世界は大きく変化しているのにニッポンは大きくは変わらず、変化に対応できずにズルズル遅れていく。デジタル化、ダイバーシティ、DX…企業が直面する様々な変化に対して後手後手になる日本組織。その背景にあるのが『世間体』という代物です。世間体とは、コトバンクによると、(1)世間のありさま。世間多数の人々に共通のふるまい方。(2)世間の人々に対する体面や見栄と書かれています。

 世間体が強力だからこそ、強い者は隠蔽や強弁に精を出し、弱い者は窮地に追い込まれてしまいます。組織は閉じ、個人は群れることで自己防衛します。自分の基準は後回しで、周りの基準(空気)を優先します。

 世間体のベースになる世間は、家族や会社、業界から地域、国、世界まで大小さまざまに存在し、人や組織がどの世間の世間体を重視しているかという問題も存在します。企業組織の中でも、多くの意思決定場面で世間体がバイアスとなり、判断を歪めることがあります。私たちはこの『世間体』とどう向き合い、対処していけば良いのでしょうか。

 今回の特集3では、『世間体国家・日本 その構造と呪縛』を上梓されました日本大学 文理学部教授の犬飼裕一先生にお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

日本大学 文理学部教授 犬飼 裕一 氏

ゲスト:日本大学 文理学部教授 犬飼 裕一 氏

日本の社会学者、歴史社会学者。日本大学教授。元北海学園大学教授。愛知県北名古屋市出身。マックス・ウェーバーやゲオルク・ジンメルや和辻哲郎の研究に出発し、歴史社会学、社会学理論、日本人論・日本文化論に研究領域を拡大する。自己言及性をキーワードにデカルト、カント以来の哲学や社会思想、そして社会学理論の問題点を突いた著書『方法論的個人主義の行方』を刊行。近年は「社会」をめぐる語りの問題に注目して、社会修辞学の構想に注力している。

世間体国家・日本 その構造と呪縛

ニッポン人と市場、組織、社会風土 その本質を探る~労働市場、世間体、人材育成(OJT)における本質とは~

岡田英之(編集部会):本日は、日本大学文理学部の教授で『世間体国家・日本』の著者、犬飼裕一さんにお越しいただきました。早速ですが、犬飼先生の自己紹介をお願い致します。ご専門分野と現在関心を持たれているテーマについて、まずお聞きできればと思います。

◆コロナ禍で変貌した日本社会を分析した『世間体国家・日本』

犬飼 裕一(日本大学文理学部 教授):犬飼と申します。2021年8月に刊行しました『世間体国家・日本』の著者で、幸いご好評いただいているようです。専門分野は、元々は西洋史、思想の歴史、歴史哲学だったのですが、変遷していましてマックス・ウェーバーについて博士論文を書いたりし、社会学の学説史に興味が移ってきました。それ以来です、社会学とは。その後も興味が移り変わりまして、最近は人材業界のNPO のお話を拝聴したり、企業経営者の会にも割と顔を出して、実業界で生き馬の目を抜く活動をなさっている経営者のみなさんが普段どのようなことを考えているのか?採用する際にどういう目線で学生を見ているのか?そんな興味が僕の社会学としての関心の中に入ってきています。今回のお話をいただき、興味との接点があって良かったと思っています。

岡田:ありがとうございます。思想の歴史から社会学に入られたのですね。今回の『世間体国家・日本』はどのような経緯で出版されることになったのでしょう?

犬飼:5年前まで札幌の北海学園大学で日本文化論、日本人論、世間体、村社会、家の問題などをテーマに15年ほど研究していました。そんなこともあって、今回は「コロナ禍になって変わった日本社会は日本文化論、社会学から見たらどうなんですか、先生書いてください」と出版企画を頂いたことがきっかけです。

岡田:なるほど。本のポイントを簡単にご紹介いただけますか。

犬飼:私は50代で、バブル世代ですので比較的個性的な人が多くて、日本社会は集団志向とか個性がないと、かつては言われましたが、戦後の貧乏な時代とは違うだろうと。バブル世代的な思い上がりというか意識がかなりありました。だけど今回コロナ禍になって、やはり変わってないのかな…と。あとがきにも書いたのですが、やはり日本社会って、周りの人を見回して、世間体を気にして、ポイントはどこかに強い奴がいて「俺の言うことを聞け」というような風土ではなくて、みんながお互い自粛しあって「あの人マスクしているけど鼻が出ている」と、お互いに監視するところがありますよね。正直自分の考え方が少し変わったというのが本人の中では一番ポイントです。最近、すごく興味を持っているのは学生の就職活動です。岡田さん、今何歳ですか?失礼ですが…。

