人事は流行に従うとよく言われます。変化の激しいVUCAの時代では、人事の世界にも新しい概念が次々に生まれてきます。人事実務家においても、エンゲージメント、自己効力感、モチベーション、職務満足など、日常の組織人事マネジメントを考える際に、多くの人事特有の用語を何気なく使用しています。しかし、「その正確な意味や活用法は?」と聞かれると、正確に答えられない人事実務家が多いのではないでしょうか。
 今回のぶらり企業探訪では、株式会社人材研究所 コンサルタントである安藤 健さんに、ご自身の専門分野である心理学をベースに『人材マネジメント用語図鑑』の効果的な活用についてお話を伺いました。

(編集長:岡田英之)

株式会社人材研究所 人事コンサルタント 安藤 健 氏

ゲスト:株式会社人材研究所 人事コンサルタント 安藤 健 氏

元々大学では、臨床心理学を専攻し、これまで病院や福祉施設などでの心のケアに従事して参りました。

その中で、今後心理学をベースに人を支援するとすれば、自分がより力になれるのは、もしかすると心をマイナスからゼロに戻すこと(日常生活に支障をきたしている人へのケア)よりも、ゼロからプラスに引き上げることなのではないか(日常生活を送れる人が更にやりがいをもって生きることができる状態)、と考え、それができるのは“人事”という仕事である。
またより広く貢献ができるのは、一つの企業専属人事ではなく、そういった人事を広くクライアントとするコンサルタントであると考え、弊社に入社することとなりました。

現在は、こうしたミクロな人への興味関心だけでなく、マクロな組織・集団のダイナミクスにも関心を持ち、心理学の知見(関連する統計学や組織論も含めて)を踏まえた人事コンサルティングに従事しています。

人事実務家が専門用語から学ぶこととは~『人材マネジメント用語図鑑』の効果的な活用について~

岡田英之(編集部会):本日は株式会社人材研究所の安藤健さんにお越しいただきました。今回は、安藤さんの最新著『人材マネジメント用語図鑑』を中心にお話を伺いたいと思います。それでは、まず自己紹介からお願いいたします。

◆臨床心理学と人事は、同じ人の心に向きあう仕事

安藤 健(株式会社人材研究所 コンサルタント):私は、人材研究所という会社で人事コンサルタントとして勤めています。元々は臨床心理学を学んでおりまして、情緒障害児短期治療施設といわれるところで、子供たちの心のケアに従事していました。人との愛着に障害があったり心に傷を負ったりしている、小学生から高校生くらいまでの子どもたちですね。
そこから人事の世界に飛び込んだわけですが、人事の世界に入ってみて本当に思ったことは、やはり心理学を活かせる領域であり、人の心に向きあうという意味では同じだなということです。現在は、前職で学んだ心理学の知見を活かしながら、人事コンサルタントとして人材採用、育成、評価、報酬、定着などの改善のサポートをしています。

岡田:ありがとうございます。元々、安藤さんは心理学がご専門だったのですね。

安藤:はい。個人的な活動としては「人事心理塾」というコミュニティも運営しています。月1回、エンゲージメント、ダイバーシティなど人事組織に関するテーマをピックアップしまして、人事の実務家の方々、我々のような人材業界のベンダー、ときには大学生を交えた勉強会を開いています。そういった学術的なキーワードに対して、どんな研究知見があるのかを紹介しつつ、実際に実務にどう活かしていけばよいかを話し合っていくコミュニティです。
専門分野で、特に昨今のプロジェクトで多いのは採用関連です。多くの企業で、コロナ禍でのオンライン採用における人材の見極め、将来活躍する人材の入社動機をどう醸成させていくか?また、リモートワーク環境が会社の働き方として定着していく中、求める人物像ははたして今までと同じでよいのか?などの問い直しが行われています。私共も、求める人材を新たに定める活動のサポートをさせていただくことが非常に多く、個人的にも関心を持っている領域です。

岡田:ありがとうございます。非常に興味深い。企業人事においてもメンタルヘルス、ウェルビーイングなど心の健康をどう保つかは大事なテーマです。最近は、ダイバーシティマネジメントの一環として、心の障害をお持ちの方、いわゆる精神障害の方々もインクルージョンしていくことが大きなテーマになっています。人事担当者も、様々な心の障害をお持ちの方について、まだまだ勉強しなければいけないと思うのですが、その辺いかがでしょうか。

