍の状況だからこそやれる作業でもあるので、ぜひこのタイミングでと思います。

岡田:ありがとうございます。以上で収録を終わります。

「空気」との上手なつきあい方