岡田:就活にご興味を。私は49歳で、世代でいくとちょうど就職氷河期のフロントランナーです。

犬飼:僕より少し下くらいですか、お気の毒に。僕らはバブルの最後です。バブルの絶頂期に就職しないで大学院にいったのが自慢だったりする大馬鹿ものです。(笑)今から30年くらい前の就職活動と今と全然違うじゃないですか?就職活動ってみんなこそこそやっていて「〇〇先輩、ネクタイしてたよ」みたいな話があって、そのうち噂がながれて「富士銀行に決まったみたいだよ」と、そんな感じで決まっていましたよね。

岡田:そうですよね。私のサークルの先輩は、ずっと麻雀の話をしていたらしいです。どうやら相手がリクルーターで。次に会う人とも麻雀の話をずっとして、ある日「君、内定だから」と。そんな就職活動だったようです。

 『世間体』の正体とは

◆就職情報業界という世間にあわせる企業

犬飼:大学教師をやっていて毎回困惑してしまうのですが、3年の夏休みで大学教育は終了です。後期に何かやろうかとすると「先生困ります〇〇のイベントが」と。大体、就職先が決まるのか4年の秋くらいで一年半近く何をやっているんだろうと。そう思い始めたのは最近で、それまでは学生の剣幕がすごくて「何言っているんですか」、「大学の教員なんかにわかるわけないじゃないですか」、「社会はそんなに甘くないんです」と、説教されたりしまして。たしかに、バブル期のように麻雀に夢中になっていたり、ハワイにセミナーに行っただけで決まる時代じゃないという負い目もあって、「そうか、僕らは楽させてもらったから…」みたいな気持ちでずっときたんです。

岡田:なるほどですね(笑)

犬飼:でも、経営者の会で話を聞くと、最近は企業も情報ビジネス、リクルートとかに金と時間がかかりすぎるので、割と優良な企業もハローワークに求人出していると言うんですよ。あるとき4年生で就活が嫌だという学生がいまして、同じような格好して同じように座ってあんなこと僕は嫌なんですと悩んでいたので、ちょっとハローワークに試しに行ってみたらと言ったんです、気分転換がてら。そしたらすごく親切な係員のおばさんがいろいろアドバイスしてくれて、「ここなんかどう?」と電話してくれて、行ってみたら100人くらいのメーカー系で、面接してくれていい感じの話になって、数日後また電話がかかってきて訪問したら、社長さんがいて採用されちゃったと。

岡田:将に一期一会ですね、

犬飼:すごい出会いがあったみたいで。私もびっくりして、本人も就職活動っていったい何なんでしょうかみたいなことを言っていました。もちろん、みながそうなるとは思いませんが、逆算すると今までのは何だったんだと?やっとここで「世間」に話が戻るのですが、就職情報業界という世間ができているんです。企業も他社も採用いるからうちも採用するみたいな感じで。

岡田:就活という世間、なるほど。

犬飼:しかもリクルートの人に聞いたら採用活動の大半はアウトソーシングなんだそうですよ。考えてみれば100人の会社だったら年間採用4~5人か程度だから、2か月おきに一人ずつ採用することにして、社長さんが暇な時に面接して「来てね」と言えば済んでしまうわけです。別に適性テストをしたってそれで定着するわけでもないし、むしろ社長さんの一本釣りのほうが、特別感があっていいですよね。「君を待っていたんだ」みたいな感じに。

岡田:おっしゃるとおりですよね。

犬飼:そんな感じで、我々は無意識で、誰か悪者がいるわけじゃないけど、我々自身がお互いにシステムを作って、お互いに監視しあってシステムが極端になっていく。この30年間、就職活動を見ただけでもそうだなと。サントリーとかソニーにいきたいなら何万人の応募者を何百人にとなるんでしょうけど、日大のうちのゼミから就職するのはそういう企業じゃないです。なぜ一年半もかかるんだと奇妙な気がするわけです。