安藤:おっしゃる通りです。人事の方はセラピスト、臨床心理士の人たちと同じように心を扱っている分野であるにもかかわらず、個人のメンタルの領域でハンディキャップを持っている方々に対して、体系的に学ぶ機会があまりにも少ないと思っています。基礎知識としての何て言うんでしょう…障害に対するご理解、知識というのはやはり圧倒的に少ないかなと感じます。
一方で、臨床心理学は心に傷を負った方や発達障害をお持ちの方が日常生活を普通におくれるようにサポートする、マイナスを0の状態に戻すのがミッションですが、それも経験した上で、私が臨床心理学から人事の世界に入ろうと思ったきっかけは、私は0の人たちをプラスに引き上げるところに関わっていきたいと思ったからです。企業での産業カウンセラー、産業医の先生方はマイナスから0にもどす役割、一方キャリアカウンセラーの人たちは0からプラスに引き上げていく。この中間の橋渡しをしていくのが人事の役割だと思っています。

◆『人材マネジメント用語図鑑』の活用方法

心理専門家と人事

岡田:早速ですが、こちらの『人材マネジメント用語図鑑』。今絶賛発売中で書店に並んでいます。こういった内容の本はありそうでないですよね?どんな経緯で出版されることになったんでしょうか。

安藤:今回、伊達洋駆さんと共著で出させていただいたのですが、彼と最初から共通していた課題意識は「人と組織の世界で研究知見と実務的な知見がつながっていない」ということでした。例えば、実務家の方々が難しい研究論文を読んでも実務にどう活かせばよいかわからない。この取り組みは再現性があるのか、本当にこの施策によって効果が出ているのかがわからないまま、毎年同じような実務を進めている課題があります。

岡田:そうですね。ありますね。

安藤:あと個人的には何て言うんでしょう…今まで僕のいた心理の世界では、心理士として現場に出る前に体系的に人に関する知識を学ぶんですね。研究論文もたくさん読んで十二分に学んでから初めて現場に出る。でも人事の場合、それこそ新卒で配属されたり営業、企画から配置転換になったりします。そこで働く社員全員に関わる決めごとをします。どちらも人の人生に影響を及ぼす仕事でありながら、よく言われるように一方は勘と経験で行われている。一方は検証に耐えた知見をもとに行われてきている。どちらにもナレッジが溜まっているにもかかわらず橋をかけて学ぶ機会がなく、もったいないという思いから今回一緒に本を出させていただきました。

岡田:私もそうですが、人事には他部署からくる人も多いです。しかも、体系的に人事に関する知識、アカデミックな知見を学ぶ機会がなかなかないんですね。経験と勘。上司の経験と勘ですよね。「こういう時こうだったじゃないか」という組織内での知見。それはそれで部分最適化されているのですが、再現性があるかはかなり怪しい。そもそもドキュメントベースで残っていないこともあります。一方でアカデミックな分野では、すでに現場で行なっていることの一つの解は出ている。今回、まさにそこをブリッジする一冊ということですね。ちなみに、この本を実務に活かすには、どんな使い方をすればよいでしょうか?かなり分厚いです。

安藤:この分厚さですし、一回読んで終わりではなくてデスクの端っこにでも置いていただき、こういう採用企画を作ってほしい、リーダーシップ開発を考えてほしいなど、何かプロジェクトを与えられたときにでも見ていただければと思います。本ではキーワードごとに研究でわかっていることを紹介し、最後にキーワードに関連する実際の施策を紹介しています。昨年まで何をしていたか聞くのも組織に合うやり方を見つける大事な方法ですが、そこで一つメタ認知を持っていただき、さて本当に例年通りでいいのだろうかと立ち止まって、研究ではどのようなことがわかっているだろうとこの本にあたるような使い方をしていただくと、僕らも本意ではあります。