岡田:就活という世間体、本で書かれている規律構造ですね。適性検査はなぜか知らないけどやらなければならない。面接はなんかわかんないけど2~3回やらなきゃいけない。なぜ一回で決めないんですか、時間もったいないじゃないですか…と言われてみればそうですよね。3回面接した理由は特にないですね。

◆ディスクロージャー、見える化、透明化で失われるもの

岡田:最近は企業でも、社長の年収などを社員に情報公開すべきという風潮があるんです。昔は公開されていないために社長は年収どのくらいだろう、どんな暮らしをしているんだろうと想像して、社内の空気感がバランスとれていた気はするんです。ご著書にもある企業の中の世間、規律構造を全部明文化して、ルール化してディスクロージャーすると透明化はするんですが、組織として寒々しい気もします。

犬飼:さらに言えば規則ってすべて記述はできないですし、暗黙知がたくさんありますし、文字にすると文字原理主義になるんです。「一つ何々は、何々である」となってこれしか大事じゃなくなる怖さもあります。今のディスクロージャーの話、見える化、透明化にはちょっとその傾向ありますね。

岡田:我々の人事の世界で人事評価があります。フェアに評価しようということで、お前はAだ、お前はCだと評価する。A評価なら黙ってありがとうございます。C評価と言われれば当然腹が立ちます。理由を聞きたいですよね。でも、人の行動なので、なぜAさんが今期売上を倍増したのか原因はわからないんですよ。

犬飼:再現性ないですもんね。

岡田:でも人事評価を無理やり正当化しようとすると、なぜAなのかCなのかをできるだけロジカルに科学的に説明しようとする。再現性があるという思考回路になるわけです。でもやはり難しい。結果、何が起こったかというと、一見すごくロジカルでデータサイエンティフィックな説明がされているように見えるんだけど、説明をしている上司と部下の間で駆け引きが発生しているのです。世間体的な要素が、エビデンスとかデータを歪めてしまう。エビデンス自体が怪しくてもデジタル化して再現性が高いように見せれば、世間体的には恣意的じゃなく客観性が高いみたいになる空気感が、すごく組織の中にあって支配されています。

犬飼:面白いですね、それ。すごく勉強になりますね。20年ほど前に企業から大学にきた某大手商社の元課長さんがいまして、彼が移る数年前からその会社で人事評価をすることになったそうなんです。「全部Aでだめなのか」と聞いたら「ふざけんじゃない」と言われて、それこそいろいろなエビデンスが必要で、毎回書類を書かなきゃならなくて、それが嫌で嫌でたまらなくて大学にきたと言っていましたね。そこから20年たって進んじゃったんですね、ゲームが。

企業人事も考慮すべき世間体の存在

◆世襲は悪か?実は長寿企業の強味は世襲×実力主義

岡田:先生、日本の歴史では人事制度、いわゆる人材を任用・任命するときってどうしていたんでしょうか?

犬飼:日本の社会はちょっと独特ですごく平和志向なんですよ。平和にするにはどうしたらいいかというと世襲が中心になるんです。外から来た番頭さんたちの中から後継者を選ぶとなると、互いに疑心暗鬼になってしまい経営にも差し支えますが、大旦那の実子の「若旦那」ならみな文句はない。経営分野で最近流行りの百年企業とか長寿企業などの話を聞いていると、結局世襲がいいという見方もできるわけです。たしかに古代から中世、江戸時代までずっと、実力主義にするとうまくいったときはいいんですが、うまくいかないときには全滅するくらい殺し合ったりしていますからね。

岡田:そこ、すごく興味あります。ここ20年間停滞している日本企業は、ある種の実力主義、成果主義に徹しようとしてきました。でも、日本の文化、日本人の気質、古代からの日本の組織ガバナンスを紐解くと、おっしゃるように世襲。日本のエクセレントカンパニーも多くは同族企業です。そこには何か一つの真理というか絶対的優位性があると思うんです。それって何なのでしょうか?