岡田:リーダーシップ開発をする、人事制度を作るとなったとき、人事担当者は労政時報、月刊人事マネジメントなどを読んだりセミナーに出たりして他社事例を参考にします。ただ、そういった情報が我が社の制度を最適化するのにどこまで有効かというと、はなはだ眉唾という話もよく聞きます。今回の本は他社事例がどうこうではなく、もう少し根源的なレベルまで立ち返ることができる。その上で考えることが大事なのですね。

安藤:はい。研究知見だけでもよくないと思いますし、事例を参照するのは研究的にはモデリングといって観察学習の一つなので、活用されるとよいと思います。結局、何から施策を考えるべきかというと、自社の過去の事例、他社の事例、それと研究でわかっている普遍的な部分を組み合わせて、今の環境に合わせて最適なものを作っていくのがベストだと思います。

◆心理学の知見を活かした組織人事マネジメントについて

岡田:例えば、新卒採用という場面で心理学の知見は具体的にどう活かせるでしょうか。

安藤:採用についてはすごくわかりやすいです。採用は人を集めて、選抜して、最後に入社動機を醸成するという3ステップがあるのですが、すべてにおいて心理学が使えるんですね。
人を集めるためには、まずどんな人たちを求めているのか?その人たちに対して最も訴求できることは何かを抽出する必要がありますが、将にこの点は性格心理学の領域です。人の性格を表す言葉があったりするんです。人の性格の研究は心理学の中でも非常に研究が進んでいます。

岡田:そうなんですね。

安藤:また、例えばストレスに強いと一口に言っても、いろんなストレスの強さがあるわけですよ。グリッドであったりレジリエンス(跳ね返す力、復活する力)であったり、ストレスをそもそも通さない人もいます。何も知らない人はストレスに強いとしか言えないのですが、僕ら人事としてはそれではダメだと思いますね。心理学を学ぶことで人物特性の粒度を細かくする、解像度を上げることができます。

岡田:解像度、ピクセルを上げるのですね。たしかに我々もよくストレス耐性が強い人がいいと言いますね。

安藤:また、人を集めるプロセスでは、どんなコミュニケーションなら求人が魅力的になるのかに活かせます。対面やオンライン面接で志望意欲を醸成するには、どういうふうな身振り手振り、アイコンタクトなどのコミュニケーションが望ましいかもある程度わかります。そうすると候補者が「この面接官いいな」「この人が働いている会社ってどういうところ?」と企業に興味が湧いたりします。
選抜のシーンでは、その人の性格を把握して会社の求める人物特性とマッチするかを確認するわけですが、例えばチャレンジ精神旺盛な人を採用したい場合、チャレンジ精神を見抜くには、面接する側の人の解像度が細くないと相手を理解できません。人の解像度について学ぶのであれば、先程の性格心理学をはじめ心理学全般の知見が役立ちます。あらゆる採用の場面、プロセスで心理学の知見を活かせると思います

岡田:ありがとうございます。いろいろな場面で役立ちますね。また、言葉一つでも人によってイメージするものが違う。採用でよく目利きと言いますが、それ以前に我が社にとってストレス耐性が強い人、チャレンジ精神がある人の解像度を高めないまま採用に臨んでしまっていると、これはまずいですよね?

安藤:まずいと思います。前提が揃っていない状態での目利きは、完全に間違ってしまう可能性があります。とはいえ採用の場合、不合格にした人が本当に不合格でよかったのかわからないんですよね。だから、誤った認識が是正されないままずっと進んでしまい、気づかないまま、まずい状態になっていることがあります。

岡田:毎年同じようなタイプを採用し、同じようなミスマッチが生じ、なぜ我が社の離職率は全然下がらないのかと同じ議論を繰り返す、愚の骨頂みたいなことが起きるのですね。

心理学を活かした組織人事マネジメントとは

◆人事担当者が身につけるべきスキル・能力

岡田:採用学でよく出てくる構造化面接についてお聞きします。面接をできるだけ構造化することで面接官によるジャッジのばらつきを低減できるメリットがありますが、実務家が使い方を誤って効果的に活用できないケースもあるんですね。構造化面接を正しく活用するポイントは何でしょうか?

安藤:構造化面接のデメリットは、研究でも明らかになっているんです。おっしゃる通り構造化面接は人の見極め、選抜においては精度が高いんですね。一方、聞く質問や面接の流れが標準化されるので、候補者側にとってはどの面接官でもいいわけです。「この人と一緒に働きたい」という気持ちにはなりにくく、究極的にはAIでもいいかもしれない。結果的に入ってもらえないということが起きやすいと思います。
人は、やはり人間的な心のタッチ、情緒に触れたときに相手に魅力を感じて理解しあった感覚を持ちます。すごく心理的な話ですよね。動機がロジックじゃないことってあるじゃないですか。
臨床心理学では「半構造化面接」というものがあり、構造化する部分とフリーに話す部分をわけてミックスさせた面接が双方のメリットを享受できるといわれています。患者さんとの信頼関係も醸成しやすい。採用でも半構造化面接をプロセスにいれて、動機形成と選抜を両立させるのが一つのソリューションかと思います。

岡田:半構造化面接についての研修みたいなものはあるのでしょうか?

安藤:どうでしょう。非構造化面接と構造化面接のよいところを掛け合わせたものなので、Tipsや絶対にこうしなければというのはないんですね。どちらも学んで取り入れていただくかたちかと思います。

岡田:安藤さんがクライアントさんを支援されているなか最近このテーマが多い、こんな課題を投げかけられることが多いというのが、先ほどのオンライン採用以外にありましたらお願いします。

安藤:ネットワーク形成ですね。コロナ禍になり対面での交流ができなくなったので、どう社内ネットワークを形成するのかが課題だとしばしば聞きます。対面の接触では表情、立ち居振る舞いで情緒が伝わるので、それが好感度、親密性のトリガーになってもっとこの人と話してみたいとなり、ネットワーク形成の一歩になります。新人には組織社会化、人脈課題といって、人脈を形成してナレッジを受け継いでいくことが必要なんですね。それがつまずくと、会社の定着に影響を与えてしまいます。
また、組織内のインフォーマルネットワークはキャリア形成、キャリア開発にも影響しますし、戦略の移植といって「他部署のあの人が言っていた事例を活用してみよう」と知の共有にもつながります。昔ならタバコ部屋での偶然の接触によるひらめきなどですね。だから最近は、企業によってはオンライン雑談室といったかたちで、ここの部屋には誰が入ってしゃべってもいいというルームを作る取り組みをされていますね。

岡田:ラストクエスチョンです。これから、特に若手の人事担当者は、どんな能力・スキルを身につけていけばよいでしょうか?教えていただけますか。

安藤:2つあると思います。一つは人を見立てる力。採用においては自社に合う人材を見立てる。育成においてもこの人をどう育成していくか、強みが何か弱みが何かという見立てが必要です。評価においても、これが得意でこれが苦手でという正確な見立てが納得感のある評価につながります。その方法論として活用できるのが心理学だと思います。組織や人をできる限り精緻に見立てようとすること自体が、僕はこれからの人事部門に求められる誠実さなのだと思います。
もう一つは、何が不変なのか、本当に重要なことは何かを見極める情報認識力です。今の人事の世界はめまぐるしくトレンドワードが出ては消えています。例えば、エンゲージメントってGoogleで調べると、エンゲージメントに関する記事がめちゃくちゃあるんですよ。でも間違って書かれている記事が沢山あるわけです。受け手である人事の方々が、それが正しいかどうか見極める情報リテラシーを高めることが重要だと思います。

岡田:今後のご予定もお願いします。また、人事心理塾は私共の会員も入れますか?有料ですか?

安藤:予定としては来年の4月から、ある大学で授業を学生相手に持つことになりまして、教えるテーマがビジネス心理学、特にマネジメント心理学なのですが、人事における心理学をメインにしようと思っています。
そこで学生さんたちにインプットしていきながら、ヒアリングできた今の学生の考え方などは、人事の方に普段の仕事を通じてフィードバックしていければと思いますし、逆に人事の方が考えていることを、これから就職活動やキャリア選択をする学生たちにも共有していく、まさにブリッジができればなと思っています。
人事心理塾はオープンスペースです。Facebookで私が毎月一回イベントを作っていまして、誰でも参加できるので、ぜひお越しいただければと思います。会費も無料です。

岡田:ありがとうございます。以上で本日の収録を終わります。

これからの人事担当者に必要な能力・スキルとは