犬飼:世襲とあとは抜擢の養子ですね。日本には1600年生きてきた世界に冠たる金剛組を筆頭に、創業500年くらい、戦国時代くらいから続いている企業が普通にあって、大抵は純粋な世襲ではなくて襲名みたいな感じで番頭さんが娘婿をもらったりしながら「家」を継続させてきています。

岡田:個の自立とか、個の時代とか言われて久しいじゃないですか。でも、いざ個を発揮しようとするととたんに世間体とぶつかる。例えば子供の教育も個性が大事となっていますけど、実際の世の中は世間体が支配している。そこって何か教育上矛盾しています。

犬飼:深いですね、本当にダブルバインドで、大人が自分は先祖代々「家」の世界に住んでいて、学校教育は個性が大事と子供に教えて、子供は矛盾した命令を常に受けて、両方従わないというか両方従う現実が生じています。でも、たしかに日本的な「家」みたいな構造だと、より多くの人が平和に暮らせるというのはあるかもしれない。実は国民の多くがそれを望んで憧れたりもしていますよね。
今、僕は江戸時代に関心があるのですが、江戸時代は世襲の身分社会といわれますが渋沢栄一って普通のお百姓さんです。慶喜の治世がもう数十年安泰に続いたら渋沢は大名になっていたでしょう。さらにさかのぼれば、足軽から出世した親から二代かけて老中になった田沼意次など抜擢された人もたくさんいるわけです。将軍が代わると失脚したりはしますが。

岡田:お家を支えていくことをもって世襲制度だとすると、そのシステムは世襲制×実力主義がうまくハイブリッドされていたかもしれない。おそらく田沼意次など抜擢された人は功績もあげて優秀だったのでしょうね。

犬飼:魅力的な人物だったんでしょう。面白いことに、メーカーは西洋でも世襲が多いんです。ポルシェ一族とか化粧品のロレアル一族とか。日本もそうですよね、トヨタ、スズキ、マツダとか。僕、愛知県なんですけどミツカンってあるんです。上場もしていない巨大企業で、代々頭首が同じ又左衛門という名前で200年ぐらい続いています。ここもお家騒動が噂されていますけど全く微動だにしない。優良企業でしかもグローバル企業にもなってしまっています。

岡田:今日のお話でいくと企業文化って要は世間体ですよね。企業は改革して変わったように見えても組織内の世間体は不変だったりします。一社員にどうすることもできない。人事にも組織風土改革でそれを変えようと頑張ってストレスを抱える人がいます。100年続いている会社の風土は数年では変えられないですよね。

犬飼:これは、とある経営者に聞いたのですが、一人によって組織文化は変わってしまいそうですよ。経営側としては、変えたくなかったのに変わってしまうことが悩みだそうです。たしかに小さな職場なら一人入社しただけで雰囲気ガラリと変わりますよね。人間ってそういうところすごく繊細ですから一人で会社の空気、企業文化を変えられないというのは、多分そうじゃないかもしれない。
社内に良い世間を作るのは、僕自身は割と簡単なことだと思うんです。弱い人を大事にしていると会社は良くなるんです。弱い人を強い人が助ける、補助する、優しくするとだいぶ違います。大学の先生をしていて一番簡単なのは、お掃除の人や守衛さんに大声で「ご苦労様です」と挨拶することです。掃除しているおばあちゃんとかニコニコします。しかも、弱い立場の人は立場上ネットワークが緊密なので、仲よくすると予想外の利益をもたらします。組織の運営をよくするってそういうとこじゃないですかね?それだけで空気変わります。絶対、挨拶とか大事ですよね。

岡田:大事ですよね。最後に人事担当者や同調圧力で悩む組織人にメッセージをいただければと思います。今後のご出版予定とかPRもお願いします。

犬飼:同調圧力を作り上げている一部は自分です。多分、すごく微妙なゲームを僕らやっていると思います、自分が作り出してゲームに果たしている役割に多くの人は無自覚ですが、どんな人でも一人いればそこの雰囲気が変わるし、その場を作っています。その自覚があるかないかでだいぶ違うと思います。
お伝えしたいメッセージは「よい世間を作りましょう」です。我々は、誰も世間から逃れられないと思います。どうせなら、自分と周りを幸せにする世間を作りましょう。これが、一番言いたかったことです。
PRは、直近では『歴史にこだわる社会学』(八千代出版)という本を出しており、これが僕の中では一押しです。あと、十年前に出たのですが、『方法論的個人主義の行方』(勁草書房)という本も読んでみてください。また、最近は哲学者カール・ポパーの議論に触発されて三世界論(世界を三つに分けて考える議論)の展開を行っています。ネットで「世界3と社会学」で検索していただくと論文のPDFが無料で入手できます。

岡田:ありがとうございました。それでは、以上で本日の収録を終わります。

世間体との上手なつきあい方とは